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第10話 ~木島さん爆沈~

第10話 ~木島さん爆沈~


 水曜日、私は例によって自転車で学校へと向かいます。さすがに道順ももう慣れてきました。幸い平地ばかりを走るので助かりますね。仙台市は結構丘陵地帯が多いので、坂を上り下りしないといけない事も多いのですが、幸い私の通学ルートは比較的平坦です。

 通学ルートは平坦ですけれど、これから進む道は山あり谷あり難所ありの険しい道になるのでしょうねえ…。性別違和に生まれついた以上、仕方のない事ではあるのですが…。

 おっと、人生について考えていたら信号が変わってしまいました。仕方ないですね、待ちましょう。


「姫、俺さっきめっちゃかわいい娘見つけたんだ!」

 クラスについて早々、木島きじまさんがそう私に言ってきます。

「そ、そうですか。一体どんな方ですか?」

「かわいい顔立ちの髪の毛を二つ結びにした話のしやすそうな女の子だったぜ!」

 …まさか、ですよね。特徴だけ聞くと私の知人によく似ているのですが、違いますよね。

「俺ちょっとどのクラスだか調べてくるわ!」

 と言って、木島さんはそそくさと教室を出て行かれました。…ああ、本当に行動力だけはあるのですね。そこは尊敬に値するかもしれません。

「なんだ木島の奴、何を朝から飛び出してったんだ?」

「朝から元気なのはいいけれど、一体何事だい?」

 工藤くどうさんと毛野けのさんがそろってやってきました。

「…それがなんだか、かわいい娘を見つけたとかで…早速どのクラスか探ってくると言っていましたよ。」

 私は頬に手を当てて、困った顔で答えます。

「…姫、何故止めなかった…。」

 工藤さんが頭を抱えてそう言われます。

「止める暇もなかったのです…。木島さんの行動力は本物ですよ…。」

「…こういう時には使ってほしくない能力だね…。」

 私の答えに、毛野さんも困った顔をしています。

「何事だね?」

 柿沼かきぬまさんが教室について、私達が集まっているのを見て声を掛けてきました。

「ええと、その…。木島さんがかわいい娘を見つけたからどのクラスか探ってくると言って飛び出して行ったので、困ったねとお話をしていたところです。」

 これ以上の要約は私にはできません。かいつまんで話せばこういう事になりますよね。

「それは事になりそうだ。何故止めなかった、姫。」

「止める暇もなかったのです…。」

 さっきもこれ言いましたね、私は。単に私がとろくて機を逃しただけでしょうか。いえ、でも、あの勢いは止められないですよね、たぶん。

「とりあえず面倒なことになりそうだから今からでも奴を追うぞ!」

 工藤さんがそう言って教室を出て行かれます。

「僕も行くよ! 何かこう悪い予感しかしない!」

 毛野さんも着いて行かれました。

「こういう時は人手があった方が良いだろう。」

 柿沼さんも行かれました。

「私も…」

「姫は良いから残ってろ、奴が戻ってきたらとっちめろよ!」

 着いて行きますと言おうとしたら工藤さんに制されてしまいました。これはあれですね、暗に戦力外通告された奴ですね…。まあ、私一人で木島さんを押さえられるとは思いませんが。

「今朝は何よ、いつもよりもっと騒がしいじゃないの。」

 仕方なく椅子に座っていたら、早島はやしまさんが登校してこられました。

「ええと、それが…木島さんがかわいい娘を見つけたからどのクラスか確かめてくると言い出しまして、皆さんそれを止めに行ったのです…。」

 どうして私はこんなことを説明する羽目になっているのでしょうか。

「駄犬同士で何をやっているのよ。まったく、姫一人置いて騒ぐなんて犬の風上にも置けない連中だこと。今度からゾウリムシに呼称変更しようかしら。」

 ついに単細胞生物扱いですか…それはいくらのなんでも可哀想なのですが…。

「えっと、せめて多細胞生物でお願いしたいのですが…。」

「それならナマコにでもしておいてあげるわ。」

 棘皮きょくひ動物になりましたか。種類によっては食用にもなりますね。煮ても焼いても食えないという訳ではない様子ですね。ではなくって。

「…すみません、せめて脊椎せきつい動物にしてあげてください。」

「そんな大それたことは背中に一本筋の通ったところくらい見せてから言いなさい。」

 …これはもうどう擁護しても駄目なようですね。ごめんなさい友人達、私が力不足でした。

「で、一体誰なのよ?」

「それが、かわいい顔立ちをした髪の毛を二つ結びにしたお話しやすそうな女子、という断片的な情報しか解っていないのです。それも木島さんの主観でのお話ですから、どこまで信頼性のあることなのかは解りません…。」

私はそう言って、済みません、と頭を下げます。

「姫が謝る事じゃないわよ。…該当する友人が一人いるのだけれど、まさか違うわよね。」

「私も該当する知人が一人いらっしゃるのですが、違うと信じたい気持ちで一杯です。」

 早島さんも私もあごに手を当てて、うーんと考え込みます。

「とりあえずそうだったら私が殺処分するから、よろしくね。」

「お、穏当にお願いします…。」

 殺処分とは穏便ではないですね…。どこまでも人間未満の扱いしかされない様子です。ところで探しに行った皆さんは大丈夫でしょうか…。

「くそ、見つからないな。あいつはどこに行ったのだ。まさか先輩に迷惑をかける気ではないだろうな。」

 工藤さんが戻ってきてそう言っています。肩で息をしているところを見るとかなり本気で探し回られたご様子。

「2年生の教室回って来たけどいなかったよ…。」

 息を切らした毛野さんが戻ってきました。後は柿沼さんだけですが…。

「3年生の教室にはいない様子だ。」

 戻っていらっしゃいました。柿沼さんも肩で息をするほど急いで探されたご様子です。柿沼さんのそんな様子は初めて見ます…。それほど木島さんの信用が無いという事でしょうか。

 と思っていたらご機嫌な様子の木島さんが教室に戻ってきました。

「木島ァ!」

 工藤さんが即刻胸ぐらをつかみに行っています。

「何だよ工藤、どうした朝から。」

 あら、案外冷静ですね木島さん。胸ぐらひっつかまれて顔と顔の距離10cmまで迫られているというのに。

「黙れ、さっさと吐け! 貴様誰に迷惑をかけるつもりだ!」

「迷惑だぁ? 俺は誰にも迷惑なんてかけてないぞ!」

「これからかける気でしょうが! いいから早く言いなさい!」

「早期の情報開示を要求する。」

 工藤さん、木島さん、毛野さん、柿沼さんの順にそう言っています。ええとこれ、どうしたものでしょうね。

「嫌なこった、さてはお前ら俺がハッピーになるのが妬ましくて邪魔をしようとしていやがるな⁉」

「馬鹿を言うな、みすみす地獄に落ちる前にお前を救ってやろうというだけの事だ!」

「そうだよ、失敗が目に見えている事なら止めるのが友人ってものだろう⁉」

「勝算無き戦いには赴かせられん。」

 今度は木島さん、工藤さん、毛野さん、柿沼さんの順番です。

「ちょっと姫ちゃん、あの四馬鹿何とかしてよ。いくらなんでもうるさいわよ。」

「えっと、そう申されましても…。」

 ついにクラスメイトから苦情が入りました…というか私、クラスメイトからも姫になってしまったのですね。まあもう良いですけれど…。

「あの、皆さん、さすがにクラスの迷惑ですからお静かに…。」

 ひとまずそう申し入れますが、効果がありますかどうか。

「姫からも止めてくれ!」

 …そうなりますよね。解っていました。

「木島さん…その、無理は駄目です、よ?」

 なんだかこううまい言葉が見つからないのです。

「俺は正々堂々行くから大丈夫だ!」

 かえってそう宣言されてしまいました。

「お前の正道は世の中の邪道だろうが!」

 工藤さんからツッコミが入ります。あああもう、結局静かになっていないじゃないですか。

「さっきからうるさいわよこの白癬菌はくせんきんども!」

 せっかく先程収まったと思った早島さんが怒り心頭でやってきて、怒鳴り出しました。ああもう、ついに病原菌扱いになってしまいましたか。

「早島さん、俺は悪くない! こいつらが邪魔立てするのが悪いんだ!」

 木島さんがそう言い返していますが、早島さんに通用する訳がありません。

「カビが口を利くな! 大人しくケラチンでも食ってなさい! 後でクロトリマゾールでも塗りたくってやるわ!」

 何で早島さんはそんなに水虫に詳しいんでしょう。まったくの謎ですね。とにかくよく解りませんが場は鎮まった様子です。

「まったく、もっとしっかりしなさいよね、こんな連中自由に繁殖させたら駄目よ、姫。」

 なんだか私のせいにされてしまいましたが…ええと、どうしましょう。

「…すみません皆さん、お騒がせを致しまして。」

 とりあえず私が代表して頭を下げましょう。クラスメイト達の目線が痛いですから。

「申し訳ありません…お前も頭下げろ木島。」

 工藤さんが無理矢理木島さんの頭を押さえつけています。毛野さんと柿沼さんは黙って頭を垂れています。

 …まったく、何で朝からこんな騒ぎになったんでしょうね。


 お昼休みの鐘がなると同時に、木島さんは席を立って教室を飛び出してゆきました。

「おい木島、まだ授業終わりとは言って…聞いてないなあいつ!」

 4時間目の授業を担当されている先生が呆れ果てた表情を浮かべていらっしゃいます。それはそうですよね…。

 ああもう、頭が痛いです。これでもうお昼休みに木島さんが爆沈するのを防ぐことはできなくなりました。もう爆沈する前提でお話を進めておりますが…。

「…俺は同情しないぞ。」

「…僕もフォロー出来ないな。」

「…暴虎ぼうこ馮河ひょうがの勇には同情しない。」

 工藤さん、毛野さん、柿沼さんが一様に頭を押さえて言っています。私も頭痛がしてきましたよ…。

 5分後、見事な紅葉もみじを左頬に咲かせて木島さんは帰ってきました。

「姫えぇ……振られたあぁ…………。」

 …泣きつかれてしまいました。ええっと、どうしましょうね。見事に膝立ちに泣き崩れて私の胸に顔をうずめられているのですが…。

「ええと…その…ご愁傷さまです…。」

 仕方なく私は右手で頭を撫でてあげますが…これで良いのでしょうか。

「…あれ?」

 ん? 木島さんどうされたんでしょう。

「姫、胸がある…?」

 あっ…しまった、そうですよね、この体勢ではばれてしまいますよね…!

「た、体質でして!」

 と誤魔化すしかありません!

「にしては随分柔らかっ痛ぇ!」

 工藤さんの見事な回し蹴りが木島さんの後頭部に決まりました。

「このセクハラ野郎! いい加減にしろ!」

「最近の判例では同性間でもセクハラは成立することになっている。」

「木島君…姫に無礼は許さないよ?」

 工藤さん、柿沼さん、毛野さんが同時に発言して、木島さんを私から引き剥がします。

「…まあとりあえず、みんなそろった事ですし、ご飯にでも参りましょうか。」

 私はとりあえず場を濁す事にしました。


 放課後、『活動日以外でもお茶会やっているから来てね』と赤松あかまつ副部長さんがおっしゃってくださったので、調理室に向かう私です。

「失礼します…。」

 念のため丁寧な方のあいさつで入る私。

「あら小山君、来てくれたのね~。」

「良かった、来てくれないかと思ってたわ。昨日ちょっと揉めてたみたいだったから。」

 赤松副部長さん、浮田うきた部長さんがそうおっしゃってくださいました。

「あら、見られていたのですね…。」

「それは私達は管理職だもの、きちんと下級生の様子も見るわよ。」

 私が言うと、浮田部長さんがそうおっしゃいます。調理しながら様子も見ていたという事でしょうか。それでいてあの手際とは…力量の差がありすぎます。

「ちょっと宇野うのさんはあなたに当たりが強いみたいねえ。どうしてかしらね~?」

 赤松副部長さんが不思議そうに頬に手を当てていらっしゃいます。

「何か気に障る事でもしてしまったのでしょうか、私…。」

「うーん、思い当たるような事は何もないと思うのだけどね…。」

 浮田部長さんがそう考えこんでいらっしゃいます。

「お疲れさまです。」

「…お疲れさまです。」

 早島さんと、話の主の宇野さんがいらっしゃいました。お話はここまでですね。

 結局少々待っていると全員がそろって、早速紅茶が入れられます。今日はアッサムのオレンジペコ。ストレートですっきり頂きたいところですね。

「ちょっとみんな聞いてよ、今日すっごい失礼な男に会ったのよ。」

 宇野さんがそう言いだします。何か凄く嫌な予感がするのですけれど。

「なになに、一体どうしたの?」

 と八浜はちはまさん。

「何があったのですか?」

 今度は彦崎ひこざきさん。

「さっきから沙樹子さきこ不機嫌だと思ったら…何があったの?」

 と、早島さんも聞いています。

「私も聞いて良いのであれば聞きますが…。」

 一応そう断ります。聞くなと言われれば別な机に移動しますが…。

「いきなり昼休みに押しかけてきて、一目ぼれしたから付き合ってくれって言うのよ。ふざけんなって思い切り引っ叩いてやったわよ。」

 …思い当たる限り該当者は一人しかいませんね。

「そいつ、もしかして無造作ヘアの頭軽そうな背の高い男じゃなかった?」

 早島さんも思い当たったご様子です。

「よく解るわね、そうよ。まったく、どこのクラスの何ていう奴だか名乗りもしないんだから。」

 …自己紹介も抜きでいきなり告白に行ったんですか、木島さん。無茶苦茶ですよ。

「…そいつはうちのクラスの木島拓真って奴よ。間違いないわ。」

 早島さんが右手で頭を押さえています。

「…ええ、私もそう思います。すみません、クラスメイトがご迷惑をおかけして…。」

 ひとまず代わりに謝っておきましょう。そんな事で木島さんの印象が回復するとは思えませんが。

「何で小山君が謝るのよ?」

 宇野さんが不思議な顔をしています。

「一応、友人なもので…。」

「あれと友人⁉ 小山君、友人は選びなさいよ⁉」

 宇野さんが心底驚いた顔をされています。ええと…どうフォローしたものでしょうねえ、これ。

「もしかして早島さんが駄犬呼ばわりしてた小山君の友人?」

 八浜さんがそうたずねています。

「その四分の一ね。小山さん、行くわよ、手伝いなさい。」

「えっと、どこに何をしに行くのでしょうか。」

 早島さんが私の手を取ってどこかに連れて行こうとしています。一体何をする気でしょうか。

「スーパーに行ってドライアイスを大量にもらってくるのよ。」

「早島さん、大量の二酸化炭素で殺処分する気ですね⁉ 駄目ですよ⁉」

 私は慌てて止めます。早島さんなら本気でやりかねないです。

「社会に迷惑を振りまく駄犬は殺処分が妥当だと思うわ。」

「早島さんが捕まってしまいますってば!」

 とりあえず掴まれた手を引いて引き留めにかかります。うう、でも早島さんの方が強いですね、力。

「もちろん事故か自殺に見せかけるに決まっているじゃない。」

「ここに謀議を聞いている人が大量にいますからもうこの時点で駄目ですって!」

 何とかして止めないと。どうしたものでしょうかこれは。

「皆さんも早島さんを止めてください! お願いです!」

「あら、私は賛成よ。」

 宇野さん、そんな綺麗な笑顔で言わないでください、お願いですから!

「とりあえず物騒な事は駄目だよ、早島さん。」

「穏当に行きましょう、ね?」

 さすがに八浜さんと彦崎さんは止めてくださいました。

「…今年の新入生たちは賑やかね。とりあえず話は聞かせてもらったけれど、部員が犯罪に走るのは部長として止めなくてはならないわ。」

 浮田部長さんがそうおっしゃってくださいます。

「そうね~、さすがに部員から逮捕者が出るのは勘弁だわ~。止めて頂戴な、早島さん。」

 赤松副部長さんも止めに入ってくださいました。

 渋々と座り直した早島さんですが、収まりのつかない顔をしています。

 これは明日が怖いですね…。


入学早々振られる木島さん。よりによってその相手が宇野さんでした。

姫は木島さんに泣きつかれて、胸があることがばれてしまっています。

強引に場を濁しましたが、さて誤魔化せましたかどうか…?

そして早島さんはじめクラスメイトからも姫呼ばわりになっています。


白癬はくせんきん

白癬、つまりは水虫を引き起こす各種の真菌類をまとめてそう総称します。

白癬菌は真菌類の中でも、カビの一種として扱われます。


※ケラチン

ケラチンは、細胞骨格を構成するタンパク質の一で、上皮細胞を構成する蛋白質です。

白癬菌のエサになる蛋白質です。


※クロトリマゾール

ヒトおよび動物に用いるアゾール系真菌感染症治療薬です。

カンジダ症、白癬つまりは水虫、癜風でんぷうの治療に用いられます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 殺処分…どうやら、脊椎動物扱いに戻ったらしい。
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