プロの技
夜の街。とあるクラブにミナエというママがいた。この世界では名の知れた人間だ。
この世界では人の出入りも激しい。群雄割拠と言える。その中で長年、安定して勝ち抜いてきた店のママなのだから、彼女が持っているのは、ただ美人だとかいう陳腐な才能だけではない。ほかに差を付ける衣装や会話のセンス、客あしらいのうまさ。そして、ママである以上は店自体を仕切る腕。中でも店で働く女性達をどう売れっ子にするかが重要だ。彼女はそういう人材育成でも秀でていた。上客を掴み適度に楽しませて店にお金を落としてもらう技は、一朝一夕には習得できない。総合的に見て、若い娘達と一線を画す魅力が彼女にはあった。
この日、新しく店に入るホステスが一人いた。ホステス自体が未経験だという。そういう娘にはミナエはいつもして聞かせる話がある。ここがどんな世界か、どういうことがあるのか、そんなことから優しく丁寧に、おもしろおかしく、時に真剣に話して聞かせる。もちろん採用するときにもいろいろ話すが、本番を迎えるきょう、この日の心構えを作らせ、その娘がどんな人間であるかをさらに見て取る時間でもあるのだ。
「月並みな話だけれど、うちのお店は素人女が小遣い稼ぎをするところじゃないの。プロとしての立ち居振る舞いをしてもらいますからね」ママは少し強い調子で彼女に言った。彼女は「ルミ」と店で名乗ることになっていた。
「はい。生意気かも知れないけれど、わたし本気でママみたいに上ってゆきたいと思っています。きょうはうまくできるかわからないけれど、よろしくお願いします」ルミは前のめりにミナエにそういった。
「最初は意気込んでこの世界に入る娘も多いけれど、何しろ「負け」ちゃダメよ」
「はい。がんばります」
その日、ルミは初めて客の席に着き、なんとかママに教えられたとおりのことをこなした。少しばかりだが客と話しもした。それは初めてにしては上出来だとママは見ていた。むしろ才能を感じる。これから大きく伸ばしてあげようか、ママをそんな気にさせた。しかし、客一人を相手にするだけなら、まあまあ上出来だったが二人三人の客を同時に相手をするスキルは持っていなかった。それをママはルミにあとから話した。
「テーブルについたとき、一人で客を何人相手にできるか、っていうのもプロの技ね。これは笑い話みたいなものだけど、『右手で一人。左手で一人。お話で一人。目線で一人。テーブルの下の足先で一人』相手にできるなんていうの」そう言ってママは口に手を当てて上品に笑う。ルミはその話を聞いて、急に力を込めて話し出した。
「なるほど!そうなんですね。それならわたし、もっとできそうです!」
ルミはそう言うと背中から、うねうねとする細長い触手を6本出して見せた。
「クラブ・マーズ」太陽系火星店は、さらに繁盛しそうだ。