第4話
「ドロール・サウォル・ディド・ダーズ」
忘れないよう、呪文のように呟きながら、ウーは学芸館に帰りついた。
言葉の響きを考えれば、古代語と考えて間違いはないと思う。だが、ウーはまだ勉強中の身の上で、簡単な単語しかまだ覚えてはいない。
「何の呪文だそりゃあ」
ぶつぶつと呟きながら石造りの学芸館の入り口を通り抜けようとした所に声をかけられた。
「あれ、父上」
木を彫って設えられた扉の横で壁にもたれて、男が腕を組んでいる。日除けの布を無造作に被った下から、浅黒く日に焼けた面がウーを見つめていた。
端正な貌は黙っていれば近付き難い程の冷たい印象を与えるが、一度笑えば途端に親しみを感じさせる雰囲気へと変わる。
ウーの知る父はいつも笑顔だった。
「こんな時間にどうしてこんな場所に?」
仕事はどうしたのか、と直接尋ねるのは流石にはばかられて、ウーは小さく首を傾げる。
「お前が帰ってくるのを待ってた」
「僕を?」
……なんのために?
「とにかく中に入りましょう。喉は渇いてませんか?」
それほど長く空けていた訳ではないが、待っていたと言うからにはそれなりの時間ここに立っていたのだろう。
王たる者がなんという不用意な事をしているのか。
「……用事があるなら呼べばよかったじゃないですか」
「用事がねェと息子の顔も見れねーのかよ……」
頭に被った布を面倒そうに取り払いながら、王は片手でウーの頭を撫でた。
「それに王宮だと色々気ィ遣うだろ。年寄り連中は堅苦しくていけねェ」
苦笑いで肩をまわして見せて、王が片目を瞑る。
え? もしかしてただのサボりだったりする?
扉を開けてすぐの空間は、机と椅子を並べた図書の閲覧室になっている。王宮に出入りできる者ならば誰でも利用可能だが、今日のところは誰も利用する者がないようである。
王は机の上に布を放り出し、椅子の上に身を投げ出すようにして落ち着いた。
長く伸びた黒髪が、さら、と微かな音をたてる。ウーの髪色も黒である。
この国では多くの人の髪が濃い色をしている。昼間会った少女のような色の薄い髪は珍しかった。
「まさか本当に僕の顔を見に来た訳じゃないでしょ?」
机に広げた布を意外にも几帳面な手つきでたたみ始めた王に、ウーは言う。
手は止めないまま、王の視線が向かいの椅子に行くのに、意図を汲んだウーは溜め息をついてそれに座った。
「ばぁさんが昔よく寝物語にしてた話があっただろ?」
「影の国のおはなしのこと?」
「それだ、影の国……」