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第2話



懐に師匠への土産をおさめ、ウーは歩みを学芸館へと向けた。

学芸館は王宮の一部の建物を倉庫へと転用したもので、数多の書物が収蔵されている。

その多くが書物と聞いてすぐに思い浮かぶ紙を束ねたものではなく、石版などの古いものである。

ウーはその古文書を研究する学生なのだ。

雑踏の中を歩くうち、耳許に囁き声を聞いた気がして、ウーは足を止めた。

目の前をふわりとよぎるものがある。

てのひらほどの大きさの蝶のような生き物だ。

もっとも、ウーは蝶というのを図鑑でしか見たことがない。 熱砂の国に住むことのできる昆虫はとても少ないのだ。

ふわふわと動く羽は半透明でかすかに向こうが透けて見える。

一羽が過ったと思ったら、もう一羽があとを追うように翔んできて、建物のかげに消えていった。

風精が街の中に現れるなんて珍しい。

「……呼ばれたのかな」

ウーは呟いて風精の消えた方へと歩みを進めた。

バザールを抜ければ、そこは高級住宅街である。日中でもあまり人通りの多くない場所だ。

「……きゃあッ!」

角を曲がりきるまでに、ちいさく悲鳴が響いた。慌てて足を速めると、建物の影に獣の後ろ姿が見えた。

ひどく豊かな毛並みの、四つ足である。

灰色の毛におおわれた前肢の下で、ひらりと布が揺れた。風精が潜り込んでウーの目にその存在を知らせたそれは、多く女性が頭に巻く布である。

「助けて…!」

獣に組み敷かれ、布の持ち主は地面に引き倒されていた。

なるほど風精はこのためにウーを呼んだのだのだろう。

「大丈夫ですか?」

なんて間の抜けた問いかけだろう。

自分でも情けなくなりながらウーが言うのに、布を踏みつける足はそのまま、獣が振り返った。

興奮しているのか、食いしばった歯の間から、低い唸り声が洩れる。

「だっ、大丈夫だけど…っ」

獣の体の下から、少女の声がした。

喋る余裕はあるようだ。ウーは獣の全身に目を凝らした。どこから集まったものか、風精にたかられて長い毛がなびいて見える。

それは大きな狼である。

藍色の瞳が検分するかの如くウーを見つめた。

「足を、のけてくれる?」

ウーの声に応えるように、狼が喉を鳴らす。

上体が僅かに沈み、ウーは内心でひどく緊張した。飛びかかってくる前兆かも知れない。

あとからあとから集まってくる風精が、ウーの肩を通り過ぎて髪を揺らす。

不意に狼はウーに興味を無くしたように視線を外した。無造作に踵を返し、数多いる風精を引き連れて路地の角に消えていく。

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