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外伝09話:似非乙女の似非少年(中編) -Sver HaktZehtek-

'19.12/03 演出を大幅変更。

'20.08/29 演出変更に加え、スフィルの出自に関する新規エピソード追加。

'20.09/11 またもや演出を変更してしまいました。

外伝09話:似非乙女の似非少年(中編) -Sver HaktZehtek-


 * * *


 スフィルはザイレムを見下ろしたまま、言葉を失っていた。

 例年この卒業試験の敵役は、警護課の後輩か、となりの警備課からの(すけ)()が務めるものだ。

 なのに。


(公安が、どうして……?)


 派遣公安課とは、王国憲兵部の13課のうちのひとつで、「公安」の略称で呼ばれている。

 その名が示すとおり、全国でも指折りで治安(ちあん)の悪い地域に派遣され、そこで重犯罪者たちをあますところなく鎮圧(ちんあつ)して、王国の治安(ちあん)を守ることが職務だ。重犯罪者の殲滅(せんめつ)に特化した、13課随一の強者(つわもの)(ぞろ)いの課である。

 (じゃ)の道は(へび)ということか、彼らの武力とガラの悪さは、実際の殺し屋やマフィアなどの重犯罪者と争えるほどであり、憲兵部のなかでは異質の組織なのだ。

 虚勢(ブラフ)だ、と咄嗟(とっさ)にスフィルは、ザイレムの発言が(うそ)である可能性を考えたが、そうでないことは、薄々わかっていた。

 ゲームの(みやこ)目都(アレンガル)にて、十年ほど自宅に軟禁されていたスフィルは、(こと)ゲームの技術に関しては、王都(カルタゴ)(だれ)にも引けを取らないほどに磨きがかかっていた。戯札(シャトミズマ)陸上将棋(サテュラン)で相手の思考を読むことに専念(せんねん)した結果、並大抵の(うそ)なら、すぐに気づけるようになったのだ。

 スフィルのゲーマーとしての直感が、彼が(うそ)つきでないことを知らせていた。


「一応、証拠にあなたの徽章(きしょう)を見せてくれませんか」


 ザイレムは(しば)られたままの姿勢でもぞと身体を(ひね)って、腰帯につけられた所属を示す金属の徽章(きしょう)を見せた。

 黒と黄色のストライプの上に、双剣が(かたど)られた紋章。――まごうことなく、派遣公安課を示す徽章(きしょう)だった。

 驚きを示すスフィルに対して、ザイレムはさらに驚いている様子だった。


「お前、俺たちが公安って知ってたんじゃなかったのか。俺の名前も知ってただろ?」


「それはあなたの飾手拭(カツァフ)に、名前が刺繍(ししゅう)されてたからですよ」


 スフィルはぞんざいに(タネ)を明かすと、「それより」とザイレムを見つめた。


「答えてください。どうしてこの試験で公安が動いてるんですか。公安は、警護課とは関係ないはずです」


 憲兵13課一の高貴をきわめた警護課が、その真逆を行く公安と、接点などあるはずもないのだ。なにせ彼らは「憲兵部の殺し屋」などというあだ名で呼ばれる、本物の犯罪者に引けを取らぬほどの物騒(ぶっそう)な連中だ。

 この試験には、なにか裏があるに違いない。スフィルがまだ気づいていない、なにか大きな(わな)が。

 一刻も早くそれに気づかなければ、この最も大切な試験を、落とすことになりかねない。

 心臓がドクドクと脈打(みゃくう)つ。


「悪いが、それは知らないんだ。俺たちの協力の理由に関しては、むしろこっちが聞きたいくらいだ。仲間たちも皆不平を言ってるんだ。『なんで俺らが、お前ら臆病(チキン)野郎どもの試験なんか手伝ってやらなきゃなんねーんだ』ってな」


 やはり彼は、(うそ)は言っていない。

 つまりここからわかることは、なぜか派遣公安課が協力させられているが、なぜかは敵役の訓練生でさえも知らないということ。すなわち、この試験の裏には、彼らを動かしている何者かが存在しているということだ。

 一刻も早く、その正体と動機(どうき)を知らなければならない。

 スフィルがそこまで思案(しあん)したときだった。


「スフィル、大丈夫だったかっ!」


 突然絨毯(じゅうたん)の道の奥から、複数の人間が()けてくる音が聞こえた。

 絨毯(じゅうたん)の奥を見やれば、その角から、こちらに近づいてくる四人の影が見えた。赤い長外套(クローク)をまとった護衛対象と、彼を(かこ)う護衛の仲間三人だ。

 スフィルは班員全員の無事を確認して、ひとまず安堵(あんど)した。


「悪い相棒、待たせたな。無事で何よりだぜ」


 真っ先に()けてきてそう言ったのは、長身の青年だった。呼び名をティガルという。護衛班副班長(サブリーダー)を務める、最年長護衛官である。最年長とはいっても、若手ばかりが集まるこの憲兵学校での話なので、(いま)だ若い17歳。スフィルより三年も年上だが、この憲兵学校三年間、寝食(しんしょく)を共にしてきた相棒である。


「ティガル、(ひも)、ありがとうございました。今返しますね」


 スフィルはザイレムを巻きつけている(ひも)を、彼の背中から手際(てぎわ)よく(ほど)き、輪にして(たば)ねた。

 晴れて自由の身になったザイレムは、手をブラブラと振ると、無言のうちにその場で(ひざ)(かか)えて座った。スフィルの宣言通りに彼の仲間が全滅したことを悟ったからか、その表情は暗かった。

 相棒ティガルはいつも長い(ひも)を携帯しているので、今回の(おとり)作戦で、(わな)を張って敵を捕縛(ほばく)するために、彼から借り受けたのだ。

 (ひも)(たば)を差し出しながら、スフィルはティガルに問いかけた。


「それにしても、ちょっと遅かったですね。不測の事態でも起こったんですか」


「それが――(ちっ)とばかし敵に苦戦しちまってよ」


 苦笑しながらぽりぽりと(ほお)()くティガルの胸に、スフィルは(こぶし)()き出した。


「とにかく全員無事で何よりです。試験成功して帰ったら、絶対チーズカツレツつくってやりましょう!」


「ああ、サイコーだな。スフィル様の手料理のためなら、この先も頑張れるってモンだ」


 スフィルは()き出した右手で、そのまましっかりと相棒の胸ぐらを(つか)んだ。


「――ええ、もっとも、ティガルは晩餐(ばんさん)の食材サイドですけど」


「えっ……?」


 ティガルが(あわ)てて振り払おうともがいたが、もう遅い。

 胸ぐらをしっかりと(にぎ)り、スフィルは相棒をしっかりと見上げたまま、うっすらと口角(こうかく)を上げた。


「な、なんだってんだよスフィル。オレたち相棒だろ? 相棒をディナーのおかずにするつもりかお前?!」


 なんだと尋ねる(わり)に、彼はよく心当たりがあるらしく、その声は(うわ)ずっていた。


正直(しょうじき)、ショックですよティガル。まさかボクの相棒が――(おとり)役のボクを放って、任務中にチーム内でケンカしてて遅れるなんて! それを『敵に苦戦した』とかウソつくなんて! 三年間寝食(しんしょく)を共にした相棒を捨てて、ノワン君と仲良く(なぐ)り合ってたわけですか!」


「な……っ」


 ティガルは何も言えずに目を見開いていた。


「な、なんでわかったんだよ……その、ノワンとケンカしたって」


 彼がちらりと視線をやった先では、ひとりの少年が側方を向いていた。

 大きなストールで首や口もとを(おお)った少年で、そのクセのある前髪は、片目を(かく)すほどに長い。美人で有名な月神(アルクレン)州出身の彼は、普通に見れば整った顔立ちをしているのだが、普段顔を(おお)ってしまっているために、それを知る者はほとんどいない。

 人と距離を置きたい意思がにじみ出るそのダークな外見にたがわず、彼は必要なこと以外は話さない無口な護衛官だ。

 彼が同じチームの同僚(どうりょう)、ノワンである。


「見ればわかるんですよ、見れば!」


 スフィルは言いながら、ビシリと相棒の(ほお)に指を()き立てた。


「ティガルの右の(ほお)にできたその(あざ)。それがすべてを物語(ものがた)ってるんですよ!」


「……っ!」


 ティガルが反射的に(あざ)を手で隠したが、もう遅い。すべて()()()いるのだ。


帯刀(たいとう)してるティガルに対して、背後ならともかく、正面の、しかも右の(ほお)(こぶし)をぶつけられる敵なんて、いるわけないでしょう。ティガルは右()きなんですから、右の(ほお)なんて、一番間合いに入りにくいところなんですよ。つまり、そこを傷つけられる人間がいるとしたら、最初から間合いに入ってる『味方』以外にいないんです」


 ティガルが降参とばかりに手を上げた。


「おっしゃるとおりです、相棒。でも、なんで相手がノワンだとわかった」


 ノワン以外にも、ティガルと行動を共にしていた味方はあとふたりいる。護衛ひとりと、護衛対象役ひとりだ。だが、彼らでないとわかった理由は明白だ。


「さっきからノワン君だけが、腕を組んでそっぽを向いてるんですよ」


 一匹狼の彼が、会話に加わりたくないとばかりに側方を向いているのはいつものことだが、任務中に「腕を組んでいる」となれば、話は別だ。


「常に四方を警戒しなきゃいけないこの状況で、無意識のうちにすぐに剣を抜けない姿勢を取ることはありえない。あるとすればそれは、本来警戒しなきゃいけない外の敵よりももっと内側に、心理的に警戒しなきゃいけない人間――ティガルがいたからです。それと、ボクに(なぐ)ったあとの(こぶし)()られてバレることを、無意識のうちに警戒したがゆえに、手を腕に(かく)したのかもしれません。とにかく、ティガルの傷と、ノワン君の姿勢が、なんでこんなに遅れたのかを明白に示してるんですよ!」


「ま、待てよスフィル。ノワンがカッコつけて腕組んでるなんて、いつものことだろ?! たとえ大事な任務中だって、ヤツならやりかねないぜ」


「とっとと謝ればいいのに、往生際(おうじょうぎわ)の悪いことですねえ! なら、もっと明白な事実で示してやりましょうか」


「な、なんだよ」


「ノワン君以外、あんたの正面右側を一本取れる人がいるワケないでしょーが! それにあんたとノワン君は、元々モーレツに仲が悪い! そのことは、警護課なら皆が知ってる周知の事実なんですよ!」


「ぐっ、痛いとこ()かれたぜ……」


「『痛いとこ突かれた』じゃないわっ! よくそれでバレないと思いましたね。このボクの【真実の芽(アルセクラ・アルクォンカ)】に」


「クソ、スフィルのヤバ能力めぇ……」


 【真実の芽(アルセクラ・アルクォンカ)】。スフィルの推理能力に対して、相棒ティガルが名づけた呼称(こしょう)である。

 スフィルは長年のゲーマーの(かん)で、嘘とイカサマを見抜ける特技がある。その上、陸上将棋(サテュラン)()(さい)(つちか)った、同時並行(へいこう)で数十通りのパターンを検証(けんしょう)しながら次の手を考える思考法をもってすれば、対峙(たいじ)する人間について、ひと通りのことを当てることが可能だ。

 以前、スフィルの推理に(おそ)(おのの)いた相棒に対し、その能力を説明したことがある。

 ひとつの状態から、さながら枝葉が分かれて植物を成長させていくようなイメージで、論理を成長させていく思考回路が身についてしまっているのだと解説したところ、そこから相棒に名づけられたのが、【真実の芽(アルセクラ・アルクォンカ)】だった。

 相棒がその異名(いみょう)を仲間内に広めてくれたおかげで、スフィルが相手の嘘や状況を見抜くことに対して、一々疑問に思われることはなくなったので、最近ではスフィルは自称するようにしている。


「ボクの【真実の芽(アルセクラ・アルクォンカ)】を前に、陳腐(ちんぷ)なウソが通用すると思わないことです。さぁて、覚悟は良いですか、ティガル。テメーの肉を切り刻んで()げ物にして、上からアツアツのチーズをぶっかけてやる……!」


「やめろ相棒! ごめんってばマジ! このとおり!」


 ティガルが胸に手を当て謝ってきたので、スフィルは(こし)のポーチから取り出した小槍を引っ込めた。

 うつむく彼の(ほお)を見上げれば、高くのぼる日の影となった肌にさえ際立(きわだ)って、赤黒い(あざ)がくっきりと形を残している。

 見るからに痛々しいが、これで彼も不毛な喧嘩(けんか)()りたことだろう。


「それにしてもティガル、ものの見事に左ストレートをキメられたようですね」


 ノワンは左利きなので、彼の()き腕による、おそらく一番速い一撃を食らったわけだ。


「いや、だってアイツ、()けたと思ったら、ありえねー動きしてぶつけてきやがったんだよ」


 ティガルの言う「ありえねー動き」――その並外れた俊敏(しゅんびん)性による変幻自在な速攻、通称【変幻速攻】こそが、ノワンが「バケモノ」として(おそ)れられる所以(ゆえん)である。

 至近(しきん)距離で彼に(いど)んだら、手酷(てひど)い反撃をくらうことくらい、見なくても想像がつく。それくらいのことはティガルも承知のはずだが、ノワンに(いど)んだのは()()()()()なのだろう。

 ティガルは無謀(むぼう)な相手にこそ果敢(かかん)(いど)みたくなるという、天邪鬼(アマノジャク)な困った性格をしている。

 なので、少々痛々しいが、完全に必然から生まれた自業自得(じごうじとく)である。

 ちらりとノワンを見上げると、彼はスフィルにそっけなく言った。


「俺は謝るつもりはないからな」


「テメエ、先にオレに殴りかかってきたクセに、何スカしてんだ。オレがスフィルに謝ったんだから、テメエも謝れよ!」


 ティガルの言葉に、ノワンは心底(いや)そうに、髪で隠れていないほうの目を細めて横を見やった。


「元はと言えば、お前がフザけたこと言い出したからだろ」


「オレが何言ったってんだよ、あ”ぁ?」


「まさか(おぼ)えてないのか? そうか、お前は存在がフザけてるからな」


「テメエもういっぺん()るか?!」


「ほう、性懲(しょうこ)りもなくまた(なぐ)られたいのか」


 二人はそこで立ち止まり、赤い長外套(クローク)の護衛対象をはさんで(にら)みあった。


「ふたりとも! ケンカ良くなかった! 今スフィル困った!」


 突然カタコトのイスカ語で間に割って入ったのは、もうひとりの護衛官の少年だった。スフィルよりひとつ年上の15歳の同僚(どうりょう)で、呼び名はダカである。

 褐色の肌をもつ背の高い少年で、この地方ではほとんど見かけない容姿だ。弓の名手であるがゆえに、この国の奥部(おうぶ)地方の憲兵の推薦(すいせん)で上京してきたらしい。

 ダカの参入で数を味方にしようと思ったのか、ティガルが彼の肩を引き寄せながらささやいた。


「なあ、ダカはオレの味方だよな? オレにいきなり(なぐ)りかかってきたあの根暗(ねくら)ぼっち野郎が百パー悪いと思うよな?」


「オレ、いつもスフィルの味方だった。ケンカ良くなかった、スフィル言った。止めるべきだった」


 たどたどしいものの、ダカの口調(くちょう)(がん)として()るがなかった。

 もともと違う言語圏で育ったらしい彼は、上京して三年経つ今でもイスカ語がおぼつかない。彼の母国語に時制(じせい)概念(がいねん)は存在しなかったらしく、彼のセリフはすべてが過去形になってしまっている。

 皆ダカ語には慣れたものなので、ティガルは文法にはとくに気にすることもなく、だがその内容によって頭を(かか)えた。


「なんだよ、ダカ! この裏切り者め!」


「スフィル! オレ、ふたりのケンカ止めれなかった、ごめんだった」


「いえいえ、良いんです。今このバカ共のケンカを止めてくれてありがとうございます」


 スフィルはしょんぼりとうなだれる同僚(どうりょう)の背中をポンポンと叩きながら言った。


「でもオレ、早くスフィル助けに行きたかった、スフィル護りたかった、オレ護衛官だったのに、これじゃ護衛官失格だった」


 ダカはまるで、護衛対象に怪我(けが)をさせたかのように、申し訳なさそうにうなだれている。その態度に、「まさか」という思いがスフィルの胸をかすめた。


「あの、ダカ君。いちおう念のために確認しておきますけど、今日の任務の護衛対象は?」


「スフィル」


「違う!」


「明日の護衛対象もスフィル。明後日(あさって)もスフィル。オレずっとずっとスフィル護った、そのために護衛になった」


 スフィルは無言で頭を(かか)えた。

 もとは言葉が通じずに浮いていたダカにイスカ語を教えただけなのだが、それがどうして友だちを通り()して護衛対象にされてしまったのかは、スフィルにはよくわからない。

 訓練ではいつも、ダカはスフィルと同じ班になりたがるのだが、彼は護衛対象そっちのけでスフィルを護るので、見かねた教官によって別の班に指定されることが多い。()しくも今回の重要な試験で同じ班になってしまったことは、ダカにとっては幸いなのかもしれないが、スフィルにとっては複雑な心境(しんきょう)だ。

 弓の実力は折り紙つきで、動きながらでも正確に射抜くその天性の弓のセンスは、教官をして「バケモノ」と言わしめたほどなのだが、いかんせん草原育ちの彼には、言語と常識が通じない。

 こと仲間の連携が重要な護衛という職において、「通じない」はかなりの痛手である。

 スフィルは頭を(かか)えながらも、懇切(こんせつ)叮嚀(ていねい)に説明した。


「いいですか、ダカ君。明日以降ボクを護るのはいいんです。でも今日だけは――今日だけでいいですから、こちらの『殿下』を最優先でお護りしてください。いいですね」


 スフィルが示した先にいるのは、護衛対象役として試験に参加している警護課の後輩だ。設定上は実在の王子様役なので、「ホムラ王子殿下」と呼ばれている。

 彼は護衛対象の目印である赤いフードつきの長外套(クローク)羽織(はお)っていて、それがすっぽりと全身を(おお)っているので、(はた)から見れば砂上に立つ赤い毒キノコのような恰好(かっこう)となっている。

 ダカはちらりとうしろの護衛対象に目を向け、それから不満げに厚い(くちびる)を引いた。


「オレ、スフィル以外のイスカ人、護りたくなかった」


「ダカ君、護衛対象の()(ごの)みはダメです」


「オレだってこんな根暗(ねくら)ぼっち野郎と一緒に護衛したくなかったし」


「護衛の()(ごの)みもダメに決まってるでしょう! 今日は最終試験ですよ!」


「ケッ、憲兵学校最後の思い出が、コイツと一緒とかよぉ」


「同感だ。まさか任務に『思い出』などと抜かしやがる、卒業試験を卒業旅行と混同(こんどう)した馬鹿と一緒とはな。コイツのせいで俺の進路に悪影響が出たら迷惑千万だ」


「なんだとテメェ……」


「だぁから! いい加減にしなさい、ふたりとも! それ以上ケンカするなら、精肉(せいにく)レベルで二人一緒に、同じ腸のなかのソーセージにすんぞ、ゴラァ!」


 スフィルが(めずら)しく声を(あら)らげれば、(にら)みあっていたティガルとノワンがふり返り、同時にごくりと(つば)を飲んだ。

 この二人の仲が悪いのはいつものことだが、この重要な試験のときにはさすがに勘弁(かんべん)してほしい。


「お、おい。たかがちょっとした言い争いくらいで物騒(ぶっそう)だぜ、班長(リーダー)


「しゃーしいわ! 『ケンカ両挽肉(ミンチ)』って(ことわざ)があるんですよ、北方戦士(ドウィニグ)のしきたりでは! 挽肉(ミンチ)にされて一緒に仲良く腸に()められたいですか!」


(こえ)えええ」


 実際のところ、母方の故郷にそんな風習はないが、スフィルはこの学校で唯一の北方戦士(ドウィニグ)末裔(まつえい)なので、関係ない。相手を恐怖させるために必要であれば、新しく(うそ)伝説を広めることに、躊躇(ちゅうちょ)はない。


「しっかりしてくださいよ、副班長(サブリーダー)。チームの『信頼』が、護衛にいちばん大切なことなんですから。仲が悪いと、成功できるものもできないですよ」


 今日の試験における、スフィルのいちばんの懸念(けねん)事項が、これだ。

 今回の護衛チームは、一点においては皆実力者(ぞろ)いではあるものの、いかんせんメンバー同士の相性(あいしょう)が最悪なのだ。その意味では、今までの訓練で最悪の人選だと言える。

 下手をすれば、彼らの些細(ささい)連携(れんけい)ミスが、任務失敗へと(つな)がりかねない。

 (にら)むように相棒を見上げれば、彼はついに(あきら)めたように両手を上げた。


「はいよ、班長(リーダー)


「で、ノワン君は? チームで協力する気あるんですか」


 ノワンはじっとスフィルを見据(みすえ)えていたかと思うと、スフィルの問いかけを軽く無視しながら、ぞんざいに手首を(つか)んできた。


「スフィル、ちょっといいか。聞きたいことがある」


 そう小声で言うや(いな)や、彼は有無(うむ)を言わさぬ調子でスフィルを()れて、ほかの護衛たちから離れた袋小路(ふくろこうじ)に、ずかずかと歩きだしてしまった。


「あの、ノワン君、何なんですか……? 今は一刻も早く、『門』を通り抜けたいんですが」


 ほかの護衛たちから充分に距離を取ったことを確認すると、ノワンは単刀直入に言った。


「お前、あの敵役の男に、性別バレたのか」


「え……っ?」

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