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外伝08話:似非乙女の似非少年(前編) -Sver HaktZehtek-

'20.06/28 文章若干修正。

'20.09/10 演出を全面的に変更しました。具体的な情報に変更はありません。

外伝08話:似非(えせ)乙女の似非(えせ)少年(前編) -Sver HaktZehtek-


 * * *


 スフィルはザイレムの背中に馬乗りになって、彼を拘束(こうそく)する(ひも)を操っていたが、ようやくしっかりと(しば)れたらしく、「これでよし」とひとりごちると、ザイレムを地面の上に座らせた。

 ザイレムの視界にうつったスフィルは、まるでサプライズで相手の頭に自作の花冠(はなかんむり)()せた野原の少女のように、幼気(いたいけ)(おだ)やかな笑みを浮べていた。


「さて、これでお(たが)い面と向かって話しやすくなりましたね。ボクたち、暗殺者さんたちの情報が聞きたいんです。教えてくれませんか」


「悪いが、『死体』となった俺は、話すことは禁止されている」


 ザイレムは、スフィルの笑顔を直視できずに()げた。

「話せない」と話すなど、いかにもな言行(げんこう)不一致だが、今のザイレムの頭には、そんなことに思考を巡らす余裕がないほどの羞恥(しゅうち)渦巻(うずま)いていた。

 あろうことか、任務中に敵役の美少女に手を出しかけて油断(ゆだん)したなど、仲間に知られれば大恥だ。


「おや、断れる余裕は、あなたにはないはずです。――教えてくれなきゃボク、先ほどあなたがボクを女と勘違いして(おそ)おうとしたこと、試験後にあなたのお仲間に言っちゃうかもしれませんよ?」


 ザイレムは思わず、目を()いてスフィルを凝視(ぎょうし)した。今(もっとも)(おそ)れる彼の弱点を、スフィルがいともたやすく口にしたのが、彼を何よりも恐懼(きょうく)させた。


「『(いくさ)を制すのは情報だ』ってね、昔の兵法の言葉にあるんですよ。勝つために、ボクたちはどうしても敵の情報がほしい。でもあなた方は、さすがにタダでは教えてくれませんよね。だからボク、わざわざこんな、上から死角(しかく)になる袋小路(ふくろこうじ)にまで、あなたを誘導(ゆうどう)したんですよ」


 すぐ隣の憲兵学校本館の三階バルコニーから、試験官や来賓(らいひん)がこの絨毯(じゅうたん)だらけの試験会場を見下ろしていて、受験者の動きを採点することになっている。

 この場所はちょうど、完全に彼ら傍観(ぼうかん)者から死角(しかく)となった、絨毯(じゅうたん)のすぐ裏側(うらがわ)である。ちょっと試験官に見られたくないことをするには、うってつけの場所だ。


「それでわざわざ奇襲失敗したように見せかけて、あなたが(わな)にかかってくれるのを待ってたんですよ。ボクを女と間違えて襲おうとしたなんて、知られれば超絶恥ずかしい――ボクたちに情報を教えてくれるのに充分な弱点をつくらせるためにね」


「まさかここまで、すべて俺から作戦を聞き出すための……?」


 罠だったのだ。

 ザイレムは戦慄(せんりつ)した。

 この(おさな)い護衛官、どこまで策士なのだ。

 奇襲を仕掛けること自体、(なみ)の護衛官ではできようもないのに、あえて負けた上に、ザイレムが理性を飛ばすところまで、この幼気(いたいけ)な護衛官の手のひらの上だったというのか。

 確かな戦闘経験と奇襲の技術、いともたやすく敵を()める頭脳、そして、あえて襲わせ限界距離まで敵を引きつける、(すさ)まじい理性と覚悟。

 戦闘経験だけならともかく、(こと)覚悟においては、到底この(おさな)い護衛官に(かな)わないと、ザイレムは悟った。

 もし立場が逆なら、これがザイレムの卒業試験だったなら、いくら重要な任務とはいえ、そんな危険な役回りは死んでもお断りだ。

 そこまで考えを(めぐ)らしたとき、一点だけ、重大な気がかりが、ザイレムの口をついて出た。


「『間違えて』ってことはお前、本当に男だったのか……?」


「『兵は詭道(きどう)なり』。――見かけで(だま)されちゃダメですよ、ザイレムさん」


 あくまで(おだ)やかな笑みを(くず)さぬ調子の声が、ザイレムの頭に妖艶(ようえん)な響きをもって聞こえた。


「さぁ、敵役の情報を教えてくれる気になりましたか。協力してくれたら、あの件はあなたのお仲間に言わないでおきますよ」


「い、言いたければ言えばいい! 俺はこれ以上、仲間を裏切る気はない!」


 スフィルの覚悟の重さに対して、任務中に相手の色気(いろけ)(うつつ)を抜かした自分の、いかに浅はかで(おろ)かしいことか。

 14歳の少年との、憲兵としての意識の差が浮き彫りに出た形になって、はからずもそれが、ザイレムの職務への忠誠心に火をつけた。

 スフィルは意外とばかりに目を丸くし、それから今度は、困ったような、あるいは安堵(あんど)して気が抜けたような、そんな機微(きび)()んだ微笑(ほほえ)みを見せた。


「その覚悟、同じ(まな)()の憲兵として尊敬します。訓練でプライドを捨てられる人は、なかなかいないですから。――だからこそ、残念です。本当はそんな人に、痛い思いをさせたくなかったんですが」


 スフィルは言いながら、腰のポーチから、先ほど絨毯(じゅうたん)の下で見かけた黒い時計の針を取り出した。


「ボクは見ての通り、半分外国人の血が入っています。北大陸の喰人狩猟(しゅりょう)民族『北方戦士(ドウィニグ)』のね。昔から本物の北方戦士(ドウィニグ)のじいちゃんに戦士教育を受けてるボクは、軟弱(なんじゃく)なイスカ育ちのお(ぼっ)ちゃんの感覚が、ちょっとわかりません。痛さの加減(かげん)とかも、できないかもしれないんですけど――」


 世にも(めずら)しい赤髪の少年が、その手のなかに、世にも不気味な先の鋭利(えいり)な黒い時計の針を(もてあそ)んでいる。彼の手のひらで器用(きよう)にくるくると(おど)るそれは、具体的な使用用途(ようと)が思いつかない分、通常にはない恐怖をザイレムに与えた。

 どうする気かはわからないが、何をする気かはわかる。この場で拷問(ごうもん)する気なのだ。

 ザイレムの身体は、その場で(こお)ったように硬直(こうちょく)した。

 北方蛮族(ドウィニグ)

 伝説でしか聞いたことのない、海を(はさ)んだ北のその連中は、人の血肉を(むさぼ)()うために、髪色が血のように赤く()まっているという。

 普段なら、そんなのおとぎ話だと笑うところだが、本物の赤髪を前にすれば、えも言われぬ説得力がはたらいた。

 いくら少女のような美少年でも、彼は人の生き血を(すす)って生きてきた民族の末裔(まつえい)だ。蛮族を怒らせると、何をされるかわかったものじゃない。

 ザイレムは()き上がる恐怖を制しながら、つとめて冷静に、スフィルに制止をかけた。


「悪いがスフィル一等兵、(あきら)めるのはそちらのほうだ。作戦はそちらの負けだぞ」


 スフィルがすっと目を細めた。


「どういう意味ですか」


「俺たちは五人一組で、ある場所を見張ってたんだ。そこに俺がお前におびき出されて、かれこれ数分刻たつ。その間、残された四人は、俺が帰ってこないことを確実に不思議(ふしぎ)がる。今ごろほかの見廻りチームにそのことを話して、このあたり全体で俺の捜索をしているだろう。つまり、尋問(じんもん)のためにこんな袋小路(ふくろこうじ)にまで誘導(ゆうどう)したお前は、そのせいで今、まさに袋の(ネズミ)となっている。俺の仲間に見つかるのも、時間の問題だぞ」


 そう。彼はわざわざ自分から、ザイレムの仲間の捜索から(のが)れられない、行き止まりに来てしまったのだ。

 見張りもいなければ見廻りの周回ルートからも(はず)れるこの場所は、あえて襲わせるにも、その後拷問(ごうもん)するにもうってつけの場所だろう。だがだからこそ、暗殺者役が目を皿にして捜索を始めれば、もはや逃げようがないのだ。


「そもそも、こう考えたことはありませんか。『なぜ護衛班で一番非力なボクが、ひとりでわざわざ一番強そうなあなたを呼び出したんだろう』と」


 少年護衛官の大きな瞳は、危機を宣告されても()るがず、淡々としていた。


「すべてはあなたのもってる、その笛のせいですよ」


「この笛だと?」


 ザイレムは、五人の見張りのなかで唯一(ゆいいつ)、腰帯に金属製の軍笛(ぐんてき)をさげている。敵の襲撃に遭った際、周囲の見回りの応援を呼ぶためだ。

 一度でも笛を()いて応援を呼べば、たちまち十数人もの仲間が、こちらに()けつける。その圧倒的な敵数を前にすれば、護衛対象を(ふく)めたった五人しかいない護衛班には勝ち目がないだろう。


軍笛(ぐんてき)をもつあなたに敵の応援を呼ばせないためには、護衛班で一番ナメられそうな外見のボクが、(おとり)として(さそ)い出すしかなかったんです。(げん)に、奇襲失敗したボクを見て、『応援を呼ぶ』って選択肢は、頭から抜けてたでしょう。班のなかで、応援を呼ばれなさそうな貧弱(ひんじゃく)な見た目をしてるのは、ボクだけなんですよ」


「俺の笛……(おとり)……ひとりで(さそ)い出す……まさか」


 ザイレムは、ようやくすべての合点(がてん)がいって、スフィルを見上げた。


「お前らの目的は俺じゃなくて――あいつらか」


「そう、標的(ターゲット)は最初から、あなた以外の四人なんですよ。だからボクが、笛をもっていて一番強そうなあなたをおびき出した」


 ザイレムは目を見開いたまま、(くちびる)(ふる)わせていた。


「あなたがたが見張っていたのは、『門』と呼ばれる試験の(かなめ)。だからすぐに応援を呼べるよう、その軍笛(ぐんてき)をさげて、ボクらが来るのを待っていた。ボクたちが生きて門を(とお)るには、決して仲間の応援を呼ばれてはならない。だから軍笛(ぐんてき)をもつ人間をひとり(さそ)いこんで、ほかの護衛たちで、あとの気のたるんだ四人の見張りを瞬時に片付ける必要があった。ボクが情報を聞き出したかったのは、もののついでです。――これが、こちらの作戦の全貌(ぜんぼう)ですよ」


 完成された作戦を披露(ひろう)され、ザイレムの仲間も含めて、全員が(おど)らされていたのだと気づく。

 無意識のうちにゴクリと唾を飲み込めば、スフィルは黒い時計の針を、ザイレムの喉元にそっと()きつけた。


「これでもう、チェックメイト(アール・イズマク)なんですよ。あなたのお仲間は全員、あなたに(くら)べたら意識も戦闘技術も低そうなので、すでにボクの仲間が瞬時に片付けてくれたことでしょう。今ごろすでに、全滅している頃ですよ」


 このスフィルという少年護衛官は、恐ろしく頭が切れる。彼がそうと言えば確実にそうであると、説得力がはたらく。

 だがザイレムは、スフィルの最後の言葉に関しては、信じる気にならなかった。


「いや、どうだろうな」


「全滅」は虚勢(ブラフ)だと、ザイレムの理性が告げていた。


「お前たちの作戦では、俺の仲間を全員『瞬時に片付ける』ことになってるそうだが、それならこの状況(じょうきょう)はおかしくないか? もし本当に『瞬時に片付けた』のなら、とうの昔にお前の仲間たちがここに来て合流していると思うが。違うか?」


 スフィルは遠くの絨毯(じゅうたん)に目をやると、さながら出校した子供が帰ってくることを疑わぬ家族のように、平然と言った。


「ええ、皆もうそろそろ、帰ってくる頃だと思いますよ」


「そんなに信じてるのか、お前の仲間を」


「ええ、もちろん。ボクの仲間が瞬殺できないとは思ってないですから。今年の――ボクらの世代の警護課は、『狂気の世代』って呼ばれてるんですよ」


「狂気だと……?」


「数年前、警護課に『バケモノ』と呼ばれた護衛官がいました。全科目で規格外の成績を叩き出して卒業した天才です。彼のいた世代は、警護課の『黄金の世代』と呼ばれています。今、ボクらの世代が『狂気』なんて呼ばれているのは、()()()()()()()()、その『バケモノ』級に匹敵(ひってき)する訓練生が、何人もいるからです。魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する、まさに『狂気の世代』――それが今年卒業するボクらです。ボクの仲間は全員、一点においては化物(バケモノ)クラス。彼らはこんなところで負けるような、ヤワな護衛官じゃない」


 そう断言したスフィルの目には、仲間への絶対的な信頼が、色濃く(きざ)まれていた。


「わかった、俺の負けだ」


 作戦指揮も、仲間への信頼も、この少年には(かな)いそうもないと、ザイレムは悟ったのだ。

 ザイレムはスフィルの話を聞いて、「ウチの班、全滅したかも」と思ってしまった。仲間への信頼という面においても、勝敗は(けっ)したも同然だった。


「で? 何の情報がほしい。俺たち『派遣公安課』について、知ってることは何でも教えてやる」


 だがここに来て初めて、スフィルはぎょっと目を見開いた。


「えっ……まさかあなたたち、『公安』なんですか?」


 それは、ここまですべて計算通りに事を運んでいたスフィルが初めて見せた、心から想定外だとばかりの、不意(ふい)()かれた表情だった。



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