外伝72話:黒い森の王女と五鬼夜行 -elCeksemjun jna Tupanafenet qax qg'ih megrza-
外伝72話:黒い森の王女と五鬼夜行 -elCeksemjun jna Tupanafenet qax qg'ih megrza-
* * *
ひとりのクァカット人の男が、夜の荒涼の大地の先に、黒々とそびえる山を見つめていた。
ここはエル=イスカ連合王国の東端で、クァカット王国との国境付近の砦である。
彼はひたすらに国境の向こう側の、クァカット王国の領土を見つめながら、隣国から訪れるであろう人物を待っていた。
「ネプシェスクレ殿下」
名を呼ばれてふり返れば、彼のとなりで、切れ長の目の女が敬礼していた。
「お初にお目にかかります。護衛官のセツナ・フィアザクシカと申します。これから殿下の姫君の護衛を務めさせていただきます」
よろしく頼む、と互いに軽くあいさつを済ますと、彼女は本題とばかりに、この砦の状況を説明した。
「現在、王国陸軍ニ百名、私を含め護衛官数名が、この砦で姫君のご到着を待機しております」
そこまで言うと、彼女は国境の先にそびえる黒い山を一瞥した。
「あの山は、現地で『あやかしの山』と呼ばれています。古来より物怪が出るとして、人々に忌み嫌われていた山で、現在人は住んでおりません。追手に見つからずに通るには、おそらくあの山からのルートでお越しになるかと」
わかった、とネプシェスクレが言いかけた、その時だった。
ちょうど見つめていた山の方角から、破裂音が轟いた。
銃声だった。
間髪入れずに、二発め、三発めの音が響きわたる。
「い、今のは何だ?! まさか、トゥプが攻撃されているのか?!」
「相手も同じことを考えて、待ち伏せしていたのかもしれません。――ゆゆしき事態ですね」
そう言いながらも、護衛官の女は動く様子もなかった。
ほかの陸軍人たちも同様だ。装備品を携えて砦の前方に出て整列しているものの、そこから一歩でも動く気配がない。
「なにをしているんだ! トゥプの一行が追手と交戦してるんだろう! なら早く助けに行かないと!」
「申しわけございません、殿下。王国軍は、自国の国境を超えてオペレーションを展開することが許されていません。クァカット王国との友好条約を破ることは、宣戦布告にも等しい行為です。殿下の姫君の亡命に関しましては、こちらで保護のお約束ができますが、それはあくまで、王女殿下がこちらの領土に一歩でもいらした場合に限られます」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
即座に怒鳴り声をあげたネプシェスクレは、直後、自分が彼らを動かせる立場でもなんでもないことに気づく。
今の自分は、ただの立場なき亡命者で、隣国イスカの国王の慈悲によって、安全に住まわされているだけの身分なのだ。
ネプシェスクレは、ひたすらに目の前の軍人に懇願するしかなかった。
「頼む! 助けに行ってやってくれ! ここからほんの少しの距離だろう?! ほんの少しくらい――」
セツナの肩を掴んで切実に頼むが、彼女は冷徹な目で隣国の王族を見上げたまま、ピクリとも動かなかった。
どうしても、この国の軍人には、無理なのだ。
彼女を説得することが不可能だと悟ると、ネプシェスクレはとうとう堪えきれなくなって、その場に崩れ落ちた。
地面の砂を引っかき握りしめる拳は、無力な悔しさでわなわなと震えた。
「この国のルールは、よく知っているつもりだ。法治国家には、様々なしがらみがあることを」
どうしてもやりきれぬ思いでいっぱいで、話す声は震え、ところどころに嗚咽が漏れ出た。
「私は――濡れ衣だが、国王である義兄上暗殺未遂の罪がある。処刑判決から逃げ出した、愚かで腰抜けな逃亡者だよ。でも、娘は違う! トゥプは、何の罪もないただの女の子なんだ! ただ王族の私の娘というだけで、結婚適齢期の美しい娘に育ったからという理由だけで、勝手な政争に巻き込まれて、命を狙われてるんだ! 頼むよ、隣国の娘といえど、あんたらと同じ人間なんだ。トゥプは、ただの女の子なんだよ!」
地に伏して泣きながら、ネプシェスクレはこの軍人から――イスカ王国軍からくだされる判決に、最後の希望を信じて縋った。
「申しわけございません」
上から放たれた護衛官の声は、先ほどと何ら変わらず、淡々としていた。
あまりに無慈悲な判決に、ネプシェスクレは、頭に金槌を振り下ろされた心地だった。
ショックで、ぐらりと視界が揺らいだ。
もはや、人間に縋ることはできぬ以上、ネプシェスクレは神に縋って祈ることしかできなかった。神の御加護で、娘がこちらに来られることを、切に祈るしかなかった。
「頼む、トゥプ……! あと、ほんのちょっとなんだ。あとほんのちょっとこっちまで来たら、父さんがずっと抱きしめてあげるから――どうかトゥプ、国境のこちら側まで来ておくれ……!」
* * *
「いたぞ! 娘はあそこだ!」
追手が、すぐそこまで迫っている。
クァカット王家の血を引く少女は、すぐにでも泣き出したくなる口をぎゅっと閉じて、ひとりで暗い夜の山を走っていた。
ここまで馬車で少女を連れてきてくれた従者たちは、先ほど受けた奇襲で失ってしまった。彼らはなんとか、主君である彼女だけを山の中へと逃がしてくれたが、か弱い少女がひとりで出られるような山ではない。彼女が追手に捕まって殺されるのは、時間の問題だった。
助けを求めて叫んだところで、もう助けてくれる人たちはいないことは知っている。
叫ぶこともできず、ただ歯を食いしばるしかない少女の頬に、涙がつたった。
ついに走る少女の足がもつれ、彼女はその場に倒れた。
「きゃっ」
運悪く足をひねってしまったらしく、その場から逃げようにも、震える足はこれ以上動かなかった。
いよいよ追手たちは、少女の目前にまで迫った。
少女はその場で硬直した。
本能的に、ここで殺されると悟った。
死ぬと理解した瞬間。
その瞬間になって初めて、少女はもてる力の底から声をあげた。
「いやあああああああああっ!」
死にたくない。
そればかりが頭を巡って、思いは強い祈りとなって溢れ出た。
誰でもいい。神様。いや、悪魔でも鬼でも、どんな怪物でもいい。
願うことはただひとつ。
「たすけて――」
その時だった。
目を閉じた暗闇のなかで、何かが起こった。
鋭く銀に光る音がした。
それが何なのか理解する前に、男の悲痛なうめき声が上がった。
その直後、聞こえてきたのは、追手たちのどよめきだ。
「な、喰人鬼……?!」
少女ははじめて、かたく閉じていた目を開けた。彼女を見下ろす人間の顔が、おぼろげな月明かりで浮かび上がる。
頬からむき出しになった歯茎。幾重にも連なる牙。恐ろしい形相をした――仮面だった。
それは古くからの言い伝えに出てくる、人を食す妖怪、「喰人鬼」の姿をしていた。
「ヒメサマ、コチラへ」
喰人鬼は、男とも女とも、はたまた大人とも子供ともわからぬ声で、カタコトのクァカット語を話しながら、少女の前に背中を見せてしゃがんだ。
乗れということらしい。
「助けて……くれるの?」
喰人鬼がうなずいた。
そうだ、と少女は気づく。
今しがた死を悟ったとき、どんな怪物でもいいからと、助けを願ったから。
彼女の願いは、届いたんだ。
少女はぐしゃりと顔を歪め、しっかりと喰人鬼の首筋につかまった。彼は正体不明で、しかも人を喰う妖怪の仮面などしているのに、不思議と恐怖はなかった。
「ありがとう、喰人鬼さん」
それを合図に喰人鬼が立ち上がり、山を駆け下りた。
『対象を保護! これより撤退します!』
跳ぶように走りながら、喰人鬼は何やら聞き慣れぬ言葉で話した。おそらく、その先にいる誰かに言ったのだろう。
直後、うしろから追いかけてきたはずの敵たちから、次々とうめき声が上がった。
不測の事態に、彼らは狼狽しているようだった。
「襲撃だ! 襲撃されてるぞ!」
「敵は何人だ!」
「わ、わからないが、たぶん囲まれてる!」
「バカ、よく見ろ! 敵はたったひとりだ!」
「馬鹿な! この山ではまだ、イスカ軍は手出しできないはずだぞ! 一体何者なんだ!」
「何者だろうと関係ない! 敵がひとりってんなら、こっちのほうが優勢だ! かかれ!」
叫んだ追手は、ほかの追手へと指示を出した。「お前らは娘を逃がすな! 追え!」
少女を抱えて走りながら、喰人鬼が、今ひとりで敵を襲撃しているらしい「誰か」に向かって叫んだ。
『《堕天使》! あとは頼めますか!』
『当然。完全無欠なる職務全うが、オレのモットーだ』
暗闇から、男の凛々しい返事が聞こえてきたと思った、その瞬間。
クァカット人の追手たちが一斉に、耳がつんざかれるような悲鳴をあげた。
その数秒後、背後からは、物々しいうめき声と、命乞いをする男たちの、恐怖に裏返った声が聞こえてきた。
(ひとりで蹴散らしたんだ! あの一瞬で……!)
喰人鬼の背に抱えられたまま、少女は驚きに唾を呑んだ。
それでもまだ、多くの追手が、少女を追って走ってきた。
『《天邪鬼》! 援護を!』
『了解!』
突然木の上から声がしたかと思うと、背の高い男が飛び降りてきた。その顔には、不気味な鬼の仮面がつけられていた。
鬼の面の男は、腰から剣を抜き取ると、喰人鬼のうしろを走る追手たちに対峙した。
『それと相棒、こっから先、指示通りに紐張り巡らせたからな! 気をつけろよ!』
『問題ありません。地理は頭に入ってます』
喰人鬼はまたわからぬ言語でなにか言うと、突然その走る方向を変えた。直線ではなく、木々の合間を縫うように走り出したのだ。
少女は衝撃で落ちないよう、しっかりとその背中につかまっていた。
うしろで敵が山を転げ落ちる音が聞こえた。どうやらここには、トラップが張り巡らされているらしい。
山を抜けるまで、もうすぐだった。
『《喰人鬼》』
「ひっ……!」
突然すぐうしろから上がった声に、少女は驚いて上ずった声を上げた。いつの間にかすぐうしろに迫っていたのは、狼の仮面をかぶった男だった。
今まで存在にまったく気づかなかったので驚いたが、攻撃してこないのを見るかぎり、どうやら喰人鬼の味方のようだった。
『この先の道で、複数人が待ち伏せしているようだが、そのまま進行して問題ない。先に道あけてくる』
狼男は、喰人鬼になにか言うや否や、またさっと闇の中に消えてしまった。
それ以降は敵に襲われることはなく、喰人鬼はついに、山の出口まで少女を運んでくれた。
木々が生い茂ってさえぎられていた視界がひらけたかと思うと、その先には、はるか遠くまで見渡せる野原が広がっていた。
その向こう側には、いくつもの松明の焔が照らされている。
さらなる敵の待ち伏せかと、一瞬身を縮めた少女に、喰人鬼が優しい声をかけてきた。
「モウ安心デス。アレハ姫様ノ護衛部隊デス。イスカ王国トノ国境ニ入リマシタ」
良かった、と安堵に喰人鬼の羽織るマントに顔をうずめたその時、背後から、粗野な声が聞こえてきた。
ふり返れば、追手がこちらに走ってきていた。
「どうしよう、まだ追いかけてくる……!」
彼らはきっと、少女が視界がひらけた場所に出た瞬間を見計らって、待ち伏せしていたのだ。
イスカの砦まで走る喰人鬼は、追手をふり返ることもなく、淡々として言った。
「大丈夫デス。彼ラハ、コチラヘハ、来ラレマセン」
「え……っ?」
喰人鬼の首に手を回したまま、ちらりとうしろをふり返れば、追ってくるはずの彼らが、ひとり、またひとりとその場に倒れていくのが見えた。
(あれは、射撃……?)
そう。山の中から、誰かが追手を狙い撃ちしているのだ。
ふり返ることもなく進む喰人鬼は、端からその仲間の存在を知っていたらしい。
ついに追手は、ひとりのこらず野原に倒された。
「助かっ、た……?」
前を向けば、松明の焔に照らされた場所から、黒い長外套の人間たちと、それから金の首飾りをまとったクァカット人の男が駆けてくるのが見えた。
どうやら彼らに敵意はなく、少女を護ってくれる人たちのようだった。
喰人鬼は、その場で少女を下ろした。
少女は、助かったのだ。これで、わけがわからないままに命が狙われた瞬間から始まった、永かった逃亡の旅が終わったのだ。
そう思った瞬間、今までずっと耐えていたものが、溢れ出した。少女の顔はみるみるうちに歪み、その大きな目からは、大量の涙がこぼれ落ちた。
「うっ……うわああああああん」
喰人鬼はそっと少女の肩をさすりながら、カタコトのクァカット語で言った。
「今マデ、ヨク頑張リマシタ。クァカット王国ノ、トゥパナフェネト王女殿下。――ヨウコソ、エル=イスカ王国へ」
* * *
ネプシェスクレは今、信じられないものを目の当たりにしていた。
あやかしの森から、娘が誰かの背中に抱えられて、国境をまたいできたのだ。
『トゥプ!』
軍人たちが止める間もなく、ネプシェスクレの足は、国境の野原に駆け出していた。
緊張の糸がほぐれたからか、その場で泣いていた娘は、ネプシェスクレの姿を捉えるなり、大きく目を見開いた。
『もしかして、お父様……?』
数年ぶりに会った娘は、見違えるほどに美しく成長していた。
『良かった! 無事で、本当に良かった……!』
勢いよく娘を抱きしめると、彼女も父親だと実感が湧いたらしく、ぎゅっと手を回してきた。
『お父様……! 本当に、お父様なんですのね! ずっと……ずっとお会いしとうございました!』
ふたりはその場で抱き合ったまま、泣き崩れた。
ネプシェスクレは、改めて礼を言おうと、娘をここまで連れてきてくれた人間を見上げて、ぎょっとした。そのとき初めて、彼がぞっとするような喰人鬼の仮面をかぶっていることに気づいたのだ。
『あの、君たちは一体……?』
赤髪の喰人鬼が、その仮面の下で、かすかに微笑んだ気がした。
『通リスガリノ、五鬼夜行デス』
そう言い残すとともに、彼は元来た「あやかしの山」へと引き返していった。
ネプシェスクレが、礼を言う暇もなかった。
一体彼は、何だったというのだろう。
追われた罪なき少女を、人が住まぬはずの「あやかしの山」に棲まう住人が、通りすがりに助けてくれたのか?
考えるほどに、その状況はあまりにネプシェスクレに都合よく、不可解だった。
こんな都合のいい話、神の御業以外にあるわけがない。
ネプシェスクレは娘を抱きしめたまま、感謝の涙を流した。
『これは神の奇跡だ……! どう感謝したものか……』
「ネプシェスクレ殿下」
横から、護衛官のセツナの声が上がった。「これよりトゥパナフェネト王女殿下は、我々王国軍が保護いたします」
この奇跡を目の当たりにしても、相変わらず彼女は、淡々としたものだった。その様子に、まさか彼女は、最初からこうなることを知っていたのではという疑念がよぎるが、すぐに首を振る。仕事には忠実だが、他人にはとことん無関心なイスカ人のことだ。それは考えすぎというものだろう。
「君は、神の奇跡というものを信じるか?」
どこまでもドライなイスカ人の女のことだ。てっきり否定するかと思ったので、彼女が「はい」と答えたときには、ネプシェスクレは驚きに目を見開いた。
「この王国ではよく、完全無欠に全うされた『奇跡』が起こりますので」
「なんだ、それは」
「ウチの神様は、他国の神様よりちょっと世話焼きでございまして、この国では、『奇跡』くらい日常茶飯事なのです」
セツナはあやかしの山を見つめ、遠い目をして言った。
「日常茶飯事、か」
普段なら、変なことを言う護衛官だと思うことだろう。
だがネプシェスクレには、彼女の言葉に大いに心当たりがあった。
「昔、この国に亡命したばかりのころ、今日のような『神の奇跡』に遭遇したことがある。当時の私は、命からがら本国から逃げ出したばかりで、何の後ろ盾もなく、王都でその日暮らしの生活を送っていた。そんな時、突然宿を追い出されそうになったんだ。もはや王都で野垂れ死ぬしかないと悟ったその時、奇跡が起こった。直前まで私を追い出そうとしていた宿屋が、心を入れ替えて、私を受け入れてくれたんだ。おかげで私は、あのあと義兄上の崩御まで生き延びて、イスカ王国の慈悲深き国王陛下に保護していただけた。そしてとうとう、ずっと会いたかった娘に、また会うことができたんだ。――今この時ほど、神に感謝したことはない」
しっかりと娘を抱きしめる隣国の王族を前に、セツナはふっと笑みを浮かべた。
「『神の奇跡』――案外、同じ神様のご加護かもしれませんね」
* * *
「《火鳥》! 援護ナイスでした」
山の上から弓を引いていた青年ダカは、スフィルが山に戻ってくるのを見るなり、心底嬉しそうにガッツポーズした。
「来た、見た、殺った!」
「では、皆を見つけて帰りましょう」
スフィルはダカを連れて、先ほど姫君を抱えて走った道を戻った。
今回の任務は、敵勢力がこちらの想定をはるかに上回っていたために、当初の予定よりも難航した。一刻も早く仲間の安否を知ろうと山を走れば、途中の道で、倒れる相棒と遭遇した。
「大丈夫ですか、《天邪鬼》」
「っててて。とりま敵は全員蹴散らしたが、そのあと気が抜けて、ちっと転んじまってよ」
え、とスフィルは、相棒の足にかかる紐を見て、呆れた声を上げた。
「もう。自分で張った紐に引っかかってどうするんですか。張った位置くらい、おぼえておいてくださいよ」
「うっせえな! 地理の把握はお前担当、空気の把握がオレ担当なんだよ!」
「はいはい、ではついでに時間の把握もお願いします。今、何時ですか」
起き上がって汚れたマントを払い、帯から時計を取り出したティガルは、愕然とした顔をした。
「だーっ! 俺の銀時計、壊れてやがる! いつの間に!」
「また壊したんですか? せっかく卒業祝いにいただいたのに」
「ど、ど、どうしよう。オレあの人からもらった時計壊したの、二回目なんだけど」
「仕方ない。これは『官家たる者、ものを大切に扱え』と、殺人キックをお見舞いされる覚悟をしたほうがいいかもですね」
「帰ってあの人に報告すんの、マジ気が重いぜー。まあ、今回はガラス割れただけだし、修理に出したら直りそうだけどよー」
ティガルはため息をつくと、再び時計をしまった。
「とりま、あとは早いとこ、《脳筋》と《干葡萄》を回収しなきゃな」
「おい、何度言ったらわかる。俺のコードネームは《干葡萄》じゃない」
突然、木の上から声がしたかと思うと、ノワンが静かに降り立った。
「ったく、人のコードネームくらい、ちゃんとおぼえろよな、この馬鹿貴族」
「《堕天使》は?」
ブツブツとティガルに文句を垂れるノワンに尋ねれば、彼は首をかしげた。
「《堕天使》? あの脳筋、そんな名前だっけ」
「人のコードネームくらい、ちゃんとおぼえてあげてくださいよ」
スフィルの指摘を華麗に無視して、ノワンは山の下方を指差した。
「あいつなら、敵を蹴散らして、一足先に基地に戻ってったぞ。敵を狩ってる途中で、ついでに今日の夕飯の食材をとっ捕まえたってな」
「まさかまた、野鹿でも狩ったんですか」
「いや、あれは猪に見えたな」
ノワンは遠い目をした。
「うわぁ……相変わらず、さすがの筋肉ですね」
「もういっそ、あいつのコードネーム《肉天使》でいんじゃね」
「帰ったら殺されますよ」
冗談に笑ったティガルは、ひょいと、軽々と山の下方へと足を踏み出した。
「よっしゃ、今夜は猪鍋だ! 《喰人鬼》様の蛮族クッキングの腕が鳴るな!」
「ええ、猪挽肉の煮込みハンバーグにでもして差し上げましょうか」
「っしゃ!」
「では皆さん。帰りますよ、《覚様》のもとへ」
「了解、隊長」
宵も深いあやかしの山を、仮面の怪物たちが、颯爽と駆け下りていった。
機械仕掛けの焔外伝、ようやく完結しました!
約40万文字という途方もない文字数をここまで読んでくださった方、この一年、更新がないときも毎日のように確認に来てくださった方、感想評価等くださった方、皆様本当にありがとうございました!
一年前から更新を待ってくださった方、ごめんなさい! 主に前半部分の内容がおもしろさに欠けるなと思ったので、演出等、全面変更してしまいました。本筋に変更はありませんが、細部について「記憶と違うんだけど?」と混乱させてしまったら、申し訳ありません。それはおそらく、記憶違いではなく、こちらの全面改稿のせいです。いろいろ変えてしまいましたが、よりエンタメ性の高いものに仕上がっていれば幸いです。
【解説】
この物語は、「機械仕掛けの焔」シリーズの「外伝」です。
この物語はもともと、スフィルとホムラのダブル主人公で事件解決するシリーズの出会い編、つまり序章のつもりで書き始めたのですが、諸事情により、途中でスフィルを主人公に据えることができなくなりました。
それによりこの話は、途中から機械仕掛けの焔シリーズの「外伝」として、一本で綺麗サッパリ後味スッキリな話を目指して進めることにしつつ、この一年、同時並行で「本編」となる話を書き進めておりました。
今回のスフィルの物語は、ミステリ要素のあるアクションといったイメージで書いておりましたが、本編は主に、王子ホムラが主人公の会計士の少年とともに、お得意の交渉バトルを繰り広げる話になると思います。
こんな感じで。
* * *
【機械仕掛けの焔 ~ご詭弁麗しき探偵王子ホムラの秘密帳簿~】
「契約がすべて」の商業大国、エル=イスカ王国。
王家の私生児の血を引き、不遇な幼少時代を送る少年マキナは、ある日王宮で本物の王子様と出会う。巧みな交渉術でマキナを助けてくれた王子様は、実は「バケモノ」と呼ばれる、とんでもない策士で…?
体力馬鹿の事務系王子と、詭弁使いの猫かぶり王子。ふたりの王子が結託して、王国を揺るがす巨悪に挑む!
【会計術】✕【交渉術】=【事件解決】の、異世界犯罪捜査ミステリー。
* * *
【マニア向けのどうでもいい補足】
時系列上、このシリーズの本編は、今回のスフィルたちの物語の「一年前」の話から始まっています。その関係で、今回のスフィルの話に、いくつか「これ、未回収伏線では?」と思わせる部分があったかもしれませんが、「気にしないで!」という事項だけ一応列挙しておきます。
◆今回不在だった「会計主任」、そして最後にホムラがスフィルに護衛を依頼した「もうひとりの王子」が、本編の主人公マキナ少年です。「もうひとりの王子」とか思わせぶりなこと言っていますが、彼が本来の主人公です。とくに気にしないでください。
◆ホムラたちが過去に内部監査課とドンパチやった話は、そのうち本編に出てきます。気にしないでください。
◆普通なら徐々に明かされていくべきであろう主人公の人物設定が最初のほうで怒涛のごとく開示されているのは、これが外伝だからです。本編ではゆっくり叮嚀にやります。気にしないでください。
◆この先、本編のシリーズでの時間が一年後まで進んだら、少し成長したスフィルたちも出てくることと思います。それは気にしててくれたら嬉しいです。
最後に――こうして長いあとがきまで読んでくださる、感謝してもしきれぬ読者様に対して恐縮ですが、欲望を赤裸々にぶつけます。
このエンタメ性の亡者、鄭出レクトは、作品をより良いモノに仕上げるために、フィードバック!が!切実に!ほしいです!! どんな内容でも、何回でも歓迎します。
わざわざ感想を書くのがかなり面倒な方は、評価★ボタン「ぽちっ」とだけで構いません。
貴重なご意見ご感想は、次の作品づくりに活かします。よろしくおねがいします。
では、これから本編を投稿することになると思いますが、また読みにいらしていただければ、幸いです。
'20.09/26 鄭出レクト




