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外伝72話:黒い森の王女と五鬼夜行 -elCeksemjun jna Tupanafenet qax qg'ih megrza-

外伝72話:黒い森の王女と五鬼夜行 -elCeksemjun jna Tupanafenet qax qg'ih megrza-


 * * *


 ひとりのクァカット人の男が、夜の荒涼(こうりょう)の大地の先に、黒々とそびえる山を見つめていた。

 ここはエル=イスカ連合王国の東端で、クァカット王国との国境付近(ふきん)(とりで)である。

 彼はひたすらに国境の向こう側の、クァカット王国の領土を見つめながら、隣国から訪れるであろう人物を待っていた。


「ネプシェスクレ殿下」


 名を呼ばれてふり返れば、彼のとなりで、切れ長の目の女が敬礼していた。


「お(はつ)にお目にかかります。護衛官のセツナ・フィアザクシカと申します。これから殿下の姫君の護衛を務めさせていただきます」


 よろしく(たの)む、と(たが)いに軽くあいさつを済ますと、彼女は本題とばかりに、この(とりで)の状況を説明した。


「現在、王国陸軍ニ百名、私を含め護衛官数名が、この(とりで)で姫君のご到着を待機(たいき)しております」


 そこまで言うと、彼女は国境の先にそびえる黒い山を一瞥(いちべつ)した。


「あの山は、現地で『あやかしの山』と呼ばれています。古来(こらい)より物怪(もののけ)が出るとして、人々に()み嫌われていた山で、現在人は住んでおりません。追手に見つからずに通るには、おそらくあの山からのルートでお()しになるかと」


 わかった、とネプシェスクレが言いかけた、その時だった。

 ちょうど見つめていた山の方角から、破裂(はれつ)音が(とどろ)いた。

 銃声だった。

 間髪(かんぱつ)入れずに、二発め、三発めの音が響きわたる。


「い、今のは何だ?! まさか、トゥプが攻撃されているのか?!」


「相手も同じことを考えて、待ち()せしていたのかもしれません。――ゆゆしき事態ですね」


 そう言いながらも、護衛官の女は動く様子もなかった。

 ほかの陸軍人たちも同様だ。装備品を(たずさ)えて(とりで)の前方に出て整列しているものの、そこから一歩でも動く気配(けはい)がない。


「なにをしているんだ! トゥプの一行が追手と交戦してるんだろう! なら早く助けに行かないと!」


「申しわけございません、殿下。王国軍は、自国の国境を超えてオペレーションを展開することが許されていません。クァカット王国との友好条約を(やぶ)ることは、宣戦布告にも等しい行為(こうい)です。殿下の姫君の亡命(ぼうめい)に関しましては、こちらで保護のお約束ができますが、それはあくまで、王女殿下がこちらの領土に一歩でもいらした場合に限られます」


「そんなこと言ってる場合じゃ……!」


 即座(そくざ)怒鳴(どな)り声をあげたネプシェスクレは、直後、自分が彼らを動かせる立場でもなんでもないことに気づく。

 今の自分は、ただの立場なき亡命(ぼうめい)者で、隣国イスカの国王の慈悲(じひ)によって、安全に住まわされているだけの身分なのだ。

 ネプシェスクレは、ひたすらに目の前の軍人に懇願(こんがん)するしかなかった。


「頼む! 助けに行ってやってくれ! ここからほんの少しの距離だろう?! ほんの少しくらい――」


 セツナの肩を(つか)んで切実に(たの)むが、彼女は冷徹(れいてつ)な目で隣国の王族を見上げたまま、ピクリとも動かなかった。

 どうしても、この国の軍人には、無理なのだ。

 彼女を説得することが不可能だと悟ると、ネプシェスクレはとうとう(こら)えきれなくなって、その場に(くず)れ落ちた。

 地面の砂を引っかき(にぎ)りしめる(こぶし)は、無力な(くや)しさでわなわなと(ふる)えた。


「この国のルールは、よく知っているつもりだ。法治国家には、様々なしがらみがあることを」


 どうしてもやりきれぬ思いでいっぱいで、話す声は(ふる)え、ところどころに嗚咽(おえつ)()れ出た。


「私は――()れ衣だが、国王である義兄上(あにうえ)暗殺未遂の罪がある。処刑判決から逃げ出した、(おろ)かで腰抜(こしぬ)けな逃亡(とうぼう)者だよ。でも、娘は違う! トゥプは、何の罪もないただの女の子なんだ! ただ王族の私の娘というだけで、結婚適齢(てきれい)期の美しい娘に育ったからという理由だけで、勝手な政争(せいそう)に巻き込まれて、命を(ねら)われてるんだ! 頼むよ、隣国の娘といえど、あんたらと同じ人間なんだ。トゥプは、ただの女の子なんだよ!」


 地に()して泣きながら、ネプシェスクレはこの軍人から――イスカ王国軍からくだされる判決に、最後の希望を信じて(すが)った。


「申しわけございません」


 上から放たれた護衛官の声は、先ほどと何ら変わらず、淡々としていた。

 あまりに無慈悲(むじひ)な判決に、ネプシェスクレは、頭に金槌(かなずち)を振り下ろされた心地(ここち)だった。

 ショックで、ぐらりと視界(しかい)()らいだ。

 もはや、人間に(すが)ることはできぬ以上、ネプシェスクレは神に(すが)って祈ることしかできなかった。神の御加護(ごかご)で、娘がこちらに来られることを、(せつ)(いの)るしかなかった。


「頼む、トゥプ……! あと、ほんのちょっとなんだ。あとほんのちょっとこっちまで来たら、父さんがずっと()きしめてあげるから――どうかトゥプ、国境のこちら側まで来ておくれ……!」


 * * *


「いたぞ! 娘はあそこだ!」


 追手が、すぐそこまで(せま)っている。

 クァカット王家の血を引く少女は、すぐにでも泣き出したくなる口をぎゅっと閉じて、ひとりで暗い夜の山を走っていた。

 ここまで馬車で少女を連れてきてくれた従者たちは、先ほど受けた奇襲で(うしな)ってしまった。彼らはなんとか、主君である彼女だけを山の中へと()がしてくれたが、か弱い少女がひとりで出られるような山ではない。彼女が追手に(つか)まって殺されるのは、時間の問題だった。

 助けを求めて(さけ)んだところで、もう助けてくれる人たちはいないことは知っている。

 (さけ)ぶこともできず、ただ歯を食いしばるしかない少女の(ほお)に、涙がつたった。

 ついに走る少女の足がもつれ、彼女はその場に倒れた。


「きゃっ」


 運悪く足をひねってしまったらしく、その場から()げようにも、(ふる)える足はこれ以上動かなかった。

 いよいよ追手たちは、少女の目前にまで(せま)った。

 少女はその場で硬直(こうちょく)した。

 本能的に、ここで殺されると悟った。

 死ぬと理解した瞬間。

 その瞬間になって初めて、少女はもてる力の底から声をあげた。


「いやあああああああああっ!」


 死にたくない。

 そればかりが頭を(めぐ)って、思いは強い(いの)りとなって(あふ)れ出た。

 (だれ)でもいい。神様。いや、悪魔でも鬼でも、どんな怪物(バケモノ)でもいい。

 願うことはただひとつ。


「たすけて――」


 その時だった。

 目を閉じた暗闇のなかで、何かが起こった。

 (するど)く銀に光る音がした。

 それが何なのか理解する前に、男の悲痛なうめき声が上がった。

 その直後、聞こえてきたのは、追手たちのどよめきだ。


「な、喰人鬼(グール)……?!」


 少女ははじめて、かたく閉じていた目を開けた。彼女を見下ろす人間の顔が、おぼろげな月明かりで浮かび上がる。

 (ほお)からむき出しになった歯茎(はぐき)幾重(いくえ)にも(つら)なる(きば)。恐ろしい形相(ぎょうそう)をした――仮面だった。

 それは古くからの言い伝えに出てくる、人を(しょく)妖怪(ようかい)、「喰人鬼(グール)」の姿をしていた。


「ヒメサマ、コチラへ」


 喰人鬼(グール)は、男とも女とも、はたまた大人とも子供ともわからぬ声で、カタコトのクァカット語を話しながら、少女の前に背中を見せてしゃがんだ。

 乗れということらしい。


「助けて……くれるの?」


 喰人鬼(グール)がうなずいた。

 そうだ、と少女は気づく。

 今しがた死を悟ったとき、どんな怪物(バケモノ)でもいいからと、助けを願ったから。

 彼女の願いは、届いたんだ。

 少女はぐしゃりと顔を(ゆが)め、しっかりと喰人鬼(グール)の首筋につかまった。彼は正体不明で、しかも人を()妖怪(ようかい)の仮面などしているのに、不思議(ふしぎ)と恐怖はなかった。


「ありがとう、喰人鬼(グール)さん」


 それを合図(あいず)喰人鬼(グール)が立ち上がり、山を()け下りた。


『対象を保護! これより撤退(てったい)します!』


 ()ぶように走りながら、喰人鬼(グール)は何やら聞き()れぬ言葉で話した。おそらく、その先にいる(だれ)かに言ったのだろう。

 直後、うしろから追いかけてきたはずの敵たちから、次々とうめき声が上がった。

 不測(ふそく)の事態に、彼らは狼狽(ろうばい)しているようだった。


「襲撃だ! 襲撃されてるぞ!」


「敵は何人だ!」


「わ、わからないが、たぶん囲まれてる!」


「バカ、よく見ろ! 敵はたったひとりだ!」


「馬鹿な! この山ではまだ、イスカ軍は手出しできないはずだぞ! 一体何者なんだ!」


「何者だろうと関係ない! 敵がひとりってんなら、こっちのほうが優勢だ! かかれ!」


 (さけ)んだ追手は、ほかの追手へと指示を出した。「お前らは娘を()がすな! 追え!」


 少女を(かか)えて走りながら、喰人鬼(グール)が、今ひとりで敵を襲撃しているらしい「(だれ)か」に向かって(さけ)んだ。


『《堕天使(イフリート)》! あとは(たの)めますか!』


『当然。完全無欠なる職務(まっと)うが、オレのモットーだ』


 暗闇(くらやみ)から、男の凛々(りり)しい返事が聞こえてきたと思った、その瞬間。

 クァカット人の追手たちが一斉(いっせい)に、耳がつんざかれるような悲鳴(ひめい)をあげた。

 その数秒後、背後(はいご)からは、物々しいうめき声と、命乞(いのちご)いをする男たちの、恐怖に裏返った声が聞こえてきた。


(ひとりで蹴散(けち)らしたんだ! あの一瞬で……!)


 喰人鬼(グール)の背に(かか)えられたまま、少女は驚きに唾を()んだ。

 それでもまだ、多くの追手が、少女を追って走ってきた。


『《天邪鬼(アマノジャク)》! 援護(えんご)を!』


『了解!』


 突然木の上から声がしたかと思うと、背の高い男が飛び降りてきた。その顔には、不気味(ぶきみ)な鬼の仮面がつけられていた。

 鬼の面の男は、腰から剣を抜き取ると、喰人鬼(グール)のうしろを走る追手たちに対峙(たいじ)した。


『それと相棒、こっから先、指示通りに(ひも)張り(めぐ)らせたからな! 気をつけろよ!』


『問題ありません。地理は頭に入ってます』


 喰人鬼(グール)はまたわからぬ言語でなにか言うと、突然その走る方向を変えた。直線ではなく、木々の合間(あいま)()うように走り出したのだ。

 少女は衝撃で落ちないよう、しっかりとその背中につかまっていた。

 うしろで敵が山を転げ落ちる音が聞こえた。どうやらここには、トラップが張り(めぐ)らされているらしい。

 山を抜けるまで、もうすぐだった。


『《喰人鬼(グール)》』


「ひっ……!」


 突然すぐうしろから上がった声に、少女は驚いて(うわ)ずった声を上げた。いつの間にかすぐうしろに(せま)っていたのは、(おおかみ)の仮面をかぶった男だった。

 今まで存在にまったく気づかなかったので驚いたが、攻撃してこないのを見るかぎり、どうやら喰人鬼(グール)の味方のようだった。


『この先の道で、複数人が待ち()せしているようだが、そのまま進行して問題ない。先に道あけてくる』


 狼男は、喰人鬼(グール)になにか言うや(いな)や、またさっと(やみ)の中に消えてしまった。

 それ以降は敵に襲われることはなく、喰人鬼(グール)はついに、山の出口まで少女を運んでくれた。

 木々が()(しげ)ってさえぎられていた視界がひらけたかと思うと、その先には、はるか遠くまで見渡せる野原が広がっていた。

 その向こう側には、いくつもの松明(たいまつ)(ほのお)が照らされている。

 さらなる敵の待ち()せかと、一瞬身を(ちぢ)めた少女に、喰人鬼(グール)が優しい声をかけてきた。


「モウ安心デス。アレハ姫様ノ護衛部隊デス。イスカ王国トノ国境ニ入リマシタ」


 良かった、と安堵(あんど)喰人鬼(グール)羽織(はお)るマントに顔をうずめたその時、背後から、粗野(そや)な声が聞こえてきた。

 ふり返れば、追手がこちらに走ってきていた。


「どうしよう、まだ追いかけてくる……!」


 彼らはきっと、少女が視界(しかい)がひらけた場所に出た瞬間を見計らって、待ち()せしていたのだ。

 イスカの(とりで)まで走る喰人鬼(グール)は、追手をふり返ることもなく、淡々として言った。


「大丈夫デス。彼ラハ、コチラヘハ、来ラレマセン」


「え……っ?」


 喰人鬼(グール)の首に手を回したまま、ちらりとうしろをふり返れば、追ってくるはずの彼らが、ひとり、またひとりとその場に倒れていくのが見えた。


(あれは、射撃……?)


 そう。山の中から、(だれ)かが追手を(ねら)()ちしているのだ。

 ふり返ることもなく進む喰人鬼(グール)は、(はな)からその仲間の存在を知っていたらしい。

 ついに追手は、ひとりのこらず野原に倒された。


「助かっ、た……?」


 前を向けば、松明(たいまつ)(ほのお)に照らされた場所から、黒い長外套(クローク)の人間たちと、それから金の首飾りをまとったクァカット人の男が()けてくるのが見えた。

 どうやら彼らに敵意はなく、少女を護ってくれる人たちのようだった。

 喰人鬼(グール)は、その場で少女を下ろした。

 少女は、助かったのだ。これで、わけがわからないままに命が(ねら)われた瞬間から始まった、(なが)かった逃亡(とうぼう)の旅が終わったのだ。

 そう思った瞬間、今までずっと()えていたものが、(あふ)れ出した。少女の顔はみるみるうちに(ゆが)み、その大きな目からは、大量の涙がこぼれ落ちた。


「うっ……うわああああああん」


 喰人鬼(グール)はそっと少女の肩をさすりながら、カタコトのクァカット語で言った。


「今マデ、ヨク頑張リマシタ。クァカット王国ノ、トゥパナフェネト王女殿下。――ヨウコソ、エル=イスカ王国へ」


 * * *


 ネプシェスクレは今、信じられないものを()の当たりにしていた。

 あやかしの森から、娘が(だれ)かの背中に(かか)えられて、国境をまたいできたのだ。


『トゥプ!』


 軍人たちが止める間もなく、ネプシェスクレの足は、国境の野原に()け出していた。

 緊張の糸がほぐれたからか、その場で泣いていた娘は、ネプシェスクレの姿を(とら)えるなり、大きく目を見開いた。


『もしかして、お父様……?』


 数年ぶりに会った娘は、見違えるほどに美しく成長していた。


『良かった! 無事で、本当に良かった……!』


 勢いよく娘を()きしめると、彼女も父親だと実感が()いたらしく、ぎゅっと手を回してきた。


『お父様……! 本当に、お父様なんですのね! ずっと……ずっとお会いしとうございました!』


 ふたりはその場で()き合ったまま、泣き(くず)れた。

 ネプシェスクレは、改めて礼を言おうと、娘をここまで連れてきてくれた人間を見上げて、ぎょっとした。そのとき初めて、彼がぞっとするような喰人鬼(グール)の仮面をかぶっていることに気づいたのだ。


『あの、君たちは一体……?』


 赤髪の喰人鬼(グール)が、その仮面の下で、かすかに微笑(ほほえ)んだ気がした。


(とお)リスガリノ、五鬼夜行(バケモノ)デス』


 そう言い残すとともに、彼は元来た「あやかしの山」へと引き返していった。

 ネプシェスクレが、礼を言う(ひま)もなかった。

 一体彼は、何だったというのだろう。

 追われた罪なき少女を、人が住まぬはずの「あやかしの山」に()まう住人が、通りすがりに助けてくれたのか?

 考えるほどに、その状況はあまりにネプシェスクレに都合(つごう)よく、不可解(ふかかい)だった。

 こんな都合(つごう)のいい話、神の御業(みわざ)以外にあるわけがない。

 ネプシェスクレは娘を()きしめたまま、感謝の涙を流した。


『これは神の奇跡だ……! どう感謝したものか……』


「ネプシェスクレ殿下」


 横から、護衛官のセツナの声が上がった。「これよりトゥパナフェネト王女殿下は、我々王国軍が保護いたします」


 この奇跡を()の当たりにしても、相変わらず彼女は、淡々としたものだった。その様子に、まさか彼女は、最初からこうなることを知っていたのではという疑念(ぎねん)がよぎるが、すぐに首を振る。仕事には忠実だが、他人にはとことん無関心なイスカ人のことだ。それは考えすぎというものだろう。


「君は、神の奇跡というものを信じるか?」


 どこまでもドライなイスカ人の女のことだ。てっきり否定するかと思ったので、彼女が「はい」と答えたときには、ネプシェスクレは驚きに目を見開いた。


「この王国ではよく、完全無欠に(まっと)うされた『奇跡』が起こりますので」


「なんだ、それは」


「ウチの神様は、他国の神様よりちょっと世話焼(せわや)きでございまして、この国では、『奇跡』くらい日常茶飯事なのです」


 セツナはあやかしの山を見つめ、遠い目をして言った。


「日常茶飯事、か」


 普段なら、変なことを言う護衛官だと思うことだろう。

 だがネプシェスクレには、彼女の言葉に(おお)いに心当たりがあった。


「昔、この国に亡命(ぼうめい)したばかりのころ、今日のような『神の奇跡』に遭遇(そうぐう)したことがある。当時の私は、命からがら本国から逃げ出したばかりで、何の後ろ(だて)もなく、王都でその日暮らしの生活を送っていた。そんな時、突然宿を追い出されそうになったんだ。もはや王都(カルタゴ)野垂(のた)れ死ぬしかないと悟ったその時、奇跡が起こった。直前まで私を追い出そうとしていた宿屋が、心を入れ()えて、私を受け入れてくれたんだ。おかげで私は、あのあと義兄上(あにうえ)崩御(ほうぎょ)まで生き延びて、イスカ王国の慈悲深き国王陛下に保護していただけた。そしてとうとう、ずっと会いたかった娘に、また会うことができたんだ。――今この時ほど、神に感謝したことはない」


 しっかりと娘を抱きしめる隣国(りんごく)の王族を前に、セツナはふっと笑みを浮かべた。


「『神の奇跡(デウス・エクス・マキナ)』――案外、同じ神様のご加護(かご)かもしれませんね」


 * * *


「《火鳥(ルフ)》! 援護(えんご)ナイスでした」


 山の上から弓を引いていた青年ダカは、スフィルが山に戻ってくるのを見るなり、心底(うれ)しそうにガッツポーズした。


「来た、見た、()った!」


「では、皆を見つけて帰りましょう」


 スフィルはダカを連れて、先ほど姫君を(かか)えて走った道を戻った。

 今回の任務は、敵勢力がこちらの想定をはるかに上回っていたために、当初の予定よりも難航(なんこう)した。一刻も早く仲間の安否(あんぴ)を知ろうと山を走れば、途中の道で、倒れる相棒と遭遇(そうぐう)した。


「大丈夫ですか、《天邪鬼(アマノジャク)》」


「っててて。とりま敵は全員蹴散(けち)らしたが、そのあと気が抜けて、ちっと転んじまってよ」


 え、とスフィルは、相棒の足にかかる(ひも)を見て、(あき)れた声を上げた。


「もう。自分で張った(ひも)に引っかかってどうするんですか。張った位置くらい、おぼえておいてくださいよ」


「うっせえな! 地理の把握(はあく)はお前担当、空気の把握(はあく)がオレ担当なんだよ!」


「はいはい、ではついでに時間の把握(はあく)もお願いします。今、何時ですか」


 起き上がって(よご)れたマントを(はら)い、(おび)から時計を取り出したティガルは、愕然(がくぜん)とした顔をした。


「だーっ! 俺の銀時計、(こわ)れてやがる! いつの間に!」


「また(こわ)したんですか? せっかく卒業祝いにいただいたのに」


「ど、ど、どうしよう。オレあの人からもらった時計(こわ)したの、二回目なんだけど」


「仕方ない。これは『官家たる者、ものを大切に扱え』と、殺人(デス)キックをお見舞いされる覚悟をしたほうがいいかもですね」


「帰ってあの人に報告すんの、マジ気が重いぜー。まあ、今回はガラス割れただけだし、修理に出したら直りそうだけどよー」


 ティガルはため息をつくと、(ふたた)び時計をしまった。


「とりま、あとは早いとこ、《脳筋》と《干葡萄(レーズン)》を回収しなきゃな」


「おい、何度言ったらわかる。俺のコードネームは《干葡萄(レーズン)》じゃない」


 突然、木の上から声がしたかと思うと、ノワンが(しず)かに降り立った。


「ったく、人のコードネームくらい、ちゃんとおぼえろよな、この馬鹿貴族」


「《堕天使(イフリート)》は?」


 ブツブツとティガルに文句を()れるノワンに尋ねれば、彼は首をかしげた。


「《堕天使(イフリート)》? あの脳筋、そんな名前だっけ」


「人のコードネームくらい、ちゃんとおぼえてあげてくださいよ」


 スフィルの指摘を華麗(かれい)に無視して、ノワンは山の下方を指差した。


「あいつなら、敵を蹴散(けち)らして、一足先に基地に戻ってったぞ。敵を()ってる途中で、ついでに今日の夕飯の食材をとっ(つか)まえたってな」


「まさかまた、野鹿でも()ったんですか」


「いや、あれは(いのしし)に見えたな」


 ノワンは遠い目をした。


「うわぁ……相変わらず、さすがの筋肉ですね」


「もういっそ、あいつのコードネーム《肉天使(ニクミート)》でいんじゃね」


「帰ったら殺されますよ」


 冗談(じょうだん)に笑ったティガルは、ひょいと、軽々と山の下方へと足を()み出した。


「よっしゃ、今夜は猪鍋だ! 《喰人鬼(グール)》様の蛮族クッキングの腕が鳴るな!」


「ええ、猪挽肉の煮込みハンバーグにでもして差し上げましょうか」


「っしゃ!」


「では皆さん。帰りますよ、《(サトリ)様》のもとへ」


「了解、隊長(リーダー)


 (よい)も深いあやかしの山を、仮面の怪物(バケモノ)たちが、颯爽(さっそう)()け下りていった。


機械仕掛けの焔(レクス・エクス・マキナ)外伝、ようやく完結しました!


 約40万文字という途方もない文字数をここまで読んでくださった方、この一年、更新がないときも毎日のように確認に来てくださった方、感想評価等くださった方、皆様本当にありがとうございました!

 一年前から更新を待ってくださった方、ごめんなさい! 主に前半部分の内容がおもしろさに欠けるなと思ったので、演出等、全面変更してしまいました。本筋に変更はありませんが、細部について「記憶と違うんだけど?」と混乱させてしまったら、申し訳ありません。それはおそらく、記憶違いではなく、こちらの全面改稿のせいです。いろいろ変えてしまいましたが、よりエンタメ性の高いものに仕上がっていれば幸いです。


【解説】


 この物語は、「機械仕掛けの焔(レクス・エクス・マキナ)」シリーズの「外伝」です。


 この物語はもともと、スフィルとホムラのダブル主人公で事件解決するシリーズの出会い編、つまり序章のつもりで書き始めたのですが、諸事情により、途中でスフィルを主人公に据えることができなくなりました。

 それによりこの話は、途中から機械仕掛けの焔(レクス・エクス・マキナ)シリーズの「外伝」として、一本で綺麗サッパリ後味スッキリな話を目指して進めることにしつつ、この一年、同時並行で「本編」となる話を書き進めておりました。

 今回のスフィルの物語は、ミステリ要素のあるアクションといったイメージで書いておりましたが、本編は主に、王子ホムラが主人公の会計士の少年とともに、お得意の交渉バトルを繰り広げる話になると思います。

 こんな感じで。


 * * *


機械仕掛けの焔(レクス・エクス・マキナ) ~ご詭弁麗しき探偵王子ホムラの秘密帳簿~】


「契約がすべて」の商業大国、エル=イスカ王国。

 王家の私生児の血を引き、不遇な幼少時代を送る少年マキナは、ある日王宮で本物の王子様と出会う。巧みな交渉術でマキナを助けてくれた王子様は、実は「バケモノ」と呼ばれる、とんでもない策士で…?

 体力馬鹿の事務系王子と、詭弁使いの猫かぶり王子。ふたりの王子が結託して、王国を揺るがす巨悪に挑む!

【会計術】✕【交渉術】=【事件解決】の、異世界犯罪捜査ミステリー。


 * * *


【マニア向けのどうでもいい補足】


 時系列上、このシリーズの本編は、今回のスフィルたちの物語の「一年前」の話から始まっています。その関係で、今回のスフィルの話に、いくつか「これ、未回収伏線では?」と思わせる部分があったかもしれませんが、「気にしないで!」という事項だけ一応列挙しておきます。


◆今回不在だった「会計主任」、そして最後にホムラがスフィルに護衛を依頼した「もうひとりの王子」が、本編の主人公マキナ少年です。「もうひとりの王子」とか思わせぶりなこと言っていますが、彼が本来の主人公です。とくに気にしないでください。

◆ホムラたちが過去に内部監査課とドンパチやった話は、そのうち本編に出てきます。気にしないでください。

◆普通なら徐々に明かされていくべきであろう主人公(ホムラ)の人物設定が最初のほうで怒涛のごとく開示されているのは、これが外伝だからです。本編ではゆっくり叮嚀にやります。気にしないでください。

◆この先、本編のシリーズでの時間が一年後まで進んだら、少し成長したスフィルたちも出てくることと思います。それは気にしててくれたら嬉しいです。


 最後に――こうして長いあとがきまで読んでくださる、感謝してもしきれぬ読者様に対して恐縮ですが、欲望を赤裸々にぶつけます。

 このエンタメ性の亡者、鄭出レクトは、作品をより良いモノに仕上げるために、フィードバック!が!切実に!ほしいです!! どんな内容でも、何回でも歓迎します。

 わざわざ感想を書くのがかなり面倒な方は、評価★ボタン「ぽちっ」とだけで構いません。

 貴重なご意見ご感想は、次の作品づくりに活かします。よろしくおねがいします。


 では、これから本編を投稿することになると思いますが、また読みにいらしていただければ、幸いです。

 '20.09/26 鄭出レクト


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