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外伝70話:ご詭弁麗しきゲームエンド(中編) -Hamra jex Makna-

'20.09/30 少々加筆。

外伝70話:ご詭弁麗しきゲームエンド(中編) -Hamra jex Makna-


 * * *


「それにしても、さっきはナイスだったぜ、ノワン!」


「《青獅子隊》なんか呼んだのは、苦渋(くじゅう)の選択だ。本当は関わりたくもなかったが、お前にイラつく呼ばれ方したからな」


 (した)しげにノワンの肩に腕を乗せるティガルに対して、ノワンはセリフとは裏腹に、まんざらでもない様子だった。

 スフィルたちは現在、リグスラームの指導室を出て、先ほどいた訓練生全員で、長い廊下(ろうか)を歩いているところだ。

 それにしても長い一日だったと、スフィルはちらりと横を歩く戦友たちを(なが)めた。ティガルがノワンと腕を組んでいるなど、つい昨日までは考えられない事態だった。たった一日で、彼らが(すさ)まじい成長を()げたように思える。


「そういえばノワン君、よくティガルのふざけた合図(あいず)に気づいてくれましたよね」


「まあ、いつもは暗いあの(はし)の部屋の小窓が、明るくなってたからな。変に思ってた矢先(やさき)、中から何かが()るされたのが見えた。それが葡萄(ブドウ)で少し殺意が()いたが、言いたいことはわかった」


 さすがはノワン。些細(ささい)な異変にすぐに察知(さっち)できる能力は、任務中でなくても健在(けんざい)のようだ。

 あの部屋の小窓だけがいつも暗いのは、扉で中庭からの光が閉ざされているからで、それが明るくなったのは、おそらく、先ほどイェルマヒムがその扉を破壊したおかげだろう。


「なるほど。じゃああの扉をブチ(こわ)してくれた、エルマ君様様(さまさま)なんですね。さっき文句(もんく)言っちゃってすみませんね」


「構わんさ。オレはただ、完全無欠に職務を(まっと)うしただけだ」


「おいおい、堂々と学校の器物(きぶつ)(こわ)してる時点で、完全欠点だらけじゃねーかよ」


 満足げにうなずくイェルマヒムのとなりで、ティガルが(あき)れの声を放った。


「それにしてもノワン君、よく《青獅子隊》を連れてきてくれましたよね。あの暗号に気づいて、それで呼ばれてるのがわかっただけでもかなりすごいのに、まさか一番適切(てきせつ)な人たちを連れてきてくれるなんて」


 ノワンはこともなげに言った。


「まあ、《青獅子隊》の真の目的が、お前らが解決しようとしてた事件の捜査だってのは、少し考えればわかるだろ。それでもお前が最初から《青獅子隊》を呼ばなかったのは、自力で逮捕(たいほ)できると思ったからか?」


「というより、ボクたち訓練生の前じゃないと、教官が警戒を(ゆる)めて自白(じはく)してくれないと思ったんですよ。それに、あの教官には、シオナさんが苦しめられて、エズレ君が()たれて、ハーナム教官に罪を着せるために、ボクたちの試験を利用された(うら)みがあるんです。ボクの仲間の(かたき)なんですから、人任せになんてしてられません。絶対にこの手で、罪を(つぐな)わせたいと思ったんです。――結局、ボクたちだけの力じゃどうにもならなかったんですけど」


 本当に、あのときサトリの助けがなければ、今ごろシオナやイェルマヒムがどうなっていたかわからない。

 (くや)しさにうつむいていると、直後ノワンがとんでもないことを白状(はくじょう)した。


「なんだよ。お前にその覚悟があることを知ってたから、俺はリグスラームの居場所を聞いて回ってる《青獅子隊》の連中に、『兵舎に戻っていった』とか適当なこと言って遠ざけてたんだぞ。ま、どっかのバカがこれ見よがしに葡萄(ブドウ)()らしてきたのが見えたから、仕方なく連れ戻しに行ったが」


「ええ……っ?」


 他人の事情に振り回されることが(きら)いなノワンだから、あえてリグスラーム逮捕(たいほ)計画の協力を(あお)がなかったのに、どうやら事情を話さずとも、彼の(するど)い観察眼で、大方(おおかた)のことは察知されていたらしい。その上、スフィルの意志まで()み取った上で、あえて《青獅子隊》を遠ざけていたとは。

 スフィルは唖然(あぜん)とするしかなかった。


「じゃあまるで、ボクが自力(じりき)逮捕(たいほ)したいっていうエゴのために、《青獅子隊》にウソついて遠ざけてたみたいじゃないですか!」


「俺が協力したのは、《青獅子隊》じゃなくてお前らのためだ。あの連中の目的なんか、知ったことじゃねえよ。あのまま夜まで校舎を彷徨(さまよ)ってればよかったんだ。ティガルの救援(きゅうえん)信号さえなきゃ、永遠にそうしていてもらうつもりだったんだがな。――チッ、応援なんか呼びやがって」


「お前、その王室(ぎら)いっぷり、ホント(ゆが)みねえな」


「せっかく王室の陰謀を(つか)んだと思ったら、まさかの善行(ぜんこう)だったんだぞ。あわよくば(あば)いてやろうと思ったのに、あれじゃ(あば)く気力も()せる。俺は王室の善行(ぜんこう)なんか、クソほども興味ねえんだよ、クソが!」


 曲がりなりにも護衛官として致命(ちめい)的な願望を、明け()けに言い放ち舌打(したう)ちするノワンに、スフィルたちは顔を見合わせて苦笑した。

 本館の廊下にまで差し掛かると、エズレが血相(けっそう)を変えて走ってくるのが見えた。


「あ、エズレ君! そんなに走って大丈夫なんですか? 怪我(けが)は?」


 エズレはスフィルの(かた)(つか)むや(いな)や、その場で(くず)れるようにもたれかかった。


「そんな場合じゃないだろ! こんなときにお前ら、どこ行ってたんだよ! 今、親父が内部監査課のヤツらに尋問(じんもん)されてんだぞ! なあスフィル、お前も親父はそんなヤツじゃないってわかってんだろ! 優等生のお前の説得(せっとく)なら――」


「大丈夫です。すぐに手違いだってわかって、釈放(しゃくほう)されると思いますよ」


「え……?」


 スフィルが視線で示した先には、監察官たちに連行されていくリグスラームがいる。その向こうの廊下からは、ハーナムが()れられてやってくるのが見えた。ハーナムは無事、釈放(しゃくほう)されたのだ。


「良かった、親父……」


 エズレが安堵(あんど)の目を向ける先で、先ほどの監察官の青年が、ほかの監察官に指示を出していた。


「あーこらこら、ハーナム教官への(あつか)いは鄭重(ていちょう)にな。誤認(ごにん)逮捕(たいほ)したってバレたら、お前ら全員今月のノルマ倍だぞ」


「あー、そっちの教官は遠慮(えんりょ)なく連れてけ。正真正銘の犯人だ」


 リグスラームは、これから校舎の外へと連れて行かれるようだ。

 これでめでたく、事件は解決したのだ。

 スフィルがほっと息をついた矢先(やさき)に、突然背後(はいご)から、緊迫(きんぱく)した声が放たれた。


「いました教官、アイツです!」


 どこかで聞いた声にふり返ると、派遣公安課のザイレムが、グラムを連れて、こちらを指差していた。グラムはギロリと殺気(さっき)立った目を向けている。

 そういえばと思い出す。先ほどグラムとの決戦で、スフィルは思いきり、頭突きで金的を食らわせたのだった。

 もともと(きら)われてはいたが、その件で完全に(うら)まれたようだ。


「ちょっ、ヤバいですよティガル。グラム教官こっち来ますよ」


「だ、大丈夫だ。オレたち三人、グラム殺戮者(スレイヤー)だろ?」


「悪いがティガル、俺は()げるからな」


「あっコラ待てノワン! この薄情者!」


 いち早く脱出を(はか)るノワンのストールをティガルが(つか)んで阻止(そし)していると、


「テメエ、タダで済むと思うなよ」


 大股(おおまた)で歩いてきたグラムは――そのままスフィルたちを通り過ぎた。


「――へっ?」


 グラムが向かった先には、連行されているリグスラームがいた。


「聞いたぞ、テメエ! 今日の試験で、この俺を犯罪の隠蔽(いんぺい)に利用しやがったな! このままタダで済まされると思うなよ!」


「な、なんだ、リグスラームにキレてたのか……」


 三人は胸をなでおろした。

 それにしても、さすがは「憲兵部の殺し屋」だ。リグスラームに接近しながら凄みを利かせる(さま)は、ギャングのボスさながらの風格があった。

 冷や汗を浮かべたリグスラームは、怒気(どき)(はら)んだグラムから目をそらせぬままに、引きつった声を上げた。


「聞きたいんだが、国家の保護プログラムは、公安どもの脅威(きょうい)からも守ってくれるんだろうな?」


 となりで彼を見送るサトリ憲兵は、肯定(こうてい)も否定もせず、にっこりと微笑(ほほえ)んでみせた。


「親父……っ!」


 ついに釈放(しゃくほう)されたハーナムに、エズレが走って()け寄った。


「エズレ、何度も言っているだろう。学校では『教官』と呼べと――」


 (おごそ)かな教官が、それ以上つづけることはなかった。彼の胸に、エズレが飛び込んだのだ。


「ふざけんなよ……! 伝説の護衛官のくせに、簡単に逮捕(たいほ)なんかされやがって、このバカ親父ッ!」


「心配をかけたな」


 エズレは抱擁(ほうよう)をはずすと、意を決した目で父親を見据(みす)えた。


「親父、おれ、決めたぜ。――二度とあんたに、『護衛官の恥』なんて言わせねえほど、立派な護衛官になってやる!」


 エズレはついに、伝説の父にそう宣言した。その目に宿(やど)る意思は、試験が始まったときとは別物だった。

 対するハーナムは、ぱちくりと目をしばたかせながら、間の抜けた声を発した。


「はぁ……そんなこと、ひと言も言った覚えはないが……?」


「はぁ?! 忘れてんじゃねーよ! 一週間前のギャングの抗争(こうそう)で、おれが怪我(けが)して帰った直後に言ってただろ!」


「あのときのことか……?」


 ハーナムはなにか思い出したのか、ため息とともに目を()せた。


(なさ)けない話、あのときは被弾(ひだん)したお前を見て、ガラにもなく胸がいっぱいになった。お前が護衛官になりたいと言い出したときから(おそ)れていたことだが、それがお前の意志である以上、覚悟はしていたつもりだった。だがあのときは、心の底から、二度とお前を危険な地へ送り出したくないと思ってしまった。――お前はもう立派(りっぱ)な護衛官に成長しているというのに、親のエゴでそれを止めたいなど、本当に(なさ)けない限りだ。父親としての感情を捨てられぬ私は、護衛官の(はじ)だ。ソーラ様にどう顔向けしたらいいものか……」


 ハーナムは、()き先代国王の名を言いながら、もう一度重々しくため息をついた。


「――と、お前に話しはしたが」


「は……? ま、まさか親父、『護衛官の恥』って、自分のこと?」


「だから、何度もそう言っているだろう。これ以上言わせるな」


「な……っ、な、なっ! 変な誤解させんなよ、このバカ親父っ! クソ、親父のせいでまた怪我(けが)が痛みだしたぞ!」


「知らん。あと学校では教官と呼べと言っているだろう」


 腹いせとばかりに教官の胸を(たた)いたエズレの肩に、ハーナムが手を置いた。


「だが今日の試験、立派(りっぱ)だったな、エズレ。よくやった」


 その瞬間、エズレの顔がぐしゃりと(ゆが)んだ。


「ったり前だろ! おれはあんたを超える護衛官になるんだからな……!」


「ボクたち部外者は行きましょう。親子水入らずですから」


「だな」


 (ふたた)び歩きだしながら、ノワンが前髪を()き上げて息をついた。


「ったくあいつ、どんだけ人の言葉を誤解するんだよ。人(さわ)がせなお坊ちゃんだな」


「まあでも、誤解ってわかって良かったじゃねーか。これで誤解じゃなかったら、オレぁ今ごろ、ハーナム教官にも卵投げてたトコだったぜ」


「お前はいい加減()りろよティガル」


 ちらりと見えたエズレの横顔は、涙を浮かべながらも破顔(はがん)していた。これで彼は、何物からも追い詰められる必要がなくなったのだ。これからの二年は、きっと自分を否定(ひてい)することなく成長していくのだろう。

 ハーナムの帰還(きかん)で、スフィルたちはようやく、日常に戻ってきた実感が()いてきた。そして、この段階で初めて、昼間からなにも食べていないことに気づく。

 このあと、警護課の広間に行って遅めの夕食にしようと話していた、その時だった。


(だれ)か、この状況を説明したまえ! 一体何がどうなっている!」


 いつの間にか釈放(しゃくほう)されているハーナム、そして連行されるリグスラームを()の当たりにしながら、そう動揺(どうよう)の声を発したのは、先ほど警護課の主任教官に成り上がったばかりのアランキムだった。

 唖然(あぜん)と廊下に立つアランキムに、端的(たんてき)に説明したのはティガルだった。


「見てのとおり、今しがた真犯人が逮捕(たいほ)されて、ハーナム教官の冤罪(えんざい)が証明されたってワケっすよ」


「ではまさか――」


 アランキムはハーナムの姿を見るなり、愕然(がくぜん)と目を見開いた。


「そ、あんたは副主任に逆戻り。今日の試験の結果を決める最終権限もなくなったってワケだ」


 ハーナムは、副主任の存在に気づくとその場に直立し、おもむろに、その(おご)かな口を開いた。


「あらためてここに宣言する。護衛三班全員、実践護衛能力『(アハル)』だ。――異論(いろん)はありますか、アランキム教官」


「い、いいえ、まったく」


 アランキムは笑みを浮かべながらこたえたが、その(ほお)はピクピクと引きつっていた。

 その様子を横で見ながら、ティガルが呵呵(かか)と笑った。


「おっと、まさか教官の判断が(くつがえ)されるなんて。これは数十年来の突然(サドン)豪雨(ごうう)っすねぇ、教官」


「やかましい!」


 教官はピシャリと言うと、大股(おおまた)で教官室の方角(ほうがく)へと歩いていった。念願の野望(やぼう)破れた彼は、これから自棄(やけ)酒でも(あお)りそうな雰囲気(ふんいき)だった。

 ――ハーナムが宣言した、三班全員「(アハル)」。

 スフィルはすぐにはその実感が()かずに、呆然と立ち()くしていた。


「っしゃああああ! やったなスフィル! これでお前、文句(もんく)なしの主席卒業だぜ!」


「さすがはわがライバル、スフィルだ! オレはキサマこそ、主席卒業にふさわしいと思っていた。このままオレが主席にされていたら、その席を辞退(じたい)していたところだ」


「え、エルマ君?!」


 あれだけ主席卒業にこだわっていた青年が、一体どういう風の吹き回しかと見上げれば、彼は精悍(せいかん)な白い歯を見せて笑った。


「キサマに協力をもちかけられなければ、オレは護衛対象をみすみす死なせていた。――三班を見くびっていて悪かったな。まさかオレたちの護衛対象まで、命を()して護り抜いてくれるとは。最後にエズレが、ウチの国王陛下を護ってくれたと聞いたぞ。オレはアイツを完全に見誤っていたが、キサマはエズレの底力に気づいていたんだな。さすがはスフィル、キサマはわが永遠のライバルにして、最高の班長(リーダー)だ。憲兵学校約百年のなかで唯一無二だぞ。自信をもて!」


 実際はイェルマヒムが在籍(ざいせき)していた三年間だろうとは指摘(してき)せずに、ありがたく賛辞(さんじ)を受け取っておく。


「ありがとうございます、エルマ君」


「それと、さっきの事件のことだが、オレの将来を一番案じてくれたのはキサマだったな。そのことも、礼を言う」


「いえ、結局助けてくれたのは、《青獅子隊》のサトリさんですよ」


「いや、違うな。お前がオレを『助けてほしい』という目をしていたからだ。賄賂(わいろ)失脚(しっきゃく)するなど、本当に父の自業自得としか言いようがないが、父に信用されなかったオレにも責任はある。《青獅子隊》がオレを助ける理由などなかったんだ。それでも助ける選択をしてくれたのは、あのサトリとかいう憲兵が、お前の強い意志を()み取ったからだろう。思うにお前の意志や情熱には、他人に伝播(でんぱ)させる強力な力がある。――ライバルでさえも味方につけるほどのな」


 そこまで言うと、イェルマヒムはその場でビシリとスフィルを指差した。


「ここに宣言するぞ、スフィル。オレはこの先、王室護衛官を目指す。そして王国最強の護衛官になる。どっちが最強になるか、勝負といこうじゃないか、我がライバル!」


 今までイェルマヒムが王室護衛官を目指さなかったのは、家庭の事情だと聞いている。きっと彼は、この先賄賂(わいろ)の件も含めて、父と直接対決する気なのだろう。

 その目には、先ほど《青獅子隊》に、リグスラームの逮捕(たいほ)()うた時と同じ覚悟が宿(やど)っていた。


「望むところです!」


 スフィルはイェルマヒムを見上げ、不敵(ふてき)な笑みを浮かべた。

 腕力(わんりょく)では彼には(かな)わないが、腕力(わんりょく)なくして護れるものがあることを、先ほどサトリが教えてくれたのだ。

 相手の真実を見抜くだけでは、まだ足りない。必要なのは、相手を操れる交渉術。

 ――【真実の芽(アルセクラ・アルクォンカ)】を、さらに開花させる。

 ライバルを見据(みす)えながら、スフィルは次の段階への成長を、かたく心に誓っていた。


 人身捜査課のカルマと別れて、警護課の校舎に戻ると、向こうの広間から、(にぎ)やかな声が聞こえてきた。今回の試験自体は、卒業生の約半数が早々に脱落するという惨憺(さんたん)たる結果だったものの、暖色の光の()れる部屋から聞こえる声は、今日の試験での一班と三班の奇跡の活躍(かつやく)で、盛り上がっているようだった。

 そこにスフィルたちが帰還すれば、たちまち主役が来たとばかりの盛況(せいきょう)を見せるに違いない。

 意気揚々(いきようよう)と戻ろうとすれば、側方の部屋から()れ出る明かりに照らされて初めて、横を歩くノワンが、(こと)(ほか)血の()()せた顔色をしていることに気づいた。


「ノワン君、大丈夫ですか。めちゃくちゃ顔色悪いですけど、さっき宿敵(しゅくてき)の《青獅子隊》に助けを呼んだのが、そんな精神的な負担(ふたん)だったんですか」


「いや、大丈夫だ。――さっきエズレに飲ませた栄養剤が、今夜と明日と明後日(あさって)晩飯(ばんめし)だったことを、今しがた思い出しただけだ」


「えっ、栄養剤が夕ご飯? 身体(からだ)に悪いですよ、そういうの」


「だがコスパ最高だ」


「まさかとは思いますがノワン君、今超金欠(きんけつ)で、食べるものないんですか?」


 じっと見上げると、ノワンは(あきら)めたように白状(はくじょう)した。


「ああ。通常訓練の日課が終わったらメシの支給が止まることを、すっかり失念(しつねん)していた。完全に、卒業するまでの二週間分の食費を、考慮(こうりょ)に入れることを忘れてた。――ぬかったな」


「ええっ?! 深刻じゃないですか! 卒業までに餓死(がし)する気ですか?! ご飯なんてボクの差し上げますから、一緒に食べましょうよ! ねっ!」


 身を乗り出して提案すれば、ノワンはスフィルが驚くほどの狼狽(ろうばい)を見せた。


「はぁっ?! 間接キ……いやできるわけないだろ、そんな真似(まね)!」


「なんだよノワン、水臭(みずくせ)えな。メシくらい、いくらでも(おご)ってやるっつの。ホラ、さっきも約束したろ?」


 話を聞きつけたティガルが肩を回してきたが、ノワンはそれを、ピシャリと()ねのけた。


「結構だ。まるで俺が、貴族のお前にメシ欲しさに近づいたみたいだろ。言っておくが、助けてやったのはお前が貴族のわりには悪いやつじゃねえからだ。(だん)じてメシが欲しいからじゃねえからな! 勘違いするなよ!」


「いやしてねーよ、そんな勘違い」


「とにかく、貴族様からの(ほどこ)しは断る。俺にもプライドってモンがあるんでな」


「へえ、そうかよ。オレ昨日、でっけえ鶏肉買ったんだよな。今夜スフィル様に、アツアツのチーズカツレツ作ってもらおうと思ってよー」


「アツアツのチーズカツレツ……」


「そうだぜ。とろとろチーズのやわらか鶏肉チーズカツレツ。美味(うま)いだろうなー」


 ノワンがゴクリと唾を()んだ。


「もう、ヘンな意地(いじ)張ってないで、警護課の皆で食べたら良いじゃないですか! そのほうがボクも、料理の腕が()るってもんですから!」


(ちげ)えねえぜ」


 ふたりでじっとノワンを見つめていると、彼はようやく観念(かんねん)したとばかりに手を()げた。


「わかった、ありがたくいただかせてもらうが――勘違(かんちが)いするなよ。これで俺の胃袋を掌握(しょうあく)したと思ったら大間違いだからな、ティガル。これからなにかあったら助けてやるが、あくまでメシとは関係なくだな……」


「ハイハイっと。困ったときはお(たが)い様。友達(ダチ)ってそういうモンだぜ」


「そういうモンなのか。――なら仕方ないな。遠慮(えんりょ)なくいただくぞ」


 ふたり(なら)んで広間へと入るうしろ姿を見ながら、スフィルは微笑(ほほえ)んだ。彼らはもはや、任務とは関係なく、すっかり仲良くなっているようだった。

 さて、皆で和気(わき)あいあいと食べることを考えれば、これから料理をつくる腕が()る。

 スフィルも広間に足を()み入れようとして、突然陰から、何者かに引っ張られた。


(な――っ?)


 咄嗟(とっさ)に声を上げようにも、鼻と口が(ふさ)がれていた。

 広間からは、(なご)やかな声が聞こえてくる。彼らは突然のスフィルの失踪(しっそう)に、まったく気づいていないようだった。


「お前もスフィル様の手料理をひとくち食べたら、絶対病()みつきになるぜ、ノワン。なんたってあいつのママの故郷に伝わる秘伝(ひでん)の……」


「ところで、そのスフィルはどこだ?」


「あれっ?」


 ティガルとノワンがうしろをふり返ったときには、スフィルは警護課の校舎の廊下(ろうか)から、無音(むおん)のうちに()れ去られたあとだった。


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