表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/72

外伝06話:ご機嫌麗しきバケモノ殿下(後編) -elVeklkle Jegen-

'20.09/08 前エピソードの続きです。演出等、大幅に変更しました。

外伝06話:ご機嫌麗しきバケモノ殿下(後編) -elVeklkle Jegen-


 * * *


 ふたりはその場で馬を止めた。


「この話、サイラには内緒(ないしょ)にしてくれよ」


 王子がカリエクに小声で(ささや)いて、その会話はそこで終わりになった。

 カリエクはその「サイラ」――遠くからこちらに()けてくる陸軍人の姿を(なが)めた。王子が先に偵察(ていさつ)に向かわせていた、《青獅子隊》の隊長だ。


「ホムラ王子殿下」


 王子のもとまで走るなり、サイラは馬上から、軍人らしい無駄のない所作(しょさ)で敬礼してきた。

 サイラ・マファルカ陸軍少佐。愛想のないつり目に、(つや)のある黒髪を首のうしろで無造作(むぞうさ)(たば)ねた若者だ。少年にしか見えない外見からうかがい知れる者は少ないが、彼女はれっきとした女性軍人である。


「ご苦労、サイラ。状況(じょうきょう)を聞こう」


 は、と短く返事をすると、若き親衛隊長は(よど)みなく告げた。


今朝(けさ)の段階で、犯人はまだ校内にとどまっています。今のところ、逃亡の(きざ)しはありません」


「わかった。ありがとう」


「ただ、ひとつ問題が」


 そう前置きしながら、サイラは声を(ひそ)めた。


「部下からの連絡によれば、内部監査課の調査チームが、今日中に動くようです」


「内部監査課が……」


 内部監査課。以前王子の不正を疑い、逮捕(たいほ)しようとしてきた王国軍の諜報(ちょうほう)組織だ。

 彼らが(から)むと厄介(やっかい)なことになることを身をもって知っている王子は、表情を(くも)らせた。


「連中、(つぶ)しますか?」


 生真面目(きまじめ)らしくピクリとも笑わぬ表情で問いかけるサイラに、カリエクは瞬時にかぶりを振った。


冗談(じょうだん)はよせ、サイラ」


 この親衛隊長は華奢(きゃしゃ)な若者に見えて、実は数々の修羅場(しゅらば)をくぐり抜けた現役(げんえき)の陸軍指揮官である。王子の親衛隊長を(つと)める(かたわ)ら、自在に動かせる自身の中隊の管理もしている。

 冗談(じょうだん)でもそこで肯定(こうてい)しようものなら、この陸軍人は翌日にでも本当に組織ごと(つぶ)しかねない。


「だが、連中に捜査の先を越されるのは厄介(やっかい)だな。なんとしても今日中に解決するしかない、が――」


 カリエクがちらりと隊長を見やると、その視線を察したらしい彼女は、先回りした返事をした。


「現時点で有力な物的証拠(しょうこ)がない以上、我々は手出ししかねる。無論(むろん)、法外な処置が許されるなら、即刻連中を永遠に(だま)らせることは可能だが」


 わかってはいたことだ。

 打つ手なしの状態に、カリエクはやれやれとかぶりを振った。


「こんなときに限って、『会計主任』が不在だからな」


 去年《青獅子隊》に入隊した、公認会計士の資格をもつ隊員は、現在遠方(えんぽう)(おもむ)いていて、いつ帰還(きかん)するかもわからない状態だ。

 一年前に、王子が自身の護衛として公認会計士を(やと)いたいと言い出したときには、それはそれは猛反対したカリエクだが、まさか一年後、逆にその不在を(のろ)うことになろうとは、思ってもみなかった。

 公認会計士とは、会計術を操る、記帳と帳簿読解のプロフェッショナルである。

 当然のことながら、彼らはただの「デキる事務職」であり、その職務の大半は犯罪捜査でもなんでもない。

 だがこの一年間、会計士と()()()()を共にするうちに、カリエクは認識を改めざるを得なかった。

 意外にも会計術は、とかく犯罪捜査に役立つのである。

 権力者が犯罪を犯すと、必ずと言っていいほど、どこかで資金が動く。連中は多くの場合、記帳せずにその収支(しゅうし)(かく)すか、よりたちの悪い連中の場合は、うまいことダミー取引を記帳する。政府への提出義務のある帳簿から、その不審な「(あら)」を読み解かせて犯罪を(あば)かせたら、世の中に会計士の右に出る者はいなかった。

 ホムラ王子(いわ)く、会計術とは、現実を()る力。そして王子の交渉術は、現実を変える力。

 ふたつの力が合わさったとき、それは世にも強力な武器になった。会計士と協力すれば、王子は現実を正しく()て、それを良いように変えることができたのだ。

 今回も会計主任さえいれば、今の段階で証拠がなくても、帳簿さえあれば証拠(しょうこ)(つか)む手がかりを得ることくらいはできただろう。

 もっとも、いくら()しんだところで、いないものは仕方ないのだが。

 カリエクがやり場のないため息をもらしたと同時に、口を開いたのは王子だった。


「『俺が』親衛隊の、臨時(りんじ)会計主任になるよ」


 一瞬驚きに目を見開いたカリエクは、すぐに冷静に主君を(さと)した。


「しかし殿下、ここ数日のお(つと)めでお疲れ様でございましょう」


「大丈夫。王室の労働に対して賃金(ちんぎん)が支払われることはない。つまり俺は、いくらでもタダ働きさせられる王国の(コマ)なんだ。だから必要なら、いくらでも働くよ」


「タダではなくプライスレスなのです」


 咄嗟(とっさ)に反応してから、カリエクは会話が()み合っていなかったことに気づき、論点を本筋に戻した。


「そもそもそのような問題ではなく、神職であらせられる殿下が、これよりあの専門的な会計知識を身につけることなど、およそ不可能な話で――」


 カリエクの話をさえぎって、王子はぽつりと言った。


「分野外の弁論術なら、身につけたよ」


 王子はカリエクを見据(みす)えたまま、すっと目を細めた。

 何物をも透明(とうめい)(うつ)し出す、その無垢(むく)純粋(じゅんすい)な瞳を見て、カリエクは思わずぞっとした。王子は本気だった。

 王子が分野外の弁論術を勉強したおかげで、彼は敏腕(びんわん)政治家を論破(ろんぱ)し、可決(かけつ)しかけていた国益を(そこ)なう法案を退(しりぞ)けることに成功した。それ以来王子は、政界の大物たちに警戒されている。


「俺はただの神職だけど、それでも必要に(せま)られて司法も勉強したし、兵法の基礎理論もおぼえた」


 おかげで多くの民を救ったが、それと同時に、司法省と国防省に(おそ)れられる存在になった。


「会計術だけ修得できないと思う?」


 王子の覚悟は決まっていた。その目は、どれほどの苦難を乗り越えても、必ず成し()げる意志を示していた。

 カリエクの(のど)まで、言葉が出かかった。


(どうしてですか、殿下)


 どうしてこれ以上、さらに努力してまで成長しようとする。

 成長したところで、結局「バケモノ」と周囲に(おそ)れられるだけなのに。

 (だれ)かの役に立ったところで、待っているのは感謝ではなく、警戒と恐怖だけだと、王子は(いや)というほどわかっているはずなのに。(だれ)よりも努力して得たものの代償(だいしょう)が、その全身を()う重苦しい金の(くさり)だと、王子は知っているはずなのに。

 (だま)って部下を見上げていた王子は、カリエクの「言葉にしていない反論」に対して、おもむろに答えた。


「それはね、市民の救済は国王の努力義務で、王子の俺の存在価値だからだよ。べつに(だれ)かに感謝されたいわけじゃないんだ。(にく)まれても(きら)われても、生憎(あいにく)その手の感情のない俺は、なんら痛痒(つうよう)を感じない。民を救えれば幸せだよ」


 淡々と機械的に話す王子に対して、カリエクは「嘘だ」と、心のうちに反論した。

 感情がないならなぜ、先ほど、カリエクが宿屋を操った王子を(おそ)れたのではないかと気にしていた。なぜ、そうでないとわかった途端(とたん)に、あれほどの安堵(あんど)の表情をした。

 感情はないと言いながらも、本当はこれ以上嫌われたくないのではないのか。助けたい相手に(きら)われることが何よりもつらいと、今しっかり感じているからではないのか。

 王子はおそらくカリエクの思考を読んでいるはずだが、これ以上なにか言うことはなかった。

 ただ正面を向いたままに(かかと)で愛馬の腹を()し、(ふたた)び道を進みはじめた。


「じゃあこれから、犯人のお宅へ(うかが)おうか。帳簿や書類を見せてもらえば、なにかめぼしい証拠(しょうこ)を発見できるかもしれないし」


 サイラがすぐに王子につづいて馬を進めるなり、


「しかし」


 と懸念(けねん)を示した。「家宅捜査には、検察の許可が必要です。検察を通すとなると、最低でもあと二日はかかるかと」


「大丈夫。そのために俺がいるんだろう。イスカ国民は『善い人』ばかりだから、少し『お願い』すれば、何でも差し出してくれるさ」


 王子はすっと目を細め、精巧(せいこう)につくられた人形のような笑みを浮べた。

 この目は、やる気だ。

 建前(たてまえ)だらけの法治国家で、建前(たてまえ)だけで人を動かす気だ。

 こうなったらもう、(だれ)も彼を止められない。


「かしこまりました。お(とも)致します」


 カリエクは言葉短く()げ、二頭のあとにつづいた。

 王子を乗せた馬は、速歩(はやあし)で目的地へと突き進む。

 この高貴なる非公式捜査官様はきっと、このまま今日中に王都を震撼(しんかん)させた犯人を逮捕(たいほ)し、事件に終止符を打つのだ。

 いつもどおりに――人知れず、迅速(じんそく)に、ご詭弁(きべん)(うるわ)しく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ