外伝21話:名門官家の月とすっぽん -Qaljek jna Tegar-
'20.09/13 章の大幅な演出変更にあたり、エピソードごと挿入しました。情報に変更はありませんが、大幅なプロットと演出の変更があります。ご了承ください。
外伝21話:名門官家の月とすっぽん -Qaljek jna Tegar-
* * *
「スフィル。オレの剣術だけどよ――ぶっちゃけ軌道読みやすいか?」
細剣を片手に、珍しく真剣な面持ちで問いかけてきた相棒は、何事かと思えば、そんな話を切りだした。
「いえ、まさか。警護課の皆、棒もったティガルには近づきたくないと思いますよ。【天邪鬼剣術】なんて呼ばれてるくらいですし」
「ああ、あれ?」
ティガルは思い出したように視線を動かした。
「誰が最初に言い出したんだか知らねーけど、オレの天邪鬼な性格をからかってるだけじゃねーの?」
「それも半分、畏敬も半分ですよ」
ティガルの剣は、とにかく動きが読めない。それゆえ、少なくともこの学校の訓練兵では、間違いなく「最強」である。
いつもはそれを誇示してくるのに、今のティガルは妙にしおらしく、どこからどう見ても変だった。
「ティガル、なにかあったんですか」
「いや、さ。お前がオレの剣術に期待してくれんのは、スゲー嬉しいんだけどよ」
ティガルは前置きしながら、重々しいため息をついた。
「あのカリエクの野郎、よりによってオレの剣筋を『妙に読みやすい』って言ってきやがったんだぜ。しかもあのとき、こっちは慣れた得物、向こうは素手だったのに、一瞬で惨敗したし」
ティガルが気にかけているのは、どうやら先ほど王室護衛官のカリエクに負かされたことのようだった。
「信じられるかよ! オレは生まれてこの方、一度も『剣筋が読みやすい』なんて言われたことなかったってのに!」
「でもあれは、カリエクさんが異様に強いだけで、べつにティガルが弱いわけじゃ……」
フォローに回るスフィルを遮って、ティガルはつづけた。
「しかもあいつ、憲兵には珍しい、官家出身の護衛官だしよ。ビミョーにオレとキャラ被ってるし、オレの圧倒的上位版って感じで、なんかスゲー嫌だ!」
「キャラ被りなんて気にしすぎですよ。第一全然被ってないですし、カリエクさんのほうが数百倍雅でカッコいいですし――あっ」
気づけば相棒が、ものすごく僻んだ目でこちらを見ていた。
「スフィルてめえーっ! 所詮お前は、相棒より、憧れの『カリエク様』の味方なんだな!」
「そ、そんなことないですよ。ティガルはティガルじゃないですか。月は月、鼈は鼈でそれぞれ違った良さがあるように、一概に良し悪しなんてつけられないでしょう!」
「知ってるか相棒、『月と鼈』って慣用句はな、一般的にスゲー圧倒的な差がある時に使うんだぜ……?」
げっ、とスフィルの額に汗がにじんだ。
「で、でもティガル、鼈はスープにするとすごくおいしいんですよ! それに比べて月なんて、食べられもしないじゃないですか。鼈は鼈にしか出せない味があるんです!」
「鼈鼈ってうるせーな! てかお前、いいかげん相棒を食材として見てんじゃねえ、この蛮族!」
う、とスフィルは沈黙を余儀なくされる。
「しかもあのカリエク、完全にオレのこと忘れてたしよ。オレなんか端から、眼中にねーってか!」
「えっ、ティガル、カリエクさんと知り合いだったんですか?」
驚きに目を瞠ったスフィルに、ティガルは「まあ」とつづけた。
「官家の縁は狭いからな。家の祝賀会とかで、何度か顔合わせてんだよ。ウチの曾祖父ちゃんと現イエナザラク家当主が、仲が良かったらしい。それで大きなイベントのたびに、呼んだり呼ばれたりしてる仲――の、ハズなんだけどな」
「それは……剣士としての知り合いではないので、『眼中にない』とは言えないんじゃ」
そこまで言いかけて、スフィルはふと思い出した。
「でもなんで、さっきカリエクさんに剣向けたんですか? お知り合いなら、試験の参加者じゃないと気づけたでしょうに」
「顔なんて憶えてねえよ。最後に会った時、当時のオレは6歳くらいだったんだぞ」
「それ、カリエクさんにも言えることですよね?」
十年前の幼児と、この背の高い17歳の青年を、同一人物と気づけと言うほうが無理がある。さらにそこから、カリエクがティガルの剣など「眼中にない」と結論づけるのは、もっと無理がある。
ティガルは思い出して怒りが湧いてきたのか、ギャンギャンと吠えながら、その場で剣を振り回し始めた。
「大体オレは、あんな蹴り技なんて認めねえからな! イスカ人たる者、正々堂々と剣で戦えってんだよ!」
「カリエクさんが剣で戦ってたらティガル、今ごろそんな怪我じゃ済まなかったと思いますよ」
「うっせえ! しかもアイツ、軍人のクセに乙女みたいに潔癖症だしよぉ、情けねえかぎりだぜ! 言っとくがオレは、同じ官家でも、あんな正真正銘のお坊ちゃまとは違うぜ。泥にまみれても勝利を掴むってのが、真の漢の戦い方だろーがよ!」
その場でヒュンと剣を振り回す相棒の剣は、やはり速い上に軌道が読めない。
彼の横顔を見上げていたら、その視線に気づいたティガルは、じろりと睨んできた。
「なんだよスフィル、文句があるなら言えよ。言っとくがお前がなんと言おうと、アイツはオレの宿命のライバルだからな! 撤回するつもりはないぜ」
「いえ……正直、『それな』って思ってたんです」
「はぁ……? お前の憧れの『カリエク様』だろ? オレ今、結構手ひどいこと言ったぜ?」
自分で貶しておきながら、ティガルは信じられないとばかりに目を剥いた。
「いえ、僻みで腹が立つって意味で言ったんです。――ボクもつい先ほど、ボクの得意分野で、圧倒的な上位版に出会ったばかりですから」
「あの小さい憲兵か」
そう。スフィルのすべてをさとってくる、あの恐ろしいバケモノじみた少年憲兵。
「ええ。ボクも彼にだけは、負けたくありません。その気持ちは、今のティガルと同じなんだと思います。だから『それな』です」
あの不思議なさとり少年が、大した護衛能力もないのに、最強護衛官のカリエクに目をかけられていたという事実に、僻みのこもった腹立たしさを感じてしまったのは否めない。
「なるほどな、お前も立派な鼈ってワケだ」
相棒は、してやったりとばかりに言い返してきた。
「やっぱ『鼈』って、ムカつきますね?」
「だろ?」
指をさす相棒に、スフィルは穏やかに微笑みかけた。
「だからボク、さっきひとつ誓ったんですよ」
笑みを浮べたまま、目を爛々と光らせる。
「ボクは絶対にあの少年憲兵を凌駕する推理力を身につけて、堂々と《青獅子隊》に入ります」
「お前、本気で言ってんのか?」
「何年後になるかはわかりません。でも、これから成長して、いつかは必ず追い越します」
今、憲兵学校卒業前に彼と出会えたことは、きっと幸運だったのだ。おかげで現状に甘んじずに、貪欲にさらなる成長を遂げる、たしかな動機ができた。
「お前のそーいうトコ好きだぜ、相棒」
ティガルは呵呵と笑うと、ヒュンと剣を前に突き出した。
「じゃあオレは、王国最強の剣士になって、正々堂々とあの【不可侵領域】のカリエクに勝つ!」
「じゃ、どっちが先に目標を追い越せるか、勝負ですね」
「ああ、望むところだぜ!」
それからお互いに、にっ、と笑い合う。
その若い目には、飢えた獣のような、決して満ちることのない貪欲な野心が浮かび上がっていた。




