表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/72

外伝21話:名門官家の月とすっぽん -Qaljek jna Tegar-

'20.09/13 章の大幅な演出変更にあたり、エピソードごと挿入しました。情報に変更はありませんが、大幅なプロットと演出の変更があります。ご了承ください。

外伝21話:名門官家の月とすっぽん -Qaljek jna Tegar-


 * * *


「スフィル。オレの剣術だけどよ――ぶっちゃけ軌道(きどう)読みやすいか?」


 細剣を片手に、(めずら)しく真剣な面持(おもも)ちで問いかけてきた相棒は、何事かと思えば、そんな話を切りだした。


「いえ、まさか。警護課の皆、棒もったティガルには近づきたくないと思いますよ。【天邪鬼(アマノジャク)剣術】なんて呼ばれてるくらいですし」


「ああ、あれ?」


 ティガルは思い出したように視線を動かした。


(だれ)が最初に言い出したんだか知らねーけど、オレの天邪鬼(アマノジャク)な性格をからかってるだけじゃねーの?」


「それも半分、畏敬(いけい)も半分ですよ」


 ティガルの剣は、とにかく動きが読めない。それゆえ、少なくともこの学校の訓練兵では、間違いなく「最強」である。

 いつもはそれを誇示(こじ)してくるのに、今のティガルは(みょう)にしおらしく、どこからどう見ても変だった。


「ティガル、なにかあったんですか」


「いや、さ。お前がオレの剣術に期待してくれんのは、スゲー嬉しいんだけどよ」


 ティガルは前置きしながら、重々しいため息をついた。


「あのカリエクの野郎、よりによってオレの剣筋を『(みょう)に読みやすい』って言ってきやがったんだぜ。しかもあのとき、こっちは慣れた得物(えもの)、向こうは素手(すで)だったのに、一瞬で惨敗(ざんぱい)したし」


 ティガルが気にかけているのは、どうやら先ほど王室護衛官のカリエクに負かされたことのようだった。


「信じられるかよ! オレは生まれてこの方、一度も『剣筋が読みやすい』なんて言われたことなかったってのに!」


「でもあれは、カリエクさんが異様(いよう)に強いだけで、べつにティガルが弱いわけじゃ……」


 フォローに回るスフィルを(さえぎ)って、ティガルはつづけた。


「しかもあいつ、憲兵には(めずら)しい、官家出身の護衛官だしよ。ビミョーにオレとキャラ(かぶ)ってるし、オレの圧倒的上位版って感じで、なんかスゲー(いや)だ!」


「キャラ(かぶ)りなんて気にしすぎですよ。第一全然(かぶ)ってないですし、カリエクさんのほうが数百倍(みやび)でカッコいいですし――あっ」


 気づけば相棒が、ものすごく(ひが)んだ目でこちらを見ていた。


「スフィルてめえーっ! 所詮(しょせん)お前は、相棒より、(あこが)れの『カリエク様』の味方なんだな!」


「そ、そんなことないですよ。ティガルはティガルじゃないですか。月は月、(すっぽん)(すっぽん)でそれぞれ違った良さがあるように、一概(いちがい)()()しなんてつけられないでしょう!」


「知ってるか相棒、『月と(すっぽん)』って慣用句はな、一般的にスゲー圧倒的な差がある時に使うんだぜ……?」


 げっ、とスフィルの(ひたい)(あせ)がにじんだ。


「で、でもティガル、(すっぽん)はスープにするとすごくおいしいんですよ! それに比べて月なんて、食べられもしないじゃないですか。(すっぽん)(すっぽん)にしか出せない味があるんです!」


(すっぽん)(すっぽん)ってうるせーな! てかお前、いいかげん相棒を食材として見てんじゃねえ、この蛮族!」


 う、とスフィルは沈黙を余儀(よぎ)なくされる。


「しかもあのカリエク、完全にオレのこと忘れてたしよ。オレなんか(はな)から、眼中(がんちゅう)にねーってか!」


「えっ、ティガル、カリエクさんと知り合いだったんですか?」


 驚きに目を(みは)ったスフィルに、ティガルは「まあ」とつづけた。


「官家の(えん)(せま)いからな。家の祝賀(しゅくが)会とかで、何度か顔合わせてんだよ。ウチの曾祖父(ひいじい)ちゃんと現イエナザラク家当主(とうしゅ)が、仲が良かったらしい。それで大きなイベントのたびに、呼んだり呼ばれたりしてる仲――の、ハズなんだけどな」


「それは……剣士としての知り合いではないので、『眼中(がんちゅう)にない』とは言えないんじゃ」


 そこまで言いかけて、スフィルはふと思い出した。


「でもなんで、さっきカリエクさんに剣向けたんですか? お知り合いなら、試験の参加者じゃないと気づけたでしょうに」


「顔なんて(おぼ)えてねえよ。最後に会った時、当時のオレは6歳くらいだったんだぞ」


「それ、カリエクさんにも言えることですよね?」


 十年前の幼児と、この背の高い17歳の青年を、同一人物と気づけと言うほうが無理がある。さらにそこから、カリエクがティガルの剣など「眼中(がんちゅう)にない」と結論づけるのは、もっと無理がある。

 ティガルは思い出して(いか)りが()いてきたのか、ギャンギャンと()えながら、その場で剣を振り回し始めた。


「大体オレは、あんな()り技なんて認めねえからな! イスカ人たる者、正々堂々と剣で戦えってんだよ!」


「カリエクさんが剣で戦ってたらティガル、今ごろそんな怪我(けが)じゃ()まなかったと思いますよ」


「うっせえ! しかもアイツ、軍人のクセに乙女(オトメ)みたいに潔癖(けっぺき)症だしよぉ、情けねえかぎりだぜ! 言っとくがオレは、同じ官家でも、あんな正真正銘のお坊ちゃまとは違うぜ。(どろ)にまみれても勝利を(つか)むってのが、真の(オトコ)の戦い方だろーがよ!」


 その場でヒュンと剣を振り回す相棒の剣は、やはり速い上に軌道が読めない。

 彼の横顔を見上げていたら、その視線に気づいたティガルは、じろりと(にら)んできた。


「なんだよスフィル、文句があるなら言えよ。言っとくがお前がなんと言おうと、アイツはオレの宿命(しゅくめい)のライバルだからな! 撤回(てっかい)するつもりはないぜ」


「いえ……正直(しょうじき)、『それな』って思ってたんです」


「はぁ……? お前の(あこが)れの『カリエク様』だろ? オレ今、結構手ひどいこと言ったぜ?」


 自分で(けな)しておきながら、ティガルは信じられないとばかりに目を()いた。


「いえ、(ひが)みで腹が立つって意味で言ったんです。――ボクもつい先ほど、ボクの得意分野で、圧倒的な上位版に出会ったばかりですから」


「あの小さい憲兵か」


 そう。スフィルのすべてをさとってくる、あの(おそ)ろしいバケモノじみた少年憲兵。


「ええ。ボクも彼にだけは、負けたくありません。その気持ちは、今のティガルと同じなんだと思います。だから『それな』です」


 あの不思議(ふしぎ)なさとり少年が、(たい)した護衛能力もないのに、最強護衛官のカリエクに目をかけられていたという事実に、(ひが)みのこもった腹立たしさを感じてしまったのは(いな)めない。


「なるほどな、お前も立派(りっぱ)(すっぽん)ってワケだ」


 相棒は、してやったりとばかりに言い返してきた。


「やっぱ『(すっぽん)』って、ムカつきますね?」


「だろ?」


 指をさす相棒に、スフィルは(おだ)やかに微笑(ほほえ)みかけた。


「だからボク、さっきひとつ(ちか)ったんですよ」


 笑みを浮べたまま、目を爛々(らんらん)と光らせる。


「ボクは絶対にあの少年憲兵を凌駕(りょうが)する推理力を身につけて、堂々と《青獅子隊》に入ります」


「お前、本気で言ってんのか?」


「何年後になるかはわかりません。でも、これから成長して、いつかは必ず追い越します」


 今、憲兵学校卒業前に彼と出会えたことは、きっと幸運だったのだ。おかげで現状に(あま)んじずに、貪欲(どんよく)にさらなる成長を()げる、たしかな動機(どうき)ができた。


「お前のそーいうトコ好きだぜ、相棒」


 ティガルは呵呵(かか)と笑うと、ヒュンと剣を前に()き出した。


「じゃあオレは、王国最強の剣士になって、正々堂々とあの【不可侵領域】のカリエクに勝つ!」


「じゃ、どっちが先に目標を追い()せるか、勝負ですね」


「ああ、望むところだぜ!」


 それからお(たが)いに、にっ、と笑い合う。

 その若い目には、()えた(けもの)のような、決して満ちることのない貪欲(どんよく)野心(やしん)が浮かび上がっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ