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外伝11話:ゼロから始める脱出計画 -Mhmlet qax elwhr-

'19.12/03 演出を大幅変更。

'20.08/29 文字数を大幅削減。

'20.09/11 前話の大幅修正に伴って、必要情報を修正しています。大まかな流れに変更はありません。

外伝11話:ゼロから始める脱出計画 -Mhmlet qax elwhr-


 * * *


「なぁ、スフィル。さっきノワンに何言われた? またヒデエこと言われたんだろ。あいつ、ホント容赦(ようしゃ)ねえ言い方しかしねーからな。俺の相棒を傷(きず)つけたら、今度は俺のほうからぶん殴(なぐ)ってやんぜ!」


「待ってください。ノワン君は悪い人じゃないですし、何も変なこと言われてませんよ」


「そりゃ嘘(ウソ)だな。なんか『ヤバいこと言われた』って顔してんぜ、お前」


 スフィルたち護衛班が、「門」へとつながる道へと移動していたときだった。先頭(せんとう)を行くスフィルの顔をちらりと見やりながら、ティガルはそう断言した。

 さすがは相棒、スフィルの顔色から、そんなことまで察(さっ)したらしい。


「いえ、ノワン君ではなく、さっき敵方に聞いた情報について考えてたんです。この試験、ちょっと信じがたいことが起こっているようでして」


「信じがたいこと?」


「あとで説明します。ひとまず、せっかくティガルたちが開けてくれた『門』を通過(つうか)してしまいましょう」


「ああ」


 スフィルは護衛班を引き連れながら、先ほどザイレム以外の四人の見張りがいた「門」を通過した。

 ティガルたちに白い飾手拭(カツァフ)を取られた見張りの四人は、その場に倒(たお)れながら、こちらを恨(うら)みがましい目で見上げている。

 その前を通り過ぎる際(さい)の、ほんの一瞬のことだった。スフィルの視界の端(はし)で、ふと彼らのうちのひとりの表情が目に留(と)まった。

 暗い目つきをした、髭面の若い男だった。

 彼はうつむきがちになっていたが、スフィルの目は確かに捉(とら)えた。彼はその口角(こうかく)を上げて、笑みを浮かべていたのだ。

 ぞぞりと、背筋に冷たいものが走った。

 あの笑みは、まぎれもなく勝利を確信した者の笑みだ。ちょうど、戯札(シャトミズマ)で手札にいい札が揃(そろ)った時の、あるいは陸上将棋(サテュラン)で相手が悪手(あくしゅ)を指した時の表情だ。


(なんでだ。なんでそんな顔ができる……?!)


 護衛班に負けているのに、すでに死人にされているのに、彼らは勝利を確信しているのだ。つまり、スフィルたちの班の敗北を。

 ふと、スフィルの脳に疑念がよぎる。

 もしや彼らは、この先で何が待ち構えているのか、知っているのではなかろうか。

 ザイレムはたしかに、なぜ公安が出ているのかは知らないようだった。

 だがきっと――この先にどんな罠(わな)が仕掛けられているのか、それは知っていたのだ。この公安の男の笑みはきっと、そういう意味の笑いなのだ。


(しまった! こんなことなら、さっきザイレムさんに聞いておくべきだった……!)


 おそらく、この倒れている見張り兵は、尋ねたところで口を割らないだろう。本来なら飾手拭(カツァフ)を取られた死人は口をきいてはいけないので、先ほど協力を申し出たザイレムが相手でもない限り、聞き出すことは到底(とうてい)無理な話だ。


(どうする? 一旦(いったん)戻って彼に訊(き)きなおす?)


 だがそれによって、せっかく囮(おとり)作戦によって開いた突破口が、また閉じられてしまう可能性が高くなる。

 時間が経(た)てば経(た)つほど、見廻りの敵たちに気づかれやすくなる。気づかれては、門を突破するための今までの努力は水の泡(あわ)。そうなってはスフィルたちは袋の鼠(ねずみ)にされたまま、脱落を待つしかない。

 そのリスクを負ってまでして、再(ふたた)び先ほどの第三ステージのザイレムのところへ戻ることはできない。

 次のステージに、進むしかないのだ。

 スフィルは「門」の先を見据(みす)えた。

 目の前の景色(けしき)は変わらず、絨毯(じゅうたん)の迷路のみだが、この「門」という名の境界を越(こ)えた先が、第四ステージ。脱出までの道のりでいえば、後半戦に差し掛かったところだ。

 試験で想定された設定では、襲われた式典会場である屋敷の門を出た先の、最初の路地(ろじ)である。内部の行き来がしにくい屋内と違い、どこからでも敵が出入りできる。ある意味一番全方位からの警戒が必要な場所だ。

 そして、おそらくこの先には、公安の見張りたちが知る、何らかの『罠(わな)』がある。

 スフィルは最大限の警戒をしながら、第四ステージへと踏(ふ)み出した。

 細い路地(ろじ)を進んで曲がり角(かど)になったところで、うしろに制止をかけながら立ち止まる。

 今のところは、人の気配(けはい)はない。


「皆さん、ここからが第四ステージで、設定上は『屋外』です。この先は路地(ろじ)なので、どこから敵が来るかわかりません。そしておそらく、ここには何らかの『罠(わな)』があります。それぞれの持ち場から、全方位への警戒を怠(おこた)らないでください」


「了解」


 スフィルの緊張を感じ取ってか、一同警戒しながら、無言のままに野外訓練場(グラウンド)の砂上を歩いた。

 だが――


「おかしい。静かすぎる」


 当初の予想に反して、周囲をうろついている敵は、ひとりもいない。


「そうか? こんなもんじゃね?」


 聞き返したティガルに、スフィルは視線で前方を示した。


「いいえ、今までは部屋の間取(まど)りで行ける箇所(かしょ)が限られていたので、多くの見張りを配置(はいち)させても無意味だったんですが、路地(ろじ)へ出たら自由に移動しやすいぶん、もっと多くの敵がいるはずなんです」


「『いるはず』って――実際いないんだからいいだろ。なにか問題なのか?」


「問題というか……」


 それなら、先ほどの公安の男の笑い顔はなんだ。あの顔はたしかに、視(み)えていた人間の顔だった。自分たちが張り巡(めぐ)らせた罠(わな)に、敵がはまり込んでいくその様(さま)が、明確に視(み)えていた人間の。


(まさか、これがもう、罠(わな)なのか……?)


 先ほどまでのルートで確認した見張りの人数は、例年の試験の敵数を、はるかに超えていた。だからこそよけいに、この静けさには肩透(かたす)かしをくらったように感じる。

 絨毯(じゅうたん)から絨毯(じゅうたん)へと、背中をつけるように素早く移動するあいだ、敵の足音はおろか、スフィルたち護衛班のほかには、人の気配(けはい)すら感じられない。

 不気味(ぶきみ)だ。

 戦力が桁違いだとわかる敵は恐ろしいが、それでもわかるだけマシだ。少しは対策のしようがあるからだ。

 本当に一番恐ろしいのは、戦力が見えない敵なのだ。

 この静寂(せいじゃく)に包(つつ)まれた迷路のなかで、相手の意図(いと)が視(み)えない。その不気味な静(しず)けさを纏(まと)った事実が、スフィルを恐懼(きょうく)させた。

 何が。一体何が罠(わな)なんだ。

 一刻も早くそれを突き止めなければ、ここでのスフィルの判断が、全員を脱落へと追い込んでしまう。

 見極めろ。敵の意図(いと)はなにか。なぜ誰(だれ)もいないんだ。


「――ル、――ィル」


 遠くで、なにか声が聞こえた気がした。


「おい、スフィルってば!」


 次の瞬間、肩への軽い衝撃とともに、ティガルが耳元で叫(さけ)んできた。慌てて顔を上げれば、ティガルが深刻な顔で見下ろしていた。


「お前、大丈夫か? さっきから上(うわ)の空だぞ。顔から髪まで真っ赤だし、もうバテてんのか?」


「平気ですよ、ボクを誰(だれ)だと思ってるんですか。暑くて顔赤いのは皆一緒ですし、それに髪赤いのは元からですから!」


「そーだった」


 相棒はスフィルがあまりに真剣に考え込んでいたからか、あえてそんな冗談(じょうだん)を言って笑った。


「さっきの見張りの人、きっと知っていました。このステージに罠(わな)があることを。たぶん、この静(しず)けさが罠(わな)なんです。どこかで大量に待ち伏せしてるハズなんです。でも――どこで待ち伏せしているかが、わからない。ボクは会場の見取り図を記憶していますが……それが、おかしいんです」


「どうおかしいんだ」


「第四ステージは、東西南北4つの門につながる大通りと、入り組んだ路地からできている道で、ステージとしては今までで一番広大なんです。ですからこんな広いステージに、『必ず通る』なんて言える場所は、ひとつもない。つまり待ち伏(ぶ)せできる場所なんて、存在しないんですよ」


 ティガルは黙ったまま相棒の話を聞いていたが、やがてつぶやくように言った。


「罠(わな)だってのが、考えすぎなんじゃねーの」


 適当にあしらった様子でも、いつものように陽気におどけて言ったふうではなかった。

 スフィルの懸念(けねん)はよく当たる。それを考慮(こうりょ)した上で、彼なりに考えて言葉を紡(つむ)いでいるのだろう。彼のゆっくりとした語調からは、そんな慎重さがうかがえた。


「このステージには、第五ステージへ進める経路(けいろ)が無数にある。待ち伏せしなきゃなんねえポイントが多すぎる以上、お前の言うように、このステージで待ち伏せしてるなんてことはありえねえ。囲(かこ)われた屋内のほうがはるかにオレたちを倒しやすいんだから、敵サンが前半戦でケリをつけるつもりで、前半に戦力投入したって考えるのが自然だろ」


「でも――」


「なんだよ。論理的に考えて『ありえない』選択肢については、思い悩むだけムダだぜ。お前、深刻に捉(とら)えすぎだっての」


 たしかにティガルの言う通り、考えすぎなのかもしれない。卒業試験というこの三年間で一番大事な任務で、最年少でありながら班長を任されているので、スフィルがその重圧で、普段より慎重になっていることは否(いな)めない。


「でもティガル、今日は絶対に落とせない試験なのに、ボクはあろうことか、まだ敵指揮官の作戦の全貌(ぜんぼう)が視(み)えていない。ボクはチームの皆の力は信頼していますが、何より恐(おそ)ろしいのは、その実力を出させることなく、脱落させてしまうことです。――警戒する理由は充分でしょう」


「俺はこの試験は初めてだからわかんねーけどさ、例年と比べたらどうなんだよ」


 スフィルは以前にも、先輩たちの卒業試験に、何度か護衛対象役として参加したことがある。ティガルが訊(き)いているのは、その時のことだった。


「今回はいつもと全然違いますよ。敵の人数も、戦力も、何もかも」


 何よりも、敵の連携(れんけい)能力が異常なのだ。

 彼らの任務は、「護衛を見つけて、倒したら終わり」ではない。それぞれの重要な地点に見張りを置き、その地点のすべてを定期的に周回する見廻りの兵士がいる。まるで迷路に張り巡(めぐ)らされた蜘蛛(クモ)の巣のように、少しでも異常があれば瞬時にその情報が届けられ、戦力を集中させるよう、合理的な配置になっている。

 敵兵の背後(はいご)に、彼らを統率する「何者か」が存在する証拠(しょうこ)だ。

 問題は、そこなのだ。


「やっぱり、この静けさはおかしいんです。――特に、こ(・)の(・)敵(・)なら」


 前半戦を見たかぎりでは、この敵役の指揮官は、合理的な人間だ。理由のない場所への戦力投入は一切なく、置くべき場所にしっかりと兵を配置している。兵法の基礎理論に忠実に、敵が配置されていたのだ。すくなくとも、敵指揮官が、兵法に明るいことは間違いない。

 だからこそ、おかしい。

 そんな兵法理論に忠実に兵を置いてきた指揮官なら、ティガルが言うように、短期決着をつけるために前半に大人数を投入するような真似(まね)はしない。

 見張りに人数を割(さ)くべき場所を絞(しぼ)り込み、相手を誘導して待ち伏(ぶ)せる。さながら陸軍の作戦(オペレーション)に参加している気分にさせられるほどの、合理的な配置。それがこの敵役の指揮官像なのだ。

 ゆえに、今まで散々見張りと見廻り位置を錯乱(さくらん)させるような配置で置いてきた指揮官が、ここで何もしてこないことは、ありえない。


「今までの動きから見るに、敵は、必ず仕掛けてきます」


 だからきっと、この静(しず)けさは、何らかの罠(わな)のはずだ。


「そうか。生粋(きっすい)のゲーマーのお前がそこまで言うんなら、間違いないんだろうな」


 ティガルは信じてくれたらしい。

 でも、一体何の罠(わな)なのか。肝心(かんじん)のそれがわからない時点で、何ら対処のしようがなかった。


「で、そろそろ話せよスフィル。あの敵の男に、何聞いたんだ」


「あの人たち、『公安』だそうです」


 端的(たんてき)に告げれば、途端(とたん)にティガルとノワンが、同時に顔を引きつらせた。


「何だと……?」


「どういうことだよ、スフィル! なんで俺たちの試験に、公安なんかが……」


「わかりません。参加させられている当人たちも知らないそうです」


 ただ、考えれば考えるほど、今回の敵役は公安「らしい」と思えてならなかった。

 派遣公安課の仕事は、治安(ちあん)の悪い地域の重犯罪者たちを、一斉(いっせい)に制圧すること。多くの場合、その相手は組織だった武装勢力で、公安は綿密(めんみつ)な作戦(オペレーション)のもとに敵のアジトを包囲(ほうい)し、籠城(ろうじょう)する武装勢力と激しい攻防(こうぼう)を繰り広げるのだ。

 試験の前半戦において敵が見せつけた、護衛たちを包囲(ほうい)する組織だった作戦(オペレーション)はまさに、彼らの得意とする領域だった。


「公安が参加してんなら、そりゃ公安の教官の指示以外にねーだろうが――あの公安のクソハゲ教官、ほかの課の試験にクソ真面目(まじめ)につきあってやるほどのお人好(ひとよ)しだったか?」


「いや、あの教官にかぎってありえねえな。やはりこれは、何かの陰謀(いんぼう)と考えるのが――」


 珍(めずら)しくなにか言いかけたノワンの言を、スフィルは無言のうちに遮(さえぎ)った。

 今、たしかに遠くで音が聞こえたのだ。


 ――ピ、ピーッ


 女性の声域ほどの、金属質な音だった。憲兵学校にいれば、必然とよく聞く音だ。


「今、軍笛が鳴ったか?」


 ティガルが音のほうへと振り向いた。聞こえてきた方角は、先ほどまでいた第三ステージからだった。

 あの音は、先ほども聞いたような気がする。敵役の見張りや見廻りたちが鳴らしたのだろう。


「誰(だれ)かほかのやつらが見つかったかな」


 今回の受験者である警護課の卒業生は全部で15人で、それぞれ3から4人の班に分かれて受験している。

 スフィルたちは「護衛三班」と呼ばれる班で、彼らのほかにはあと一、ニ、四班の、のこり3班の護衛班がいる。

 おそらく、違う班の誰かが敵に見つかって、応援を呼ばれてしまったのだろう。普通ならそう思うところだ。

 だが――


(なんだろう。何かが引っかかる)


 今の音、なにか違和感があった。

 憲兵学校に在籍(ざいせき)している以上、軍笛の音なら日常的に聞いている。だが、それではない。スフィルの頭に引っかかっているのは、なにか別のことだった。


(なんだろう。――リズム?)


 気になったのは、音そのものではなかった。そのリズムだった。


(そう、あのリズムだ。たしか、ずっと前にも聞いたことがあるんだ)


 どこだ。どこで聞いた。思い出せ。

 そこで急に、夏の生(お)い茂(しげ)った草の匂(にお)いが、スフィルの鼻孔(びこう)をツンと刺激した。

 脳裏(のうり)に鮮(あざ)やかに蘇(よみがえ)ったのは、初夏の昼下がり、新緑に囲まれた裏庭。目の前の芝生(しばふ)に腰掛けていたのは、時おり愛嬌(あいきょう)のある笑みを見せる、無精髭(ぶしょうひげ)の男。かつて慕(した)っていた叔父の姿だった。


 ――思い出した。


 かつて、王国陸軍の退役(たいえき)軍人の叔父が、幼(おさな)き日の少女スフィーリアに説明してくれたこと。


(そうだ。陸軍には音の信号があるんだ)


 突然スフィルは、その場でぴたりと硬直(こうちょく)した。


「まさか――」


 わかったのだ。この罠(わな)の正体が。この不気味(ぶきみ)な静(しず)けさの理由が。

 あの笛の目的は、仲間をそちらに呼ばせることじゃない。

 逆だ。仲間を指定の場所に行(・)か(・)せ(・)る(・)ことにあったのだ。

 やはり。


(ボクらはすでに、罠(わな)に嵌(はま)っていた……!)


「皆さん、急いでください、今すぐにここから逃げます!」


「え?」


「ホムラ王子殿下、申し訳ございませんが、殿下の御身の安全のため、至急(しきゅう)『緊急脱出ルート』へと移動します。どうかご容赦(ようしゃ)ください。――皆さん、行きますよ」


 スフィルは慌(あわ)てて、進路の逆側へと走りだした。その気迫(きはく)を感じたのか、皆すぐに転回して班長に続いた。


「おい待てよスフィル、どういうことか説明しろ!」


 走りながら問いかけてきたティガルに、スフィルは口疾(くちど)に答えた。


「今の笛、ほかの班を見つけた合図じゃなかったんです! 今見つかったのは、ボクらの班だったんです!」


「どういうことだよ?!」


「短音一回長音一回の音。あれは、王国陸軍で使われる信号だったんです! その意味は、『4』です」


「4?」


「第四ステージへとつながる門は4つ。おそらく、その4つの門に番号を対応させている!」


「じゃあ今の音は、どの門かを示してたってことか? だからって、なんで逃げるって話になるんだ」


「門の敵が全滅させられていたことに、見廻りが気づいたとします。彼らが次に取る行動は、前方にいる仲間に合図を送り、今からボクたちが進もうとしているルートに待ち伏せさせることだと思いませんか」


「そうか……そういうことか」


 ぼそりとつぶやいたのはノワンだった。「四つの門のどれかひとつを必ず通る。言い換(か)えれば、四つのうちのどれを通ったかがわかれば、その先の道も自(おの)ずと予測できる――そういうことだろ」


「ええ。だからこの路地(ろじ)には、誰(だれ)もいなかったんです。彼らは最初から、合図があったら四分の一にルートを絞(しぼ)って、ボクたちを迎撃(げいげき)するつもりだったんです」


「何、だと……?」


 簡単な話だった。あまりに広大なステージなら、ある程度場所を絞(しぼ)ればいい。それだけの、単純で合理的な話だったのだ。

 心臓がドクドクと脈打つ。

 マズい。今すぐにそこから逃げろ。

 本能がそう警鐘(けいしょう)を鳴らしている。

 こうして話している今にも、この先に大人数が集まってきているはずだ。一刻も早く撤退(てったい)しなければ、ここにとどまり続ければ、たちまち彼らに張り巡らされた蜘蛛(クモ)の巣に引っかかり、蜘蛛(クモ)の餌食(えじき)となる。


「この先どうする、スフィル。もうあの門には戻れねえぞ」


 先ほどの音が示すのは、来た門はすでに、見廻りによって封鎖(ふうさ)されているということだ。

 だがだからといって、このまま先に進めば、待ち伏(ぶ)せる敵の餌食(えじき)となってしまう。

 ちらりとうしろの護衛対象を見やる。彼は赤い長外套(クローク)越(ご)しにでもわかるほど、荒(あら)い息をしている。これから長時間にわたって走ることはできそうもない。

 この状況で、取れる選択肢はなにか。

 隠れながら進む、囮(おとり)作戦、密偵作戦、ほかには――。

 脳内で、選択肢の蔦(つた)を伸ばす。

 だが、次の瞬間には、スフィルは超えることのできない現実を目(ま)の当たりにしていた。

 伸ばした枝葉は、皆途中で潰(つい)えてしまったのだ。

 あらゆる作戦を「不可能」にしているのは、ほかでもない、体力が限界に近い護衛対象を連れ回して進まなければならないという事実だ。

 背中を冷(ひ)や汗がつたっていく。

 脳内のシミュレーションで、ただひとつだけ、生き残った方法があった。それは唯一の、そして最後の手段だった。


「急遽(きゅうきょ)、作戦を変更します。次の作戦コードは――『ゼロ』」


 護衛官たちが、一斉(いっせい)にスフィルにふり返った。

 この最終試験に向けて、事前にいくつもの作戦を綿密(めんみつ)に設定している。そのなかでも「ゼロ」は、よほど立ち行かなくなった時の、最後の手段として設定したプランだった。設定していおいて何だが、実際に使うことはないだろうと思っていたプランである。

 スフィルの宣言が意味するのは、最後の手札を切ったということ。それ以外に手段がないとも等(ひと)しい宣言だった。



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