葵
葵の宣言に合わせて鞘付きのまま手に持っていた葵を離す。
次の瞬間、俺の目の前には雅な着物を着た艶っぽい女性が白く滑らかなうなじを見せて立っていた。
「葵!」
「承知ですわ!『風術:天蓋風』」
葵が放ったのは魔力。属性は風。葵によって巻き起こされた風の奔流は俺達を包み込むようにドーム型に展開される。
その強い奔流を俺達の頭上に降り注いでいた無数の矢は貫けずに全てあさっての方向へと逸れていった。それを見てようやく緊張感から解放された俺は大きく息を漏らすと目の前のうなじ美人に声をかける。
「助かったよ葵。変にもったいぶって『いざという時の見せ場までは擬人化しませんわ』とか言われた時には本当にぶっつけで大丈夫かどうか不安だったんだけど…」
「主殿…」
俺に背を向けていた葵がゆっくりと振り返る。
ああ、葵も無事に綺麗な女性で良かった。蛍さんのような着流しではなく柄の綺麗な着物を上品に着こなし、アップにまとめた長い黒髪を何本かのかんざしで留めている。
でも、やっぱり胸元は広く肩が半分はだけているのでなんというかテレビで見た花魁のような感じだ。もちろん花魁のように幾重にも着物を重ね着しているわけではなさそうだが切れ長の目と赤く塗られた唇そして艶っぽい雰囲気。文句なしの美人だった。
その美人がしずしずと俺に近づいてくると静かに俺を抱きしめた。
なんだかとってもデジャヴである。そう言えば蛍さんも初めて擬人化したときは俺のこと抱きしめてくれたっけ。
「やっと…やっと主殿に触れることが出来ましたわ」
「うん、待たせてごめん。しかもこんな状況で…」
「構いませんわ。長いこと戦から遠ざかっていたとはいえ私も刀の端くれです。必ずこの戦の勝利を主殿に捧げて見せますわ」
「ありがとう葵。頼りにしてる」
葵は嬉しそうに微笑んで頷くと再び術の制御に戻る。そろそろ盗賊達が俺達に射かけた矢がどうなったのかを確認するために様子を見ようとするはずだ。
それにしても心配はあまりしてなかったけど本当にうまくいって良かった。今回のこのピンチを切り抜けるにあたって準備した切り札の1つが目の前にいる葵。その擬人化だった。
桜が擬人化した時もそうだったが刀が持つスキルは装備者である俺に対してもある程度フィードバックされるがその真価が発揮されるのは擬人化して刀娘自身がスキルを使う時だ。
ならば俺達の戦力を上げるために葵の能力を十全に発揮させるようとすれば葵の擬人化がどうしても必要だった。その為にはランクC+だった葵を少なくとも桜が擬人化を覚えたランクBまではランクアップさせる必要があった。
だから俺はシスティナを休ませたあの後、街まで走りウィルさん経由でなるべく大型の魔石を金に糸目を付けずに買い漁った。しかも葵のスキル構成を考えてあらゆる属性の魔石をである。
大型の魔石を求めたのは『添加錬成』時の魔力消費が魔石の大きさや質量が増えるよりも個数が増える方が激しいためである。とにかく時間が無かった俺は魔力枯渇で錬成出来なくなる危険を回避するためになるべく大きな属性魔石を求め、さらに高価な魔力回復系の薬を湯水のように使いながら葵を錬成した。その結果…
葵(日光助真) ランク:B+
錬成値 0
吸精値 0
技能:
共感
意思疎通
擬人化
威圧
高飛車
魔力操作
適性(闇・火・水・土・風・光)
派生(雷・氷)
特殊技能:
唯我独尊
葵さんのランクはB+まであがり、無事に擬人化を覚えて更に俺の思惑通り魔力操作の適性に属性を増やすことに成功したのである。
ほぼ手持ちの現金を全て使い切って買い集めた魔石を使ってランクをBに上げたのにその時点で擬人化を覚えなかった時は一瞬肝が冷えたが残りの魔石と家で使っていた生活用の魔石を全部使いきることでぎりぎりB+にランクアップして擬人化を覚えてくれた時は本当に安心した。
お金は無くなったしウィルさんやベイス商会にはかなり無理を言ってしまったのでまた借りが出来てしまった。全てが片付いて帰れたらまた温泉に招待してあげよう。
とにかく擬人化は必ずランクBで覚えるという訳でもないらしい。可能性としては葵がAランクまで擬人化を覚えないという結末もあり得た訳で、もしそうなっていたら完全に手詰まりになっていただろう。
もう1つ種明かしをすれば先ほどから随時使用していた盗聴スキル。これは特別なスキルでもなんでもなく『魔力操作:風』を覚えた葵が会話を風に乗せて届けてくれていたのである。
この『魔力操作』というスキル。厳密に言うと蛍さんや桜の使う『魔法』とは微妙に違うようだ。
俺自身が魔力を全く扱えないためうまく説明できないのだが、システィナに言わせると魔力と引き換えに効果を導くのが魔法で、魔力を操り変化させ現象を起こすのが魔力操作だとのこと。
何が違うのかよく分からないが、魔力をコストとして支払っただけの魔法は結果を変更させられないが自分の魔力を変化させているだけの操作はその後も自分の意思で操れる?らしい。
とりあえずその辺のことはいずれ落ち着いたらもう少し詳しく教えて貰おう。いろいろ検証もしてみたいしね。ま、ぶっちゃけそれどころじゃないというのが現状なんだけど。
「ご主人様、矢が止まりました」
システィナの声に周囲を見回すと確かに射掛けられている矢がなくなっていた。その代わり俺達の周囲3メートルほどの円形の外側に大量の矢が散乱していた。
「馬鹿な!あの3人目の派手な女はどこから出て来たんだ!しかもあれだけの矢を防ぎきるだけの強度と持続時間の風障壁を産み出すには馬鹿みたいな魔力が必要なはずだ。そうですよねシャドゥラ様」
「…そうですね。並の風魔法使いでは強度重視なら一瞬、持続時間重視なら半分以下の強度というところでしょうか」
あ、なるほど後で聞こうと思ってたのになんとなく分かった。つまり魔法は風障壁強度10、持続時間10秒という効果に10なら10という魔力コストを払う訳か。そしてコストを払う時に効果を決めているから発動した魔法は途中で変更できない。
でも魔力操作は自分の魔力を操作して属性を与えているからまず強度10の風障壁を作ってもその障壁は風属性を付与した自分の魔力なのでそれを維持するのにコストがかからない。しかも魔力は自分の制御下にあるから威力の増減や用法の変化などいつでも自由自在なんだ。
つまり魔法はバズーカのように威力は大きいがぶっ放し系で、魔力操作は有線付の魔法で威力は劣るが細かい制御と多様性が売りということか。
「いずれにしても矢は効果が無さそうだな。では次だ。パジオン殺せるなら殺して良いぞ。俺に残しておく必要はない」
「はい!お任せ下さい!」
パジオンはシャアズに威勢よく答えると更に一歩前に出て肩のニードルホークを空に放つ。更にどこからか取り出した杖を構えると精神を集中し始めた。
次の策に移行したな。
「葵。次が来るよ」
「お任せください主殿」
【我が声を聞け!下僕共!我の命に従い奴らを喰い殺せ!】
パジオンの魔力が込められた言葉が戦場に響き渡る。そんなに大声という訳でもないのによく届くのはやはり魔力が込められているからだろうか。それにパジオンの声には嫌な威圧感があって聞いていて気持ちが悪い。
「ご主人様!来ました!」
システィナが叫ぶ。俺も閃斬を右手に持ち替えて俺達に向かってくるものを確認する。
「狼系の魔物が数十匹と熊系が2…3頭か。1人がテイムしているにしては随分と多いな。腐っても幹部ってことか」
俺の視線の先では盗賊達の背後から現れた狼系の魔物が次々と高台を滑り下りてきている。熊系の魔物も普通の熊なら下り坂は弱い筈なのに見たところ特に苦にしている感じもない。やはり地球産の熊とは別物なのだろう。
「多分、テイムする種類を絞ることでテイマー自身の負担を減らしているんだと思います。系統が変わるといろいろ面倒だと聞いたことがあります」
「なるほどね…
システィナ、事前の打ち合わせ通り、焦らずに間合いに入ってきた魔物から一匹ずつ対処するんだ。大事なのは絶対葵に魔物を近づけないこと」
「はい!」
高台から降りてきた魔物達は俺達を囲むように布陣し、それぞれが威嚇の低いうなり声を上げている。
俺達は魔物から葵を守る為に葵の前に背を向けて俺が立ち、葵の後ろに背中合わせでシスティナが立って武器を構えている。
魔物達は俺達の武器を警戒しつつもじりじりと距離を詰めて来ており、この距離が自分達の間合いに入った途端に一斉に襲いかかってくるだろう。
1匹2匹なら、いや今の俺達なら5匹10匹と相手がいてもなんとかなると思うが狼だけで数十。更に大型の熊が3、今は上を旋回しているだけだが隙さえあれば襲い来るだろうニードルホークも1羽いる。これだけの魔物が統率されて襲いかかってきたら俺達の方が先に力尽きてしまう可能性が高い。
だが、俺達はここまでの相手の策をかなり正確な部分まで知っていた。この石切場で盗賊達に囲まれ一斉射を受けることも、その後にパジオンの従魔達の一斉攻撃を受けることも。
なぜならパジオンがニードルホークに持たせた手紙に全て書いてあったから。
そう、パジオンは俺達を呼び出す手紙を書いている時に俺達が来た後に戦闘になった場合どうやって俺達を始末するかを考えながら書いていた。そして俺の『読解』のスキルはその言葉を書いたときの心情、書かれた言葉の裏の意味を読み取れる。
だからパジオンの考えた策は俺に筒抜けだった。そしてだからこそ葵の擬人化が俺達の切り札だったのである。その理由は2つ。1つは魔力操作に新しい属性を増やすことで矢を防御できるようになってもらうこと、そしてもう1つが…
【控えなさい下郎共!】
葵の鈴のように綺麗な声が辛辣な言葉で石切場に響く。
【我が名は葵!クズに従うしか能のないゴミ虫共はわたくしの前に膝を折りなさい!】
くぅ…くぅぅぅん
葵の身体から放たれる『威圧』スキルによるひりつくような空気感。そしてそれに上乗せして放たれる言語による威圧『高飛車』スキル。
それは江戸300年を支配してきた徳川家、その徳川に長らく保管されていた刀、日光助真こと葵。
その葵が権力者の下で知らず知らずの内に磨き鍛えていたスキル。それが『威圧』と『高飛車』だった。300年鍛え抜かれた葵のスキルがたかだが数十年しか生きていないパジオンごときが使っている何らかの使役スキル如きに負ける訳がない。
俺達を囲んでいた狼たちが1匹また1匹と尾を垂れて伏せていった。




