緊急依頼
今、俺は夜道の中を生まれて初めて馬(と言ってもこの世界ではラーマと呼ぶらしいが)に乗って疾走していた。
もちろん俺が1人で馬に乗れる訳もない。ただひたすら必死こいて前で手綱を握るシスティナにしがみついているだけだ。俺の隣には桜を前に座らせた状態で蛍さんが華麗に馬を操っている。戦場経験が多い蛍さんは騎乗についても達人級だった。
どうも刀達は持ち主達が経験したことは大体同じように経験として自らに蓄積することが出来るらしい。だから蛍さんは長い人生?刀生の中で様々な知識や技術を身につけている。その中の1つが騎乗技術という訳だ。
だが騎乗技術はあっても、この世界には街中の繁華街ならともかく外には当然のごとく灯はない。そのため本来であれば外では月明かりと星明かりだけを頼りに行動するしかない。だが、それだけでは普通は暗すぎてまともに動けない。
だからこの世界では外で夜を迎える時には陽が沈む前に野営の準備をして、夜は動かず休み、陽が昇ってから移動するのが常識である。
今の俺達のように場所によっては足下すら見えないような夜道を馬で全力疾走するなんて人に言ったら自殺行為だからやめろと止められるようなことらしい。 しかし俺達には蛍さんがいる。蛍さんの光魔法で生み出された光源が常に俺達の前に浮かび車のヘッドライト以上に明るく足下と道の先を照らしてくれていることに加え、今俺達が走っているフレスベルクの南方は穀倉地で平坦な地形が続いている。だからこそできる強行軍だった。
まあ強行軍とは言っても俺のやっていることはひたすらシスティナにしがみつくだけで、最初こそ必死になっていたがシスティナの騎乗技術も申し分ないものだったし1時間以上も同じことをしていればさすがにちょっと慣れてくる。
慣れてくるとちょっと暇になってくる訳でそうするとしがみついているシスティナの柔らかい感触が妙に気になってくるのは男として仕方がないだろう。
という訳でちょっとだけ腰に回した手を上に…
「ひゃん!」
「あ、ごめん」
「い、いえ。落とされないようにしっかりと掴まっていてくださいねご主人様」
おーけー、おーけー。じゃあ遠慮無くしっかり掴まらせて貰うとしよう。
もみっとな。
「え?」
もみもみっとな。
「ちょ!ご主人様?…あんっ!」
もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみっとな。
「ちょっと…あぁ…んっ、あぶ、な、いですから…んんっ!はぁ…や、め」
う~んいい!胸甲と服の間というデッドスペースに背後から手を滑り込ませるという状況。そしてその窮屈な場所に入り込んだ手で何度揉んでもその弾力を失わないシスティナの双子山を揉みしだく。まさに至福の時。
ごんっ!
「あごっ!」
「時と場合を考えろ、ソウジロウ」
「…(こくっこくっ)…」
いつもより4割増しくらいの威力で叩き込まれた蛍丸の峰打ちがあまりにも強烈過ぎて言葉も出なかったため涙目で何度も頷いて謝罪の意を示す。
さすがにこの深刻な状況でふざけすぎたか……一応この深刻な空気をちょっとでも和らげようとする意図も2%くらいはあったんだけど。
「大丈夫か。システィナ」
「は、はい。なんとか…ちょっと騎乗が乱れてラーマに負担を掛けてしまいましたが…」
うおぉ!蛍さんの視線が怖い!冷たい!痛い!ホントにすいませんでした!
「ちっ……ふぅ、まぁソウジロウだから仕方あるまい」
「あはは、確かにソウ様だもんね。隙さえあれば揉むよね」
「すいません。私もうっかりして油断してました。最初からそのつもりでいれば対処出来たのですが…」
っていうか俺に対する嫁達の認識って…
「それでシスティナ。後どのくらいだ?」
馬を軽快に走らせながら蛍さんが聞く。
「はい、かなりの速度でここまで来ましたのでコロニ村までの道程の半分辺りを過ぎたところだと思います」
「そうか…この先は馬の疲れも出てペースも落ちる。もう少し走らせたら少し馬を一旦休ませる必要があることも考えると、あと3時間はかかるか」
ぶっちゃけ時計が無いので詳細な時間は分からないが、陽が沈んでから2時間以上は経っているはずなので6時に陽が沈んだと仮定すれば今は8時前後、それから3時間というと11時。娯楽や灯りの無いこの世界では深夜と言っていい時間帯だ。
「なんとかもう少し早く着けないでしょうか…」
システィナの声には焦燥の色が濃い。
「出来なくはないが…ちょっと面倒だぞ」
「大丈夫です!今は少しでも早くコロニ村へ行かなくては…」
「いいだろう。なら少し早いがここで馬を休ませよう。そこで到着を1時間早めるための準備をしよう」
蛍さんの言葉に全員が頷く。今は1分1秒が惜しい時だった。なんとか出来る方法があれば試した方がいいだろう。
だが、そもそも何故こんな強行軍を俺達がしているのか…
それは日暮れ時のフレスベルクをまったりと歩いていた俺達を呼び止めた一声が原因だった。
「フジノミヤ様!お待ち下さい!」
後ろから息も絶え絶えに走ってきて俺達を呼び止めたのは先ほどギルドで別れたばかりのウィルさんだった。
「どうなされたのですかウィルマーク様。そんなに息を切らすほど慌てて」
システィナの問いかけを片手をあげて保留すると息を整える為に大きな呼吸を繰り返したウィルさんは額の汗を拭うと周囲に人の目がないことを確認してから口を開いた。
「お呼び止めしてすいませんフジノミヤ様。ですが、できれば話を聞いて頂きたく…今のギルドにはフジノミヤ様しか頼れる方がいないのです」
なにやら深刻でやっかいな事が起きたらしい。俺達は皆で視線を交わしそれぞれの意思確認をすると全員が小さく頷く。
「わかりました。お話はすぐお聞きしますが移動しながらの方が良ければ移動しながらお話を聞きますよ。ギルドに戻りながらの方がいいですか?」
俺の言葉に一瞬きょとんとしたウィルさんだがすぐに「なるほど。確かにその方が…」と小さく呟くと大きな溜息をつく。
「すいません。私もどうやら冷静じゃなかったようです。フジノミヤ様の仰るとおり移動しながらの方が無駄がないと思いますのでついてきて貰えますか」
そう言って俺達を先導するように歩き出したウィルさんの後を歩きながら聞いた話は確かにかなり大変なことだった。
「盗賊団ですか?」
「はい。南の穀倉地帯の南端にあるコロニ村から助けを求めるべく走り通してきた村人が先ほどフレスベルクに着いたのです」
どうやらその村人は恋人と村はずれで逢い引き中に村が襲われていることに気がついたらしい。もの凄い数で一気に村中に雪崩れ込んだ盗賊団に自分たちではどうにも出来ないことを瞬時に理解して恋人と一緒にフレスベルクに知らせる為に北に向かった。
だが途中で恋人が足を痛めたため1度は連絡を断念したのだが、恋人が『村の人を助けるためには少しでも早く領主様にお知らせする必要がある』と男に訴え、男は渋々恋人を麦の穂の中に残して1人フレスベルクへと走り続けてきたらしい。
「その知らせを受け、フレスベルク領主セイラ様はすぐに自警団に招集をかけ討伐隊の編成に入っていますがその準備にはどうしても深夜までかかってしまいます。
夜間に行軍することも難しいとなれば出発は明け方、闇が薄くなってからということになると思います」
「それはそうでしょうね…それでは私たちは何を?」
「はい。領主より当冒険者ギルドに緊急依頼が出されました。内容は『斥候として先発し情報収集、状況を見て可能であるならば村人の救護』です」
つまり今から自警団に先行して村へ向かい盗賊団の情報や村の状態を出来る限り調べて欲しいということか…
盗賊団がいつまでも村にとどまっているとは思えないが、襲撃情報自体が漏れていないと思っていれば今夜一晩くらいは村に居座っているかもしれない。もっともその場合は村人達の生存率はかなり低くなりそうだけど。
村人の救護というのは盗賊達が既に村の金品を強奪しつくした後に立ち去っていた場合に残された村人たちをケアして欲しいということだろう。
「ソウジロウ様…」
システィナが懇願の目を向けてくる。システィナのその目の意味は分かる。今すぐコロニ村を助けに行きたいということだろう。パワーアップしたシスティナの回復術なら怪我をした村人達をかなりの確率で救うことが出来る。
俺はシスティナに黙って頷く。
「そのお話お受けしても良いのですが、これから向かっても自警団の方達よりもさほど先行出来るとは思えないのですが…」
南の穀倉地帯は広大だと聞いたことがある。その南端にある村は確か徒歩で行けば半日以上、のんびり行けば1日がかりの旅程だったはずだ。それではおそらく馬に乗って後からやってくる自警団に下手すれば追い抜かれかねない。
「はい。そのために今領主館に向かっています。『もし受けてくれる探索者がいるのならば軍用に訓練されたラーマ数頭を貸し出すと共に救護用の物資として回復薬等を準備している』とのことです」
「なるほど、対応が早い上に適切。フレスベルクの領主は優秀なようですね。まぁ正式開設前のギルドに緊急依頼を持ち込むのはどうかと思いますが」
「セイラ様は先代領主が急な病で倒れ急逝してから領主を引き継ぎまだ数百日ですが、先代に勝るとも劣らぬ施政を行っています。
依頼に関しては本日昼頃にセイラ様がギルドにお見えになりましたので、事前登録をしたフジノミヤ様達のことをセイラ様は御存知でした。
冒険者ギルドの発案者がフジノミヤ様だということもお伝えしてありますので…緊急依頼というよりは指名依頼に近いかもしれません」
なるほど、そういう訳だったのか。既に俺達が登録していることを知っていてそれにウィルさんのことだから俺達のことを領主にベタ褒めでいろいろ伝えていたのはず。だからこそのこのタイミングでの緊急依頼だったのか。
それになんの実績もない怪しげな組織である冒険者ギルドを開設することを即決で許可して全面的に支援するなんて普通の領主じゃ無理な気がする。これだけ素早く決断が出来るということは冒険者ギルドの有用性を即座に理解したから。それだけでも柔軟で明晰な頭脳を持った優秀な領主だと言えるだろう。
「わかりました。領主からのその緊急依頼。私達『新撰組』がお受けします」




