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異世界生活のはじまり

「さて,どうしようか」


 気がつくと草原に立っていた。しかも何故か学生服で。


 俺が通っていた高校で着ていた黒の学ランである。ただ,神仕様なのか改造が施されている。


 ここで防御力激高とか,身体能力強化とかのチートな学生服でもくれれば神を少しはみなおすのだが…神が施した改造、それは。


 いわゆる短ラン,ボンタンだった。


 ズボンはウエストから膝ぐらいまで徐々に広がるように大きく作られ,足首に向かって細くなっていく。うん太い。いわゆるバナナボンタン,バナボンってやつです。


 短ランはヘソが見える位の丈なんでかなり短め(と言ってもYシャツは着てるのでヘソは見えない)。これを合わせて着ると,はいあっという間にヤンキーです。

 神の認識する改造の意味が残念すぎる。


 幸いだったのは靴がローファーではなく運動靴だったことだ。革靴だったら動きづらくてしょうがないとこだった。


 まあ,いろいろ突っ込みどころは満載な気がするがとりあえず現状把握が先だろう。


 まず所持品を確認する。胸ポケットや内ポケット,ズボンのポケット…見事にあめ玉1つ入ってないな。


 ただし,左腰には2本の刀がベルトに差してあった。


 あの空間では2本とも抜き身だったが本来の鞘も一緒に送ってくれたらしい。ありがたい。

 そして俺が一番気になっていること…


「えっとここでも話せる?」


「安心するがよい。この世界では私は話せるようだ」


「おお!やったぁ!これだけでこっちに来た甲斐があったよ!もう死んでもいい!」


「…おいおい,今死んだら神的にはなんの意味もないぞ。

私もこんなところで放り出されて錆びていきたくないしな」


 おっとそうだった。そこそこ長生きしてこっちの情報を魂に刻まなきゃいけないんだったっけ。そっちは正直どうでもいいけど俺の大事な刀達を野ざらしにしてしまう危険は犯せない。


 とりあえず周囲を眺めてみますか。まず空。


「うん,青い。そして雲がある。地球っぽい。」


 とりあえず今は夜ではないらしい。そもそも夜があるのかどうかも分からないけど太陽っぽいものは空にあるし,星が球形なら自転もしてるだろうから白夜にでもなるようなところに飛ばされてなければいずれ夜はくるんじゃないだろうか。


 それまでにはなんとか人のいるところに行けないとまずいことになりそうな気がする。


 次は周囲。まわりを見回してみても誰もいない。建物も見えないし,街の陰も見えない。


 後ろは森になっていて見渡せない。左右は膝丈までの草原でその先は地平線だ。前にはこんもりとした丘があってそのてっぺんになんだろう線香?


 いやいや縮尺がおかしい。きっとあれはもっとずっと遠くにあるものっぽい。ありていに言えば細長い何かだ。何かの建造物だろうか。そうだとすればこの世界の建築技術はかなり高いということになる。


 それはさておき,どこに向かえばいいやら。今のところまだ太陽は高い位置にあるけど楽観はできないよなぁ。日が暮れれば真っ暗になるんだろうし,ここがどういう世界か分からない以上何が出るか分からない。


 盗賊とか憲兵とか猛獣とか魔物とか…とりあえずそのあたりの一般常識が欲しいところだな。


「街とかどこにあるか分かる?えっと…愛刀(仮名)」


 話せるようになったはいいけどぶっちゃけなんて呼んだらいいかわからない。


 とりあえず愛刀(仮名)で呼んでみる。


「私がこの世界の地理を知っている訳がなかろ。


 それにしてもいつまでも愛刀と呼ばれるのは味気ないのう。確かに話せるようになってからきちんと名乗ったことが無かったので仕方ないがな。


 これを機にきちんと名乗っておこう。我が銘は『蛍丸』じゃ。呼び名は蛍でよい」


「あ,そうなんだ。やっぱ名前っていうか銘があるんだ。蛍っていい銘だ…ね?」


 ちょ。ちょと待って,ちょっと待ておにぃさん?


 今,蛍丸って言った?言ったよね!蛍丸っていったら南北朝時代に作られて1931年に国宝に指定されたけど太平洋戦争終戦時の混乱の中で行方不明になってたやつ?


 なんで祖父さんそんなもん持ってんだ!むしろお前が終戦時にパクって来たんじゃないだろうな!なんてやつだ!っていうかグッジョブ!祖父さん!


 自分が選んだ一刀がそんな名刀だったとは!よし,とりあえずガッツポーズしとくか。


「おい,感動に浸っているところ悪いが一応お主も自己紹介しておいてくれるか」


 ああ,確かに毎日のように蔵に通ってたが俺も刀に向かって自己紹介をしたことはなかった。

 

 当たり前と言えば当たり前だ。


「確かに自己紹介はしたことなかったな。俺の名前は富士宮 総司狼。


 総司狼って呼んでくれれば嬉しい」


「ソウジロウか。良い名じゃ。これからよろしく頼むぞソウジロウ」


「こちらこそよろしく蛍さん」


 うん,やっぱり名前は大切だ。お互いに呼び合うだけで絆が深まった気がする。一応蛍さんの方が年上だし呼び捨てにはしないでおこう。

 そう言えば…こっちの小太刀の方も名前があるのだろうか。


「ねぇ,蛍さん。こっちの子も名前あるのかな」


「どうだろうな…作成時はあったかも知れぬが今は失われておるかもしれぬな。


 まだ100年そこそこで若いゆえか,この世界でもまだ話すことはできないようだからソウジロウが銘をつけてやればよいのではないか?


 もしいつか話せるようになるのならそれから銘を教えてもらうのもいいが正直いつそうなるかはわからぬし,ソウジロウにつけてもらう方が喜ぶような気がするな」


 そうか,いつかしゃべれるようになるとしても俺が生きてる間かどうかは分からないしな。

 しゃべれなくても気持ちはちゃんと伝わってくる。…うん,俺の勘違いじゃなければ蛍さんの意見に賛成みたいだ。


「よし,じゃあお前は…」

 

 なんて名前にするか…刀っぽくいくなら正宗とか村正とかあるけどどうせなら可愛らしい名前がいいかな。


 この子も俺と蛍さんと一緒に地球からきた仲間。この世界には似たようなものはあっても純粋な日本刀はないだろうし日本らしい名前がいいだろう。 


 日本…日の丸…国旗掲揚…入学式…っと思考がそれた。でもそう言えば日本ではまだ春だったっけ。春といえば


「…そうだ。さくら!桜にしよう。


 蛍さんに桜そして俺。今はこの世界にたった3人だけど頑張っていこう!」


 腰に差したままの小太刀が桜の銘を気に入ってくれたのか喜びの感情が伝わってくる。


 うんうん満足だ。っていうか何を話してたんだっけ?


「相変わらずソウジロウは軽いのう…というより刀以外には興味がないのか?

 

 おなごとかはどうじゃ?」


「蛍さん。俺はこれでもいたって健康的な男子高校生です。めっちゃ興味あるに決まってるじゃないですか!」


 今まで全く縁がなかっただけで当然エロいことは大好きである。むしろそっち系の願望は周りの友人達と比べても強かった方だと思う。


 結局地球では経験することなくお亡くなりになったけど,せっかくの延長戦だ。この世界で脱童貞が出来るかどうかは分からないけどチャンスがあればがんがん狙っていく所存です。はい。


「ほう,それは良かった。男子たるものやはりそっちも強くなければな。


 その辺はまあ今後のこととしても,とりあえずこれからどうするかということを決めねばなるまいよ」


 ああそうだった。蛍さんは頼りになるなぁ。冷静で落ち着いてて頼もしいことこの上ない。


 まあそれもそうか,確か蛍丸は鎌倉時代の後の南北朝時代に作られた刀だったはず。西暦1350年くらいに作成されたとしても単純計算で700歳近い。そりゃ100歳くらいの桜を若いとか言える訳だ。


「とりあえず動かなきゃいけないんだろうけど…どうするかな。


 選択としては森以外の方向ってくらいかな」


「ほう,なぜじゃ」


 この世界の常識が無いということはこの星の生態系が全く分からないってことだから,その辺の知識が出来るまでは視界の悪いところや変なものが住み着いてそうな場所は避けた方が良いだろう。


「なるほどのう。軽いように見えてもちゃんと考えておるのじゃな。


 ならばまずはあの丘の上まで行ってみるかの。視界が広がればまた何か見えるかもしれん」


「ん,了解」


 結局のところ情報が足りなすぎてどこに行けばいいかなんて分からないし,蛍さんの言うことは理に適っているから言いなりになっても問題ない。決して自分で考えるのがめんどくさいとかそういうことではない。


 ということで正面の丘を目指して歩き始める。


 ん?なんだか空気がうまい上に身体が軽い。これが解放感というやつか。


 地球にいた頃の俺はそんなにも息苦しさを感じて生きていたのだろうか。


 日常生活レベルでは問題なく溶け込めていたはずなんだが。


 そんなことを考えながらもくもくと歩き続けていたら,見た目結構な距離があったように思ったが意外とあっさりと丘を踏破してしまった。


 せっかく上ったので丘の上からもう一度あたりを見回してみる。


 振り返ると背後にあった森が最初に目に入るが,その広大さに思わず呻く。


「入らなくてよかった。なんて広さ…富士の樹海も真っ青だな」


 改めて蛍さんの助言に感謝しつつ胸をなでおろしつつ丘の向こう側にあたる部分を確認する。


「あ,道がある。なら道に沿っていけば街に行けるかな」


 そう思って道を確認すると左手側は丘を回り込むようにして道が伸びている。

 なるほど,さっきの場所からだと草が邪魔して見えなかったのか。


 今度は右手側の道を眼で追っていく。そうすると伸びた先で道は二又に分かれていた。

 

「ん?何かある…看板,かな?道も分かれているみたいだし標識的なものかも!」


 あれが何にしろこっちへ来て初めての人工的な物。たいした情報にはならないかもしれないが絶対に見ておいた方がいい。


 今度は蛍さんの手を煩わせることなく自分で決めると丘を下りつつ看板らしきものに向かう。


 辿り着いてみるとやっぱり道案内用の看板だった。撃ち込まれた杭に三枚の板がくくりつけられている。


『← ザチルの塔方面  

               ミカレアの街 →

         盗賊に注意!         』


 と書かれていた。そして見たこともない奇怪な文字を俺はなんの問題もなく読めた。


 これぞ神の御力!!…生き残るためには全く役に立たなそうだけどな。


「ということでもちろん右じゃな」


 もちろん蛍さんの助言に異議はない。左の塔っていうがなんとなく面白そうだけど今の俺達はとりあえず人のいるところに行く必要があるので今回は我慢する。



「ただ問題はどのくらいで着くかだよな…」


 歩き始めて1時間ほどしてもまったく街らしきものが見えない。結構なペースで歩いているはずなんだけど…

 確かにあの看板の示すとおりこっちの道を進めばなんとかという街があるのだろう。だが,どの程度進めばいいのかは全く書いていなかった。


「これで2日とか3日とか一週間とかが必要な距離だったら確実に野垂れ死ぬなぁ」

 

「そうじゃのう。食事を必要としない我らとちがってソウジロウは人間じゃからのう。


 森に入って狩りをするにしてもソウジロウの言うとおり我らは何も知らなすぎる。


 うっかり変なものを食べてそのまま…なんてことも充分にあり得るな」


「そうなんだよね…いざとなれば試すしかないけど今のところまだ体力的にも時間的にも余裕はあるからもう少し頑張って進んでみるしかないか」


 ここに来てからなんだかんだで1時間弱過ぎて日も少し傾いてきている。狩りをするなら明るい内に森へと入らなければならないだろうがもろもろの危険を考えると今日はやめた方がいい。


 ぶっちゃけ1日くらいは飲まず食わずでもなんとかなる。何の知識もなく森に入ると言う危険を冒すくらいならぎりぎりまで我慢して街を目指した方がいい。


 それでもどうにもならなくなったなら…明日の日が高くなった頃位が危険と余力を考えた上での唯一にして最後の機会だろう。もちろん1日を24時間と仮定してだから場合によっては多少ずれることもあるだろうけど。


 幸い道は森から適度な距離を保ちつつ森を回り込むように緩やかに右カーブを描きながら続いている。このまま歩き続けても森から離れすぎてしまうことはないはずだ。

 そのことだけを見てもやはり森の中は安全な場所じゃないんだろうなぁと思う。


 多分だけど街はこの森を回り込んだ先にある。おそらくこの森を突っ切れるならその方が早いはず。それなのにその道が無いと言うことは森に道を通すことが出来なかったということなんじゃないだろうか。


 そうであるならばさっきの看板にもあったように盗賊が潜んでいたり,危険な生き物が生息していたりする可能性が高い。


「ソウジロウ!走れ!悲鳴が聞こえる!」


「え?」


 と,疑問符を返しながらも蛍さんの指示には反射的に従って走り出している。…けど,なんだか,ふわふわして走りづら…


「…うむ,もしかしてと思っていたがこの世界は地球よりも若干重力が弱いらしい。


 ソウジロウ!心持ち前傾姿勢を取って重心を落とし,足の裏で地面を掴め。そして地面を後方に投げるようにして走ってみろ」


 な,なるほど…重力が軽いせいで運動能力があがって疲れにくかったのか。

 

 それは納得。後はじゃあどう動くかってことだけど…


「前傾…して重心を落とす」


 お!ちょっと安定した。


「足の裏で地面を掴んで後方に…投げる!」


 おおぉ!明らかに早くなったのが分かる。さすが蛍さんだ!ていうかもう師匠と呼びたい。それにしてもこの速度,体感にして地球での倍近く出てそうな気がする。


 普通に歩いててもそんなに気にならなかった以上何倍も重力が違う訳ないからせいぜい2割減とか3割減というところだろう。もしかしたらまだこの世界には地球とは違う特性があるのかも知れない。


「ほう…良いぞソウジロウ。筋がよい。言われたことを感覚的に理解し実践出来るのは才がある証拠ぞ」


 それは嬉しい。これまで何人もの剣士を見てきたであろう蛍さんの言葉だから信憑性も高い。


「そのまま道なりに行け!その先を曲がれば見えてくるはずだ」

「了解」


 とりあえず蛍さんの言うとおりに走ってきたはいいけど,これってもしかして突っ込んだらいろいろやばくないだろうか?


 悲鳴が聞こえるってことは少なからず揉め事がおこってるってことで,痴話喧嘩程度ならまだしもそれこそ魔物とか盗賊とかだったら返り討ちの可能性もあるんじゃ。


「やばいだろうな。だがどんな状況にしろどっちかに助太刀して助けてやれば我々が欲してやまなかった『情報』が手に入るやもしれぬぞ」


 あぁなるほど。助けてあげたんだからいろいろ教えてって言えばいいのか。ついでに街の位置を確認したり食料を分けてもらったりも出来る可能性もあるな。


 それならなるべく早く行って全てが終わるまでに状況を確認して,より自分達のためになる方を助けた方がいい。


 走り方にも少し慣れてきたので地面を投げる力をもう少し強くしてみた。


 うっわ自分の足でこの速度…この爽快感はたまらない。しかもこれだけ全力疾走をしてるのにまだ息が切れない。


 瞬く間に森を回り込むようになっていた道を走り抜ける。するとそこは森の厚みが薄いところだったのか森を抜けるように道が繋がっていた。


 だが,両脇が森ということは身を隠しやすいということでもある。よからぬ考えを持っている人達にとっては絶好の襲撃ポイントだろう。


 そしてまさにそこで襲われたらしい一行の馬車が横転し道を塞いでいた。その向こうになにやら屈強な男達が何人か見え隠れしている。


「ソウジロウ,もはや争う音は聞こえぬし殺気もおさまっているようじゃ。大勢は決しているようじゃが言い争う声は聞こえる。あの馬車の陰から近づいて様子を探った方がよかろう」


 俺は黙って頷くとなるべく身をかがめつつ足音を立てないようにして一気に馬車の陰へと走り込んだ。


「おら!早く契約書を出せ!お前は俺と契約して俺の専属侍祭になるんだよ!」


「…」


 しさい…司祭か?いや違う,じさい…ああ,侍祭か。なんか僧侶系の人がいるのか。


 馬車の陰からこっそりとのぞいてみると年の頃15,6の女の子が明らかに風呂に入ってなさそうな汚らしい男達…ひ,ふ,み,よ…6人に囲まれている。


「知ってるんだぜお前が侍祭だってことはな。俺らの斥候が街でしっかりと裏を取った確実な情報だからな。


 どっかのお貴族様が自分達の息子の為に侍祭を買いに来たってな。

 神殿の侍祭を金で買うなんてよっぽどの親馬鹿なんだろうよ。おそらく目ん玉飛び出すくらいの金額だったはずだからな!」


「お頭!こいつが本当に侍祭なんでやすか?こんな小娘にそんな値打ちがあるとは到底思えねぇんですが」


 そう言って骨みたいなやせぎすの男が女の子に近づく。


「馬鹿野郎!迂闊に近づくんじゃねぇ!侍祭っていや護身術を極めてるらしいからな。受け身の戦闘に関しちゃかなりのもんらしい!


 今はとにかく油断せずに囲んどきゃいいさ。契約さえしちまえばこっちの言いなりになるんだからな」


 お頭と呼ばれた脳みその足りなそうな男が下卑た笑いをこぼしている。あまりの気持ち悪さに吐きそうだ。


「ソウジロウ…そこの裂け目から馬車の中をそっと見てみろ」


 馬車の中?背中をつけていた馬車の幌の破けた部分から言われるがままに中を覗いてみる。


「……」


 俺の中の何かがすっと冷えた。


「ソウジロウ,もう少し殺気を抑えろ。雑魚でも気づかれる可能性がある」


 そこから見えたのは仕立てのよいドレスに身を包んだ貴婦人が向けている虚ろな視線だった。既に息はない。致命傷は首に刺さったナイフだろう。

 そしてそのナイフに舌を這わせながら腰を振り続けるモノ。


 よくよく見てみれば取り囲む男達の周囲にも馬車の護衛達だろう武装した男達の死体がいくつも転がっていた。それぞれの死体にかなりの数の矢が刺さっている。


 どうやら最初の奇襲段階でほぼやられていたようだ。


 現状を把握していく度に俺の頭の中が冷たく冷たく冷えていく…右手が自然と腰の蛍丸へと伸びる。


「蛍さん…」


「やるのか?」


 頷く。


「分かった。まずは馬車の中の男を一撃で仕留めろ。その後は問答無用で一気に距離を詰めて頭目をやれ。


 今度は私がいる。背後の危険は私が教えてやる。頭へ直接伝えるから聞き逃すな。


 …お前は目の前の敵を1人ずつ潰していけばよい」


「ありがとう蛍さん。お願いします」


「よし,まずはこの中の下衆からやるぞ。構えろ」


 俺は蛍丸を抜くと腰だめに構えた。蛍さんのやろうとすることは頭に伝わってきている。


「刃先を少し下げろ…もうすこし…そのまま半歩右へ…よし,突け」


 言葉よりも早く伝わってきた蛍さんの合図になんの躊躇もなく刀を突き入れる。蛍丸の刀身は約1メートル。それに加え身体と腕の伸びを勘案して計算すれば突き技なら2メートル近い間合いがある。


「かひゅ…」


 馬車の中で空気の漏れるような音が聞こえる。予定通り中に居た下衆の首に命中したのだろう。


 刀を引き,血糊を払いながら冷え切った頭で小さく呟く。


「行くよ蛍さん」


 次の瞬間馬車の陰から走り出す。


1歩,まだ気づかれていない。

2歩,囲まれていた女の子が横目でこっちに気がつく。声は上げない。ありがたい。

3歩,ようやく囲んでいた内の1人が目を見開く。

4歩,気づいた1人が声を上げようと口を開いた。

5歩,低い姿勢で下段に構えたままだった刀を斜め上へと斬り上げる。頭目の口から上が飛ぶ。


「かしらぁ!…がっ!」


 ようやく声を出した大柄な男に次の一歩で肉薄し首を落とす。

 

 更にその隣にいる男に斬りつけるが相手の腰がひけていたせいか微妙に間合いが合わなかったため胸を斬りつけるにとどまる。


 その時脳裏に後ろから何か危険なものが飛んでくる警告が発せられる。蛍さんの警告だろう。


 とっさにサイドステップをして体をずらすとさっきまで俺がいたところを矢が通り抜けていく。森の中にまだ弓を持った男が潜んでいたらしい。


「桜,ちょっと離れるけど後で迎えに行くから頼む」


 桜の嬉々とした感情が流れてくる。安心した俺は左手で小太刀を抜くと蛍さんの示す位置へ桜を投擲する。


「…!」


 小さな呻きと共に桜の喜びの感情が伝わってくる。見事命中したらしい。その間にも俺はめまぐるしく位置を変え,更にもう1人を斬り伏せた。


 ここまで来ると奇襲の利点は失われつつあるが既に相手の数の優位はほぼ奪っているため問題はない。


 俺の奇襲で呆然としていた男たちが一気に襲い掛かってくる。


“!!”


 蛍さんからの警告が頭に響く。右斜め後ろ,上段からの斬り落とし。

 前と左右じゃかわしきれないかもしれない…なら!


「な!…こいつ!」


 バックステップした俺の背中での体当たりを受けて体勢を崩した男にすぐさま振り返った俺は刀を胸に突き刺す。その刀を抜くついでに男を蹴り飛ばしこっちへ向かってこようとしていた男を妨害してやる。


 素早く視線を巡らし,男達の位置を確認すると近くにいた女の子をひっぱり自分の背後へと庇う。


「あと2人…」


 胸を斬られた男とそれに手を貸す男が剣を構えたままこちらを睨んでいる。


 かなり激しく動いたにもかかわらず俺の息は乱れていない。これも地球より重力が弱いことの恩恵だろうか。

 後は悪人を殺すということに俺の心理的負担がないのも大きな理由な気がする。


「他に生き残っている人は?」

 俺は相手から視線を逸らさないまま背後の女の子に声をかける。

「…いません」

「そっか。じゃあ,あいつらを生かしておく必要はある?」

「全くありません。むしろ出来るのならば確実に始末をお願いします」

 

 まだ15,6の少女がさも当然のように悪人の始末を承諾する。そのことに自分の胸がすかっとするのを感じる。そう,この価値観が当たり前のように通じる世界こそが俺らしくいられる世界だった。


「くそっ!せっかくうまくいってたのに…頭目が侍祭なんかに欲をかかなきゃ」

「あ…副頭目…に,逃げましょう…肩を貸してくだせぇ」


 どうやら無傷で最後まで残った男はナンバー2らしい。


 胸からの出血で意識が朦朧とし始めているのか荒い息を吐きながらすがりつく男に副頭目は粘ついた笑みを浮かべる。


「あぁ,悔しいが俺達だけじゃあいつに勝てる気がしねぇ…なんとか逃げねぇとな」

「は,早く逃げ…」

「待て待て,普通に逃げたんじゃ追いつかれるかもしれねぇだろ」

「え?」


 どんっ


 あぁやっぱり。そんなことじゃないかと思ってたけど,もしもそこで部下を見捨てずに一緒に逃げようとするなら見逃してやってもいいかと思ったけどやっぱり囮にして自分だけ逃げるんだ。


「あばよ!せいぜいあいつの足を止めてくれょ……ごぶっ!…あ,あれ?」


 副頭目は自分の胸から生える刀の切っ先を見下ろして首をかしげ,首を後ろに回す。


「かは!…は,はやすぎ…だろ」


 何か呟く副頭目を蹴飛ばして刀を抜くとゆっくりと歩いて囮にされた男の下へと戻る。


 いったいどうして俺が囮の方を先に始末すると思ったのだろうか。ほっといても死にそうな相手より今まさに逃げようとする相手を先に仕留めようとするのは当たり前だと思うんだが。


「あ…た,たす…け」

「こう言ってるけど?」


 地面に倒れ伏した男が腕を伸ばして嘆願する。

 被害にあったのはあの女の子だ。一応確認しておこう。


「奥様や旦那様が『息子のためにも命だけは助けてくれ』と嘆願したときあなた方は全く聞く耳を持ちませんでしたが?」


「くっ…」


 男は冷めた目で自分を見る女の子に最後の望みを失ったのかぱたりと手を落とした。


「死んじゃったみたいだけど,一応とどめはさしておく?」

「はぁ…お願いします」


 女の子は気丈に振る舞っていても緊張していたのだろう。大きく息を吐くと同時に全身の緊張が解けていくのがわかる。

15,6位なら俺と同い年くらいだろうにたいしたもんである。


 感心しながら俺は刀を男の首に突き刺すとすぐに刀を抜いて血糊を払う。と,同時に冷え切っていた頭の中に温度が戻ってきたような気がする。


「蛍さん,大丈夫だった?」


「うむ,見事だったぞソウジロウ。ここでの初陣にしては及第点じゃ」


「マジで!ありがとう蛍さん。蛍さんがいろいろ助けてくれたお陰で安心して戦えたよ」


「気にするな。お前を守るのは当たり前のことじゃ。それよりも早く桜を拾ってきてやれ。ヘソを曲げられる前にな」


「あっと!そうだった。桜も頑張ってくれたんだった。じゃあ行ってきま~す。ん?」


 早速動こうとした俺は不審な視線を感じたので立ち止まる。

 ここにいるのは蛍さんと桜を覗けば1人だけなので,当然視線は女の子である。


 あれ?もしかしてこの世界でも刀はしゃべらなかったりするんだろうか…変に思われたか?

 

 ま,いいか。


「おわかりだと思いますが,武器を拾いに行くなら盗賊の武器も一緒にお持ちになられた方がよろしいでしょう」


「?」


 言ってる意味が良く分からないがとりあえず頷いておく。

 

 弓兵は確かこの辺りに…ああいたいた。見事に桜が額に刺さってる。


 これは俺の力というよりも桜自身がある程度方向と威力を調整してくれたような気がしている。

 感謝♪感謝♪ありがとう桜。


 丁寧に額から桜を抜くと盗賊の服で桜を拭こう…と思ったけど汚いからやめた。俺の桜たんをこんなモノで拭くのはかわいそ過ぎる。

 桜もそうだそうだと同意しているみたいだしな。とりあえず蛍さんもそうだったけど桜も切れ味が良すぎるからなのか日本刀だからなのか血糊とかあんまりつかないみたいだ。


 もちろんちゃんとした道具を手に入れたらすぐに手入れしてあげるけど今のところは我慢してもらおう。

 2人を腰の鞘へとしまう。


 こうしてみると意外というかなんというか短ランボンタンの有能性に流石に気づく。


 ゆったりとしたボンタンはどんなに激しい運動をしても動きを妨げないし,丈の短い短ランは刀を腰にさしても抜刀の邪魔をしない。何気に神のやつ有能だったな。


 さてと,あとはあの子の言うとおり弓兵の弓と…懐に短剣を持ってるのか。これも持って…後は金目の物は持ってなさそうだな。まあ,襲撃に財布はいらないから仕方ない。


 俺は弓と短剣を持って女の子のところに戻り武器を置く。


「はい,持ってきたよ。でもこれどうするの?君が使うとも思えないし,持って帰って売るの?」


 女の子は問いかける俺をまじまじと見つめ小さく溜息をついた。


「やはり知らないのですね。なんとなくそんな気がしてましたが」

 

 ん?何を知らないのだろう…ていうかなにもかも知らないんだけどね。それにしても神からもらった力で会話が成立するのはありがたい。


「武器は所有者登録をしないと本来の性能を発揮できません。そして武器の所有者が死んだ時はその身分を証明する物にもなります。


 盗賊などを倒した場合その武器を持って然るべき場所へ行けば報償が貰えます」


「なるほど!」


 へぇ,面白い。この世界では武器が身分証明書になるとは。所有者登録しないと性能発揮できないってのも面白い。ようはゲームで武器は装備しないと効果が無いよ~的な感じなのか。


「なんだかいろいろ聞いてみたい気もしますが…とりあえずこの場を離れましょう。血の臭いに魔物が寄ってくるのも時間の問題ですから」


 あ,やっぱりいるんだ魔物。


「あっと,私としたことが申し遅れました。私はシスティナと言います。危ないところを助けて頂きありがとうございました」


 こうして俺はこの世界で初めて人間に出会うことが出来た。

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