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この世の終わりと始まりの間


「……ろ、…きろ,起きろ!」


「…ん,うるさいなぁ。そんなに言わなくても」


 頭の中に直接響くような声に文句を言いながら重い瞼を持ち上げる。


「まぶし…」


 やっとのことで眼を開けた俺の視界が捉えたのは光の空間だった。


 とは言ってもどこが光源なのか全く分からない。まるで周りの空間全てが柔らかく発光しているかのようだった。


 更に自分の意識では地面に仰向けに寝ているつもりなのに背中の下に感触がない。なんというか粘性のある光の中に浮かんでいるような…


『………………』


「え,死ぬの俺?


 あぁ…そうだった親父に刺されたんだった」


 あの時見たあの眼は確かに3年前に屋敷を出た父親のものだった。


 勢い込んで屋敷を出たは良いが1人ではうまく生きていけなかったのだろう。


 3年の間に堕ちるところまで堕ち,どこで知り合ったのかあんな物騒なプロと手を組みうちの蔵にあるお宝を強引に奪いにきた。そんなところだろう。


「お主…最近のガキにしては面白い精神構造をしておるのう。


 正当防衛とはいえためらいもなく人を殺し,内1人は実の父親じゃぞ。


もう少しなんかないのかえ」


「う~ん…ないなぁ。


 確かにあれは俺の親父だったものだけど、金に困って元嫁の実家に押し入ったあげく、実の息子を刺すような生き物に何を感じろと?」


「ほう,いっそすがすがしいほどじゃのう。確かにこれは面白いかもしれん。


 よかろう。神とやら、私もこやつとなら共に行ってもよいぞ」


「は?今、神って言った?」


『…………………』


「なに?自分らしくいられる世界に行ってみないかって…っていうか今の声ってさっきの人とは違うよね」


 辺りを見回し声の主を捜すが、自分以外には誰もいない。


「神とやらは概念的というか高次の存在らしくてな,現代で言う宗教的な神とは全く違うものらしいが、この私ですら姿を認識することは出来んぞ」


「ああ,なんか良く分からんけどそういうもんなら別にそれでもいいけど…


 そう言うあなたも俺には見えないんだけど同じ理屈ってことでいいの?」


「つれないのう…毎晩夜を共にし激しく求め合った3年間を忘れたのか」


「え?」


 その言葉から俺が連想するのはエロい行為だが,彼女が出来たこともない俺は現在進行形で童貞のためあてはまらない。


 3年間?3年って言ったら俺がじいさんにあれをもらったのが確か3年前…


 そこまで考えた時に自分が抱えている物に気がついた。


「もしかして…おまえか?」


「くくく…もしかしなくとも私だな」


 抱え込んでいた刀を目の前に持ち上げてみる。人間を骨まで断ち切ったはずの刀だが、刃こぼれ一つないきれいな刀身がきらりと光る。


「あ!やばい。かなりテンションあがった。


 それならさっきの言葉も激しく同意。確かに激しく求め合った気がする」


 掲げたままの刀から楽しんでいるような雰囲気が伝わってくる。


「そうであろ。些か恥ずかしくなるほどにお主は私のことを好いていたようだからのぅ」


「いやぁ,それほどでもあります。でも面と向かって言われると照れるなぁ」


『…………………………』


「おう,すまぬな。私としてもこうして話すのは初めてのことでちょっと浮かれておったらしい」


 神っぽいやつから早く話を進めて欲しい旨の依頼が来た。威厳0だな神。


「結局のところ,これってどういう状態?」


「ふむ,私も良く分かってはおらんのだが…この神とやらはこの星の意志のようなものらしい」


 刀は俺が目覚める前に神から聞いていた事情を大雑把に解説してくれた。


「つまりこの星はこのままだと遠くない未来にいずれ滅ぶから,ちょっとよその世界に行って他のところはどうしてるのか見てきてくれよってこと?」


「まあその他にもいろいろ小難しいことを言っていたがそういうことのようだな。


 まあ,遠くない未来と言っても神基準だからな。普通の人間にしてみたらまだまだ遙か先のことだろう。


 ただしお前はこの世界ではもう死んでいるのだからこのまま地球に戻ることも向こうの世界から戻ってくることも出来んそうだ」


 なるほど…悪くない。どちらにしろ本来なら死んでいる身であるし,仮に命を取り留めていたとしても今後も違和感を抱え続けて生きていくことになる。


 神とやらの話では、俺が自分らしく居られる世界とやらへ送ってくれるらしい。そこがどんな世界なのかという不安はあるが…


「お前も来てくれるんだよな」


 愛刀に問いかける。


「いいだろう。お前の3年間の想いに応えてやろう。


 この世界で飾られるだけの日々にも正直飽きていた頃だしな」


 ならばよし。


「わかった,行く」


「ほ,即答かえ。そこまで愛されておるとは刀冥利に尽きるのう」


 なんとなく嬉しそうな愛刀…っていうか愛刀って呼ぶのもなんかどうだろう。


 とりあえずその問題は後にして,大体こんなパターンの話には付きものの話を一応確認しとかないとな。


 神とやらに今後会えるかどうかもわからないし。


「一応聞いておくけど,なんかこういう時って特別な力とかくれたりする?」


『…………………………』


 それに対する神の答え 「チート,よくない」


 どこの標語だそれ!


「自分の世界ならいざ知らず,異世界のことわりにまではおいそれと手をだせんのだろうよ」


「なるほど,わからなくもない。じゃあ仕方ない。お前がいてくれるだけで充分っちゃ充分だしな」


「その気持ちは嬉しいが…軽いのうお主。とは言え神よ右も左も分からぬ世界に着の身着のままではさすがに厳しいのではないか?


 早々に死んでしまってはこやつの魂を回収したところでたいして役に立たぬであろ」


 ふむふむ,俺に引っ越し先でいろいろ経験させて死んだ後の魂から情報を収集するということか…エコだな。


『…………………………』


「情報収集に役立ちそうな力だけはなんとかする?具体的には?」


『………………………』


「『言語』,『読解』,『簡易鑑定』…つまり会話と読み書きについては心配するな,と。鑑定は余った力でつけられるのがそんなもんしかない。だと?」


 見事にノーチートですな。まあ向こうで言葉が通じるだけでありがたいっちゃありがたいか。更に読み書きまで出来るんなら人のいるとこさえ行けばなんとかなるか。ていうかその辺の能力は異世界ものでは基本性能だよなぁ。


『…………………………』


「後は送り込まれた先で俺にもっとも適したジョブがつくはず…と。投げっぱなしもいいとこだなおい」


 それって別に神の力ではなく,その世界のデフォルトなんじゃないかと思ったがそれは言わないでおこう。どうせ変わりようもないしな。


『…』


「いや,別に怒ってる訳じゃないんだけどね…」


『……………………』


「え,じゃあせめてこの刀以外にこの世界からあと1つだけ手に持てる範囲でなんでも持ち込んでもいいって?」


 ごねてみるもんだ。持てるものならなんでも良いならそれこそ拳銃とかの銃器だったり,金塊とかの向こうでも価値のありそうな物だったり,スマホ…は無理か電池切れたら役に立たない。


 さてどうするか…いろいろ考えられるけどやっぱりあれかな。


「じゃあ童子切どうじぎり鬼丸おにまる三日月宗近みかづきむねちか大典太おおてんた数珠丸じゅずまるの天下五剣の内の1本」


「おい!私がいるというのにそんな名声だけの駄剣共を!」


「っていうのは冗談で,これで良いや」


「お主…だが,それは」


 さすがに俺も国宝や重要文化財をほいほい貰えるとは思ってない。俺の愛刀にヘソを曲げられるのも困るし。


 だから俺はさっきからずっと俺の背中に刺さりっぱなしになっていた小太刀を抜いて愛刀と一緒に抱えた。


「これならいいだろ。さっきからずっと痛いんだよ」

 

「そりゃあ致命傷だから痛いだろうが,自分を殺した刀をわざわざ持って行かんでも良いのではないか?


 あの蔵の中の刀達であれば私の同胞のようなもの。私も共に行くことを嫌がりはせぬぞ」


「違う。傷が痛いんじゃない。


 あんな奴に使われて俺を傷つけたことをずっと悲しんでるこいつの気持ちが痛いんだ」


 そう,この空間に来てからずっと感じていた。


 激しい後悔とどうすることも出来なかった自らの非力さを呪う悲しみの気持ちを。

 

 最初は父を刺し殺したことによる罪悪感かと思った。だが,改めて思い出してみても父を刺したことになんの違和感も感じなかった。


 ならばなんだろう,と考えてみて背中の小太刀に気づいたのである。


「お主は本当に小さな頃から私たち刀が好きだったな…


 暇さえあれば蔵に来てガラスケースが指紋や涎でべとべとになるまで飽きもせずずっと刀達を見ていた。


 私たちは16年間ずっとそれを見てきたのだ。あの蔵の刀達は皆お主が大好きなのじゃ。子孫を残せぬ私たちにとって我が子のように思っておった。


 それなのにそのお主を殺してしまうとは、使った者が悪いとは言え悔やんでも悔やみきれまいな」


 そうか,俺はずっとあの刀達に見守られていたんだ。だからあの蔵はあんなに居心地が良かったんだなきっと。


「よかろう,むしろ私からもお願いする。


 そやつはまだ百年程度の若い刀だがきっとお主の為に頑張ってくれるだろうからな」


 愛刀の了解も得て,再び2本の刀をしっかりと抱き寄せる。

 

 そしてよろしくなと声をかけてあげると今までちくちくと感じていた小刀の後悔が薄くなり喜びの感情が伝わってくる。


 これで思い残すことはない…かな。


『……』


 神の最終確認に迷い無く頷く。


「いいよ,行こう。


 あ,そうだ。蔵の皆にさよならって言っておいて」


 神様相手に伝言を頼んだところで聞いてくれる訳が無いのは分かってるが、皆に別れも言えずに去るのは心残りだったから一応言っておいた。


『向こうで頑張ってくれたら,きっとまた会えるよ』


 徐々に薄れていく意識の中で妙にはっきりと神がそう言ったような気がした。



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