自分らしく
『やあ、いらっしゃい。君たちが僕の記念すべき第一号のお客様だよ』
階段を上りきったと思ったら、俺たちはいきなり白い空間にいた。
「懐かしいな……」
「ああ……私とお前が初めて会話をした場所によく似ている」
俺がこの世界に来るかどうかの選択を地球の神様に迫られた場所。ここはあのときの空間にそっくりだった。ただひとつ違うのは地球の神様は、漠然とした意識の塊という感じだったのに対し、ここの神様は人の形をしている。
『ああ、そうだね。基本的には同じものだと思っていいよ。僕たち高次の存在は君たちのいる世界には降りられないからね。僕たちの世界と君たちの世界の境界っていうのかな。ここはそういう場所さ』
この世界の神様を無理やり一言で表現しようとすれば『金髪碧眼色白のショタハンサム』だろうか。そのショタハンが機嫌のよさそうな笑みを浮かべながら俺たちを見ていた。
「僕たちの世界……ね。つまり俺たちが神様としか呼びようのない存在であるあなたのような人(?)たちが住む世界もあるっていうことでいいですか?」
『うん、あるね。なんで僕たちが、こんな神様みたいなことをしているのかっていうのには、いろいろ事情があるんだけど……別に聞きたくないでしょ? 長くなるし』
「そうですね、俺たちには関係がないと言えばないし、いらないです」
『だよねぇ……まあ、いいや。さっさと本題に入ろうか』
ショタハンは、ちょっと残念そうに肩をすくめると気を取り直すようにパンと手を打つ。
『石碑は見たんだよね? あの子がちょっと抜けてたせいで、ちょっと反則みたいな感じだったけど』
石碑というのは主塔討伐後に残るやつで、あの子というのは地球の神のことか? 反則っていうのは……ああ、【読解】のことか。
「見ましたね」
『ていうことは、ここまで上ってきたのはより高次の存在になることを望んでいるってことだよね?』
「そうですね……条件次第ですけど」
『へ? 神様になりたくないの?』
「ええ、別になりたくないです」
『ええぇ~! じゃあキミ、なにしにこんなとこまで来たの?』
「山があれば登る! みたいな?」
『いやいや、キミ。自分ちの裏にある山すら登頂したことないじゃん』
「よくご存知で」
『そりゃ、あの子が送り込んだ種だもん。ある程度はね』
「あ、それもありましたね。俺が死んだら、俺の魂の情報は地球の神様のところにいくことになっているはずだったかと思うんですけど」
『あぁ……それね。たぶん、それについてはもう問題ないんじゃないかな?』
ショタハンが呆れたような顔をして俺を見ているが……俺はなにもしてないぞ。ん? ていうかなにもしてなかったから情報がほとんどないってことか?
『キミはやりすぎたんだよ』
「……エロ的なこと?」
『ちっっが~う! それじゃない! ……まあ、それも大概だったけど。そうじゃなくて、キミがこの三年余りの間に蓄積した情報が多すぎたんだよ。普通は異世界に転生したからって、普通は人並みの生活をして普通に死んでいくんだ。あの子が期待していたのもその程度の情報さ』
あぁ、そういえば特になにかを頼まれたりはしなかったな。ただ自分らしく生きればいいって、それだけだった。
『それなのにキミときたら、世界全体に影響を与えるようなことに次々に関わっていって、挙句の果てには世界の秘密にすら迫る勢いだ。予定外の情報量にあの子は情報の整理のために、現在シャットダウン中だよ』
「え? でも、情報は死んだあと魂から回収するって話じゃ」
『情報が溜まりすぎた場合は分割して送れるようになっていたのさ』
へぇ、いつの間にそんなことされていたんだろうか。自覚がないってことは俺に不都合があるってわけじゃないんだろうけど……
『腑に落ちないって顔だね。言っとくけど、キミの頭から勝手に情報を抜き出していたわけじゃないよ。管理する世界が違うから、そんなことはできないしね』
「じゃあ……」
『情報だけとはいえ、世界をまたいでやりとりするには対価がいるのさ。勿論、その対価はキミが納得するものじゃなきゃならない。あるだろう? 要所要所で元の世界から送られてきたものが』
要所要所で? 元の世界から、送られてきた?
「「「「あ!」」」」
黙って会話を聞いていたシスティナたちも同時に同じ答えにたどり着いたらしい。
「つまり、葵も雪も、澪も雫も、楓も椿も……そういうことだったのか! 『頑張れば会える』あのとき最後に聞こえた言葉の意味はそういうことだったんだ」
「えっと、ご主人様がいろいろ活躍した経験を……その、地球の神様にお送りする対価として【魔剣召喚】が使えるようになるということでしょうか?」
「そうだろうな。そう考えれば【魔剣召喚】が使えるようになったタイミングにも納得ができる」
「いま【魔剣召喚】が使えなくなっている理由も解決しちゃったね、ソウ様」
なるほどなぁ、ということは地球の神様の情報の整理が終われば、また【魔剣召喚】が使えるようになる可能性も高いな。復活するのが楽しみだな。
『ちなみに、あの子が世界の管理以外に使える余力はとても小さいんだ。だからキミもチートと言えるようなスキルを持たせてもらえなかっただろ? いま、その余力はすべてキミからの情報整理に使われている。その整理にかかる時間は、人間のキミには到底待っていられない時間だと思うよ』
ショタハンが俺の心を読んだかのように釘を刺してくる。わざわざ嘘を吐く必要もないだろうから、それは本当なんだろう。
…………新しい日本刀に会えなくなるのはちょっと残念だな。
『でも、ほら。ここで高次の存在になることを受け入れれば、この世界の管理人として不老不死になれるよ。そうすればあの子が回復したら直接取引で蔵ごと持ってくることもできるようになるはずさ』
「……それはちょっと、気乗りしないですね」
『どうしてさ。人間ってのは不老不死を求めるもんじゃないの? あ、でも条件次第って言ったよね。条件ってなに?』
ショタハンがスーッと滑るように近づいてくる。この空間は上下左右の間隔が曖昧だ、床があるようでないし、壁があるようでない。歩こうと思って足を踏み出しても前には進まない、いわゆる不思議空間だ。移動するためには意識を集中して体をずらそうとすると、ちょっとだけ位置が変わる。感覚的にはセグウェイに乗っているみたいな感じ? 乗ったことないけど。
「そうですね、条件はこのまま人間として、いままで通り自由に生活できること。不老であること、余計な義務が発生しないこと……ですかね」
『え? それってようは【不老】スキルみたいなものだけ頂戴ってこと?』
「ですね」
『ええぇ~それはちょっと無理かなぁ。できれば僕はこの世界の管理人を、この世界で条件を満たした人に引き継ぎたいんだよ』
「この白い空間でこの世界を眺めて永遠に過ごせってことですよね。まっぴらごめんです。それにその不老不死ってちゃんと肉体残ります? えちぃこと出来ないとか話にならないんですけど」
『えっと肉体は無いけど、行為の快楽とかは自分の力でなんとでもなるよ。この空間ならどんな相手でも神様の能力で生み出せるし』
ショタハンは指パッチンひとつで自分の隣に金髪グラマー美人を呼び出してみせる。
『呼び出したものは思い通りに設定できるし、疑似的なものだけど触感や感覚も再現できるし絶頂も模倣できる。いわゆるやりたい放題?』
ショタハンが呼び出した金髪グラマーの胸を揉むと、グラマーちゃんが過剰な反応でよがり声をあげる。その光景にげんなりしながら、俺はシスティナへと視線を向ける。システィナは俺の視線をまっすぐに受け止めて、大きく頷いてくれた。よし!
「そんな気持ち悪い能力いらないです。あ、反論はいいです。そもそもいま、あなたは俺がなぜ気持ち悪いと思ったかの理由がわからないですよね?」
『……』
「俺は俺の大好きな人たちとかかわりあって生きていきたいんです。なんでもいいなりの人形との自慰行為にふけりたいわけじゃない。知り合って、仲良くなって、時には喧嘩もしてぶつかったり、疎遠になったり、友達になったり、恋人になったり、キスしたり、えちぃことしたり……そうやってたくさんの人たちと楽しく自由に、そしてなにより自分らしく生きたいんです。そして、地球の神様はそういう世界に俺を送ってくれた。それなら、最後までそうやって生きるのが俺なりの恩返しです」
『…………』
「だから、帰ります。皆のところへ。あ、神様にならなかったんだからザチルの塔はそのままにしておいてくださいね。この塔はフレスベルクには必要なものですから。で、帰り道はどっちですか?」
周囲を見回す俺を無表情に見ていたショタハンが、やがて諦めたように肩を落とす。
『……わかったよ。今回はボクが諦めよう。勿論、塔もそのままだ。だが、せっかくここまで来たのにキミはなにひとつ得るものなく帰ることになるよ』
「勿論、構いません。すでにたくさんのものを得ましたから」
『そうかい。まあ、最近のこの世界は頼もしいし、そのうちキミたち以外にも二百階層まで到達する人がでそうだから、僕は気長にそれを待つとするよ。じゃあ、ここでサヨナラだね。もう二度と会うことはないと思うけど、死ぬまで元気でね』
「どうも」
ショタハンが溜息とともに手を振ると、白い世界が徐々に薄れていく。
そして気が付くと、誰もいなくなった二百階層に俺たちは立っていた。
「戻ってきたな」
「うん」
「ソウ様、お話し断っちゃってよかったの? いつか死んじゃうよ」
「そうだね。ま、その話は帰ってからにしよう。まずは皆と合流しないとな」
俺は桜の頭にぽんと手を乗せると優しく撫でて、塔をでるべく窓へと歩く。歩きながら二百階層を見回す。
ショタハンは俺に得るものはないと言った。だが、俺はたくさんのものを得たと答えた。それは強がりでもなんでもない。俺は本当にたくさんのものを得た。
あの二百階層の戦い、あれは本当に楽しかった。皆、命の危険があるのに、互いが互いに命を預け、信頼と協力で結びつきながら死力を尽くして魔物たちと戦ってくれた。
俺を……俺たちを信じてついてきてくれた侍祭、刀娘、従魔、弟子、冒険者の皆、あの一体感、あの高揚感、あの万能感、あの焦燥感、あの危機感、すべてが愛おしい。思い返してみて初めてわかる、最高の時間だった。
そんなことを考えていたら、ふとなにかが脳裏をよぎった。
「あ!」
「どうかしましたか? ご主人様」
「うん、いつか見た夢を思い出したんだ」
「夢? ああ! 赤い流星を倒した後に言っていたあれですか?」
「そう! その夢」
「ん? なんの話だ、ソウジロウ」
「え~なになに、面白そうな話! 桜にも教えて」
『主君、もう喋ってよろしいでございますか? 私も知りたいでございます』
『殿、我、同』
「主殿~! 心配しましたわ!」
『お帰りお待ちしておりました、我が主』
「的がいなくなったら困りますえ、お館様」
「姉様の言う通りですえ」
「……ん、無事でよかった」
「私の尻ハ、イ、いつ揉んでもらえるのだろうカ?」
「はぁ? なに言ってんだグリィン! 揉んでほしきゃ俺が揉んでやるよ!」
「ソウジさん! 冒険者たちは全員治療済みです」
「兄様! よかったぁ! 霞ちゃん、兄様たち無事だったよ」
「うん! よかったね陽ちゃん」
『ほっほっほ、無事でなによりじゃな』
「あ、あの私もいるぞ、い、一緒に帰るのだろう?」
どうやら外では結構な時間が経っていたらしく、外での冒険者たちの対応を終えた皆が俺たちが帰るのを待ちきれずにロビーから再度二百階層へと入ってきたらしい。
「ははは……」
俺は皆の顔を見てこみ上げてくるなにかを堪えることができなかった。
これだ! これこそが俺がこの世界で自由に生きてきた証。自分らしく自由に生きて、そしてそんな生き方をする俺を、皆が認めてくれて、慕ってくれて、必要としてくれた。地球で生きていたらこんなに満ち足りた思いになれる日なんて絶対に訪れなかった。こんな、こんなに嬉しいことはない!
「皆! お疲れ様! 俺たちの完全勝利だ! 家に帰って祝杯をあげよう!」
駆け寄ってきたみんなにもみくちゃにされながら俺は、これまでで一番の大粒の涙をこぼしながら、一番の大笑いをした。




