最強の敵
『主君、あまり時間はかけられないでございます』
『長期戦線維持、困難』
「わかってる。最初から全力でいく」
いま俺が使っている厚藤四郎の楓には戦闘系のスキルがない。椿のスキルには【北辰一刀流】があるが、俺が二刀を使っている時点であまり有効ではない。だが、楓には【直感】【気配察知】があり、椿には【不抜】がある。俺自身が強くなれば、ふたりのスキルは俺の力を底上げしてくれる。変に刀娘のスキルに頼った動きにならないために現状では最適な二刀だ。
二刀を構え静かに敵を見据えるが、どうやら自分から動く気がなさそうな大将。だが、俺たちにはのんびりしている暇はない。一気に攻める!
「疾ッ!」
いまの俺なら十歩の距離は間合いのうち。鍛えこまれた下半身と歩法を駆使して、一瞬で距離を詰めると椿を袈裟に振り下ろす。大将は滑るように下がってそれをかわすが、このレベルの敵なら当たらないのは想定内。流れを止めずにさらに踏み込んで、楓の横薙ぎ一撃を放つ。だが、それさえも流れるように俺の左側へと避けていく大将…………ん? ちょっと待って。
「いまの動きって……」
いまの動きを俺は知っている? いや、知っていて当たり前だ。いままで何回、何十回、何百回、何千回と見てきた動きだ。他の誰がわからなくても俺だけは見間違えるはずがない。一度距離を取った俺は、この一騎打ちに邪魔が入らないように周囲の魔物を牽制している三人を確認する。ちゃんと皆、相変わらずの無双ぶりだ。
「とすると…………あぁ、なんとなくわかった。ありがちだよな、確かに。とりあえず顔を見せろや」
さっきの俺の攻撃は大将を斬り裂くことはできなかったが、無駄にダボついたローブには届いている。それを俺は当初、敵がかわしきれなかったのかと思っていた。だが、俺の頭に浮かんだ仮説が正しかったとすれば、かわしきれなかったのではなく……
「あ、やっぱり」
楓と椿の斬れ味が鋭すぎたせいか、時間差ではらりと地面に落ちたローブから現れた姿を見て仮説が正しかったことを知る。つまりあいつはかわしきれなかったのではなく、俺の攻撃を完全に見切っていたからこそローブだけを斬り裂かれたということだ。
「え、蛍ねぇが……ふたり?」
「いえ、あちらの蛍さんはすべてが銀色です」
「ほう……」
自分たちの戦いをしながらも、俺の戦いを見る余裕があったらしいシスティナたちが大将の姿を見て驚きの声を漏らす。それもそうだろう、だってローブの下から出てきたのは造形だけは本当に寸分たがわないと言えるレベルの蛍そのものの姿だったんだから。
「あぁ、これはあれだね。最終試練的なものにありがちな、自分の壁を超えるための試練、みたいな?」
「試練、ですか?」
大将が姿を現してから、なぜか攻勢が弱まった魔物たちを退けたシスティナが質問してくる。
「うん、つまり戦う人が一番怖い、一番強い、一番大切、一番苦手、とにかく一番戦いにくい相手を模倣して作り出すんだ。最後の敵は自分自身っていうパターンもあるかな」
「ほう……つまりお前は私のことを、どう思っているのだ?」
蛍の目が刃物のように細くなる。うっかり怖いとか苦手とかって言ったら蛍に殺されそうだ。
「……あらゆる意味で全部、かな?」
「なんだと?」
「俺の中では蛍が一番強いし、一番大切だし、一番怖いし、一番苦手だし、一番頼りにしているし、一番一緒にいたいし、一番の師匠だし……とにかく一番だ」
まあ、同率一位が結構いる分野も多いけど、それはあえて言わない。
「そ、そうか……だが、微妙に喜んでいいのかどうか迷うところだな」
「はは……でも、たぶんだけどこいつは『俺が一番強いと思っている相手』だと思う」
銀色の蛍……ああ、もう銀蛍でいいや。銀蛍は、こっちから近づかない限り攻撃してくるつもりはないのか、模倣した蛍丸の刃先を下に向けたまま立ち尽くしている。
「ならばどうする? 全員でかかるか?」
「いや、あれが本当に俺が思っている通りの存在だとしたら、複数でかかるのはかえって危ない。蛍ならわかるでしょ」
「ふむ……確かにな。普通なら複数を相手にするのは危険だが、私なら逆に早く決着をつけられるな」
「だよね」
そう、蛍くらいの実力があって、しかも【気配察知】まであるようだと囲んで攻撃するのは逆に危険だ。攻める側に完璧な連携が取れていないとその隙を突かれるし、連携を崩されたり、仲間が傷ついたりすると動揺もする。蛍相手ではそんな少しのことが勝敗に直結してしまう。複数でかかってもスキルのせいで死角がないんだから、横から攻められようが後ろから攻められようが、蛍にとっては正面から斬りかかられているのと変わらない。
「ならば、私と代わるか?」
「そうだね、最終的にはそうなる可能性が高いと思うけど……最初は俺にやらせてくれるかな?」
「ほう……お前の想像のなかの私は、お前より弱いのか?」
蛍さんの微笑みがちょっと怖い。
「とんでもない。俺のなかで蛍は紛れもなく最強だ、最強でいてもらわなきゃ困る」
「ふむ、ならばなぜ?」
「俺は皆を守れる男になるために修行を続けてきたんだ。…………そのなかには当然だが蛍、お前も入っている」
「……」
「だから、皆を守る。そのためには……いつか俺は、俺のなかの最強を越えなくちゃならない!」
俺の目標がどれだけ遠いのか、それを確認するのに銀蛍ほど最適な相手はいない。蛍と模擬戦をしても、俺を殺してしまうわけにはいかない以上、蛍はどうしても手を抜かざる得ないからな。
「たぶん長くはかからない。やれるところまでやらせてくれ」
「……勿論だ。ソウジロウ、私の主はお前だ。好きにやればいい。見せてくれ、本当の全力のお前を」
俺は小さく首肯すると、二刀を構えて銀蛍へと斬りかかる。銀蛍自体はおそらく俺の想像の産物、へたしたら本物より強い可能性すらある。だが、相手は魔物。蛍と同じ姿形をして、同じような強さがあったとしても、蛍じゃない!
「おおおおおお!」
俺はしょっぱなから全力の連続攻撃を仕掛ける。二刀の利を生かして、なるべく多く、なるべく不規則に、なるべく避けにくいところ、なるべく受けにくいところを【直感】の助けも借りながら立て続けに斬りつけていく。すでになんの負荷もかかっていない俺の身体能力は常人を越えていると思うのだが、銀蛍はその無数の連続攻撃をかすらせもせずに歩法だけでさばく。
くそ、さすがは蛍、ただ斬りつけるだけじゃ駄目か。
「うおぉぉっと!」
仕切り直そうと一瞬だけ気を抜いた瞬間に、【直感】がけたたましい警報を鳴らす。銀蛍が初めて俺に向かって刀を振ったらしい。しかもその速度はシャレにならないくらい速い、狙いも初撃から俺の首を薙ぎにくる太刀筋……本物の蛍なら絶対に俺に向かってしない攻撃に思わず背筋が凍る。
なんとか頭ごと体をそることで、かろうじてちょんぱから逃れるが、首を僅かに掠めたらしく血がしぶく。だが、重要な血管が切れたわけじゃないのは体感でわかる。
でも、やばかった……楓の【気配察知】と俺の【敏感】も駆使しているにもかかわらず、【直感】がなければあっさりと即死するところだった。
すぐさま体勢を立て直し、今度は足払いなどの体術も含めてさらなる攻撃を加えていく。俺のすべてを注いだ攻撃の数々、そのどれもがまったく銀蛍にかすらないのに、銀蛍が刀を振ったときには必ず俺のどこかが斬られる。致命的ではなく浅い一撃だが、その威力は凄まじく俺の学ランのボタンはあっという間に全部が弾け飛んだ。
それでも、俺も銀蛍も攻撃の手を緩めることはない。なぜならこれは互いに死力を尽くした戦いだからだ。
「……ソウ様、笑ってる」
「はい、それに蛍さんと同等の力を持つ相手にほぼ互角に戦っています」
「ふ……もともとすでにソウジロウにはそのくらいの力はある。ただ、あいつは私たちに優しすぎる。甘いと言ってもいい。どれだけ私たちが全力できても構わないと言い含めても、一度も全力を出すことはなかった」
「そうだね、どんなに可能性が低くても、桜たちが傷つく可能性がほんのちょっとでもあるならソウ様は全力は出さない」
「ああ、あいつ自身はそのつもりはないだろう。いつも全力でやっているつもりだったはずだ。だが見てみろ、あいつは私の目から見ても、私と同等レベルの相手としっかりと戦えている。信じられるか? 三年、たったの三年だぞ。それだけの期間であの剣の素人だったソウジロウがここまで成長したなど誰が信じるものか! あいつがこの三年、どれだけ真摯に刀と向き合い、骨身を削って訓練をしてきたか! 私は、私たちはそれを誰よりも知っている! ……私はソウジロウを誇りに思う」
「……うん、ソウ様は最高だよ。誰よりも格好いい」
「はい、ご主人様ほど素敵な人はいません」




