開戦
それにしても、本当にこの『塔』という場所は不思議だ。いま、俺の眼前に広がる空間はフレスベルクの街がゆうに二、三個は入るだろうと思わせる。日本風に言えば東京ドーム数十個分、みたいな?
仮に、塔をのぼったときに別の空間に転移させられているとかならば、広さについては納得できなくもない。だが、天井まで五メートルほどあるこの部屋がどういった理屈で柱の一本すらなく存在していられるのか……これに関しては完全に謎で、となると結局一番納得できる理由は『塔は不思議空間だから』になってしまうのは、諦めだろうか。
「ご主人様、配置のほうは特に滞りなく進んでいるそうです」
「ありがとう、システィナ」
腕を組んで遠くを見ていた俺にシスティナが報告してくれる。やっぱりそれぞれの隊の隊長にうちのメンバーを配置したのは正解だったな。新撰組のメンバー、イコールSランク冒険者で強いという図式が出来上がっているし、実際に羽目を外すようなお調子者がいてもあっという間に制圧できる。それに、空間の奥でいまも湧きだし続ける魔物たちの軍団を見て雰囲気にのまれかけているというのもあるだろう。
この戦いに際し、当初俺たちの陣形は部隊を横一列に並べた『横陣』を考えていた。特に起伏や障害物があるわけではないこのフロアではそれもありかと思ったのだが、蛍や雪、それに俺が右腰に差している小刀から強く反対をされた。
曰く、魔物の勢いを平面対平面で受けるのは下策、奇策の余地のない平地の戦いであるからこそ陣形が大事、ということらしい。その結果採用されたのは『魚鱗』の陣。
この陣は△の形の陣形で、本来は平地などでは向かない陣形らしい。だが相手は魔物。変な小細工はなく、ただ突っ込んでくる可能性が高い。それならば先頭の部隊で勢いを止め、状況を見ながら徐々に『鶴翼』という両翼が前に出る陣へと変化して包囲殲滅を狙うという方針になっている。
「こんな感じでいいかな? 楓」
『いいでございます。ですが、戦場は生き物でございます。最初の策通りになることなど稀でございます。主君』
「了解」
楓は俺が、領主たちとの揉め事を解決したときに増えた【魔剣召喚】で召喚した小刀、刃長は二十二センチと短いのに刃元の厚みが普通の刀の二倍(約11ミリ)もあるという刀。
『楓 (厚藤四郎 ランク:C+ 錬成値:99 吸精値:0
技能:共感/意思疎通/直観/直感/兵法+/大局観/気配察知 特殊技能:護国』
豊臣秀次から秀吉、さらに毛利を経て徳川家綱へと渡り歩いたとされる、推定六百歳近い名刀だ。しかも、能力が個の武を重んじる傾向の強い他の刀娘たちとは違って、大局を見ることができるスキル構成だ。
個の能力においては、ずば抜けた力を誇る新撰組だが『赤い流星』との戦いや、『聖塔教』との戦いにおいても集団としての戦い方はどこか杜撰だった。でも、楓が来てくれてからは、足りなかったピースが埋まったかのように新撰組という組織が、まるで命を得た生物のように滑らかに機能するようになった。
楓は全体の流れを把握する【大局観】と、そしてあれだけ厄介だった本質を見抜くシャアズの【直観】に加えて、予知にも通じるかのような【直感】スキルを持ち、自身の戦闘能力以外の部分で俺たちのために活躍してくれている。しかもエクストラスキルの【護国】は楓が『陣』と定めた場所の中にいる味方の防御能力が上がるというもの。今回も楓の指示で敷いたこの陣形が、楓の制御下にある限り冒険者たちはその恩恵を受け続けるだろう。ただし、このスキルで気を付けなくてはいけないのは、抜け駆けをするような動きをして『陣』から外れると効果の対象外になることだ。この面からも隊長たちが隊をしっかり把握してもらうことには大きな意味がある。
ちなみに魔物の氾濫を鎮めた際に、現状では最後の召喚になった一振りがいま俺がメインで使っている刀。
「椿はなんかある?」
『ない。【展望】にも悪いものは感じない』
『椿 (陸奥守吉行 ランク:C+ 錬成値:99 吸精値:0
技能:共感/意思疎通/北辰一刀流/魅力/大局観/展望 特殊技能:不抜』
本来なら陸奥守吉行というのは刀の号じゃなくて作り手を表すみたいだけど、俺の【武具鑑定】ではこうなっていた。そして、この刀はあの有名な坂本龍馬が最後に持っていたとされる刀だった。
だからなのか、坂本龍馬が修めていたと言われている北辰一刀流がスキルとして発現していた。さらに椿も【大局観】を持ち、未来を見据える【展望】というスキルを持っていた。これは、まだはっきりとした効果がわかっているわけじゃないんだが、これからやろうとすることの結果がどんな結末を迎えるのかが、なんとなく、イメージで、たまぁに、わかるというもの。だからあまり頼りにできるスキルではないが、ごくたまにやばいミスを回避する助けになってくれたりする。
あとは【魅力】。いまさら女の子にモテる必要はないんだけど、これは男相手にも認められやすくなるみたいで、ハーレム状態の俺をやっかむ輩が減ったのは地味にありがたかったりする。
最後はエクストラスキルの【不抜】。このスキル、死の間際でも刀を抜かなかったという坂本龍馬の話が影響しているのかどうかはわからないが、刀を鞘に納めた状態の時間が長いほど斬れ味が増すというスキルだ。上限はあるので、なんでも斬れるようなおかしな状況にはならない。抜いたあとの効果は数時間は保つから使い勝手も悪くない。
二本ともいつでもBランクにあげられるように錬成は済ませてあるのだが、自分で打った刀が使い物になるまではふたりにランクアップを待ってもらっている状態だ。
『ソウジロウ、いいぞ』
『フジ、俺もいいぜ』
『ソウジロ、こっちも完了』
「ソウジ! 俺たちのところはいいぜ!」
『主殿、わたくしも問題ないですわ』
『準備完了です。我が主』
『腕がなるナ、ご主人』
『お館様、いつでもいけますえ』
『あちしもいけますえ、お館』
『ソウ様、私もいいよ』
「旦那様、伝令は私と」
「僕がやるよ、兄様」
『時でございます。主君』
『殿。いまだ』
「さあ、始めましょう。ソウジさん」
「いきましょう、ご主人様」
うん……負ける気がしない!
「よし、始めよう。メリスティア、【魂響き】を」
「はい」
メリスティアが金羊蹄の長杖を構えスキルを発動する。【魂響き】にかかる少なくない魔力は【魂鳴り】を使って俺の魔力から供出される。
「澪」
「あい」
俺と同じく後方の部隊にいる澪は、白を基調とした巫女服のような着物の袂をふわりと振って返事をする。巫女服と違うのは赤を使わず、淡い紫を使っているところか。
「味方に敏捷補正の【祝詞】を」
「あい」
澪は手に持った村正に魔力を流して、鈴のような音を出しながら祝詞を紡ぎ、効果を【魂響き】に乗せ味方全体へと広がっていく。
「雫」
「あい」
澪の隣に控えていた雫の衣装は、陰陽師の女版といった珍しい形の着物で、こちらも白を基調としているが、差し色は赤紫だ。
「魔物たちに防御力低下の【呪言】を」
「あい」
雫が村正を左手に持ち、右手の指を絡めて印を組み、その両方に魔力が注ぎ込まれると雫は薄らと赤紫色の光に覆われる。そしてその光はすぐに【魂響き】に乗り、こちらは魔物全体へと広がっていった。
【祝詞】と【呪言】の効果は、一度かかればしばらく続く。重ねがけをすることも可能だが、さすがにこの数だと厳しい。ふたりは序盤戦の要で、このあとも大きな仕事が控えている。
「両方とも一段階でいい。終わったらそのまま【連結魔法】の準備を頼む」
「人使いの荒いお館様でありんす」
「あとでしっかりと取りたてましょう、姉様」
いったいなにを取り立てるつもりだ! 思わず股間がきゅっと縮み上がったじゃないか!
「ご主人様、魔物たちが動き始めます」
「おっと、じゃあこっちも動くか」
陣の隙間から前方を見ると、ハイコボルトやハイゴブリンなどの比較的動きの速い魔物の集団が走ってきているが、うちの陣との間にはまだ距離がある。焦って迂闊に前線部隊を出せば後続と間が空きすぎて孤立する。部隊自体を動かすにはまだ早いけどな。
「お館様、準備に入りますえ」
「構成は火と風でいきますえ、お館」
「わかった。ただしその組み合わせで使うなら、目標は敵の最後尾付近で頼む」
「「あい」」
澪と雫は目を閉じると、澪の右手と雫の左手を繋ぐ。さらに澪の左手に持った村正と、雫の右手に持った村正を目の前で交差させる。そのまま集中状態に入ったふたりの体から魔力が溢れ、ふたりの間を循環していく。ふたりが揃ったときにだけ使えるエクストラスキルの【連結魔法】は、異なるふたつの魔法を連結して効果を数倍に跳ね上げて放つ強力な魔法だ。
中でも火と風の連結は、殲滅力に優れ威力が高い組み合わせだが強力すぎて、広いスペースがあって、周囲に燃え広がらない状況が必要など制限が多い。だが、ここでなら着弾点さえちゃんと設定すれば、しっかりと敵味方が分かれているこの初撃に限り有効な攻撃手段となる。
『各隊に通達! これから約十秒後に敵、最後尾にでかいのをぶち込む。各隊に動揺がないようにしてくれ!』
『応!』
ほぼ同時に各隊長から応答がある。ただし、トォルに任せた部隊だけはそうはいかない。
「霞、四番へ伝達。予定通りかますからしっかり隊を把握するように」
「はい!」
霞の姿が一瞬で消える。桜に鍛えあげられた霞たちはそんな動きまでできるようになっている。屋敷のことをやりながらそこまでの力をつけるためにはかなり厳しい訓練をしていたはずだ。だけど、霞と陽は一度も辛いと思ったことはないらしい。むしろ、俺たちの役に立てるようになるのが嬉しかったらしく、望んで厳しい訓練をしていたようだ。そんな状況が、暗殺者になるべく強制的に訓練をさせられていたふたりのためにならないのではないかと悩んだこともある。だが、そんな悩みは毎日楽しそうに笑っているふたりを見ていたら杞憂だと信じることができたけどな。
伝言こそ飛ばしたが、事前にここまでの流れは冒険者たちにも伝えてある。だが澪と雫の【連結魔法】は、それでも冒険者たちの想像を上回り度肝を抜くはずだった。
「「いきますえ」」
「派手にぶちかませ!」
「「あい! 【炎嵐】」」
二本の村正から放たれた赤い光弾はあっという間に魔物たちの前線を飛び越え、俺たちの視界から消えた……そして次の瞬間、魔物たちの後方から炎の竜巻が姿をあらわす。同時に俺たちのところにひりつくような熱風と、魔物たちの苦悶の叫びが届くが、魔物たちが盾になってくれているためこちら側はダメージを受けるほどではない。だが、後ろから爆風に襲われた魔物たちはたまらないだろう。
『主君、足並みが乱れたでございます』
『殿、壱番を前へ』
『十秒後に弐番、さらに十秒後に参番、四番でございます』
『了解』
楓と椿の指示に頷くと椿を抜き放って天を突く。そして俺は、スキルと自らの声を使って叫ぶ。
『「新撰組参る! 新撰組、壱番斬込隊蛍! 敵の先頭に斬りこんで出鼻を挫け!」』
『「任せておけ! いくぞ!」』
「おおおぉ!」
先陣の冒険者たちが雄たけびを上げて走っていく。壱番隊は身軽な装備で、敵の攻撃を受け流すことが得意な者が集められた部隊だ。この部隊で勢いに乗っているだろう先頭の魔物たちの勢いを削ぐ。
『「次! 新撰組、弐番強襲隊マゼンダ! 足のとまった魔物たちを盾で押し返して前線を確保しろ」』
『「へへっ! やっと出番かよ! おめぇら遅れんなよ!」』
「おおおおおぉぉ!」
蛍の後ろに位置していた弐番隊は盾を持った大柄な冒険者たちの部隊、それを束ねるのは大盾と大剣をそれぞれ片手で持ったマゼンダだ。壱番隊が削いだ勢いを、この弐番隊で完全に止める。そして、正面の勢いを止められれば、後ろからの勢いを止められない以上魔物たちは緩やかに両脇へと流れていく。
『「新撰組、参番遊撃隊雪! 右翼から回り込んで魔物たちの横っ腹を突け! 新撰組、四番弟子隊トォル! そっちは左翼からだ!」』
『「ん……余裕。いくよ」』
「おめぇら、雪さんに遅れるなぁ!」
「陽、四番に伝令頼む」
「了解、兄様。その流れで霞ちゃんと一緒に、桜ねぇに合流するね。伝令用には代わりの影番隊が来てるから」
「わかった。ふたりとも無茶するな」
「うん! じゃあ、行ってくる」
参番隊は足の速い者を集めた遊撃部隊とした。その機動力を活かして、瞬く間に魔物たちの横へと回り込んでいく。四番弟子隊はトォルを筆頭に新撰組の誰かが指導をしたことがある冒険者たちを集めた。この隊だけは刀娘が配置されていないため、連絡の遅れや火力不足の可能性があり危険が大きい。だからこそ、俺たちの指導を卒業している実力者のみを集めた。他の隊に比べて跳びぬけたものはないが、どの隊よりも堅実に立ち回るはずだ。
『左翼を厚く、各所助力』
「わかった」
椿の言葉に従い、俺たちの前に控えている五番隊へ指示を出す。
『「新撰組、五番魔獣隊葵! グリィンと一狼の陸隊を連れて左翼の応援! 空隊のガクシャは上空から戦場を確認。崩れそうなところがあれば適宜介入しろ」』
『「承知いたしましたわ!」』
「任せておケ、ご主人」
『仰せのままに、我が主』
『やれやれ、年寄りはもっと労わるもんじゃぞ』
五番隊は葵を総隊長とした従魔たちの部隊だ。副隊長にグリィンを置き、陸の従魔を一狼が、空の従魔をガクシャが束ねている。今回の戦いにおいては混戦が予想され、魔獣隊は同士討ちの可能性があるので使いにくいけど、訓練中にうちの従魔たちとも関わりがあった弟子隊とだったら連携が取れる。
『前線を押し上げています。本陣ごと二十メートル前進でございます』
「了解」
いま俺の周囲にいるのは、澪と雫の六番魔術隊と、システィナの零番親衛と零番近衛の二隊。魔術隊は混戦では魔法が使いにくいため、前線を抜けてくるような魔物がいたときに活躍予定で、零番隊は俺と六番隊の護衛と他の隊の救護を担っている。そのため零番隊があまり戦場から離れすぎると要治療者がでたときに対処が遅れる。それを防ぐための楓の指示だろう。
新撰組にはあとは桜が作った影番隊があるが、この部隊に関しては完全に指揮を桜に任せてある。戦闘開始と同時に影番隊は姿を消しており、おそらくは魔物たち中にいるであろう指揮官クラスの暗殺を狙っているはずだ。




