朝食
「おはよう、システィナ」
「おはようございます、ご主人さま」
翌朝、刀娘なのになぜか朝に弱い澪と雫をベッドに残したままリビングに降りると十九歳になって、ますます女らしく、柔らかな丸みを増したシスティナが朝食をテーブルに運びながら微笑んでいる。
「朝食は準備にもう少しかかりますけど、お茶を淹れますので先に顔を洗ってきてください」
「了解。ちょっと、温めでよろしく」
「ふふふ、わかってます」
システィナなら朝の俺が飲みたい温度と濃度の緑茶を完璧に淹れてくれるのは、間違いないのでこんなこと伝える必要はないんだが、こういうなんでもない会話にこそ幸せを感じられるもんだ。
「あ、兄様。これから顔を洗うんだよね。はい、これタオル」
「おっ、ありがとう陽。霞はキッチンか?」
「うん、今日は霞ちゃんが主任シェフだからね。僕はお休み」
洗面所へ向かう途中でタオルを持った陽が、太陽のような明るい笑顔で俺の腕に抱きついてくる。聖塔教に捕まっていた時代に十分な栄養が摂れていなかった陽と霞のふたりは、元気になってからも肉付きがあまりよくなかった。でも、この屋敷でシスティナたちが作る栄養満点の食事をお腹いっぱい食べて、侍女として斥候としても、いい運動をする生活をしているうちに正常な状態を思い出したかのように、遅れを取り戻して身長も伸び、体もすっかりと女らしくなった。
「あ、旦那様、そろそろ準備ができるので顔を洗う前に、蛍様たちへ念話でお声がけをお願いします。って陽ちゃん! ずるい!」
キッチンから顔を出した霞が、俺の腕に抱き付いている陽を見て菜箸を持ったまま駆け寄り、反対側の腕に抱き付いてきた。
「ほら、ふたりとも。くっついてたら顔が洗えないから」
「へへ、じゃあ陽が顔を洗ってあげようか。兄様?」
「あ、それなら私も手伝います!」
いやいや、風呂場とかならともかく洗面所で顔を人に洗って貰ったらびしゃびしゃになるから。
健康的な生活で女らしく成長し、周囲の美女集団に女を磨き続けられたふたりがひとりの女として自信を取り戻すのは時間の問題だった。
まあ、俺はふたりが屋敷にきた当初から、ちゃんと可愛い女の子として扱っていたが、ふたりは自分の体が無惨なまでにボロボロだったことに対するトラウマで自分に自信が持てずにいた。そのトラウマを二年かけて乗り越えたとき…………まあ、そういうことになった。裸でモフモフ、最高です。
それからは、今まで我慢していた分を取り返すかのように甘えてくるようになって、いつもこんな感じだ。
「ほらほら、霞はまだ準備があるし、陽も食事がお休みってことはベッドメーキングがあるんだろ。さっと終わらせてみんなでご飯にしよう。いろいろ洗ってもらうのはまたあとでな」
「「はぁい、約束ですよ兄様」旦那様」
『みんな、そろそろ朝食の準備ができるよ。食堂にあつまって』
霞と陽を送り出し、洗面所で顔を洗いながら刀娘たちに思念を送る。
『はぁい、じゃあ一狼。早朝の訓練は終了ね。あとはシフト通りにお願い』
『わかりました』
最初に返事が来たのは桜、朝の桜は俺と同衾していない日は屋敷の警護をする魔物たちの訓練をしていることが多い。最初に仲間になった狼たちも、守護狼に進化してしばらくしてから俺に許可を得たうえで、独自に山に入って野生の魔狼を配下に加えた。いまではそれぞれが数頭ずつの部隊を作っていて、現在では屋敷の各所に守護狼たちを分隊長とする狼小屋が作られ、詰所となっていた。
しかも、この小屋は小さいながらも二階建てで、一階を狼たちの住処。そして二階はフクロウの魔物『森の賢者』 と空を飛べる魔物たちの住処になっている。このフクロウの魔物、例の塔の氾濫を企てた知恵ある魔物たちのアドバイザー的な存在だった魔物なのだが、すでにレアな魔物へと進化していたこの魔物はその名のとおりとても賢く、魔物たちの未来を憂い、暴走する魔物たちを裏から抑制するために文字通り骨身を削っていた。
そして、戦いの中で邂逅した俺たちは、知恵ある魔物たちの戦いに力を貸してもらう代わりに、助けられる魔物は助け、その後も必要があれば助けた魔物たちを新撰組で受け入れるという条件で俺と【友諠】を結んだ。その後、またしても俺の安易な名付でガクシャと名付けられたフクロウと共に、知恵ある魔物たちと戦った。
しかし、ほとんどの魔物たちは降伏することをよしとせず、最後まで戦うことを選択。結局、飛行系魔物のリーダーだったガクシャに従った飛行系の魔物以外は助けることはできなかった。
それでもガクシャたちは俺たちに深い恩を感じたようで、そのままうちの屋敷へと移住してきた。そこでうちの狼たちと連携を取り、地上は防衛隊総隊長一狼の指導のもと狼部隊が、上空は副隊長ガクシャの指導のもと飛行魔物部隊が警戒をするようになった。多分うちの屋敷はこの世界で、もっとも過剰すぎる防衛力を持っている民家だろう。
『わかりましたわ主殿。それではリューラをよろしく頼みますわよ、三狼』
次に返事が来たのは葵。葵も最近はリューラのところに入りびたりだ。リューラというのは一年前くらいに産まれたリュスティラさんとディランさんの子供で可愛らしい男の子だ。どちらかというとリュスティラさん似の顔だちのリューラは色白で女の子のようにとても愛らしい。一見すると、とてもあのごっついディランさんの子供には見えないが、髪と瞳はディランさんと同じで一歳にして強い意志を感じさせる瞳は間違いなくふたりの子供だと思わせる。
いつもは無表情なディランさんも、リューラを抱いているときだけは……おっと、それを茶化すとディランさんが怖いからやめておくか。
それと、ディランさんたちが引っ越してきてから専属で護衛に付けていた三狼はリューラが産まれてからは、リューラの子守を任されることが増えたせいか『守護狼』を経由して更なる進化を遂げ、『騎士狼』になっていた。
ちなみに一狼も更なる進化をできるほどに力をつけているのだが、『白騎士狼』が気に入っているらしく、進化をしようとしない。ライチュ○に進化しようとしないピ○チュウのようなものだろうか? ただいつ必要になってもいいように一狼にはペンダントのように加工したAランク魔石を常に持たせているので、必要だと思ったときに一狼の判断で進化を選択するだろう。
『蛍、ソウジロが呼んでる』
『うむ、ではここまでにしようか。複数属性を付与した属性刀もようやく形になってきたな』
蛍と雪は蛍雪の仲というか、戦闘スタイルが似ていることもあってよくふたりで訓練をしている。気が付くと新しい戦い方や奇抜な魔法を覚えていて、俺との訓練で使ってくるのでいつもひやひやものだ。勿論、俺も欠かさず訓練は続けているが、いまだに刀娘たちの誰にも勝ったことはない。
葵や澪、雫の魔法戦が得意な相手に魔法禁止の縛りプレイをさせて、ぎりぎり互角? ……いまや重結の腕輪の全解放にも耐えられるだけの体になっているにもかかわらず、このありさまはさすがにへこむ。
もし、今の俺がこの世界に来たばかりの蛍と戦えば、もしかしたら勝てる可能性はあったと思う。だが、俺が鍛えて強くなった以上に、刀娘たちは自分たちを鍛えて強くなっていくんだから簡単には追いつけない。結局戦闘系のスキルは覚えなかったし。
顔を洗って食堂に戻ると桜はすでに席に着いていて、外から葵がちょうど帰ってくるところだった。ふたりに軽く手を挙げて挨拶すると俺も自分の席に座る。すると、すぐにメリスティアが俺の前に緑茶を置いてくれる。
「おはようございます、ソウジさん」
「おはよう、メリスティア。お茶ありがとう」
「いえ、淹れたのはシスティナ様ですから」
「いいんだよ、いつも屋敷の中のことを皆と一緒にやってくれていることに対するお礼も込みなんだから」
「ふふ、はい。知ってました」
俺の心からの言葉に、嬉しそうに微笑んだメリスティアは小さく頭を下げるとキッチンへ戻っていく。システィナもメリスティアも三年経って、ようやく侍祭らしさが完全に抜けた。勿論、契約主である俺を最優先に考えてくれるのは今まで通りだけど、ちゃんと自分たちのやりたいことをやりたいと言えるようになったし、俺に対しても反対意見をずばずば言ったり、時には俺のことを他の人に任せてふたりで出かけたりもする。本来の侍祭ならどれもあり得ない行動だけど、うちではそれが当たり前だ。
システィナ、メリスティア、霞が朝食をどんどんテーブルに運んでいると、訓練を終えた蛍と雪が戻ってくる。どうやら今日は屋敷の外で訓練していたらしい。
ふたりが席に着くと同時にシスティナが自作した日本酒を蛍の前に置く。米もどきを発見してからシスティナが【叡智の書庫】を活用しつつ蛍と協力して作り上げた逸品だ。
「うん、やはりうまいな。この世界の酒も野性味があってうまいが、雑味のない研ぎ澄まされた感のある日本酒はまさに刀に通ずるものがあるからな」
「……私も、もらう」
最近は雪も完全に呑べえの仲間入りだ。恐るべし日本酒。
「桜、グリィンとマゼンダは?」
「また遠乗りじゃない? 反応がずいぶん遠いし」
「本当に野駆けが好きですわね。黒王たちも一緒ですの?」
「たぶんね、グリィンと一緒じゃないかな?」
グリィンスメルダニア、グリィンは相変わらず自由だ。暇さえあればそこらを駆け回っていて、場合によっては二、三日帰らないこともある。まあ、【友諠】を結んでいるからなにかあればわかるし、居場所も新撰組の紋章が刻まれたこのブレスレットがあれば、だいたいわかるから心配はしていない。
このブレスレットはディランさんが作成してくれたもので、交差する二本の刀を背景に咆哮するトライバル柄の狼の横顔が意匠されている。それぞれの口の部分には葵が波長を統一した重魔石が埋め込まれ、その効果をトライバル柄に偽装した魔力回路が増幅しているので、これさえ装備していれば誰がどの方向にどのくらい離れたところにいるかが把握できる優れものだ。
「ならいいか。ちょうど陽も戻ってきたし、システィナたちも席について食べよう」
「「「はい」」」
今日の朝食は焼き魚に、卵焼き、根野菜の煮物に、サラダという和食なメニューだった。俺が和食が好きなこともあり、だいたい朝食は和食が多い。米もどきを見つけるまではパンで朝食と半々くらいだったが、米があるならやっぱり日本の朝食だ。俺の生家ではいつもそうだったし、長年沁みついた習慣なんだろうな。




