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この世の終わり

「お疲れ様 ― ― さん」


 俺は全く感情のこもらない声でそう呟くとなんのためらいもなく右手に持った愛刀をそいつの喉へと突き立てた。


 だがそのまま俺も地面へと倒れこみ動けなくなる。背中が熱い…それなのに身体は寒い。


 これは死ぬな…


 自分でも意外なほどに冷静な判断にちょっと可笑しくなってきて口元を歪めた俺は右手の愛刀を抱え込むとゆっくりと目を閉じる。


 そういやなんでこうなったんだっけ



――――――――――――


 俺…富士宮ふじのみや 総司狼そうじろうの母親は地元では名士と呼ばれる家系の1人娘。俗に言うお嬢様だった。


 そのため母の実家は蔵やちょっとした庭園があるような純和風のそりゃあたいそう御立派な御屋敷だった。


 現当主である祖父は厳格を絵に描いたような人物だったが母や孫である俺には非常に甘かった。だが,一方で父にはことのほか厳しく俺からみても眉をひそめるような仕打ちを年中無休で父にしていた。


 そんな父は俺が中学に上がる頃,母と俺に『疲れた』と一言言い残し家を出た。


 正直よくそこまでもったと思う。


 母が結婚してからも祖父は母がこの屋敷から転居することを許さなかったため父もなし崩し的に屋敷内で同居を余儀なくされていた。


 しかも祖父は結婚後も母の姓を富士宮から変えることを許可しなかった。


 これは母が身籠り,俺が産まれた時も同じで現在進行形で俺も富士宮姓である。かといって父が入り婿して富士宮なのかというとそうではなかった。


 そんな状況でこの広い屋敷の中にいた父の孤独感は想像を絶するものだっただろうことは間違いない。


 何度か父から母と俺にこの屋敷を出ようという話が持ち上がっていたが,悪意のない空間で蝶よ花よと育てられていた母には父の『このままではうちの家族は駄目になる』という言葉の意味が理解出来なかったらしく実行に移されることはなかった。


 まあ仮に実行されていたとしても1週間もたたずに連れ戻されていたような気もする。


 父は俺だけでもこの屋敷から連れ出したいという思惑があったようだが俺はそれを拒否した。


 別に父が嫌いだとか貧乏になるのが嫌だとかではない。俺にはこの屋敷を出て行きたくない事情があった。


 そんな訳だったので父が家を出て行ったこと自体はわりとどうでもよかった。


 むしろこの屋敷を出ることで父が解放されるのであれば父のためにもその方が良いと思っていたくらいである。


 父が出て行くという事件はあったが祖父の家で暮らす生活はなんの不自由もなく正直恵まれた生活環境だったと言える。


 だが俺にとっては金銭的な生活環境より何よりこの祖父の屋敷や蔵に保管されていたある物が重要だった。


 俺が父と共にここを出るのを嫌がった理由がそれだった。


 富士宮家という古い家柄と祖父や曾祖父の趣味が結実した骨董蒐集癖。その中の一つである『刀』という物に俺は魅せられていたのだ。


 祖父の蔵の中にはガラスのショーケースの中に何本もの日本刀が飾られていて古今の名刀が揃っていたのである。


 俺は暇さえあれば蔵の中で日本刀を眺めているような子供だった。


 そしてとうとう父が出て行った後,中学の入学祝いに祖父から一本の刀を譲ってもらうことになった。


 それまで何度頼んでも駄目だったのだが,ぶっちゃけ祖父にも父を追い出したという負い目があったのだろう父の出奔と有名私立中学への入学祝いという2つをたてにして一本の刀を俺の管理下におくことを承諾させたのである。


 もちろん屋敷外への持ち出しは厳禁で何かに斬りつけることも禁止。


 認められていたのは刀の手入れをすることと庭での素振りだけだった。しかも間違っても人を傷つけたりしないように誰かが起きだす前の早朝限定である。


 この屋敷には当たり前のように家政婦的な者が住み込んでいるので家政婦達が起きだす前となると早朝6時でも遅い。


 俺が心おきなく刀を振るためには大体4時起きということになり,それから家政婦達が活動開始するまでの約2時間飽きることなく刀を振り続けるのが日課だった。


 祖父からもらった日本刀は刀身が3尺3寸4分5厘(約100.35cm)という大太刀で中学に入ったばかりの俺には重い上に扱いにくい代物だったが暇さえあれば手に取り手入れをし,寝る時も必ず手の届く範囲に刀を置き,早朝の素振りを続けて約3年。この刀は今や自分の手足の延長のように扱えるまでになっていた。


 そして今日を迎えた。


 最初に気づいたのは警備担当の黒服達だったはず。おそらく蔵に設置されていた防犯システムが反応したのだろう。


 そして日頃の訓練通り夜間警備の黒服3名のうち1人が祖父に報告に走り,残りの2名が蔵へと駆け付けたはずだ。


 おそらくそこで見つけたのが蔵の中を大胆に漁る覆面を被った強盗達(結局何人いたのかはわからなかったが)。


 防犯システムが作動した段階で警備会社や警察へ連絡が行っているはずだが、こういう時の為に雇われている黒服達はすぐさま特殊警棒を抜き放ち制圧に走ったはずである。


 しかし強盗達はこれだけの大胆な犯行を行うに際してそれなりに準備をしてきていた。


 強盗のうちの1人が黒服達が駆けつけてくるのを見るや否や蔵から飛び出し懐から黒光りする物を取り出した。


「気をつけろ!銃を持ってるぞ!」

 

 俺が飛び起きて刀を握り廊下へと続く障子を開けたのはその声を聞いたからである。


 黒服達の切迫したその声を疑うという選択肢も,危険だから逃げる,隠れるという選択肢も何故か全く浮かばなかった。


 そして障子を開けた瞬間,黒服のうちの1人の頭が爆ぜた。


 発射音は大きくない。おそらくサイレンサーをつけているのだろう。


 そんなことを考えている間に更にもう一人の黒服も一瞬前かがみになった後,弾かれるようにのけぞりその勢いのまま倒れこんで二度と起き上がらなかった。おそらく腹部に一発受けた後,胸部に2発目をもらったのだろう。


「ええい!一体何事だ!」


 祖父が最後の黒服をひきつれて庭へと出てくる。


「な…なんだこれは…まさか死んでいるのか?」


 祖父はそこで初めて庭に転がる黒服の死体に気がついたのだろう。だが死んでいるのかどうかなんて一目瞭然。わざわざ口に出して確認するまでもない。


 …人間は頭を半分吹き飛ばされたら生きてはいられない。


「大旦那様!危険です!お下がりください」


 黒服が祖父をかばうように間に立ち祖父を遠ざけようとする。


 だが銃を持った覆面の強盗はかなり銃の扱いに長けているのだろう黒服に隠されているはずの祖父に対して正確な射撃を見せ祖父の肩を打ち抜いた。


「ぐぁ!」

「大旦那さま!」


 肩を押さえてうずくまった祖父を心配した黒服が祖父を運び出そうと強盗に背を向けてしゃがみこむ。


 その背中に強盗はなんのためらいもなく銃口を向け…


 このときには俺は既に走り出していた。俺の部屋は銃を持った強盗の斜め後ろに位置し黒服を警戒していた強盗は後方に注意を払ってはいない。


 黒服の背中に鮮血の花が咲く,しかも2輪。


 自分たちの脅威となりうる相手を確実に仕留めに来ているということだろう。かなり荒事に精通しているうえにこちらの戦力をしっかりと調べてきているらしい。


 ならば我が家の警備が3名であることも当然調査済みのはずであり,その3名を無効化したことでわずかな気の緩みがあるはず。


 俺はそう考えなんの躊躇もなく一直線に銃を持った強盗の下へと走った。


 そして遅まきながら俺に気づいた強盗がこちらに銃を向けようとしているのを冷静に視界に捉えつつ条件反射的に刀を振るっていた。


 ぼと


 握っていた銃の重さに引きずられるように強盗の右手首が地面に落ちた。



 結局,俺はこの現代に暮らす日本人の枠組みには相容れない人間だったのだろうと思う。


 それは別に日本人離れした偉業を達成するとか,特別な力があるとか,悪いことを平気で出来るとかそういうことじゃない。


 人としての能力値は至って平凡なものであったし,人付き合いだって苦手じゃない。もちろん善悪の区別だってきちんと出来る。


 意味もなく壊したり,盗んだり,犯したり,騙したり,殺したりなんかしない。


 こう言うと「意味があればやる」のかと誤解されそうだけどもちろんそんなことはない。大多数の日本人と同じようなモラルは当然ある。犯罪をしてはいけないことなんて当たり前のことだししたいとも思わない。


 じゃあ何が相容れないのか…


 俺がどうしても周囲の人間達の倫理観についていけないと思ったのは1つだけ。

 

 それは悪人に対する考え方である。どこからが悪人なのかという線引きは多分に俺自身の匙加減で確たる基準があるわけではないのでともすれば独善的になりそうだが…


 俺は金銭目当てで人を殺したり,騙して搾取し人の人生をぶち壊したり,下半身の欲望に負け女性をレイプしたりするようないわゆる凶悪犯的な生き物を人として認識できない。


 そう言う人達にも人権があると声高に叫ぶ団体の言っている意味が全く理解できない。


 例えば今,目の前で手首を押えながらうずくまり怯えた目でこちらを見上げる覆面の男を見てもなんの感情も湧き上がってこない。


 無理やりこの気持ちを何かに例えるなら人間の血を吸う蚊をなんの躊躇もなく叩き潰すときのような気持ち…だろうか。


 だから,俺は覆面の男を冷めた眼で見下ろしながらなんのためらいもなく右手に持った刀を相手の首めがけて一閃した。


ごとん


 想像以上に鈍い音がするものだなと脳内で冷静に考えながら直後に噴き出してきた血を避けるために数歩下がる。


 とす


 その瞬間,腰の上あたりに冷たい物が入ってくる感触と同時に押された感触があり前に押し出される。


 なんだ危ないなぁ,さっきのモノから噴き出ていた液体が収まりかけていて良かった。危うく服を汚してしまうところだった。


 安堵のため息を吐きながら衝撃の正体を確認すべく首を回して背後を見ると俺の背中に小太刀が刺さっていた。


 なるほど先に蔵に侵入していたやつが蔵に入っていた祖父のコレクションを持ち出したのか。


 自分を刺した小太刀を確認して今度はそれを刺した人物へと目を向ける。

 

 そいつは俺を刺してしまったことに怖れ戦き腰を抜かして座り込んでいた。


 その覆面から除く怯えた眼を見て俺は全てを理解してしまった。


 あぁ…なるほど。そういうことだったのか。


 妙に納得した俺は今度は異常に熱く感じてきた背中をわずらわしく思いながらゆっくりと体の向きを変え,腰を抜かしたままの男の前へと移動する。


 かくかくと膝が抜けそうになるのが苛立たしいがまああと少しは保つだろう。


 男はなにやら訴えかけるように俺に向かって叫び続けているが俺には既にそれの言葉が人間の言葉に聞こえないため返事をすることはできない。


 ただ,悪人という虫けらに理解できるかどうかはわからないが最後に一言だけ言葉をかけることにする。


「お疲れ様,父さん」


 俺は遠のく意識の中でも刃筋を乱すことなくかつて父であったモノの喉元へ…


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