十五年越しの終止符
「好きな人が、いるんだ」
照れながらそう打ち明けたその男の顔を、私はこれでもかというぐらい冷徹な眼差しで見ていた。
季節は冬。師走という文字をそのまま表すかのように年末年始に向けて慌ただしく右往左往する社会人を傍目に、テストが終わった学生という身分の私は冬休みという名目でそこそこ有意義な時間を過ごしていた。
さて今日はどんなゲームをしようかなと親に買ってもらったゲーム類が入ったボックスを眺めてしばらく、懐かしさに浸ろうと三世代ぐらい前のハードと古めかしいRPGを手に取ったところで、この目の前の男から呼び出しを食らったというわけだ。
「ふーん、そう」
私とこいつの関係は、いわゆる幼馴染というやつだ。家が近くて、母親同士の仲も良くて。だからこいつとも昔からよく遊んでいた。幼稚園に通っていた頃は毎日のようにゲームやらなにやらで遊んでいたものだったけれど、思春期特有の反抗期というやつもあって年齢が上がっていくにつれて疎遠になっていった。
それでも今もこいつとの縁が続いているのは、単に私の尽力があってこそだ。用事があれば声を掛け、用事がなくても声を掛ける。頻度はそこまで高くはないし、アニメがどうとか漫画がどうとかいう可愛げのない話題だけれど、それでもこの繋がりを消さないように頑張ってきた。……と、いうのも。
十五年。私は、こいつに、片想いをしている。
そんな私の気持ちなんてまるで考えていないかのようなこいつは、本当に何も考えていなかったんだなと思えるセリフをのたまった。
とんでもなく鈍い男だ。なんでもない風を装っている私のじくじくと痛む胸の痛みなど、まるで想像すら出来ていないのだろう。
ずっと隠してきたこの想いは、見破られたらそれはそれで困るのだけれど。
私はこいつほど鈍くはなかったからこいつが誰に恋をしているかなんてすぐ分かったし、その相手が私じゃないことなんてそりゃあもう痛いぐらいに実感している。
「三組の南海さんでしょ。知ってる」
もうこいつの隣には立てないんだなと知って、こいつの想い人がどんな女性なんだろうと思った私は、南海さんに接触した。
動機こそ不純だったけれど、それから南海さんと話すようになって、今では普通に友達として接することができるぐらいにまでなっている。ふわふわと微笑む小動物を彷彿とさせる南海さんは、趣味といえば料理にお菓子作りなどという、漫画とゲームが趣味の私とは正反対の実に可愛らしい性格の持ち主だ。両親が共働きだという彼女のお手製のお弁当を一口もらったときは、こいつじゃなくて私の嫁に来てほしいだなんて考えてしまったほど。
そんな彼女に聞いた、彼女の好きな人は、こいつだ。
私なんていなくたって、こいつは彼女と付き合うことができる。両想いなことは知っているし、こいつの魅力だって、彼女の魅力だって、私には痛いほど理解できてしまっているのだ。
悲しいぐらいに入り込む余地のない関係。このまま何もせずにいたとして、こいつの中の私の存在など泡のように霞んでいくのだ。私は人魚姫のように可愛らしい女の子ではないけれど、現実は現実だ。その悔しさが、瞳から滲み出そうになる。
それでも。
ぐっとこらえて、ずっと前から考えていた言葉を口に出す。
「いいよ、手伝ってあげる」
そう、これは意地だ。
泡になって消えないための。
こいつの人生に、私という存在を刻み込むための。
こいつの隣を歩めなかった私が、ただ一か所にだけ痕をつけることを許されるための。
溢れ出そうになる想いを必死に抑え込んで、私は、十五年の恋心に終止符を打つのだ。
だから。
「ありがとう」
──そんな、綺麗な顔で笑うな。