第二十六話「ウヌス教」
-10月20日 11:22-
現在和人らは十日後に迫る大規模作戦の作戦会議をしていた。
といっても今部屋に居るのは歯車と和人の二人のみ。
残りのメンバーは後から来るとの事だった。
「いいか? 今回の目的地は高知を主軸とし、四国全土が対象だ」
「四国全土……」
初めての大規模作戦に少したじろぐ。
「ああ。大規模な作戦になる、びびったか?」
「いや! ――そうですね、少し……」
和人の当然の感情に歯車も気づいていた。
できれば参加してほしくないとも思いながら、和人にも参加命令が出ている現実に歯を食いしばる。
「そこには何が?」
和人はふと気になった事を尋ねる。
和人の質問に眉を潜める歯車。
「汚染地域だ」
「え? 四国ですよ? どうしてそんな事に!?」
「どうしてって、そりゃネビュラのせいだろ」
「ネビュラって……汚染するような種は――」
いないと言いかけた所で自分の過去の経験を思い出す。
ついこの前も自分は虫型という新種に遭遇したばかりじゃないかと。
喉まで出かかった言葉飲む。
「いないとは言い切れないよな?」
「はい……」
歯車は座っていた椅子に改めて深く腰掛ける。
「まあ、今回の任務は汚染の原因が何かを調べるのが目的だ、大規模作戦だし直ぐに終わるとはいかないかもしれないが難易度としては最低ランクって所だな」
ふう……と軽くため息を吐く歯車。
簡単な任務との説明の割に、その表情は浮かばない。
その様子を和人は敏感に察する。
「何かあるんですね?」
「ああ」
歯車もまた素直に話す。
「どうもこの一件きな臭いんだ」
「きな臭い? どういう?」
和人は前のめりになって聞き出す。
「そこら辺は俺達から話すよ」
外側から声が漏れていたのだろう、言葉とほぼ同時に扉が開く。
「中島さん、皆!」
開いた扉の先には中島を始めとし、三鶴城と新入隊員の秋月と比嘉の4人が居た。
「おう、調べはついたか?」
歯車が元気よく右手を上げ4人を迎え入れる。
「五割って所ですね」
「五割か、まあそんなもんだな」
和人にとって理解出来ない会話が飛び交う。
「あの、なんの話です?」
「言ったろ? きな臭いって」
歯車がめんどくさそうに言う。
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「二つの動き?」
「そう、貴方を守ろうとする動きと危険に晒そうとする動き」
三鶴城が言う。
守ろうとしているのは恐らく和人の父親であるメディアの最高司令官。
だが、危険に晒そうとしているのは?
和人の顔が曇る。
「そもそも俺がきな臭いと思ったのは秋月と比嘉の二人から話を聞いたからだ」
歯車の言葉で和人は二人の方を見る。
歯車もアイコンタクトで二人に説明を促す。
「えっと、私が意識を失っている先輩に会う前にあの担当医の先生が、先輩にこう……手をかざしてた? 兎に角怪しい動きをしていたんです」
秋月がたどたどしく説明する。
「んで俺が後から入ってきて不注意でその担当医の先生とぶつかったんです」
比嘉も続けて説明する。
「まあそれがどうしたって感じなんですけど、右手……和人さんにかざしてた方の手に変な紋章? マークが入った布見たいな物を握ってたんですよね」
「変な紋章が入った布……」
「その時比嘉が見た記憶から作った紋章がこれだ」
歯車が取り出したメモには布に描かれていたであろう紋章が書き写されていた。
中心に十字架が一つ、その十字架の斜めの四つのスペースにそれぞれ、火・水・風・雷と取れる模様が描かれていた。
「なんかの宗教ですかね?」
不思議そうにメモを見て和人が呟く。
一方歯車は怪訝そうに自身が取り出したメモを眺めていた。
「これは『ウヌス教』っていう宗教の紋章だ」
「宗教? ってキリストとかの奴ですか? うぬす? というの聞いたことが無いんですけど」
より一層不思議がる和人に対して、歯車の顔を更に険しくなる。
「知らないのも無理はない、というのもこの宗教が出来たのは十数年前と言われている」
「えっ宗教にしてはかなり最近じゃないですか!」
「そうだ、どうやらこの世界に『魔法』って概念が出来た辺りから生まれたみたいだ」
ウヌス教、そして魔法。
この二つの言葉と共に歯車の表情が次第に曇っていく。
和人は何となく厄介な事になっているのに気づいていた。
「この宗教な、独自の言語があるんだが、その言語がかなり気味が悪くてなあ」
「はあ……?」
比嘉を横目に見ながら話す歯車の言葉に間抜けな声を出す。
和人はいまいちどういうものかわからずいた。
「実際に見せるのが早いだろう、なあ比嘉?」
歯車に促されるまま比嘉は持っていた鞄から一冊の分厚い本を出す。
そのまま、その本は?と和人が言い出す前に説明を始める。
「この本はウヌス教の入信の時に貰える、所謂ウヌス語が書かれた本です」
言いながら比嘉は開いたページを和人に見せる。
そのページには日本語で言う所の五十音が書かれていた。
造形が日本語とはかけ離れており、世界中のどの国の文字にも似つかないウヌス教独自の文字だった。
「んで、次のページが文字の組み合わせ、言葉ですね。それが書かれています」
「おいおい、言葉ってこの先から全部か!? 辞書並にあるぞ?」
「いや、全部読めなんて言いませんよ、ここだけ見て下さい」
嫌だなあと言う気持ちを全く隠さずに、和人は渋々比嘉が指差す箇所を見る。
日本人に配る用なのだろう、そこにはご丁寧に主語と書かれていた。
「主語? ええと『神:ウヌス』――」
初めからいかにも宗教臭いなと感じながら読み進める。
述語――。
そのまま言葉が羅列されていく。
「ん? 主語が神で終わってるというか神以外無いんだけど?」
和人が異変に気づき始める。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいこれ可笑しくないですよね? 主語が神しかないんですけど?」
焦る和人、比嘉は勿論この場にいる全員が通った道なのだろう、和人の様子は想定通りといった所の様だ。
「そうだ、ウヌス教の言語は主語に神しか無い。神の為にのみ作られた言語なんだ」
「いやいやいや! 神だけって会話が成り立たないじゃないですか!」
だんだんとウヌス教の君悪さが見えてくる。
出来た理由も目的もわからないまま、ただ君悪さだけが和人を襲う。
気づけば持っていたウヌス教の本を落としてしまっていた。
比嘉は和人のリアクションや様子を納得した様にそれを拾った。
「どこでそんなもん手に入れたんだよ」
少し震えた声で和人が問いかける。
比嘉は拾い上げた本を眺めながら答えた。
「両親がウヌス教の信者なんです」
「えっ……?」
比嘉は淡々と説明を続ける。
丁度和人の父、神崎秀明が魔法という概念を生み出した辺りの事だ。
当時は魔法が生まれたばかりとあって、魔法のコントロールが上手く行っていなかった。
もしコントロールが上手く行けば、警察や交通機関などの人々への安全面を考慮した導入が予定されていた。
そんな最中、比嘉の母と妹が買い物に出かけていた時、通り魔が二人に目掛けナイフを構えながら襲い掛かってきた。
偶々であり、ただの偶然だと片づけるのは簡単だが、当の被害者本人からしてみるとそんな一言で済まされるなんてとんでもない。
比嘉の母もまたそんな気持ちで娘を抱きかかえ、ナイフを体で受けようと身構えていた。
その時だった。
「通り魔がナイフを母さんに目掛け振り下ろそうとした時です。横から大きな風が吹いたんです」
「風? 偶々だろう?」
「いえ、それが魔法だったんです」
神妙に話す比嘉は更に続ける。
その風を操る魔法を使う男に助けられたこと。
その男がウヌス教の幹部の一人だという事。
その事件以来母は熱狂的では無いにせよ、ウヌス教の信者となった事。
そこから入信と会って少しだけ比嘉自身の生活も変わった事など、これまでの比嘉の人生の歩みを丁寧に説明していく。
その間和人は茶化す事などもせず、真剣に聞いていた――。




