第二十四話「動き出す出来事」
-8月15日 10:00-
「約半年前に殺人の容疑で東京留置所に収容されていた、身分の判明していない男性、通称『アンノウン』と呼ばれる人物が脱獄してから今日で四か月が経ちました。未だにアンノウンの行方は全くつかめておらず、警視庁は東京は勿論付近の都道府県にも注意を促しています」
テレビのニュースキャスターが原稿を読み上げる。
キャスター横のワイプに移っているアンノウンと呼ばれる男の顔写真が張り出されている。
髪色は金髪で、日本人離れした顔立ちは外国人だと容易に想像できる。
「この~アンノウンだっけ? 大層な言い方をされてるけどね、言い方は悪いんだけどさ、殺したっても一人な訳でしょ? 身分が分からないからってそんな大げさに言うかね~」
テレビの画面ではお堅い雰囲気の報道番組にも関わらず、アロハシャツにサングラスをかけた態度の悪い中年の男が悪態を付いていた。
「ちょっ、柏木さん! 言い方!」
慌てて隣のスーツ姿の男が宥める。
「いや、だってさあ、世間では今ネビュラの方が脅威でしょ? あいつらの方が一人で何人も殺してるでしょ、そんな中で人間一人にどうのこうのって――」
「はっ、言いたい放題だな」
悪態を続ける柏木に歯車は同じく悪態を付く。
「でもこのアンノウンって奴は気になりますよね?」
和人が歯車に問いかける。
「まあな、四か月前って事は丁度俺達が地下通路に居た頃だな」
「まさかとは思いますけど、何か関係があるんですかね?」
「はは、まさか……」
歯車と和人が談笑を続けていると病室の扉が開く。
「お、起きてたのか和人! 隊長も!」
「おう、中島。そっちこそ調子はいいのか?」
「え、何かあったんですか?」
「ちょっと熱がね、まあ微熱だったし一日寝たら直ったから大丈夫だよ」
「そうですか?」
少し開けていた窓から、もう夏本番となった、熱い風が入り込んできた。
「本格的に夏だな……」
「そうですね」
しみじみと季節の変わり目を感じる。
「なんで窓開けてんの?」
「エアコン……壊れてるんですって」
中島が質問し和人が答える。
「そっか……地獄だな」
顔に汗を浮かべながら中島が呟く。
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-8月20日 14:21-
「歩くのは問題ないですか?」
「はい」
和人は担当医付添いの元リハビリに励んでいた。
「人間の身体って四カ月眠ってただけでもこんなに衰弱するんですね」
「そう……ですね、でも四か月も長いですよ」
「まあそうですよね」
両足に相当なダメージを受けていた和人は、担当医に支えられながらとはいえ歩けるにまで回復していた。
普通に考えればもう歩けないだろうと判断されるレベルのダメージを負いながら、常人では考えられない回復スピードなのはデルタの力か、それとも和人自身の力なのか……?
担当医は計り知れないでいた。
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-8月22日 10:00-
「そう言えば紹介してなかったな」
「はい?」
朝の検診の時間、歯車が言う。
和人が何の事かと聞く前に病室に二人の男女が入ってくる。
男の方は金髪で耳に大きめのピアスをしていて、一目見て『チャラい』というのが良くわかる風貌だった。
女の方は黒髪で平均身長より少し小さい。年半ば15~16に見え、少し幼い印象を受ける。
「その二人は?」
和人の当然の疑問に歯車は笑顔で答える。
「この二人は新しい部隊のメンバーだ!」
「え?」
部屋の暑さからか突然の出来事からか和人の頬に汗が流れる。
「いやいや、待って下さいよ! この時期にですか!?」
「いやあ、俺も驚いたんだがなあ最近の本部の事情も変わって来てな? いろいろ部隊の編成の関係で解体が多くてなあ」
「本部の事情って? 何かあったんですか?」
一瞬の静寂。
つい口からぽろっと出た自身の言葉に歯車はしまったという表情をする。
「何かあったんですね?」
その表情で疑問は確信に変わる。
「あ、いや――」
「素直に話しましょうよ」
「どうせいずればれますしね」
あたふたする歯車の後ろから再び男女が病室に入ってくる。
三鶴城と中島だ。
「おはようございます、で、いずればれるってなんですか? 何があったんですか?」
「そう焦るなよ、ちゃんと説明するから」
そう言って中島が和人が眠っていた間の『謎の二人による本部襲撃事件』について説明する。
「それで結局本部は半壊、今は大阪に仮拠点が出来たって話だな」
「大阪に……ここはどこですか?」
「東京だよ」
「なんでですか! 今すぐ大阪に行かないと!」
「おい! 落ち着けって! 今行ってどうするんだよ!」
本部の場所がわかった瞬間焦りだし、ベッドから転げ落ちそうになった所を中島に抱えられる。
何時かと同じ光景を思い出しデジャヴを感じた和人は不意に笑う。
その一連の様子を見ていた歯車は少し不安そうな顔を浮かべ、直ぐに元に戻す。
歯車の様子に誰も気づくことは無く、部屋の外から騒ぎを聞きつけた和人の担当医が駆け足でやって来る。
「何をやっているんですか!?」
「いや――」
「言い訳はいいです! 兎に角一度病室から出て下さい!」
『病院では静かに!』と言う立場である筈の人間が声を荒げる。
その迫力に圧倒され次々に部屋を出る面々。
歯車は心配そうに和人を眺めている。
「貴方もですよ!」
担当医に急かされ歯車も病室を出ていく。
歯車は最後まで不安げな眼差しで和人を見ていた。
「そんなに怒らなくても……俺なら大丈夫ですよ?」
「大丈夫な訳が無いでしょう! 貴方はずっと昏睡状態で!」
言いかけて止める。
「四か月ってそんなに長いんですか?」
和人はじっと担当医を眺める。
「いえ……ですが短くもないです」
少し冷静になった担当医はゆっくりと続ける。
和人の身体の内部は驚異的に回復していると言っても、まともに歩く事すらできない程度にはボロボロで、常人ならそもそも目を覚ます可能性すら数パーセント程度しかない事。
それはデルタの力なのか、和人自身の力なのか?
兎に角今和人が起きたというのは奇跡的な出来事だと言う。
「あの! そう言えばデルタは?」
担当医は再び焦る。
何か言えない事でもあるのか、そもそも何故担当医からデルタの名が出てきたのか。
「デルタ君に関しては歯車さんからです。今は別の人間と行動を共にしている筈です」
「えっ?」
「デルタ君は現在『愚連隊』という部隊に所属している人間のオルギアとなっています」
担当医から聞かされた事実は和人を混乱と困惑の渦に陥れた。




