第二十三話「計画」
-5月23日 16:04-
「全部予定どうり?」
女が問いかける。
「まさか」
男はそれにあっけらかんと答える。
「そう? だいぶうまくいっているみたいだけど」
女は崖下の戦場を見て尋ねる。
「いや、本来ならもっと被害は出ていた筈だ」
男は女が見ている場所と同じ場所を見る。
戦場の中心には煙の上がった大きな縦長の建物があった。
建物の中から、外から怒号が飛び交い戦場は激しさを増していた。
戦火は二つ。
一つは建物の中、この場所が戦場になった理由である黄色い鳥が突っ込んだ場所。
もう一つは建物の外。黄色い鳥から数分遅れてやってきた白い騎士を中心に兵士達が群がっている。
「うーん、うまくいっているように見えるけど?」
女は再度問う。
「いや、ダメだな」
男がそう言った瞬間、建物から黄色い鳥が飛び出してくる。
いや、何者かに追い出されたのだ。
「亞月……」
男の目線の先にはメディア戦闘部隊総隊長の亜月が佇んでいた。
男のつぶやきが聞こえたのか、亜月もまた男のことを睨んでいた。
「兄貴!!」
目線は亞月に釘付けになっている男の後ろから、突然大声が聞こえる。
「お前……」
「知り合い?」
亞月とのにらみ合い、しいては男の作戦の最中での突然の来訪者に思わず顔を顰める男。
「直人」
新庄直人は自身の兄、新庄智也も元へ現れていた。
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-5月23日 16:10-
新庄智也は焦っていた。
亞月は確実にこちらの動きに気づいている。
一秒でも亞月を視界から外したくは無かったが、その希望を弟である直人が打ち砕く。
「直人、何故お前がここに居る?」
「それよりも先にあのアタッシュケースの事を説明しろ!」
怒りを露わにした直人が叫ぶ。
「っ!? うるせえな、今お前に構っている暇はねえんだよ……」
「ふざけるな!」
二人の会話は平行線をたどる。
「あっ二人目……」
智也の傍にいた女が呟く。
同時にまばゆい光が辺り一面を飲み込む。
「兄貴!」
「第七の門」
「うおっ!?」
「大人しくしていろ」
智也が何かを呟くとたちまち直人の体が動かなくなる。
「兄貴! 何を!?」
「大人しくしていろと言ってんだろ!!」
大声を張り上げる智也に怯む直人。
「ちょっと兄弟喧嘩は別のところでやってよ」
「うるさい、わかっている」
智也はため息をつきながら再び視線を亜月の方へ戻す。
「いないっ……!」
既にその場から姿を消していた亜月を探すが見当たらない。
「あら……めんどくさいのも来たわね、じゃあ私はこれで」
そう言う女の背後から扉が現れる。
何食わぬ顔でその扉へと入る女は、一瞬直人の方に目を移してすぐに前に向き直す。
直人も一瞬の視線に気づくが何も出来ない。
「兄貴! お前今何をやってるんだよ! 何年も戻ってこないで……あの時もそうだ!」
直人は卒業と同時に突然連絡してきた事、謎のアタッシュケースの事を聞きたかった。
「あのケースの中身はなんだったんだよ、あれのせいで俺……っ!」
「誰からこの場所のことを聞いた」
「質問してるのは俺の方だろ!」
「黙れ!」
鬼の形相で弟を睨みつける兄に、今までにない恐怖を感じる。
「お陰で計画は破綻だ、死ね!」
懐から取り出した銃で直人を撃とうとする。
直人も焦って動こうとするも、先程の智也のつぶやき以降動く事ができていない。
「本気かよ!」
「ああ、本気だよ!」
冷や汗をかく直人に対して怒り顔で睨む智也。
ゆっくりと引き金を引く。
(兄貴は本気だ……)
死を覚悟した直人は目を閉じる。
「じゃあな愚弟!」
怒号が飛び交う戦場の端っこで、誰も気づくことなく一つの銃声が響いた。
「……?」
確かに銃声は響いた。
だが撃たれた筈の直人自身に痛みは無い。
「貴方、諦めだけは早いのね」
直人の前に黒いパーカの女が現れていた。
フードを深くかぶりその顔は見えない。
「誰……?」
「え? あいつから話を聞いて無いの? もう、言っとけって言ったのに――」
マイペースに話す女に向けもう一度智也が銃弾を撃ち込む。
銃弾は高速で女目掛け進むが身体に当たる寸前で真っ二つに割れ、左右に飛び散る。
「焦らないでよ、今話してるじゃない? 貴方の相手はちゃんとしてあげるわ」
直人とは反対に乱入者に微塵の動揺を出さなかった智也が動揺した。
「どんな手品だ?」
「手品? ただ切っただけよ」
そう言う女の右手には確かに細身の剣が握られていた。
「馬鹿言え、んな芸当ができる訳が――」
「できるから私が生きているんじゃない?」
智也に割り込む形で女が言う。
「第七の――」
軽く眉を顰めた智也が直人にやったのと同じように瞬時に呪文を呟く。
「遅い!」
しかし、女の高速の動きで智也は『第七の門』という短い呪文すら言う間もなく、女の剣撃で後方に吹き飛ぶ。
だがこれが良くなかった。
「っ! 馬鹿力がっ! 第六の門!」
智也がそう呟いた瞬間直人と女の居る地点が大爆発を起こした。
しかし智也も上空数十メートルから落下する事になり、着地に失敗し無防備の状態で地面に身体を打ち付ける。
「くそが……」
だが智也は何事も無かったかのように立ち上がり、ぼやきながら森林の方目掛け歩き始める。
表情は暗く、イラつきを露わにしながら地面に八つ当たりするように蹴りつけるように歩いていた。
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-5月23日 18:35-
「――お ――な……と なお――!」
誰かが呼んでいる声がする。
「直人! しっかりして直人!」
「あっ……」
だんだんと意識がハッキリしてきた直人は身体の痛みを感じながら声のする方を向く。
「大丈夫!?」
見ると先ほどのフードの女が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「あんたそんな顔してたんだな」
「ふふっ、その軽口ができるようなら大丈夫ね」
安心したのか笑顔を見せる女。
「ここは?」
「メディアの本部から少し離れた所ね、あの後も大変だったんだから」
「へえ……それで兄貴は?」
「残念ながらあの一撃に手ごたえは感じられなかった、恐らくは……」
兄貴はまだ生きている。
その事実がうれしいのか怖いのかよくわからなくなる。
何故あの荷物を俺に?何故俺は銃を向けられた?それにあの能力は……?
兄貴に合えば何かわかるかも知れない。
そう考えたからこそ『彼に協力すると決めた』のに。
「そうだ! あんたあの人の知り合いか?」
「あの人? ああ、ルノンの事ね。貴方と同じよ、私もルノンに助けられたの」
「え!?」
「貴方のお兄さん、様子が可笑しかったでしょ? 多分もう人間じゃ無い……」
「はっ!?」
こいつは何を言っているんだ?
そう直人は感じた。
「驚くのも無理は無いわね、でもルノンから聞いてない? 人間じゃないのに人間の姿をした化け物」
「トゥルーパー……」
「そう、人間を元に作られる思念体。私自身も体験するまで信じられなかったけどね」
「体験って!?」
つまりこの女のトゥルーパーがいるという事になる。
「私のトゥルーパーは今も何食わぬ顔で人間達の中私自身としてに紛れ込んでいる」
「ちょっ、待ってくれ! どういう事なんだ!」
混乱する直人。
トゥルーパーという存在についてはルノンから聞かされていたが、直人自身半信半疑で聞いていたため、今フードの女が話している内容が到底信じられない。
「気持ちはわかるわ、私も自分で体験してなかったら彼の話なんて信用してなかったし。それに貴方は知らないでしょうけどある意味彼も有名人なのよ?」
「そう……なのか?」
「ええ、まあ、信用するに値する相手とだけ言っておくわ。じゃないと私も助けに来なかった訳だし」
「まあ……確かに」
少し落ち着いた直人は、ふと疑問に思った事を口に出す。
「なああんた、自分の偽物って言ってたよな? トゥルーパーがいるって」
「ええ、それが?」
「倒さないのか?」
「……」
直人の質問に苦い表情をする。
直人の言いたい事は分かる。寧ろ当然の考えだ。
「それは――出来ない」
重苦しい空気が漂う。
その一言で、自体は直人が考えているほど簡単では無いのだと悟る。
「そっか」
質問した事を後悔しながらそっけなく返す。
助けてくれたお礼に何か協力したかったのだが、その思いが逆に嫌な思いをさせてしまっている事に気づき居た堪れなくなる。
「何時か俺にも何かで出来るか?」
直人は心の中の考えを正直に言った。
フードの女は少し驚いた表情を見せたが、すぐにこう言った。
「ええ、勿論」




