第二話「最後の教室で」
和人は全力で走っている。
その和人の後ろから和人に追いつき、話しかけてきた人物がいる。
「よう、和人! 珍しいな寝坊か?」
「ああ、そうだよ! そっちはいつも通りだな直斗!」
陽気に話しかけて来た直斗は遅刻常習犯で、毎日遅刻している。
そんな彼の迷言は『ルールなんて破る為のものだ』というもの、その言葉通りこの三年間毎日欠かさず遅刻していた。
しかし、直斗の成績は毎回上位10位には入っていたのもあって、周りからは何も言われる事は無く……。
和人にとって今重要なのはそんな話では無い。
遅刻常習犯の直斗が隣にいるという事だった。
遅刻するといっても、直斗は毎回5分遅れで教室に入ってくる。
つまり、このままのペースでいくと5分遅刻するという事だ。
和人は更に早く走る。
「そんなに急いでどうしたんだよ!」
直斗が変わらず余裕綽々といった様子で問いかける。
「どうしたって、このままじゃ遅刻すんだろ!?」
「遅刻? なんで?」
「はあ!? 直斗がいるからだろ! いつも遅刻してんじゃねえか!」
和人に話してる余裕は無く、遅刻しまいと走り続ける。
「卒業式になってまで遅刻したくないんだよ!」
「え? 卒業式ならいつもより30分遅れで始まるって昨日よっちゃんが言ってたじゃん」
「え?」
直斗の言葉に思わず足が止まる。
「なんて?」
「いや、だから卒業式はいつもの……お前よっちゃんの話し聞いてなかったな?」
途端ににやけヅラになる直斗。
「ばっ! ちげえよ、ちょっと聞き流してただけだよ!」
「それって聞いて無いのと一緒じゃねえか?」
「うるさい!」
思えばあの厳格な父が遅刻ギリギリに起きても何も言わないどころか、おめでとうとまで言ってきた時に疑問に思うべきだったと和人は悔やむ。
そんな和人を嘲笑うかの様に笑いを堪えながら肩をポンと叩く直斗。
「まあ気にすんなって」
「お前……そのにやけヅラどうにかしてから言えよ!」
何はともあれ、急ぐ必要が無くなった二人は最後の登校を噛み締めながら一歩一歩と進んでいく。
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「おはようございます」
「先生おはよー!」
「おはようございます」
「よっちゃんおはよ!」
「よっちゃんではありません、吉澤先生と言いなさい!」
最後の朝の挨拶か、卒業式だからか和人と直斗の担任、吉澤明は何時ものダボッたい服装とは違い、シュッとしたスーツに身を包んでいた。
「よっちゃんおはよう!」
軽快に担任に挨拶する直斗。
「よっちゃんでは無く吉澤先生と……」
吉澤が直斗を見た瞬間言葉が止まる。
すると吉澤の目が涙が溢れる。
「新庄君……卒業式も、最後まで駄目だと……」
「ちょっ!? よっちゃん? 泣くなよ!」
周りから注目され、焦る直斗は和人に目で助けを求める。
「いや、俺にどうしろと」
和人も困り果てたまま動かない。
「神崎君、すいませんつい……」
「いや、大丈夫っす」
指で涙を拭いながら、二人に教室に入るよう促す。
生返事で従う二人は吉澤を後に教室に向かう。
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3年間クラスが変わる事なく、当然クラスの場所も変わる事が無かった和人は、すっかり通い慣れた道を進む。
3年前に比べると、少し老朽化が進んだ校舎には思い出が沢山あった。
それを思うと目頭が熱くなる。
直斗も直斗なりに通い慣れた校舎との別れを惜しんでいる様だ。
やがて、自分達の教師へたどり着く。
見慣れた教室、そしてこれまた見慣れた自分の机に座る。
そこには見慣れない横幅10cm程の箱が一つ置いてあった。
和人の机だけでは無い、直斗ももちろん、クラスメイト全員の机に同じ大きさの箱が置いてある。
「よう直斗、まさかお前が遅刻しないとはな」
和人の後ろの席に座った直斗がクラスメイトに話しかけられる。
「いやいや、よっちゃんもそうなんだけどさ! お前ら一体俺を何だと思ってる訳!?」
「遅刻魔」
「遅刻常習犯」
「遅刻大魔王」
直斗が不満を漏らすが、クラスメイト達がすぐさまそれを返り討ちにする。
「和人ー」
最後の希望と言わんばかりに直斗は和人に助けを求める。
「残当だろ」
「和人!?」
その最後の希望にも突き放され、正に絶望のどん底といった様子に自然とクラス中から笑いが起こる。
直斗はクラスのムードメーカーで、そんな直斗だからこそ、家庭環境から疎遠にされがちだった和人は仲間外れになる事もなく、クラスに溶け込む事が出来たと感謝していた。
ひとしきり笑いが止んだ後タイミングを見計らった様に学校のチャイムが鳴る。
これまたタイミングを見計らった様に担任の吉澤が教室に入ってくる。
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「さて、皆さんまずは卒業おめでとうございます!」
各々が自分の席に着き、騒めきも収まった頃、いつも通りのゆっくりとした口調で祝福の言葉を送る吉澤。
「皆さんはこの3年間身に染みるほど理解していると思いますが、この学校は普通とは違います。東京都立戦術学校という名のこの学校は日本で、世界で初の『ネビュラ』と戦う術を学ぶ学校です」
先程とは違いピリッとした雰囲気が流れる。
「実際の戦闘を意識した技術・戦闘訓練や、ネビュラに対しての有効な攻撃などを主に学んできましたが、実戦経験はありません。いくら訓練したと言っても実戦では何があるかわかりません、私の右腕もそういった経験不足から失いました」
和人の目線は吉澤の右腕に移る。
「だからこそ、私は教え子である君達を戦地に送る事になる今日が来るのを素直に喜ぶ事は出来ないんです」
校門の時と同様に涙ぐむ吉澤。
「すいませんね、この歳になると涙もろくなってしまって……」
ふう、と一呼吸置いた後吉澤は続ける。
「ですが私の時代とは違い、君達には強力な武器であるオーパーツエネルギーギアがあります」
また和人の目線は吉澤の右腕から机の上の箱に移る。
和人だけでは無く、クラス中の視線が其々の机の上へと移っていた。
それに吉澤も気づいており、話を続ける。
「そう、皆さんの机の上に置いてあるものは今まで授業の中だけで出てきたオーパーツエネルギーギア、通称『オルギア』が入っています。この学校は他とは違い、卒業後、皆戦地に向かいネビュラと戦う事になります、オルギアはその時にきっと貴方達を助けてくれる物になる筈です」
吉澤が教卓に置いていた左手には自然と握りこぶしが出来上がる。
「……決して英雄になろうとしないで下さい」
静かに言う吉澤に対してクラス中の空気が張り詰める。
「一体でも多くのネビュラを倒そうなんて思わないで下さい、一日でも、一時間でも一分でも! ……長く生きてください」
以上ですと言う言葉を最後に吉澤はとうとう涙を堪える事が出来なくなった。
そんな吉澤を茶化すクラスメイトは居なく、吉澤と同じ様に泣き出す生徒も何人か居た。
皆口には出さなかったが、不安なのだ。
この学校を卒業するという事は、これから先一生最前線でネビュラと戦うという事なのだ、不安で無いはずが無い。
クラス中、この三年間ずっと一クラスだけだったこの東京都立戦術学校の第一期生である和人はこの日学校を卒業する。