第十七話「容疑者『新庄直人』」
-5月3日 23:12-
「はあっはあっ!」
なぜこんな事になっているのかわからない。
ただ言われた通りの事をしたまでだ。
雨が降る中、そんな事を考えながらびしょ濡れになるのも構わずに走り続ける。
「いたぞ!」
「くそっ!」
運悪く曲がり角で追手と出くわす。
追手が言葉と同時に手を直人へと伸ばす。
辛うじて反応が間に合い、一歩後ろへと下れたが地面が雨で濡れているからか、焦っていたからか勢い余って尻もちを着く。
結果的にそれのお陰で追っての手から逃れることができたが、地面に倒れ込んでいる間に他の追っ手が追いついてきた。
「もう逃げられないぞ」
その一言が決め手となりその場に項垂れる。
やがて追っ手達の間から左目に傷を持った男が出てくる。
「新庄君……逃げては駄目だろう」
「萩原さん……」
萩原と呼ばれた男は周りに傘を用意するように言う。
その中の一つを直人に渡す。
「もう手遅れかもしれないけど、使いたまえ」
雨でずぶ濡れになっている直人に笑いかける萩原。
相変わらず俯いている直人は受け取ろうとしない。
「連れて行け」
ため息をつきながら周りの部下に命令する。
「いいかい? 私はあれを君がやったとは思っていないんだ。だからこそちゃんとした真実を聞きたいんだ——君の口から」
「——っ」
直人は何かを言いかけてやめた。
それを言っても無駄だから、それを言うのは裏切る事になるから。
萩原もまたその様子を見逃さなかった。
萩原の言葉に嘘はない。しかし、直人自身を疑っている事も事実だ。
萩原は言い方を変えていた、『君一人でやったとは思えない』と言う本心を隠して。
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-5月14日 10:00-
「いや、すまないね。こんな朝から」
「いえ……」
「ふっ、そう言ってもらえると助かるよ」
直人が連れてこられたのはメディア三重支部。
萩原はこの三重支部の隊長だった。
「さてと、前にも言ったが私は君の無実を証明したい。その為には君の協力が必要不可欠だ……わかるね?」
「はい」
直人は促されるままあの日の事を話し出す。
滋賀支部に行った日の事を——。
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直人はある人物から仕事を受けていた。
内容は簡単で、ただ荷物を運ぶだけ。
荷物も量はなく、一つのアタッシュケースだけだった。
送り先は滋賀支部。
簡単に終わる筈の仕事だと思った。
「荷物を運ぶだけ? 中身は?」
「見てません」
「……そもそもその仕事を依頼したのは誰だい?」
「……言いたくありません」
「……まあいい、続けて?」
直人の言動に少しイラつきを表した萩原だったが、いちいち目くじらを立てていても意味ないと続きを言うように促す。
直人もポツリと再び話し始める。
仕事は直人の予想通り、特に問題無く終わった。
何しろアタッシュケースを渡すだけなのだから。
滋賀支部の人間にアタッシュケースを渡し、帰ろうとしたが、隊長から呼び止められお茶をする事になった。
萩原の様子はどうだなどと他愛のない会話をしていた時、誰かの叫び声で事態は急変した。
「荷物の中身が新型のネビュラだったと……」
「はい」
直人が嘘を言っている様子は無い。
その後からは萩原も知っている。
アタッシュケースから大量に出現した虫型ネビュラは滋賀支部を襲い壊滅させる。
壊滅間際に職員の一人が本部へと連絡をする。
それが和人らの隊の緊急出動となると同時に萩原の三重の部隊の出動にも繋がっていた。
萩原が滋賀支部に着いた頃には生き残りは直人と滋賀支部の隊長である木島のみだった。
「そいつの仕業だ!」
萩原を見た瞬間、直人を指差し叫ぶ。
直人は無実を主張するが、アタッシュケースを持ち込んだこと、そのアタッシュケースをからネビュラが出現した事。状況証拠は十分だった。
言い逃れができないと思った直人は気づけば萩原から逃げ出す為に走り始めていた。
「追え!」
萩原が部下に命令しつつ、残りの数名に木島の救助を命令する。
それが和人らが地下通路に入る直前の出来事だった。
「結局目新しい情報は無しか……」
萩原は自分の情報と直人から出た情報を比べて溜息を吐く。
事情聴取をしても進展しない事に業を煮やした萩原がいきなり怒鳴り声を上げる。
「いい加減にしろ! このままだとお前が犯人扱いだぞ!」
突然の怒鳴り声に面食らう直人。
部屋の外で監視していた滋賀支部の職員も何事かと少し顔を覗かせるが、直ぐに自分の職務に戻る。
しかし、萩原が言っている事も理解できた。
それまで口ごもっていた直人も漸く口を開いた。
「——依頼者は俺の兄です」
「……は?」
萩原は開いた口が塞がらない。
それもその筈、直人の兄である『新庄智也』は数年前に行方不明になっていたからだ。
萩原は暫く無言だった。
そもそも萩原は自分の兄の事を知っているのかと問いただそうとする前に萩原が自身と智也との関係性を説明し出す。
「俺達は同期だったんだ」
その後も何があったのかを語る。
お互いに同じチームに配属された事。
ある任務で突如現れた時空の渦に飲み込まれそうになった所を智也が救った事。
話を聞いていく内に家族に知らされなかった兄の失踪の理由を思わぬ形で知る事になった。
そんな事が……と兄の有志に喜んでいいのか複雑な気分だった。
「俺はあいつに恩がある。その恩返しのつもりで今君の話を聞いているんだ……本当にあのアタッシュケースを渡したのはお兄さんだったのかい?」
「はい、間違いありません」
即答で答える。
萩原も嘘だとは思いたくなかった。
智也が生きている!と内心嬉しかったが、同時にあのネビュラを仕向けたのも智也なのかもしれないと、萩原もまた複雑な思いを感じていた。
「わかった」
何かを決心した萩原は一枚のメモ書きを直人に渡す。
メモ書きには『アサルト第23部隊』という文字が書かれていた。
「後これも」
追加で渡されたものは一つの封筒。
宛名には歯車の文字が記入されていた。
「これを持ってこの部隊に合流するんだ」
「え、それって」
萩原が提案した案は軍の違法行為に当たる手段だった。
こうでもしないと直人を守れないと判断したのだった。
直人もまた萩原の配慮に感謝し、お礼を言ってから三重支部を後にする。
部隊に合流しようと足早に進んでいる途中、一人の女に話しかけられる。
黒髪で短髪、ボーイッシュ……という訳ではないが、何処か芯の強い感じがする。
「お兄さんこの辺の人?」
「え……いや違います」
「そっかぁ、じゃあこの辺のことなんか分からんなあ」
「はい、すいません」
「いや、ええねん呼び止めてごめんな?」
そう言って黒髪短髪の女は直人が来た方向へと歩き出す。
「関西弁……」
初めて聞く関西弁を新鮮に感じながらも直人もまた女とは逆方向に歩き出す。
ふっと和人の事が思い浮かぶ。
「何してんだろあいつ」
親友の活躍を願いながら指示された合流地点へと急ぐ。
そして直人が三重支部を出発した数時間後、三重支部は辺り一面火の海と化し、隊長もろとも生き残りはいないとの報告が救助活動を通してメディア本部へと伝わる事になる。




