第十六話「無意味な犠牲」
-4月26日 23:00-
三鶴城と和人が医療班に回収され、応急処置をされた後すぐに東京都内最大の病院にまで運ばれた。
三鶴城は見た目こそ血を流し重症に見えたが、コンクリートや鉄骨の当たり所が少し悪かっただけで怪我自体は軽いと説明を受けた。
しかし、和人の方は見た目通り重傷で、まず両足がまともに機能するかどうかわからないと担当医が告げた。
更に追い打ちをかける様に担当医が言う。
「和人さんは今所謂植物状態です。このまま数か月あるいは数年目を覚まさないかもしれない。もし目を覚ましても以前の様な生活を送れるかどうかの保証はありません」
その言葉を聞いて歯車は怒ればいいのか悲しめばいいのかわからなかった。
ただわかるのは自分の不甲斐無さだけだった。
「部下一人守れないで隊長か……」
歯車から乾いた笑いが零れた。
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-4月28日 9:00-
三鶴城が目を覚ました。
横には、椅子に座り腕を組みながら眠る中島の姿があった。
「健人……?」
うつらうつらと顔を揺らしながら眠る中島を見て笑みがこぼれる。
「涎垂れてる……ふふっ」
ちょっとした平和な日常の一コマ。
その余韻を惜しみながら気合を入れる。
「失敗しちゃったかぁ」
目覚めてすぐにここが病院だとわかっていた。
自分のトラウマから来る悪い癖が出てしまった。
理由はこんな世界ではありきたり、目の前でネビュラによって両親が殺されたのだ。
そんな人間なんて幾らでもいる。だがそんな言葉で片付けてはならない。
本人達からするとそれが相当なトラウマになる事など容易に想像できる。
三鶴城も例外では無く、ネビュラ、特に目の前で両親を殺した刃型歩行種を前にすると怒りで我を失う。
三鶴城がネビュラに対する思いは憎しみのみだ。
「あれもネビュラ……」
後に虫型と名付けられる新型のネビュラ相手にも冷静では無かった。
――あの地下通路の爆発は私のせいだ。
爆発が三鶴城に辿り着く直前、一瞬後ろを向いた三鶴城はその光景を目に焼き付けていた。
誰に言われた訳でも無く、自分のオルギアのせいで爆発したと責任を感じていた。
「肉体の前に精神を鍛えないと――」
己の精神の弱さを悔い改めた三鶴城は密かに歯を食いしばっていた。
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三鶴城が目覚めた時を同じくして、猫又は病院の屋上に居た。
「いい風だね」
春先ではあるが少し生暖かい風が猫又を撫でる。
その風が大丈夫だよと慰めている様な気がして、直ぐにそんなわけないかと笑う。
「何にもしなかったね、僕」
できなかったでは無く、しなかった。
自分でまともにオルギアが操作できないと悟った時、直ぐに使うのをやめた。
三鶴城のオルギアが放つ炎によって、次第に酸素が薄くなっていく状況下で無駄にスタミナを使う事を避けゆっくりとした呼吸法でやり過ごそうとした。
あの時はその判断が一番正しいと思っていた。
現に歯車と中島も猫又と同じ呼吸法であの場をやり過ごそうとしていた。
だが現実はどうだ?実際にどうなった?
最前線の三鶴城は軽傷と言っても、和人は重症だ。
和人にあそこまで負担を掛けたのは、あの時あの瞬間の自分の判断だ。
それがここまでの悲劇を生むとは思いもしなかった。
「僕のせいじゃん」
もちろん誰もそんな事は言っていない。
猫又が自分で自分に言っているのだ。
自分は臆病者だと、お前は何もしなかったと――。
あの時の判断は間違っていない、だが正解でも無かった。
集中出来ない?仲間に当たってしまうから?そんなものは言い訳に過ぎない。
自分で自分を攻める虚しさを感じながら、再び自分を撫でる風に笑顔を向ける事は出来なかった。
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隊長になった時、一番に考えていたのは仲間の安全だった。
歯車の決意は固かったが、戦場に出るたび一人、また一人と死んでいった。
それとは別に歯車自身の評価は上がっていった。
地方新聞でその活躍が取り上げられたりもした。
だがそれに比例するように歯車の表情は暗かった。
ある日、本部に呼び出された。
なんでも歯車の活躍を聞いた本部の人間が、歯車を幹部の一人として迎え入れたいと言うのだ。
しかし、歯車は拒否した。それに大いに怒った本部の人間が「今後まともな待遇は無いと思え」と捨て台詞を吐いた。
おかげか今現在の辺境の地の部隊長をやる羽目になった。
初めは乗り気じゃ無かった、何故ならまた仲間の死を見る事になるから。
「そうだ、俺が部下を守りきればいいんだ」
常識的に考えれば不可能な事だったが、それしか無いと思うぐらい歯車は追い詰められていた。
そんな折りにやってきたのが三鶴城と中島だった。
聞けば三鶴城はネビュラに対しての憎しみから。
中島は人間に対しての怒りから、二人は他の部隊からたらい回しにされ歯車の部隊にやってきた。
それからは大変だった。
三鶴城と中島はいがみ合い、連携なんて取れたもんじゃ無い。
そんな二人が歯車の言う事を聞くわけもない。
「ようしわかった! そこまで気に食わないんだったら殴り合え! 但しオルギアは無しだ」
正に『脳筋』と言える歯車の提案だったが、意外にも乗り気の二人。
「これでも俺の実家は空手の道場をやってたんだ、お前に勝ち目はないぞ?」
「あら? 凄いのは貴方のお父さんで貴方自身はなんともないわよ?」
「てめぇ……」
「ふんっ!」
三鶴城の挑発に眉を引く釣らせてる中島に三鶴城が先制攻撃と言わんばかりに渾身の右ストレートを腹部に打ち込む。
「なめんな!」
それをよんでいた中島が三鶴城の右腕を抑える。
間髪入れずに空いた左腕で思いっきり三鶴城の顔を殴りつける。女の子の顔をだ。
「いっ……あんた」
「ああ? なんだよ、こう言う勝負だろうが」
「——上等じゃない」
お返しと言わんばかりに今度は三鶴城が同じ様に左腕で中島を殴りつけた。
歯車はその様子を微笑ましく眺めていた。
荒削りだが、いずれとても強くなる。そう信じていた。
殴り合いで肩で息を切らし、鼻時でぐちゃぐちゃになった二人を笑顔で抱きしめる。
「俺の部隊へようこそ——」
後々やってくる猫又と和人にも通過儀礼としてこの意味のない殴り合いをさせられる羽目になるとは本人達はまだ知らなかった。
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「ふっ——」
昔の事を思い出し感傷に浸っていた。
部下を守るだなんて息巻いていたのに、結局守れていないじゃないか。
そんな想いが心の中を走り回る。
和人は無意味な犠牲だ。
三鶴城の『暴走』が。
猫又の『臆病』が。
自分の『弱さ』が。
それら全ての尻拭いを和人が一変に引き受けた。
それがこの結果だ。
今は1日でも早く和人が目覚める事を祈るばかりだ。
歯車達の祈りは和人に届いているのだろうか?




