第十五話「目覚めた時」
――姉さん!待って姉さん!
幼い和人の手では姉にまで届かない。
そして和人の姉の背後から眩い光が溢れ出し姉を、和人を包み込んでいった。
やがて和人はこれがいつも見ている悪夢だと理解する。
「またか」などと考えながら和人の意識は覚醒していく。
-8月13日 10:00-
見慣れた悪夢でも何故かこの時は飛び起きてしまった和人。
同時に痛みが全身に走る。
ここまでの流れに何か既視感を感じながらも自分の身体を見る。
腹部が包帯が丁寧に巻かれており、その包帯は足にまで行き渡っていた。
予想は付くが、ここが何処なのかと辺りを見回す。
全体的に白色で統一されたその場所はどこか味気なさを感じる。
その部屋には和人以外の人間は居なく、ここが個室だと理解する。
誰かが置いていったであろう白い薔薇のプリザーブドフラワーが花瓶にいけてあった。
間違いなくここは病室だった。
自分の予想が当たっていた事とは裏腹に和人の気分は落ち込んでいた。
「はあぁ……」
きっとまた失敗したのだろうと目覚めてすぐにため息をつく。
そんな和人の気持ちなど知らず、病室の外から談笑する声が近づいてくる。
その勢いのまま病室の扉を開けた主は意識を取り戻した和人を見て少し驚きながらも直ぐに 嬉しそうに言う。
「おはよう、和人」
歯車が満面の笑みでそう言った。
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「そうなんですか……」
病室には歯車意外にも部隊のメンバーが勢揃いしていた。
それに加え、歯車の談笑相手だった和人の担当医が一人の計六人が病室にいる。
歯車は和人が4ヶ月ほど眠っていたことを伝えた。
予想よりも戸惑っていない事に歯車が疑問に思うのを隠さずに伝える。
「まあ正直予想はついてたんで……」
自然と笑いが出たが、それは乾いた笑いだった。
見ていてとても痛々しい。それが歯車らが感じた感情だった。
事前に打ち合わせがあったのか歯車と担当医が顔を見合わせるが、担当医の方が首を横に降る。
「俺なら大丈夫ですよ」
歯車の様子を気遣って出た言葉だった。
和人には歯車が言いたいことが判っていた。
きっとあの白い騎士の事だろう。和人は4カ月眠っていたという話の中で、歯車らもあの白い騎士と出会ったのではないかと予想していた。
一刻も早くあの男の事を伝えなければならない、あの男は只者じゃ無い……あの時の恐ろしさが和人を急かしていた。
「そう……か、なら聞くが、和人を見つけた時誰か居た筈だがそれはもしかして」
「はい、白い――」
やはり和人の予想通り白い騎士の事だろうと、歯車の言葉を遮ろうとした。
だが、次に歯車の口から出た言葉は和人の予想を裏切った。
「黄色い鳥の様な奴なんだが、和人が変身した時に似ている――」
「鳥って誰ですか!?」
和人が大声を出す。
勝手に白い騎士の事だと思っていた時に突如浮上してきた黄色い鳥という謎の存在は和人を混乱に陥れていた。
慌てて和人は自分が出会った白い騎士の存在を仲間に伝える。
「騎士? そんな奴は……」
歯車が自身の記憶と照らし合わせている時、後ろから中島が口を挟む。
何か知っている様子の中島は仲間の期待通りに説明を始める。
「俺はそいつに会いました」
「なっ!?」
思わず身を乗り出した歯車。
対して猫又と三鶴城は中島の言葉に驚きは見せていない。
歯車は二人の様子から、何か知っているのだと気づき、説明の続きを促す。
「会ったのは6月ぐらいです。その時二人もいました」
猫又と三鶴城も頷く。
「丁度昨日わかった事なのですが、彼は王ヶ浜家の長男です。連絡が遅れて申し訳ありません」
「王ヶ浜!? 名門の武家じゃないか! そんな人間が和人を襲ったってのか!」
歯車が驚くのも無理はない。
王ヶ浜といえば、その歴史は100年以上続くと言われている武術の名門である。
空手・柔術は勿論、日本のあらゆる武術は王ヶ浜家が生み出したとされる。
故にその家の者は由緒正しき振る舞いをし、人間を襲うどころか守る存在。というのが世間一般の認識である。
当然歯車も認識も例外ではなく、そのイメージの違いから大きく驚いていた。
「実際にそう名乗ったのか?」
「いえ、会った時には……ですが、今考えてみるとそれらしき事は言っていました」
「そうか……」
静まり返る室内。
静寂を破ったのは和人だった。
「あの、本当に王ヶ浜家の人なんですか? 口調とか諸々が野蛮な感じがしたんですが」
「俺も会った時は思いもしなかったよ、だからこそ気づかなかった。もしあの時気付けていればもう少し事態は——」
「何かあったんですか?」
——しまった。
中島がそんな顔をしたものだから和人が更に尋ねる。
「い、いや、なんでもない」
「なんでもなく無いでしょう! 何があったんですか!」
誤魔化そうとする中島にベットの上から詰め寄ろうとしたものだから危うくベットから落ちそうになる。
「おい!」
「ちょっと!」
「っ!?」
側にいた歯車と三鶴城が落ちる前に和人の身体を支えて事なきを得た。
和人は和人で冷や汗をかいている。
「今何か」
「あ? 何言ってんだ、しっかりしろよ」
歯車が心配そうに言う。
だが和人ははっきりと感じていた。
前にも一度似たような光景を見た気がする。
あの時も焦っていた自分はベットから落ちそうに——。
いや、そもそも今までの人生で入院した経験など無い。では先程頭に浮かんだ光景は何だったのか?
自分では無い誰かの記憶とでも言うのだろうか。
「すいません、これ以上患者に負担を掛けるのは……」
見かねた担当医が所謂ドクターストップを掛ける。
「申し訳ない……」
歯車の謝罪を皮切りに次々と病室を出て行く仲間達。
去り際に「また来る」と言った歯車に笑顔で返事をしたが、その表情は変わらずどこか痛々しさを感じる表情だった。
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-8月13日 22:00-
日も落ち、病院内も日中程の賑やかさを無くし辺りが静まり返った中で、和人は物思いにふけっていた。
白い騎士の事、覚えのない記憶の事。
何か見落としている様な、兎に角落ち着かない嫌な感覚に襲われる。
しかし幾ら考えを巡らせても答えは出ない、流石に全く検討が付かない。
「はあ、寝るか」
早く前線に復帰したい。
いつも通りはやる気持ちを抑えきれずにため息が出たが、ここまでの怪我を負ったせいか不思議と焦りは無かった。
奇しくも大怪我を負う事によって自分の力の無さが示され、それがかえって和人を冷静にさせた。
焦っても仕方無い。
掛け布団を顔にまでかけ、布団の中で何故か笑みをこぼす。
あんな強い奴らがまだまだいるんだろうな——等と妄想に耽る。
その笑みは歯車に向けて見せたものとは違い、屈託の無い笑顔だった。
何処か吹っ切れた和人は顔を布団の中にまで入れている息苦しさなど物ともせず、いつしか深い眠りについていた。




