ドラゴンとお仲間になるお仕事
あれから不眠不休で戦い続けた。
俺のダメージソースは短剣のみだ。
しかし、疲れない身体とすぐに再生する身体。
さらにもう一人の自分自身という手数がある。
分身が損傷する度に、ダブルタスクの練度を上昇させる。
今では瞬時に作り出し、再生能力も俺と同じ速度で欠損状態を回復できる。
それも、このアースドラゴンから血を提供してもらえたからだ。
奴がブレスを吐くたび、分身体を突っ込ませ、短剣で口を切り裂く。
あるいは俺が、あるいは分身がと代わる代わる繰り返す。
そうして、奴のブレスと共に飛び出して衝撃を受けるが、傷をものともしない俺達には関係ないことだ。
むしろ、アースドラゴンのブレスを浴びても無傷な短剣のほうが心配になるくらいだ。
何時間繰り返しただろうか。
それはやがて、飽きたアースドラゴンが大げさに寝返りを打って降伏するまで続いた。
「……何だそのポーズは。舐めてるのか」
『我らドラゴンの降伏だ。腹を見せて服従の意を示す』
そう言われても、巨体なのと全身が岩にしか見えないこともありよくわからない。
しかし、説明を信じるならお戯れは終了のらしい。
「そうか、もう終わりか。つまらん」
『貴様、いつの間にか我よりも楽しんでいたな』
途中から俺のダブルタスクも進化して、動きに磨きがかかったくらいだ。
奴が諦めたくなるのも当然といったところだろう。
『……我は、貴様に負けた』
「お前は俺の愛社魂に敗北しただけだ」
なにもこいつが弱かったわけではない。
ただ、俺の仕事にかける情熱が、そして社畜戦士として培われた忍耐が勝っただけだ。
現に、ハイエルフ達には降伏したことはないらしい。
『我の後ろの道を真っ直ぐに進んでいけ。いつかは外に出るはずだ』
「……お前は、外に出たくないのか?」
長い期間、それこそ長寿のハイエルフしか知らない期間ずっとこの場所に引きこもっているんだ。
これほど優秀な人材……ドラゴンを遊ばせておくのも勿体無い。
『ここは刺激に欠ける。もし貴様が召喚士なら一興かとも考えたが、その魔力では無理だろう』
どうやら膨大な魔力が召喚には必要らしい。
通常の召喚なら俺でも賄えるらしいが、最強のドラゴンクラスとなると人間が十人ほどでようやくらしい。
『人間ごときが十人も我に敵うわけがなかろう。ハイエルフが試練に訪れるのは、我を使役したいがためでもあるらしい』
「今まではいたのか? 勝てたやつ」
『随分と昔に一人、な。それ以降は埋まっているか後ろへ逃げていった奴らばかりになる』
アースドラゴンの後ろにさえ行ければこの場所から脱出できるらしい。
逃げ道はあるらしいので、必ず全員が死ぬということもないとのことだ。
なのでリーフのいた、罪人のための待機所なんてものが用意されていたのだろう。
「なら、俺に使役されろ。外に出してやる」
『ハッ、貴様では魔力が――』
「仲間にハイエルフがいる。そいつに魔力だけ肩代わりしてもらう」
分担作業というものは大切だ。
一人では負えないと早めに判断しなければ、自分自身が潰れてしまうこともある。
そのために、信用できる人材と都合よく動ける人材。そしてそれに見合っただけの報酬もないといけない。
今回はリーフという信用、そして契約内容も含めた関係。それに外に出たいという要望と、こちらの戦力が欲しいという希望がマッチしている。
俗に言うwin-winな関係だろう。これを逃す手はない。
『それならあるいは、しかし魔力を肩代わりするための術を知るかは別問題だ』
「その術、お前は判るんだろ」
『勿論だ。しかし、貴様に教えても術者に教えねば意味ないであろう』
「俺に教えてくれ。そいつを俺が教える」
『フン、面白い。失敗したらそれまでだと思え』
全部をメモすることはできない。無茶振りだ。
しかし、極限に置かれた状況での記憶力も馬鹿にできない。
俺は早速土人形の全身に、言われた術式を短剣で刻む。
要所は書き留め、省く。キーワードのみ拾い連想する。
速記の基本だ。全員がこちらを待ってくれるとは限らない。
アースドラゴンは良い上司のようで、こちらの動きを見て続きを説明したり、間違っている箇所を指摘してくれたりもした。
『……こんなところだろう』
「思った以上に丁寧だったな。そんな外へ出たいのか」
『当たり前だ』
確かに、こんな狭い場所で何百年もとか気が狂いそうだ。
いくら俺の忍耐が強くても、そこまでの孤独には耐えられそうにない
「あ、あのスライムさんはどうする?」
『ん? そうだな。召喚といっても我の住処はここだ。あのままでも問題なかろう』
「ワープとは違うのか」
召喚はどうやら一時的なもので、引き寄せの力も発生するらしい。
あくまで力を貸すだけ、というスタンスだ。
「じゃあ、召喚したときは頼む……名前は?」
『我に名前はない。ただのアースドラゴンだ』
「ならアースとでも呼ぶ」
『好きにしろ。期待せずに待つ』
それ以降、最初と同じように眠りについたようだ。
違う点として、ご丁寧にも俺が通れるだけの隙間は開けてくれている。
俺はその小さな隙間を通り、松明の光が届かない奥のほうまで進んでいった。
そのまま半日ほど歩いただろうか。
途中走ったりもしたが、いくら疲れないからといっても走ると警戒心もなくなる。
いきなり大穴が空いていたくらいだ。帰り道に何かあってもおかしくはない。
匍匐前進まではいかず、それでも警戒しながら進んでいるとだんだんと明かりが見えてきた。
薄暗い中の月明かりに見えるそれは、今が夜だと教えてくれるようだ。
そして、光が見えてから歩くこと数十分。俺はようやく外に出た。
「外に出たが、ここはどこだ」
太陽が出ていれば方角が特定できたかもしれない。
しかし、星座も参考にならないような異世界だ。まずは闇雲に歩いてみる。
そうして、少し歩いたところで見覚えのある池にでた。
「なるほど。待機所とはよく言ったものだ」
「! 誰ですかッ!」
俺の声に、池にいたであろう女性の声がする。
まだそこまで時間も経っていないはずだが、俺にとっては懐かしい声だ。
「俺だ。今帰ったぞ」
「え……シャチ、さんですか?」
「そうだが、どうした?」
リーフは自分が裸なども構わず、俺に抱きつこうとして……留まったみたいだ。
「なんでシャチさんも裸なんですか。服着てください」
「まさかリーフに言われるとはな」
かのアースドラゴン戦から、どうも服を着る気になれなかったのでそのまま歩いてきた。
荷物として抱えてはいたので、いそいそと着替えだす。
同時に、リーフも着替え終えたようだ。
「もうすぐ一週間が経つので、心配していたのですよ!」
「悪い。時間の感覚がなくなっていた。これから気をつけよう」
何事も夢中になるとよくない。
時間配分を間違えると大変なことになると心得ていたはずだが、あまりにも奴との戦いに集中しすぎて忘れていたらしい。
「それで、土魔法は使えるようになったのですか?」
「ああ、成果はバッチリだ。リーフにお土産がある」
「え! わざわざありがとうございます! それはどこに……」
そうして、呪文がミッチリと書き込まれた土人形をリーフに差し出す。
「……何ですかコレ。呪いの人形ですか?」
「発動魔力を肩代わりする呪文らしい。覚えてくれ」
「そんな、無茶苦茶ですね……」
そのままリーフにあれこれと呪文の補足をしているうちに、いつの間にか夜が明けてしまったらしい。
しかし、習得したなら早速にでも使ってみたいものだ。
「じゃあ、発動するから魔力は頼む」
「いいですけど、一体何の呪文ですか?」
「それはアイツに説明してもらおう」
言うよりも見たほうが早い。
いくら説明しても、他人に理解させるなら図を用いて説明したほうが良い。
同じく、実際に行動してどのような結果かを説明したほうが良い。
俺が召喚口上を述べると、後ろのリーフから魔力が、そして大地が振動する。
「世界を震撼させた強者よ、我の元に力を貸したまえ。我はそなたを制した者……現われよ、アースよ!」
目の前の池に、巨大な魔法陣が現れる。
そして一瞬輝いたかと思うと、そこにはついさっき別れたアースドラゴン……アースが現れた。
『グッ、いきなりこのような場所に呼び出すとは。眩しくて目が開けんぞ』
「我慢しろ。そのうち慣れる」
何百年も暗闇にいた生物に、外の光は眩しかったらしい。
アースはそのまま、池の中に鎮座している。
しかし、それ以外で騒ぎ出す女性もいた。
「な、な、な……」
「紹介しよう。アースドラゴンのアースだ」
「なんでアースドラゴンがいるんですか!」
「ん? 召喚したからだが」
リーフはようやく、自分が肩代わりした魔力がアースドラゴンを召喚するための魔力だと気づいたらしい。
初めて見るアースドラゴンに畏怖しているようだ。
「俺の仲間のハイエルフ、リーフだ。仲良くしてくれ」
『ん。そなたの魔力なら充分だな。我を外に出してくれたこと、礼を言う』
「え、いえ、私は何も……それよりもシャチさん、なんで!」
「なんでと言われてもな。認めて貰ったからか?」
「だって、屈服させるかしないと召喚には……まさか、いえ、ありえません」
真実を話しても良いが、とりあえず召喚できることはわかった。
あとは王都でもしものときに呼ぶということ、もう一人仲間がいることを伝える。
『我を呼ぶ時は、そこのリーフ殿と協力しなければならぬ。しかし、あとの仲間とやらは無関係だな』
「そういえばそうか。じゃあ、とりあえずは帰るか?」
『ふむ……もう少し外の世界を楽しむとしよう。何、空は飛べなくても散歩くらいはできよう』
アースはそのままドスドスと踏み鳴らし、何処かへいってしまった。
そして、遠くの方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「あっ、レスティアを忘れていました」
「向こうにいたのか」
そして、アースに怯えながら縮こまっているレスティアを紹介し、俺達は目的地の王都へ出発した。
休みもストックも完全に無くなりました。
来週はお休みすると思います。