ドラゴンと戯れるお仕事
自由落下の時間はどれほどだっただろうか。
唐突に終わりは訪れる。
何か一瞬、柔らかいものに包まれたかと思うと、そのまま貫通しドサッと下へ落とされた。
落下の衝撃を吸収してくれるのはありがたいが、その後の扱いが乱暴である。
「ぐっ……これは仕事ができない奴だな」
『客人よ。奴にも悪気はない。悪く思うな』
目の前から声が聞こえた。
広がった空間は、松明のようなもので周囲が照らされており、目の前には大岩のようなものが鎮座している。
ふと落ちてきた真上を見てみると、そこには青い物体がウネウネと蠢いている様子が観察できた。
「何にせよ、助かった。ありがとう」
例え結果はどうにしろ、救われたのは事実だ。
その感謝も込めて、上にある青い物体に感謝をする。
そうすると、ウネウネ具合が激しくなったのでどうやら伝わったようだ。
『フン……貴様は人間か。人間が迷い込むとは珍しい』
「迷い込んだわけじゃない。ハイエルフの試練と同じだ」
『ほう』
それだけで声の主は察したのか、目の前の大岩が動き出した。
どうやら、この大岩こそがアースドラゴンだったらしい。
その巨大な物体が動くことで周囲に地響きが鳴り、立っているのも辛くなる。
やがて、砂埃が消えた後には赤い瞳が二つ、こちらを見つめていた。
『やはりただの人間か。我を討伐でもしにきたか』
「血が欲しい。土魔法が使いたい」
『そのために我と戦うか。面白い』
「あ、戦うつもりはない。交渉しにきた」
『ん?』
眼の前の物体は不思議そうにこちらを見てくるが、話し合いで解決できるならそれに越したことはないだろう。
まずは条件を突きつけてみる。
「俺は血が少し貰えればそれでいい。そちらの希望はあるか?」
『貴様はハイエルフの試練と言ったな? では力ずくで奪ってみせよ』
合図は何もない。
いきなり目の前に足を踏み出されるが、俺はそんな交渉相手にも動じずに続ける。
「俺は弱い。そんな骨のないやつと戦って楽しいのか?」
『ほう。なら我からも条件を出そう』
そう言うと、アースドラゴンは最初と同じように寝転び無防備になる。
『我はこの場から動かん。血を飲んでみろ』
「面白い」
これは俺に対しての挑戦だろう。
よく「やれるもんならやってみろ」と言われるが、そういう場合は大抵が無理難題だ。
しかし、それを達成させたときの上司の表情は実に面白い。
例えそれが十五時間労働を続けた後だろうが、そんな顔が見れるなら安いものだろう。
諸刃の剣としては、それが基準となってさらに無理難題となっていくことだろうか。
無防備なアースドラゴンに短剣を次々と突き刺していく。
が、突き刺さってはいるが、ダメージを与えるまではいかないらしい。
リーチが足りないのか、奴は身じろぎ一つしない。
「顎のあたり、確か逆鱗があったな」
そういい奴の顎に潜り込もうとするも、それを見越していたように寝転んだ状態から動かない。
奴の顔は、さも愉快そうにこちらを眺めるだけだ。
「くっ、あくまでダメージを受けないつもりか」
『クックック、簡単では面白くないだろう』
「なら、体内に潜り込むまでだ」
この時を待っていた。
アースドラゴンが喋るタイミングで、開けた口の中へ飛び込む。
例え皮膚が固くても、それは外側だけの話だ。
奴の口が動くタイミングで上半身を口へと滑り込ませる。
そして――下半身が、消えた。
ボトリ。
閉じられた口の中でも、そんな擬音が聞こえたようだ。
『フン。呆気ないぞ、人間』
「それはどうかな」
俺は直ぐ様、口の中で短剣をザクザクと突き立てる。
そして、短剣に付着した液体をベロリと舐め取る。
それを何度も、即座に再生した下半身も使って、光が入らない口内で上下問わずに突き立て繰り返す。
やがて、アースドラゴンは口を大きく開いた。
深呼吸のように空気を多く吸い込むので、喉元へ引っ張られる感覚がある。
しかし、この動作は俺も知っている。
「ブレスか。厄介な」
風の流れとは逆方向に進もうとするも、奴の肺活量は驚異的らしい。
突き刺した短剣にしがみつくのがやっとだ。
そして、俺を口内に残したまま……ドラゴンブレスは放たれた。
放たれたブレスが壁に衝突し、砂埃が晴れた後は静寂に包まれる。
俺は身じろぎ一つせずにそのまま待機する。
『小賢しいのが仇となったな』
やがて、何事もなかったかのように、アースドラゴンはそのまま目を閉じる。
そこまで確認してから、ようやく俺は起き上がった。
「さてと、通常業務はここで終了か」
『……バ、馬鹿な! 何故生きている!』
「お前は口内を刺された時に気づくべきだった」
ささいなミスも、確認を怠ると取り返しのつかないものとなる。
虫の知らせや第六感というものも馬鹿にできないやつだ。
しかし、アースドラゴンにはそういったものが備わって無かったらしい。
『……フン! ならもう一度――』
「言ったろ、気づくべきだったと」
俺は土魔法を発動し、奴の顔面に岩投げアタックをブチかます。
文字通り面を食らったようで、心なしか眼光が鋭くなった気がした。
『我の血を飲んだか』
「正確には舐めた、だな。これでお前に用はない」
仕事を終えた後はあがるのみ。
用事は済んだので、俺はあるかもわからない出口を探そうと背を向けた。
……そして、俺の進もうとした先にブレスが再度放たれる。
『我は退屈している。相手をしろ』
「……定時上がりを邪魔した罪は重いぞ?」
道連れや同調圧力というものがある。
他人の都合に付き合わせるなという感じだが、世の中にはこいつのように寂しがり屋も多い。
厄介なのが、対応次第では今後の敵とも味方とも成りうることだろう。
ちょうど俺も仕事の成果を確認しておきたかったので、今回は付き合うことにする。
『フン。我を満足させることが出来たなら、望むだけ血を分けてやろう』
「なら、お前が死ぬまで全部貰うとするか」
『……面白い』
今度は制限も何もないので、アースドラゴンはその巨体を生かして突進してくる。
そのまま……一人が踏み潰される。
『威勢が良いのは最初だけか。つまらん』
「どこを見ている?」
『何っ?』
確かに一人が踏み潰されたが、それが俺だという保証はない。
勢いよく振り返ったアースドラゴンの鼻先に短剣を投擲した。
「土魔法――ダブルタスク」
リーフから聞いた魔法に、そんな魔法があった。
土魔法で人形のようなものを造り、自分と同じ行動をさせる。
術者の指示なしで動くことはできないようだが、ゴーレムを使役するにはそれで十分らしい。
命名は俺がした。
『しかし、ただの人形風情を見間違うわけが』
「指示待ち人間でも、使い方によっては有用なんだよ!」
俺は再度、自身の真横に土人形……ダブルタスクによって作り出した自分自身を並べる。
そうして並べた時、アースドラゴンはその異様性に気づいたようだ。
『土人形……ではない、だと。何故貴様が二人いる!』
「そりゃあ、造形を似せたからさ」
デザインや設計は細部まで技術を求められる。
人間の感性や受け取り側の印象まで考えなければならないため、一人の意見ではどうにもならないことが多い。
しかし、自分自身をそのままつくるなら別だ。
例え受け取り手がいても、俺自身のことは俺が一番わかっている。
なので、全身の型をコピーし、大まかな土人形を削り出し反映させる。
3Dプリンターの技術をイメージして行えば大した魔法でもない。
「あとは服を脱げば、この通りだ」
『羞恥心を捨てるか! 人間よ』
違いは短剣があるか、服を着ているかどうかだったが、今の俺は全裸だ。
そして、作り出したもう一人も全裸だ。
俺ですら鏡を見ているかのような感覚なのに、薄暗い洞窟でこのアースドラゴンに見分けがつくはずがないだろう。
『貴様、そのために我の鼻先を!』
「準備は整った――さあ、殺し合いをしようか」