アイキャンフライするお仕事
アースドラゴンと言うのは、この森に住んでいるらしい。
レスティアが知らなかったことから、何百年も前からアースドラゴンに関する情報は隠されていたとのこと。
しかし、ハイエルフに何百年かなんて関係ない。
リーフの話ではほとんどのハイエルフが知っている情報とのことだ。
「お前何歳なんだ……いや、依頼主の情報はどうでも良いか」
「酷いですけど、そのまま聞かないでください」
「ミリアお姉ちゃんは確か二百を越えていたから……リーフさんは……」
年齢はともかく、アースドラゴンはこの森の近くにある谷底にいるらしい。
そこにある横穴に入り込み、奥の穴に落ちる。
そうすることで、アースドラゴンの住処にたどり着くのだとか。
「……ハイエルフ達は、絶対に近づかないようにと言われています。片道切符とも言われるくらいで、死にたい奴と罪を犯した者だけが落ちろ、と」
「片道切符? 普通に這い上がればいいだろう」
穴に落ちたくらいで死ぬなんて生ぬるい。
例えマンホールの中に落ちて骨折しても、手だけ動けばハシゴを昇って生還できるんだ。
穴に落ちたって、そこにドラゴンがいたり魔法が使えるなら、死ぬ気で努力したら何とかなりそうな気もするが。
「ドラゴンを相手にして無傷だったり、土魔法が使えるならば生還できるようです。現に、戻ってきたハイエルフもいるみたいですし」
「なら余裕だな。場所を案内してくれ」
「ちょ、ちょっと! 本気で言っているの!」
俺が気軽に決断するものだから、レスティアにはそれが信じられなかったらしい。
「なんだ、ちょっとドラゴンに会って血をもらうだけだろ?」
「それが問題なのよ! 最強の種族、ドラゴンよ!」
ここの世界の住民には恐怖の象徴として知られるようだが、俺にとってはファンタジーの定番なドロップ素材だ。
今回はそのアースドラゴンの血という素材のため会いに行く。俺が死ぬことなんて考えていないので、軽い散歩気分だ。
「場所までは案内しますが……私も死ぬのは嫌ですので待ちますね」
「ああ。予測不可能な事態を考えて伝えておくが、もし俺が一週間以上戻らなかったら契約は全て破棄だ」
「そうならないように、近くで待っています」
「う……私もそうするわ。あんたも無事に帰ってきなさいよ」
「テレテレさんがデレたか」
「ちょ! いい加減に名前覚えなさいよ!」
レスティアは手に入れたばかりの剣を振り回しながら、俺に斬りつけるフリをしてくる。
そこにわざと右腕を差し出し、斬り落とされてみた。
「……あっ、ご、ごめんなない! そんなつもりじゃ……」
「記念にやる。俺だと思って抱いて寝ろ」
「誰がそんなことを! うわっ、まだ温かい! 気持ち悪!」
俺の腕を触ってワタワタするレスティアは置いて、リーフとアースドラゴンに関する情報交換。また街で仕入れた道具や食料の分配などを行なった。
目標が決まれば行動あるのみ。
あれからリーフの先導によって森を歩き、途中二人のための休憩も挟みながら目的の場所まできた。
俺だけなら不眠不休でも大丈夫だったが、道案内と再集合の手前、団体行動が良いとの判断だ。
おかげで一日ほどの時間を要したが、昔を知るリーフと今しか知らないレスティア。この二人の情報によって世界の状況を把握できたのは収穫だろう。
一日も同じ時を過ごせば、恐怖の壁は自然と壊れたらしい。
「でね! リーフさん。アタシはそれで弓も覚えようとしたけど、ミリアの剣に憧れちゃって」
「ミリアは私達にしては珍しく、弓矢より剣が好きでしたからね」
「それで、この剣がミリアの愛剣に似ているのよ! 一目惚れだったけど高くて中々……」
「珍しい形の剣ですね。ミリアの剣は、昔から納屋に置いてあった武器で誰も使わなかったのです。それをミリアが……」
「さっきから仲いいな」
道案内のため先頭はリーフだが、それに追従するようにしてレスティアが付き纏っている。
どうやら同じ知り合いがいるということで、すぐに懐いたようだ。
会社でも、共通な話題があればすぐに親しくなれる。
営業の話術でもそのために人間観察をしろとあったくらいだ。
しかし、蚊帳の外である俺は面白くない。
「でねー、その時はミリアが」
「おい」
「……何よ?」
「俺も混ぜろよ」
「混ぜろって言われても……これはガールズトークよ!」
その言葉に、思わずリーフのほうを向き真顔になる。
「……ガールズ?」
「何が言いたいのですか? え?」
心なしか、周囲の気温が下がった気がする。
風もザワザワ鳴り出し、身体が急に重くなったようだ。
「……何でもない。ところで動きづらくないか? 抵抗を感じると言うか」
「あ、それ私の風魔法なので気の所為ですよ」
「ん? ならリーフの……」
「気の所為ですよ」
それ以降、さらに動きが重くなった気がしたので追求するのはやめた。
もしこれが会社なら、秘密裏に消されていたかもしれない。
これも下手に仲間へと入りたがった罰かと思い、トレーニングついでにその感覚を楽しみながら前の二人を追っていった。
「ここがそのアースドラゴンのいる谷底ですよ……多分進んでいけば、どこかに横穴があるはずなので、中へ入ってください」
「わかった」
「それにしても……よくその状態で着いてきましたね」
リーフが言うには、今の俺は身体に十キロほどの重りをつけて歩いている状態らしい。
最初は遊び心ですぐ解除する予定だったが、何も問題ナシに歩いてくるのが不気味すぎて解除できなかったとのことだ。
「そんなことならすぐ解除してくれてもよかったんだぞ」
「……急に動きが速くなったら怖いじゃないですか」
確かにその通りだ。
仕事でも、余計な手順を一つ省くことで効率よく動ける場合がある。
例えば置き場を変更したり、手の動きを最小限にしたり。
瞬きのタイミングも管理することでワーク速度を上げることに成功したが、それを見ていた同僚からは「動きが人外すぎて気持ち悪い」との評価を受けた。
リーフが感じたのもそんな感情だろう。
身体が軽くなったので、動きを確認してみる。問題ない。
「よし、じゃあレスティア。しばらく俺の腕だけで寂しくないか?」
「え? あの腕なら捨てたけど……リーフさんが居れば大丈夫よ」
「人の腕を捨てるなよ」
いくらすぐ生えるといっても、骨も肉もある。
せっかくレスティアのために落としたが、薄情なやつだ。
「だってアレ、腐るから。臭いもキツかったし、見た目もグロいし」
「レスティアさん、それくらいで。シャチさんが落ち込んでます」
「……いいんだ。俺の腕なんて」
今頃は飢えた獣のエサになっていることだろう。
何処かで腹を空かせた獣のエサを提供できる。そんなところに俺は幸せを感じることにした。
「で、俺は戻ったら何処に行けば良い?」
「そうですね。ではこちらへ」
リーフが案内したところには、俺達が再会した湖よりは小さい、池のような場所があった。
近くに小屋もあるので、待機場所としては適しているだろう。
「ここは?」
「ハイエルフ達が、罪人を処分した後の待機所ですね。他にも、アースドラゴンへ無謀にも挑んでいった者を待つ場所でもあります」
「待つって、今のアタシ達みたいね。ちなみに、どれくらの期間……」
「一月待って諦めるようですよ。なので、食料も多少はあるはずです」
「なら一月はリーフさんと一緒に……えへへ」
「おい、俺を忘れるなよ」
依頼主のリーフはともかく、レスティアのほうは俺の存在が邪魔のようだ。
もし土魔法が習得できたのなら、軽く練習相手にでもなってもらうか。
「じゃ、一週間は時間をくれ。その間の契約は……」
「待ちますよ。勿論、私の期間も伸ばして」
「……いいのか?」
「はい。なので、私のために強くなって、必ず帰ってきてくださいね?」
「ねぇねぇリーフ! この武器は何なの! あ、この道具前にミリアと一緒に使ったアレに似ているわ!」
「わかった。期待に応えられるように努力する所存だ」
「ねぇねぇ、リーフったら!」
「それと、お前にはこれだ」
短剣で手首を切り落とし、レスティアに投げつける。
そして、すぐに生えてきたモノを再度切り、投げつける。
「きゃっ! ちょ、何よ……えっ、手首!? これ……って、キャアアア! また飛んできた! 嫌ぁ! 血が、血がぁ!!」
「……じゃあ、行ってくる」
「……レスティアさんは私が躾けておきますので、いってらっしゃいませ」
まだキャーキャーとうるさいレスティア含め、後のことはリーフに全て任せ必要最低限な荷物だけ持って二人と別れた。
谷底を一人進んでいくと、自然にポッカリと空いた穴が存在していた。
洞窟のようにも見えるそれは、事前情報がなければスルーしてしまいそうなものだ。
他に似たような場所は無いため、ここがアースドラゴンがいるという横穴だろう。
奥を覗いても、真っ暗で先は見えない。
「まずは試しだ」
転がっていた石を放り込み、音がどれだけ響くかを確認する。
カラカラと転がる音は、それなりに響き渡っていた。
「どうやら、すぐに落とされるということはなさそうだ」
予め心構えが出来ていれば、想定外の出来事も安心だ。
もし入り口ですぐに落とされるなら、受け身も取れずにドラゴンと対面するかもしれない。
事前情報があるかないかは重要だ。
中へ入り、念の為匍匐前進で進んでいく。
「あの時はいつ役に立つかもわからない社員研修だと思ったが、まさかこんなところで役に立つとはな」
他にもフルマラソンの距離を歩行する訓練や、軍隊行進なども経験したが、会社でそれらが役に立つ機会は訪れなかった。
座学のほうが出世術など役に立つ機会は多かったが、どうやら訓練の成果をようやく発揮できるらしい。
やがて、そのまま三十分ほど進むと、風の流れを感じる場所があった。
相変わらず真っ暗で見えないが、匍匐前進で伸ばした腕が宙に浮く感覚で停止した。
「この距離なら、歩くと数分か」
何もないと警戒心を緩めたところで落とす。そんなところだろう。
真下に広がる空間に石を投げてみるも、音もなく吸い込まれていったようだ。
となると、この空間は見えないだけで随分と広がっているらしい。
「そのアースドラゴンってやつが移動することも想定しているのか」
俺が入ってきた横穴に、それほどの広さはない。
しかし、目の前に広がった穴の大きさは未知数だ。
それから推測するに、光は差し込んでこないが真上にも同じように広い空間が空いていることだろう。
さながら巨大な地下空洞の入り口に迷い込んだようだ。
「ま、光が差し込まないってことは塞がれてるんだろ。行くか」
出入り口は他にもある。
そうわかったところで大した情報ではない。
俺にはアースドラゴンの生き血のみあればいいんだ。これ以上余計な仕事を増やしてリーフの依頼を長引かせるわけにはいかない。
「ん? 待てよ」
いざ飛び込もうとしたときに、その事実に気づく。
期間が伸びる毎に倍になるなら、ここで時間を稼げるんじゃないか、と。
そういったことが起こらないためにも自分で契約凍結を申し出たが、それは却下されている。
「いや、ダメだな。行くか…………アイ・キャン・フラーイ!」
そう思い直し、ポッカリと広がった穴に飛び込んだ。
却下されたのは、リーフが俺を信じてくれているからだ。
信頼を裏切るような真似をすると、契約は長く続かない。
そして、それらの雑念を断ち切るためにもアイキャンフライした。
仕事が嫌になった時は何度も思っていたが、そう思えた頃の若い自分は既に死んでいる。
俺は自由を求める鳥になるように、衝突までの自由落下を楽しんだ。