馬鹿にできない情報共有のお仕事
森といっても、俺達が三日も彷徨っていただけあって見渡す限り木しかない。
そんな場所で、二人の女性を探すのも骨が折れる作業だろう。
森に入ってしばらくすると、何かを引きずるような跡を見つけた。
近くに何本かの棒を擦ったような跡や、草の折り目が真新しいことからレスティアが通った可能性は高いだろう。
あの量の荷物だ。少女が引きずりながら運んでいてもおかしくはない。
しばらくすると、森の湖へと出た。近くに見覚えのある荷物が放ってあることから、この近くにレスティアはいるのだろう。
探すなんて時間の無駄だ。
「レスティア! 出てこい!」
「………………」
「何も反応がないか。おーい、ミリアという姉さんに甘えるレ……レ、レレレの嬢ちゃん、出てこいなー」
「………………」
相変わらず反応がないので、仕方なしに湖へ近づいていく。
間違いなく近くにいるだろうが、姿は見えない。しかし、湖の畔に女性の服らしきものが畳んである。
湖に潜っているのかとそのまま眺めて待っていると、逆に森の方から気配を感じた。
「っ! 誰だ!」
「えっ、その声……もしかしてシャチさんですか?」
森から現れたのは、長い金髪をなびかせ、ボロ皮の服の上からでもわかるほどのワガママボディの持ち主……リーフだ。
相変わらず手枷はついたままだったが、鎖で器用にも全裸の少女を捕縛していた。
「ああ、リーフじゃないか。遅くなった、すまない」
「シャ……シャチさん! もうっ、私見捨てられたかと思っちゃいましたよ。なので、こうやって迷い込んだ冒険者の追い剥ぎを……」
「あ、悪い。そいつ協力者。ちなみに情報提供者でもある」
「ええっ!」
リーフはすぐさま全裸少女……気を失っているレスティアを離す。
俺がいない間、リーフはこの湖で一夜を明かし、つい先程水浴びをしている少女に姿を見られた為、襲って確保したのだとか。
一日見ないうちに随分と逞しくなったものだと思ったが、元々ハイエルフというのは森で狩りを生業としていたらしい。
「ですので、森での隠密なら任せてください」
「ああ。まあそいつは仲間だから、お手柔らかにな」
雇用関係は後で確認するとして、まずはレスティアを放置したままリーフの服を見繕う。
レスティアが用意してくれた服は、どれも一部が窮屈そうとのことだ。
かといって男性用だとブカブカすぎて動きづらい。
手枷がある間は着替えられないが、結局リーフが着れそうな服は二着ほどらしい。
「チッ……だがゼロではないだけ儲けものか」
「あ、あのー……シャチさんとこの子は、どういったご関係で……」
「う、うーん…………ミリアぁ」
「ミリア? もしかして」
「さっさと起きろ寝坊助」
近くに湖があったので、今朝と同様にぶっかける。
その刺激ですぐにレスティアはバッと身を起こした。
「ここは何処! あの時誰かに……ひっ!」
「? 何でしょうか」
「落ち着け」
「え……シャチ? 無事だったのね!」
レスティアは喜びを全身で表わすかのように抱きついてくる。
俺も反射的に抱きとめるが、一つ言いたいことがある。
「あ、ああ。一つ言うが……お前裸だぞ」
「え…………キャァアアア! ちょ、離しなさいよ!」
「あー、これだよこれ」
逃げようと暴れるレスティアには悪いが、俺にはまだ騎士と抱き合った感覚が残っている。
上書きするためにも、少し成分を補充できてよかった。
「は、離して!」
「あともうちょっと……グフ」
「……シャチさん? 私よりもその子のほうが良いんですか?」
何処からか飛んできた風の塊に頭を横殴りされる。
それがリーフの放った魔法だとわかったときには、既にレスティアは俺の手から逃げられていた。
「……さて、状況を整理しようか」
レスティアが服を着て落ち着き、それからリーフの手枷を切断してもらうまで随分と時間が掛かった。
まず、リーフに対しての恐怖が剣に表れていた。
傍から見てもブルブルと安定しない剣は、誤ってリーフを斬りつけるのではないかとヒヤヒヤしたものだ。
リーフが「火魔法なんて警戒するまでもないですよ」と言ったことで安心できたが、ハイエルフを前に怯える少女は見ていて憐れに思えるほどだった。
その次に、リーフに着替えてもらう。
レスティアの用意した服は、胸部装甲の大きさが考慮されていなかったためほとんど却下された。
逆にレスティアが着るにしても、スタイルが違いすぎて子供らしさが倍増するだけだった。
「ハイエルフを何だと思ってたんだ」
「ミ、ミリアを基準に選んだから仕方ないじゃない……」
「えと、先程から気になっていたのですが、貴方はミリアの知り合いですか?」
その時、レスティアは初めてリーフを見た気がする。
正確には、ハイエルフの種族として、だが。
「そ、そうよ! ミリアお姉ちゃんは、アタシの家族同然よ!」
「ミリアお姉ちゃん」
「ミリアお姉ちゃん」
「あっ! もうっ、やめて!」
二人して生暖かい目で見る。
その視線に、レスティアは耐えきれなくなって三角座りで顔を隠した。
「……そうですか。貴方はミリアの」
「リーフはミリアを知っているんだな」
「それはそうですよ。ハイエルフなんて、私を含めても五十二人しかいない民族ですからね」
「そりゃ全員家族も同然だな」
何処にでもある零細企業のようなものだろう。
寿命が長い分、新しい顔もなく、限られた人材のみが生活する。
ほぼ全員が里で生活していたため、皆は家族同然らしい。
しかし、そこまで聞いてレスティアの顔がようやく上がる。
「ちょっと待って。ハイエルフは五十二人いるの?」
「? そうですけど。最後に生まれたヨシュアですら五十年程前ですから……もしかすると今は五十三人かも知れません」
「王都にいるハイエルフは五十人よ。これは誰に聞いてもそう言うから間違いないわ」
「え? でも私を入れても五十二人は……それに、王都ですか?」
「誰か、もう一人いるわけか」
情報の出処が気になるが、ハイエルフ本人が五十二人いると言っているんだ。
リーフを抜いても、一人足りない。
レスティアは俺に話した内容と同じ話をリーフにもする。
リーフは話の内容に心当たりがあったらしく、すぐにでも王都へ行くべきだと提案してきた。
「ここにいても何もわかりません! いますぐ王都へ行きます!」
「その場合、俺とあんたの契約はどうなる?」
「えーと……王都に着いて安全を……いえ、私が安心できるまで、でお願いします」
「契約更新にしては内容が曖昧だな」
これで安心できるまで、と本人が思えないなら、いつまでも可能なわけだ。
そんな騙すような内容は許容できない。
「その代り! 一日伸びる毎に私の時間も二倍差し上げます!」
「了解だ」
「……即答ね」
レスティアには俺とリーフの契約も話してある。
期間が一ヶ月伸びると、二ヶ月俺が好き放題出来るなんて、良い労働力が手に入ったも同然だ。
「しかし懸念材料がある。戦力が足りない」
「何よ。殴り込みでもするわけ? 平和的解決でいいじゃない!」
「……いえ、戦闘になることも覚悟しておかないと」
どちらが悪で、どちらが善か。
その判断は俺らが決めていいわけではない。お互いに話し合うことで、互いの意見を尊重し合って決めることだ。
最悪武力行使になるかもしれない。
「私は風魔法と、弓矢があればそれなりに使用できます」
「アタシは火魔法と剣術を多少使えるけど……あんたは?」
「俺は死なない。あとは超再生能力か? 以上だ」
その言葉に、二人ともポカーンとする。
「あんた、魔法は使えないわけ?」
「何だそれは」
「誰でも適正はあるはずですが……現に、ハイエルフは全員が風魔法の適正持ちですよ」
生まれたときから、魔法の適正と言うのはそれぞれ決まっているらしい。
例えば、ハイエルフなら風魔法が使える。たまに水魔法と風魔法の両方使えるハイエルフもいるらしいが、三種類の属性持ちはいないとのこと。
一方、レスティアは火魔法の適性がある。
火魔法というのは魔法の中で一番弱いが、その分他の魔法と比べて利便性に勝るとのこと。
「熱を発生させて料理したり、暗闇を照らすのは火魔法にしか出来ないんだから!」
「道具で賄えますけどね」
「しかも全属性に弱いとか、戦闘できるのかそれ」
魔法にも相性がある。
風は、水と火に強い。
土は、風と火に強い。
水は、土と火に強い。
火は……火を含む全ての属性に弱い。
「それを補うための剣術よ! 纏わせれば関係ないわ!」
「シャチさんは、何か魔法が使えた経験ありませんか?」
思い返してみても、ここに来てからは自動回復するのみだ。
しかし、希望で良いならあの魔法が欲しい。
「適正はないだろうが、土魔法を使ってみたい」
「驚いたわ……まさかあんたがバランスを考えるなんて」
「あの……本音は?」
レスティアはメンバーのバランスを考えての発言だと思ったらしいが、リーフの目は誤魔化せなかったようだ。
「土木作業で鍛えたため親しみがある。農業も良いかもしれない」
「え?」
「目指すは自給自足だ」
リーフは慣れましたよというように肩をすくめた。
「……例え土魔法に適正がなくても、使えるようになる方法はありますよ」
「え? 嘘! そんなのあるわけが……」
「龍の生き血……アースドラゴンの血を飲むことです」
その言葉に、誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「よし、やるか」
その言葉に、誰かがハァとため息をつく音が聞こえた。