人材確保のお仕事
冒険者ギルドから離れ、とある一角にある喫茶店のような場所へと入店する。
商談するにはもってこいの場所だ。この少女、出来るな。
「あの時は助かったわ」
「報酬は受け取った。これを作った方は、良い仕事をしている」
そう言い、短剣を机の上に出す。
オークを突き刺したり、俺の肉を何度も斬ったりと乱暴な使い方をしているが、刃こぼれ一つもない。その時点で品質の良いモノだとわかる。
「その武器はアタシの……いえ、何でもないわ。あれの討伐報酬に見合ったものだもの。でも、ヴェノムキマイラの手柄は頂いたわ!」
「どうぞ。別に俺だけの仕事ってわけではない」
俺は押し付けられた仕事を処理しただけだ。
その報酬がこの短剣だった。何もおかしくはない。
「……欲がないのね。ヴェノムキマイラがどれだけ凶暴なのかも知らないのかしら」
「それはどうでも良い。俺は情報が欲しい」
「情報? 手柄を横取りした手前、出来れば協力してあげたいけど……あなたが知りたいのはどんなこと?」
「俺が求める情報は、ハイエルフについてだ」
「……なるほどね。その情報、報酬代わりにアタシがあげるわ!」
「わかった。契約成立だ」
レスティアからすると、そんな誰でも知っているような情報に価値はないらしい。
だが、情報の価値は求める人によって変わる。
そしてその情報は、今の俺にとって金貨を払ってでも欲しいものだ。
「まず、ハイエルフは……絶滅したのか?」
「何だ。知っているなら話は早いわ。絶滅……というよりも、全員囚われた。が正しいわね。表舞台には居ないはずよ」
「囚われた? 殺されたのではなく?」
「ハイエルフなんて種族、殺すなんて勿体無いじゃない。全種族の中でも有数の寿命と魔力の高さを誇るのよ? それこそ、何もなければ世界の終焉まで生き残ることでしょうね」
レスティアの話だと、数年前からハイエルフは全員王都にいるらしい。
そして、その魔力を王都の魔法陣に費やしているとのこと。
何でも世界の基盤を支えている魔法陣らしく、ハイエルフほどの魔力を持っても維持が難しいんだとか。
「数年前から……いったい何が起きたんだ」
「わからないわ。噂では、ハイエルフ達が反乱を起こした見せしめだとか、王都の陰謀が働いているとか流れているけど……」
予想で行動するのは危険だが、その王都に何かあることは確実だろう。
あとでリーフと相談して行動することにする。
報連相は仕事の基本だ。
「貴方……どうしてそんなハイエルフを気にするの?」
「ただの興味さ」
善意の情報提供者を巻き込むわけにはいかない。
有益な情報の対価として、喫茶店の代金をこちらが持ち店を出る。
そうして、店を出たところである人物に出くわした。
その人物は、鎧を着て何人か引き連れていた。
連れられた一人は、一目で高価とわかるような服を全身に纏い、これでもかというくらいに宝石などをキラキラと輝かせている。
見た目で判断するのは悪いが、まさに悪徳貴族といった風貌だ。
それに加え、護衛だと思われし騎士が二人。身のこなしから、その道の達人だと判断できる。できれば関わりたくない人々だ。
しかし、間の悪いことに、鎧を着た顔見知りと目が合う。
「……お前はっ!」
「逃げるぞ!」
「え? ちょ、どうしたの……きゃっ!」
目眩ましのため、邪魔な棍棒を顔見知りの門番に投げつける。
その後、状況が把握できていないレスティアを抱えて逃亡する。
「ちょ、何なのよ!」
「巻き込んで悪い。門番に追われている」
「な、何をやらかしたのよ!!」
「ハイエルフを匿った。それだけだ」
「え、ほんとっ! いだっ」
走りながら話していたせいか、レスティアは舌を噛んだらしい。
それ以降は静かになったが、もうすぐ街を出ようとするところで待ったがかかる。
「止まりなさい」
「なんだ? 早く出ないと門が……」
「アタシも着いて行くわ」
「は?」
俺から降り、パンパンと埃を払うとドヤ顔で言ってきた。
意味がわからない。
「報酬は出せない。それに、王都に行くと決めたわけでもない」
「貴方には借りがあるもの。それに、あの人にもう一度会いたいから」
レスティアには、子供の頃にお世話になったハイエルフがいたらしい。
そのハイエルフは色々なことを教えてくれたが、ある日を境にパッタリと姿を現さなくなった。
そうして聞いたのが、王都連れ去り事件らしい。
「アタシも気になっているからこそ行くのよ。利害の一致じゃないかしら?」
「しかしだな。戦力にならなければ要らないぞ」
リーフとは、これでも役割分担が出来ている。
リーフがまずは風魔法で先制し、それでも仕留めきれなかったものを俺が棍棒でトドメをさす。
工数管理というものだ。
作業効率的には今の作業で十分に賄われている。そこに人員を増加させると、一人あたりの作業率が低下してしまう。
今は他にする作業がない以上、無駄な人員を連れていく気はない。
「戦力……これでも火魔法はそこそこ使えるわ! あと、剣があればそれなりに扱えるけど……」
「俺に渡してなくなったか」
「そうね……狙っている剣を買うにはまだお金が足りないわ」
このレスティアを雇う価値があれば資金は提供しても良いが、いまいちメリットが見えない。ここは本人に問いただす。
「今俺に必要なのは、王都への道案内。それと、この世界の情報と鉄の手枷を外せる道具だ。お前には何ができる?」
「えっと、王都までの道はわかるわ。あと、情報? は一般的なもので良いなら。鉄の手枷なんて、剣で斬ればいいじゃない」
そう言うと、俺の腰にある短剣を指差す。
「鉄が剣で斬れるのか?」
「当たり前じゃない。その短剣でなら簡単よ」
発想の転換も時には必要だ。
俺には手首を落とす発想しかなかったが、レスティアは剣で斬れという。
二人では出てこない案も、三人以上なら出てくる。合同会議やQCサークルを思い出すかのようだ。
いや待て。
「俺がやったときは斬れなかったぞ」
「え? あっ、火魔法が使えないと無理だったわ……安心して! アタシならできるわ」
どうやら火を剣に纏わせることで、金属などを切断できるらしい。
レスティア本人は火魔法以外はてんでダメだが、それを補う剣術と高度なレベルの火魔法が扱えるとのこと。リーフは風魔法しか使えないようだし、火魔法は旅をする上では便利となる。そうなれば即決断だ。
「よし、俺はあんたを雇う。名前は何だ」
「もうっ! さっきから言っているじゃない! レスティアよレスティア!」
「そうか。俺はシャチク……シャチとでも呼んでくれ」
「シャチ? 変わった名前ね。わかったわ……それと、準備があるから少し待っていてくれないかしら?」
これから遠出するにあたって、宿屋の荷物を片付けたり道具の準備があるらしい。
明日の早朝には門番がいない時間帯があるとのことなので、そこを狙って外に出ることにする。
「なら、俺も一泊する必要があるが……部屋に泊めてほしい」
「えっ! ちょっ、それはっ!」
「ならいい」
せっかく寝ないですむ身体を手に入れたんだ。俺に宿なんて必要ない。
こちらが引き下がったことで安心したのか、それとも悪いことをしたと思っているのか、レスティアはこちらを伺うように提案してきた。
「えっと、部屋に入れるだけなら……いいわよ」
「恩に着る」
自分の慣れた職場なら良いが、アウェイで追われる身は精神的に辛い。
これが逃亡せよとの仕事なら良いが、向こうは仕事でこちらは何もない。
人の仕事を邪魔しているという罪悪感から、すぐに逃げられなくなりそうだ。
「宿のお礼と、報酬の前払いだ」
「何々……って! 金貨がこんなにもっ! どうしたのよ! まさかハイエルフが……」
「オークが持っていた」
「オーク? それって、森のボスの……まさかね」
レスティアはまだ何か言いたそうだったが、一先ずは受け取ってくれた。
そうして必要な装備や道具を揃えるので、俺は宿を自由に使って良いとのことだ。
初めての風呂やベッドを堪能し、リーフに悪いと思いながらもゆったりとした一時を過ごす。
やがて、レスティアが帰ってきた。
「ふぅ……疲れた。ただい――ちょ、あんた何やっているのよ!」
「? 何って、ベッドに寝転がっているだけだが」
「そ、それ! アタシが……」
「いい寝心地だな」
身体を包み込むような柔らかな布団。そして、頭をゆったりと支えて沈む枕。
仄かに残る甘い香りが、さらに眠りを誘ってくる。
そこまで説明すると、レスティアの顔は何故か真っ赤に染まっていた。
「ばかっ! 寝ないで済むならこっちに近づかないで!」
「わかった。俺は横になる」
そのまま、床にごろんと寝転がる。
今までは固い地面だったので、フワフワとした絨毯は実に気持ちが良い。
例え寝る必要がなくても、気分だけ寝てしまいそうだ。
そうして床までも堪能していると、こちらを見たままのレスティアが目に入る。
「どうした? 早めに寝たほうがいいぞ」
「着替えたいんだけど……」
「そうか。早くしろ」
「あんたが邪魔なのよ!!」
慣れてきたのか、俺の扱いが雑になっている気がする。
しかし、雇ったのはこちらだ。代わりの人員が確保出来ない以上、多少のことには目を瞑る。
「羞恥心なんて捨てちまえよ」
「あんたが言わないでよ! とにかくむこう向いて!」
その言葉通りに、別方向を向き目を閉じる。
視覚が封じられているせいか、シュルシュルとやけに衣擦れの音が大きく聞こえる。
そして風呂に入って、シャワーの音も、また着替える際の音も、俺の耳には大きな音となって聞こえてきた。
しかし、俺は寝たフリをしてやり過ごす。
やがて照明が落とされると、今度は小さな何かが聞こえてきた。
「……寝て、いるわね」
「起きてるぞ」
「キャア!!」
嘘をつくと、どんな影響が出るかわからない。ここは寝ないアピールのためにも俺という人間をわかってもらう必要がある。
「さっきから音が扇情的だったな。実に良かった」
「バカッ! もう知らない!」
そのままレスティアは、話しかけても反応しなくなってしまった。
仕方ないので俺も寝るフリをしながら瞑想し、作戦決行の朝まで待機した。