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業務外の監視お仕事

 

 彼女の依頼を受けてから三日が経った。

 ハイエルフというのは伊達じゃないようで、出てくる魔物も風の魔法で切り裂いていた。


「それがあれば、オークなんて敵じゃないだろ」

「オークは土に適正があって、風とは相性が悪いんですよ……それと、そろそろこれ、外してもらえませんかね?」


 そう言いリーフがアピールしてきたのは、鎖が繋がれてジャラジャラしたままの手枷だった。

 壁を壊しはしたが、棍棒では頑丈な鎖を壊すまでにはいかない。

 リーフも風の魔法でどうにかしようと頑張ってはいたが、ビクともしないので諦めたようだ。


「棍棒でも短剣でも無理だったんだ。どうやって?」

「そ、それは……えっと、無理でもお願いします!」

「ほう」


 その言葉を受け、俺は短剣を構える。

 そして……自身の左手首を斬り落とした。


「ひっ……」

「ほら、こうすれば外れるぞ。やれるか?」

「ごめんなさいごめんなさい許してください」


 リーフも回復魔法は使えるようだが、さすがに欠損したものを治す魔法は魔力を大幅に使用するらしい。

 出来なくはないが、自分の身を傷つけて解放されるよりは、そのままを選ぶらしい。


「なんだ。根性がないな」

「痛みは消せないんですよ! なんでシャチさんは平気なんですか……」

「仕事のためには痛覚もコントロールしろ」


 この世に労災はない。

 俺のいた場所にも労災はなかった。

 例え通勤中で事故に遭おうが、仕事中に転倒したモノに巻き込まれようが、個人の不注意で片付けられる。

 他の会社ではネコに引っ掻かれただけで労災が使えたりもするらしいが、他所は他所、ウチはウチだ。

 痛覚は身体の味方? 仕事のためには邪魔でしかない。


「あ、あの……どうして手が治っているんですか?」

「健康的な身体。これがないと仕事は達成できないからな」


 そういって、生えてきたばかりの手でリーフの頭をポンと叩く。

 何か言いたそうにしていたが、そういえば今日で三日が経過した。


「時にリーリーさんよ」

「誰ですかそれ。リーフですよ、リーフ!」

「リーフさん。契約の三日が過ぎましたけど、延長されますか? その場合、一日につき追加で一日時間をもらいます」

「うぅ……そうですね、お願いします。なんならここで!」

「水浴びしただけの身体じゃ、報酬の二割にしかならない」

「ひどいっ!」




 二日前に湖を見つけたので、その時リーフは喜んで水遊びをしていた。

 監視は業務内容にはない。しかし、俺はその光景を目に焼き付けた。

 久々だったのか二時間はゆうに経過したが、リーフはまだ水遊びを継続している。

 監視は業務内容にはない。しかし、俺は何も言わずに見守っていた。

 やがて、十分に堪能したのかリーフが戻ってきた。


「ふぅ……良い水でした。どうですか?」


 お得意の風魔法で身体を乾燥させ、一糸まとわぬ裸体を俺に見せつけてくる。

 どうと言われても、ビジネスパートナーに私情を持ち込むのは推奨されない。


「見違えるように綺麗になった。美しいぞ」

「えへへ……では、早速」

「時間がない。早く行くぞ」

「ちょ、まってください! せめて服を!」


 これが二日前の出来事である。




「あれから二日経っている。森を歩いてきたんだ。もう汚れているだろ」

「そうですけど……はぁ、では延長で」

「よろしい」


 契約が延長されたため、護衛の仕事は継続される。

 働いているという実感に、自然と胸が高鳴るようだ。


「うふふ、シャチさんも私と居られる時間が伸びて、そんなに嬉しいんですか?」

「ああ、これが働ける喜びだろう」

「ちょっと何言っているかわかんないですねー」


 そのまま歩いていると、ようやく森を抜けたらしい。

 森の住民と言われるエルフでも、この森は随分と抜けるのに苦労したようだ。


「…………私のハイエルフの里を探していたのですが、結局見つかりませんでした」

「諦めるのか?」

「そうですね。また一人で探しますよ……契約期間も伸びちゃいますしね」


 そういったリーフの顔は寂しそうだったが、深入りはしない。

 彼女とはあくまでビジネスライクな関係でいるためだ。


 森を抜けてしばらくすると、すぐに一つの街が見えてきた。


「あの街に着けば、依頼も終わりだな」

「そうですね。その後、私の時間を四日間差し上げます」

「ああ。宿に着いてからな」




 そんな会話をしつつ、街の入口までたどり着く。

 門番はこちらを見ると、隣のリーフを見て目を見開いた。


「止まれ!」

「真面目でご苦労さまなことだ」

「お前はいい! その……そちらの女性は、失礼ですが」


 門番の視線を追うと、その目はリーフの耳に向けられている。

 やはりハイエルフという種族は珍しいのだろうか。


「? 見ての通り、私はハイエルフですけど……そんなに珍しくは――」

「聞いたか! 急いで貴族に伝えろ! ハイエルフの生き残り(・・・・)がいたと!」

「――――え?」

「逃げるぞ!!」


 俺はまだ呆けているリーフの腕を掴み、着た方角へ走り出した。

 全く動かないリーフはお荷物以外の何物でもなかったので、今までお世話になったオークの棍棒を捨て、代わりにリーフをお姫様抱っこで駆け出す。


 やがて森へ入り、しばらく進むとようやくリーフが落ち着いたらしい。

 その場で降ろし、落ち着くように誘導する。


「はぁ……はぁ……ありがとう、ございます」

「お礼はいい。しばらく隠れていろ」

「……え?」

「俺が一人で情報を集めてくる。ここにいろ」


 頼まれた仕事は、リーフを街まで護衛することだ。

 無理やり街へ入れても良いが、それはただ仕事を達成しただけ。依頼というのは、頼まれなくてもアフターケアまで求められるものだ。


「あの、さっきの方は生き残りって……」

「忘れろ。今から原因調査だ」

「そ、そうだ! シャチさんは何か知りませんか!」

「俺はお前を放置して去るような人間だぞ」

「……そうでしたね。では、お願いします」


 彼女はこのまま森へと残し、一人街へと向かう。

 来た方角はわかっているので、追手が着ていないかを確認しながら再度街へ訪れた。




 仕事に対するトラブルはそう珍しくもない。

 重要なのは、どう対応するかだ。

 再発防止のために徹底的に直すとなると、時間がかかり後ろの作業が滞る。

 かといって応急処置で対応するも、思わぬ時期にトラブルが再発する。

 大切なのは、この見極めだ。


 今回は門番がハイエルフについて過剰な反応をした。

 だとすると、原因は二つ考えられる。


 まず、ハイエルフが人類の敵になった場合。

 もし皆殺しにして、その後ひょこひょことリーフが現れたらどうだ。

 その場合はすぐにでも駆除しなければならない。

 そうなると、リーフを街に入れるという仕事は困難を高めるだろう。


 次に、ハイエルフが絶滅して貴重な存在になった場合。

 平和的な解決になるが、一つ目だった場合のリスクが高すぎる。

 確証が持てないうちはもしもを見据えて、慎重に行動すべきだろう。




 途中に捨てた棍棒を回収し、再び街に着いた。

 先程いた門番は見えないが、代わりに人数が三人ほど増加している。


「……止まれ」

「ん?」

「通行証、あるいは身分証明書を見せてくれ」

「……ないな。金を払うから通してくれ」

「銀貨一枚だ」

「はいよ」

「確かに。通れ」


 俺一人だと、例え棍棒があっても問題なく通過できるようだ。

 どうやら俺の顔を覚えている門番は、最初の一人らしい。

 お金自体はオークの持ち物にあったので助かった。


 そのまま街に入ると、ごく一般的な中世ヨーロッパを連想させるような街並みがあった。

 飛び込み営業では、人の観察とコミュ力が勝敗を分ける。

 ここは人の流れを観察し、人が集まる方へと足を向ける。


 そうして人の流れに沿って歩いていると、周りと比べても一際大きな建物へとたどり着く。

 どうやらここがこの街の中心街、人々の集会所だろう。




 緊張なんてものは仕事の邪魔だ。

 俺は堂々とその場所へ足を踏み入れる。


 そこは、予想通りの場所であった。

 武器や防具などを身に着けている人々の出入り。そして、明らかに人間以外の種族がよく出入りするのを見かける。

 街の入口から一緒だった人物もいることから、ここが仕事の斡旋所のような場所だろう。


 まずは受付に話しかけてみる。


「すみません。この場所について教えてください」

「え? あ、初心者の方ですか? ここは冒険者ギルドといって、冒険者のための依頼を管理する場所です」

「そうですか。私めは情報収集が目的です。情報係のような部署はありませんか?」

「部署? えっとそれなら……ギルド長が詳しいかと」

「なら、取り次いでもらえますか? 勿論、そちらの都合に合わせます」

「とりつ……はい、大丈夫ですが。今は外出中なので、戻るまでお待ちいただけますか?」

「それは、何時頃の予定ですか?」

「え? 今日中ですが……」

「話にならんな」


 今日中というのは、例え深夜でも日付が変わる前ならば文句は言えない。

 まだ昼間なのに、俺に最悪その時間まで時間を潰せということだ。

 暇な時間ほど無駄な時間はない。


「なら、後日出直します」

「は、はぁ……?」


 それだけ言い残し、冒険者ギルドを後にする。

 そう思って入り口に足を向けた時、誰かの肩がぶつかった。


「ってぇな! 何処に目をつけてやがる!」

「すみませんでした。こちらの不注意で。怪我はございませんか?」

「おっ!? おう……こっちこそ悪いな」

「では失礼」


 いくら荒くれ者のようでも、こちらが丁寧に対応すれば矛を収めてくれるらしい。

 できれば男性には美女、女性には美男が適しているが、リーフは森の中だ。

 ここはクレーム対応で鍛えた俺の悲しげな表情で撃退しておく。


 何事もなく退出しようとすると、今度は別の人間に手を掴まれる。

 いきなりの出来事にそちらを見ると、どこか見覚えのある少女がいた。


「見つけたわよ!」

「どちら様で?」

「いいから! こっち来なさい!」


 しかし、いつかと同じように俺はビクとも動かない。


「レ……レ、テレテレさんでしたっけ」

「レスティアよ! 向こうに行くわよ!」


 行くわよと言われても、向こうの説明が足らない。

 説明を催促し、拘束時間とそれに対する報酬を提示してもらう。


 その態度に呆れながらも、レスティアという少女はしぶしぶといった感じでこちらの条件に頷いてくれた。

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