最後に円満退社するだけのお仕事
俺の言葉に、ミリアは呆然といった表情でこちらを見てくる。
「え、ただの人間が、あんなのに勝てるわけ……」
「シャチさん!」
困惑するミリアを他所に、リーフの怒声が響く。
いつものように咎める声ではない。周囲にいる全員が注目するような、本気の怒声だった。
「貴方もあんなのに勝てるわけありません! さっき言ったことは撤回しますから、もう諦めてください!」
「……答えはノーだ」
「なんでですか! 貴方の仕事は終わったはずです! これ以降は報酬も出せませんよ!」
「いい。後は俺がやりたいだけだ。やってやるよ、サビ残を」
「そんな……いくらシャチさんでも、今度こそは」
「俺は死なない」
何も無策で飛び込むわけではない。
勝算は限りなく低いが、時にはギャンブルも仕事には必要だ。
例え求められていなくても、深層心理では求められる。
それが、アフターケアにも繋がってくるわけだ。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「待ってください! 私も!」
「ダメだ。ミリアとセレナを支えてくれ。ここが最後の砦なんだ」
「嫌ぁ! 離してください!」
「ほら、お前さんよ。ここは任せろ。その代わり、アイツは任せたぞ」
「……恩に着る」
最後は取り乱すリーフを、ゴズウィンが引き止めてくれた。
あいつも騎士にしては良いやつだった。
仕事が無事に終われば打ち上げとして飲みにでも誘うか。
……ひとまずは、目の前の仕事を片付けないとな。
「おう、相棒。俺と共にきてくれるか」
いつの間にか身体にはスラリーが張り付いていた。
快諾するようにチョイと身体を伸ばす。
「……俺は死ぬつもりはないからな。死ぬなよ!」
そうして、アースの横を通り過ぎ、今だ移動していない奴の前へ対峙した。
「……お前は邪神なのか?」
「……………………」
「出来れば、元の世界に帰ってくれないか?」
「グォォォォォォォォォォ――!!」
「黙れ」
地の底から這い出てきたような雄叫びが聞こえる。
しかし、今の俺には耳障りでしかない。
「返事はノーってことでいいのか」
「……………………」
「――じゃあ、殺し合いをしようか」
何も反応を返さない。それならそのまま進めるべきだ。
しかし、正面衝突して勝てる相手でもない。
俺と同じ、世界の異物である白衣の男がいた……ということは、あの可能性に賭けるしかない。
「――女神様よ、見ておられるなら、運命に翻弄されし憐れな子羊を救いたまえ」
「……………………」
「――転生したくもない俺が、貴方の望みを叶えたんだ。最後くらい、こちらの願いを聞いてくれ」
困ったときの神頼み。
世の中には、どう考えても解明できない事象は確かに存在する。
説明できないだけで、未知の現象があるのかもしれない。
しかし、神様がいる世界で、神の干渉がないとは言い切れない。
「……シヲ…………セ」
「ん、今何かいったか?」
「…………ワタシヲ、コロシテクレ!!」
「あ?」
女神様は何て言っていた?
俺を転生させることによって格が上がると言っていたはずだ。
そして、その後俺はここで好き勝手やっていた。
その数十年前には、何者かによって施設ほど移動した白衣の男が問題を起こしている。
もしも、あいつのやろうとしていたことが、この世界に移動させた存在への復讐だったなら?
そして女神様は、何かをやらかしたせいで昇級を逃していたら?
いや、そんなことは空想上の理論に過ぎない。
しかし、一度膨れだした疑問は止まることがない。
「あんた、女神様……か?」
「……チガ…………」
『失礼しちゃいますよ! 私をこんな奴と一緒にされるなんて!』
「ん?」
声は下のほうから聞こえた。
下を見るも、いるのはプルプル震えるスラリーだけだ。
「気のせいか」
『違います! スライムですよスライム!』
その言葉にバッとスラリーを引き離して両手で持つ。
『キャッ! あまり乱暴にしないでください』
「……なんか、リーフみたいな女神様だな」
『あのハイエルフのことですか? そんなことより、今は彼を救うのが優先的ですよ』
スライムのまま話されても癒やされるだけだが、内容は実に深刻だ。
このままでは彼は暴走して、王都だけではなく地上の半分を瘴気で覆い隠してしまうらしい。
こうなると、いくら女神様でも手のうちようがなくなるとのことだ。
「事情はわかったが……どうしてスラリーになっているんだ?」
『え、えーと……身近な眷属がいなくて。仕方なく、この方の身体をお借りして信託を授けたわけです』
「なんだ、始めからスラリーとして見守っていたわけでないのか」
『ギクッ……そ、それよりも! 彼女を解放してください!』
多少気になることはあるが、最優先事項は邪神のような彼をどうするかだ。
中身がスラリーではないので、片手で乱暴に掴みながら続きを促す。
「方法はあるのか?」
『痛っ! ほ、方法ですけど……このまま彼の瘴気を吸い取ります。偶然にもこの身体はスライムなので、包み込むようにしたら出来るはずです』
「わかった。俺はどうなる?」
『……なんのことでしょう』
「とぼけるな。世界の異物の果てがコレなら、俺も似たようなものだ」
この世界のバグとも言える。
おそらく、あの白衣の男や施設が転移したのは予想外のことだったのだろう。
そしてそれをどうにかするべく、女神様が動いたのか、動かざるを得なかったのか。
白衣の男は望み通り神になれたとしても、成れの果てがこれじゃ救われない。
「俺もこんな不完全体に変貌する恐れはあるんだろ?」
『今の私なら完全なる人物を呼び出すことができますが、貴方を転生させる以前の私は不完全でした。つまり』
「俺を消滅させたいならさっさとしろ。時間が無駄だ」
『え? 抵抗とかはしないのですか。未練とか』
「頼まれた仕事は完遂した。元々この世界に来たのもついでだったんだ。好きにしろ」
この世界でのバグとなり、後々になってから世界の人々……リーフやミリア達の手を煩わすくらいなら、このまま消滅したほうが早い。
残した仕事も、引き継ぎ事項もなかったはずだ。
これで俺も、円満退社できるというものだろう。
『私が言うのも何ですけど……死ぬつもりはなかったのでは?』
「ああ、誰が死ぬか。他の世界で生きてやるよ」
『…………では、いきますよ』
ズルいと言われるかもしれない。
しかし、抜け穴というのは何処にでもあるものだ。
スラリー……女神様が、目の前の邪神もどきを包み込んでいく。
そして、奴は抵抗もせず、完全に粒子となって消滅した。
『本来ならこれで元通りなのですが……すみません、貴方も魔力が集まると先程の方と同様……』
「覚悟は出来ている。早くしてくれ」
世界の異物、例え閉鎖世界の異物だって、異端だとわかれば駆逐されていく運命でもある。
環境に馴染めなかったというよりは、今回の場合は雇用条件からしてズレていたということだろう。
「最後に聞かせてくれ。他に世界の異物は存在しないか?」
『そうですね……貴方と私、それと、先程消滅した彼以外にはいません』
「なら、この世界の脅威はもう存在しないな」
『ええ、私が世界に介入することは、例外を除きありません。なので、安心してくださいな』
「そうか、そりゃよかった」
そうして、相棒のスラリー……女神様が操るスライムに、俺は全身を包まれた。
そのまま、揺りかごに揺られるように心地よい空間に放り込まれ……俺の意識は消えていった。
最後に、報酬を貰い損ねたなんて、どうでも良いことを考えながら。
◇◇◇◇
禍々しい気配が消え、急いで駆けつけたその場所には、スライムしか存在していなかった。
邪悪な気を撒き散らしていた存在も、それを食い止めるために立ち向かっていった存在も消滅している。
リーフの目に入ったのは、見覚えのあるスライムが一匹だけだった。
「シャチ、さん……?」
返事がないとわかっていても、呟かずにはいられなかった。
その言葉に、同行していたミリアとセレナは顔をそらす。
「気配はないよ。そのスライム以外、何もね」
「あの、その……わたくしのせいで!」
「それはもういいよ。ほら、おいで」
ミリアの胸でセレナはひと目も憚らずに泣いた。
しかし、それを笑えるような余裕はない。
ここにいる人達は皆、消えた人物のことを知っているのだから。
「あの、リーフ……さん。アイツは」
「レスティアさん……レスティア、さんっ!!」
その顔は、かつて三人で旅したことを思い出させた。
そして、重く現実がのしかかる。
「復興作業を行なうぞ! 野郎ども! 冒険者ども、まずは瓦礫を片付けろ!」
「そんな気分じゃ……」
「いつまでウダウダ言ってやがる! さっさと気持ちを切り替えろ!」
男たちは、すぐにアースや邪神の復活で荒らされた街の復旧に取り掛かる。
そして、そんな人々の姿をジッと見つめるスライムだけが、その場に取り残されていた。
完!
最後に少しのエピローグを追加します。
やっぱり終わりはハッピーエンドですね。




