期間不明で護衛のお仕事
彼女と別れた後、再び仕事を求めて歩き出す。
せっかく寝ないで済む身体を手に入れたんだ。こなす業務は一つでも多いほうが良い。
なら、どう動くべきかの確認のためにもこの世界に慣れる必要がある。
まず森に入る。
獣達に襲われて身体を食べられるも、指示された仕事はない。
すぐに再生した身体の動きを確認しつつ、いまだ俺の腕や足を食べることに夢中な獣は放置して立ち去る。
森で巨大なオークが襲ってきたが、仕事ではない。
軽く躱しつつ、オークを無視して立ち去ろうとする。
しかし、後ろからしつこく襲ってきたので応戦した。
俺も指示待ち人間なだけではない。こういう場合は自分で考えて行動する。
吹き飛ばされた腕と、あらぬ方向に曲がった足。
そんなボロボロな状態でもすぐに回復するため、奴の攻撃は気にせずにしがみつく。
ダメージはあるが、こちらもやられっぱなしではない。
しがみつきながらひたすら短剣を突き刺し、やがてオークは絶命した。
仕事も終えたらそのままではいけない。
後片付けをし、ふと違和感を感じる。
こういうときはアレだ。
「オークの死体、ヨシ!」
「オークの武器、ヨシ!」
「周囲の安全、ヨシ!」
「オークの後ろ、ヨ……ん?」
最後の確認をし立ち去ろうとするが、オークの出てきた方角に洞穴を発見した。
あれがこのオークの住処なのだろう。
戦利品としてオークの持っていた棍棒を担ぎ上げながら、その洞穴に近づいていく。
どうやらこの身体は、身体的負荷がかかる荷物を持っても、すぐに回復するおかげで疲れ知らずらしい。
棍棒を担いで洞穴へ入っていくと、内部は松明のようなものに照らされており様子を確認することができた。
「……ん?」
何かの骨や、趣味の悪い生活用品の他に、さらに奥へと繋がる扉がある。
好奇心に駆られて開けてみると、そこには女性がいた。
「…………」
「……生存、ヨシ!」
「ッ! な、なんですか!」
こちらを見ようともしなかったので、まずは安全を確認してみる。
腕が鎖で繋がれ、ボロボロになった衣服と顔をあげようともしないその態度が何があったのかを物語っている。
しかし、息遣いは聞こえてきたので、生存の確認はできた。
その声に女性はようやくこちらを見る。
「え、人間……そ、その棍棒はっ!」
「オークなら倒した。ここは奴の住処か?」
「あ、あの! 倒して下さりありがとうございます!」
「自主的にやっただけだ。依頼でも何もない」
女性は辛かった日々から、ようやく解放された喜びに涙を流しているようだ。
それをしばらく見ていたが、いくら話しかけても反応しない女性に嫌気が差した。
「じゃあ、達者でな」
「ぐすっ……うぅ……えっ? あの」
「なんだ。都合の良いやつだな」
「この鎖、外して貰えませんか?」
そこでようやく、女性は鎖をアピールするようにジャラジャラとさせる。
確かに繋がれたままだと、そのまま逃げることもできないだろう。
「それは俺に対する仕事か?」
「え、違いますが……」
「なら関係ない」
余計なことをして怒られるなら、手を出さないほうがマシだ。
これは自主的な行動だが、もしオークに仲間がいるならそいつに報復されても文句は言えない。
さらに、この女性が囚われた理由も知らない。
可能性は低いが、逃したことによって人間界に影響を及ぼすかもしれない。
「ま、待ってください! では貴方は何で助けてくれたのですか!」
「助けたつもりはない。ただ襲われたから倒しただけだ」
「なら! 私も! 助けてください!」
「キャンキャンうるさい女だ」
鎖は思っていたより頑固な造りになっていた。
ここに工具さえあれば、業者案件を個人でやらされていた経験により分解できたが、生憎と道具はない。
諦めて立ち去りたかったが、無言で見つめてくる女性の眼力に負けて壊すことにする。
「当たったら悪い」
「え? 何を……キャァ! ぐっ……」
少し離れて、オークの持っていた棍棒を壁に投げつける。
その威力で鎖が繋いである壁を崩すことはできたが、重力によって落ちた棍棒は女性の真上に落下したらしい。
いきなりの鈍い衝撃に、女性は気を失ったようだ。
報酬の件もあるので、オークの住処を物色しながら起床を待つ。
革でできた袋に使えそうなものや、いくつか食べられそうなモノを大体積み終えたところで、女性はようやく目を覚ましたらしい。
「……う、うーん」
「起きたか」
「はっ、あなたは……では、夢じゃないのですね……」
放って置くと、また泣き出す女性。
暗がりから居間まで連れてきてわかったが、ボロボロの衣服とそのむき出しになった肌からスタイルの良さがわかる。
泣き顔といい、豊満な肉体といい、これはオークが欲しがっても仕方のない女性だ。
「報酬はあるか?」
「え?」
「あんたを助けた報酬が欲しい。何か出せるものはあるか?」
その言葉に、俺が善意で助けたわけではないとようやく理解したらしい。
何も依頼はない。しかし、彼女は助けを求めた。
それによって発生した仕事。即ち救出したという仕事の達成報酬は貰わなければならない。
「い、いまはこの通り何にも……で、ですが私の街に戻れば!」
「そうか。ならいい」
後払いで、と言われて悠長に待てるほど時間に余裕はない。
向こうが持ってきてくれるなら別だが、相手の都合に合わせてスケジュールを管理されると他の仕事ができなくなる。
「えっと、今は……この身体しか……」
「そうか…………なん、だと?」
腰まで続くような、松明の明かりを反射して輝く金髪。多少くすんではいるが、綺麗にした後はまるでこの世の美のように輝くことだろう。
そして、外人でも珍しかった豊満なボディの女性。
乱れた衣服から覗く艶めかしい肌も、ぴったりと肌に張り付いているドレスがその肉体の美をさらに浮き出させるようだ。
なによりも、その尖った耳。ここが異世界だと思い出させるように、ピンと横に伸びている。この種族は俺も知ってる。
「エルフ……」
「エルフでも、私はハイエルフのほうで、かれこれここで十数年ほど囚われていたのです……普通のエルフなら、既に死んでいたことでしょう」
なんと彼女はここで十年以上も過ごしていたらしい。
オークも代わる代わる世話をしてくれたようで、いまのオークは十六人目らしい。
「あのオーク達も私の相手は一年ほどらしくて……また一年後には違うオークが派遣されることでしょう」
「そいつらを満足させるのがあんたの仕事か」
「うぅ……不本意ですが、生きるためには仕方なく」
彼女は嫌々ながらも、いつか助けが来ることを信じて奉仕し続けたらしい。
それも十年以上というので驚きである。
「気に入った。良い社畜根性だ」
「しゃち……? なので私が出せるものは、この身だけです」
女性が身につけているドレスも、何代か前のオークが着させたものらしい。
しかし身を差し出すというので、もう一度女性を舐め回すように見る。
「な、なんですか……そんなじっくりと見られると……」
「汚い」
「うぐっ……」
「せめて綺麗になった後なら良いが、俺は仕事を求める。報酬は要らないからここでオサラバだ」
そう言い、オークの住処から集めた食料を持ってその場を立ち去ろうとする。
「し、仕事ならあげます! 私を街まで連れて行ってください!」
「仕事? 護衛か。報酬は、あと期間はどのくらいだ?」
「ほうっ……えっと、期間は街につくまで……じゃ、ダメですかね?」
そう言って上目遣いでこちらを伺ってくるが、前世でも交渉は経験した。
甘い誘惑で無茶な条件を突きつけられたことは少なくもない。
「ダメだな。もっとエロくなってから出直してこい」
「エロくっ……これでも、私はモテたんですけど……そうですよね。今は説得力ないですよね……」
「じゃあな」
「ま、待ってください! 期間は街に着くまで。場所はわかりませんが、一日伸びる毎に報酬を加算しましょう!」
「……ほう」
期間がわからないので、延長する毎に報酬を増やす。
悪くない条件だ。ちゃんと時間に対しての価値がわかっている人間には敬意を払いたい。
「ほ、報酬ですが……助けて頂いたお礼も兼ねて、伸びた日数だけ私を好きにできる、とかはどうでしょうか?」
「好きに、とは?」
「えっと……貴方が望むままに、行動させていただきます」
そこまで言うと、女性は恥ずかしそうに俯いた。
自分自身の価値を分かっているのか、分かっていないのか微妙なところだ。
「三日だ」
「え?」
「三日間だけ俺の時間をやる。だから、報酬も最低三日間欲しい」
「それじゃあ……」
「依頼、受けてやる。街までの護衛な」
「ありがとうございます!」
こうして、ハイエルフという女性と共に近くの街への護衛依頼を手に入れた。
決してハニートラップに引っかかったわけではない。仕事が欲しかっただけだ。
「では、早速この身体を……」
「汚い女性は遠慮する。風呂に入ってからじゃないと依頼破棄するぞ」
「す、すみませんでしたぁー……」
同じ洞穴には入ったが、オークと兄弟になるつもりはない。
女性の服になりそうなものを適当に見繕い、どうにかして見れる服装になった女性と共に外へ出る。
「……そういえば、依頼主の名前を聞いていないな」
「え? 私ですか。私はリーフと言います。あの、貴方は……」
「そうだな。シャチク……シャチとでも呼んでくれ」
「多分ですが、それ偽名ですよね!」
「…………本名だ」
名前なんて捨てた。仕事に名前なんて、責任追及のための証拠でしかない。
こうして、責任を押し付けられるだけの名前は死んだ。