楽観視して危機的状況に追い込まれるお仕事
その空間は、真っ白だった。
何も知識がなければ病院だと思ったかもしれない。
しかし、目の前には聞いてもいないのに喚き立てる人物がいる。
「だいたい、アンタもアンタよ! てっきり死んだと思っていたのに、なんでこのタイミングで戻ってくるのよ!」
「はいはい。ちょっと黙っていてくださいねー」
リーフは対応に慣れているのか、軽くあしらって辺りを探索している。
そんな対応をされたら実力行使に出てもおかしくないが、セレナは何かに耐えるように我慢している。
「じゃ、ここは任せた」
「逃すものですか!」
言葉と同時に、目の前で扉が閉まる。
軽く叩いてみるも、ビクともしないようだ。
「すごい技術だ。まさか言葉に反応して動作する仕組みとはな。この部屋といい、ここだけテクノロジーが進化しているようだ」
「え? ま、まあ! よくわかりましたわね。わたくしの叡智の結晶ですわ」
澄ました顔で言っているが、この世界の住民であるセレナにここまでの仕組みが開発できるはずがない。
状況分析だ。
まず、この地下だけオーバーテクノロジーすぎる。
俺の世界でもここまで厳重なセキュリティシステムは限られる。
大方どこかの実験施設、研究施設がまるごと転移してきたのだろう。
そして、この部屋の何処かに収容されているというハイエルフたち。
そんな仕組みをこの世界の住民が考えつくものなのか?
可能性は低い。
さらに、セレナという人物はお世辞にも頭が良いようには見えない。
俺を放置してリーフにジャレついているのがいい証拠だ。
つまり、こいつは利用されているだけで第三者の介入があったと考えるのが自然だろう。
「あっ、こっちに扉がありましたよ。もしかしてこの向こうに……」
「そっちは!」
「待てリーフ。迂闊に扉を開けるな。もしかすると」
その言葉は少し遅かった。
既にリーフは目の前の扉を開け、中を覗き込んでいる。
そしてそのまま、固まっていた。
「……おや? また上質な反応を持つ者がやってきましたね」
「えっ……誰、ですか?」
「ちょうど良いですね。十数年貯めた魔力もあと少しで目標に届きます。そろそろセレナさんも呼び出して、貴方にも手伝ってもらいましょうか」
「おい、俺の仕事を横取りするな」
「ん? 貴方は……」
そこにいたのは、白衣を来てメガネをかけた男だった。
見るからに研究者ですという風貌はどうでもいい。
問題は、この世界でメガネをかけているという点だ。
「何ですか貴方。あ、セレナさんもいたのですか。その男を洗脳して追い出してやりなさい」
「あの、先生。この方にわたくしの術は効きませんの」
「ほう……ならばこの私が直々に処理してあげましょう」
そういって男はスタンガンのようなものを取り出した。
しかし、奴の動きを止める方法は知っている。
「マッドサイエンティストか」
「その呼び名……っ!」
この世界にも研究者はいるだろう。
しかし、メガネなんてものをかけた研究者はいない。
そんなものは、こちらの世界に存在しないはずだから。
「フフッ、驚きましたね。まさか同郷の方とは」
「同郷とは限らないが、お前と同じくこの世界の異物ではある」
言葉が通じる以上は同郷かもしれない。
しかしここは異世界だ。日本にいても怪しい人物なので、もしかすると外国の方かもしれない。
「ならば貴方も協力してください。私は今から、この世界の神となる!」
「何言っているんだこいつ」
とりあえずムカついたので、自身の腕を切り落として投げつける。
牽制としては効果があったらしい。奴は大げさに飛び退いて壁に頭を打っていた。
ざまあ。
「あ、あの? シャチさんの知り合いですか?」
「知らん。だがこいつは危険人物だ。離れろ」
「チッ、そうはいきませんよ!」
「キャッ!!」
壁側にリーフがいたのがいけなかったらしい。
奴はすぐ側にいたリーフの腕を取り、首元にスタンガンを構えた。
「この方はどうやら、貴方のクライアントみたいですね。このままどうなっても良いのですか?」
「人質か。やることがゲスいな」
実際リーフだけならなんとかなるだろう。
最悪気絶するだけなので、その隙きに回収したら良い。
だが、俺の位置からはリーフの腹が小刻みに振動しているのがわかる。
決してリーフが腹筋を鍛えているわけではない。
張り付いたスラリーが怯えているのだ。
あいつには世話になった。一刻も早く助けてやりたい。
「ちょ! 離してください!」
「フフッ、そういえばお仲間を探していましたよね。すぐに会わせてあげましょう」
「何でそのことを……」
「チッ、そうか。監視していたのか」
あまりにも異世界に慣れすぎて気にしていなかった。
しかしこの空間だけは別だ。
上を見上げると、監視カメラのようなものがいくつか設置してあった。
この分だと盗聴器も仕掛けてありそうな雰囲気だ。
「では、貴方は邪魔ですよ。さようなら」
「え! 先生、わたくしまで連れ込んで……!」
「しまっ……!」
気づいて駆け出した時には既に遅し。
奴はそのままリーフとスラリー、そして近くにいたセレナを奥の部屋に連れ込んだ。
同時に、ピシャン! と扉が閉まる。
「……ダメか」
奥の部屋へ繋がる扉は、びくともしない。
周りを見渡すも、この部屋は監視カメラのようなものと、入り口の扉。あとはごちゃごちゃとした医務室のような感じでベッドや机が置いてあるだけだ。
しかし、リビングとも言える空間は一つの居住空間にも思える。
セレナはここでのんびり過ごしていたのだろうか?
それをアイツが監視する? 中々の変態らしい。
しかし、そんな余裕も聞こえてきた警報によって無くなった。
「警告。警告――防衛モード起動。この空間は三分後に廃棄されます。速やかに避難してください」
「マジかよ」
避難と言われても、前の扉も、奥にある扉も頑丈に閉まったままだ。
ダメ元で走って両方確認したが、やはり硬く閉ざされている。
「ま、死ぬことはないだろ」
例え空間ごと潰れたとしても、俺が死ぬことはない。
そんな感じで楽観視していると、全くノーマークだった方向……ベッドがいくつか並べてあった方角から声が聞こえた。
「う、うーん……ミリアぁ……」
「オイオイオイ、死ぬわこいつ」
そこには、多分リーフ以外の全員……俺ですらその存在を忘れていたレスティアが寝ていた。
「残り一分。速やかに避難してください。この空間は廃棄されます。繰り返し警告――」
状況が変わった。
これは不味い。




