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ネバネバを観察するお仕事

 

 いつまでも空の旅は続かない。

 飛翔があれば自由落下の時間もあるわけで、俺たちは壁の向こうへと落ちていた。

 地面が近づいてくる。


「いやああああああああああ!!!!」

「……っと、フッ! これで私はっ」


 ちゃっかりと自分だけ助かろうとしているリーフはともかく、俺とレスティアは風魔法を使えない。

 やがて、地面にめり込むとかいうところで、目の前に水色の物体が滑り込んでくる。


「うぶぶぶぁあ!」

「ぐがっ、なん、だこれは!」


 俺たちはそのまま、水色の物体へと衝突する。

 しかし、何か柔らかいものに包まれたかのように落下の衝撃は吸収され、グニグニと揉まれた後に優しく地面に下ろされた。


 そして、まるで嘲笑うかのように上空からゆっくりと降りてくるリーフ。


「……大丈夫ですか?」

「ああ。しかし、一人だけ助かるとはいい度胸じゃないか」


 水色の物体のおかげでなんともなかったが、これがなければ俺とレスティアは地面に衝突していた。

 もし俺が血だらけだったなら許していないところだ。


「急に飛ばすほうが悪いんですよ! 私だって自分の身が可愛いんです!」

「ほう……なら依頼の報酬には連続バンジーでも」

「ごめんなさいもうしません許してください」


 そして無事だったのはいいが、地面が近づいてくる恐怖が強烈だったのかレスティアは意識を失っていた。


「こんなことで気を失うなんて、根性のないやつだな」

「……私にはシャチさんの根性論が理解できません」




 介抱はリーフに任せ、助けてくれた水色の物体を見る。

 意外にもそれは、見たことのある生物だった。


「お前! 着いてきたのか!」


 その言葉に、水色の物体はウネウネと嬉しそうに蠢く。

 アースの住処にいたスライムだった。


『言い忘れていたが、我が外の話をするとアヤツも行きたいと申してな。今回は我の背中にひっついて来てしまったようだ』


 壁の向こうから声が聞こえてくるが、こちらからの声は届かないだろう。


「だから今回は魔力が余計に……あとシャチさん。召喚した本人なら念話で会話ができるはずですよ」

「そうなのか」


 早速なので、アースに念話を送ってみる。


『事後報告は許さんぞ』

『ん? この声は人間か? 脳内に直接響く声も懐かしい』

『過去はいい。ならこのスライムは仲間みたいなものか』

『我は長いことアヤツと一緒に過ごしていたからな。役には立とう。お主のことも嫌ってはいないようだ』


 目の前のスライムは相変わらずウネウネするだけだ。

 しかし、こちらの感謝は伝わっているようで、撫でてやると実に嬉しそうにウネウネする。


『まあいい。アースもこっちに来れるか?』

『フン。この程度の壁乗り越えるには造作もない。が、我は目の前に群がる蟻共で遊ぶことにしよう』


 おそらくアースを呼んだときに集まった門番だろう。

 外ではいきなりアースドラゴンが現れたことで騒ぎになっているが、俺たちの目的を果たすにはちょうど良い。


『このまま中を探索する。また何かあれば呼ぶから待機してくれ』

『よかろう。我はそれまで遊んでいるぞ』


 壁の外からブレスが放たれたような音や、男性の怒声がここまで聞こえてくる。

 そして、ブレスが放たれるたびに地面の振動がこちらまで伝わってくる。


「あの、思った以上の大事になっているのでは?」

「都合が良い。騒ぎに便乗するぞ」


 夜だというのに、王都にはうるさいくらいの警報が鳴り響いている。

 そして外に向けて武装した人々が次々に走っているのが見える。


 そんな光景を目にしつつも、俺は目の前のスライムを撫でるのに夢中だった。


「よーしよしよし。いい仕事をするなお前。名前はあるのか?」


 念話はない。

 しかし、まるで首をかしげるかのようにハテナマークを表現する。

 どうやら見た目以上に頭が良いらしい。


「よし、今日からお前はスラリーだ。よろしくな」


 俺の知っているスラリーとは泥の混ざったネバネバする液体だが、逆に馴染みの深いモノでもある。

 このスライムとは似てもつかないが、俺と共にするスライムにはちょうど良い名前だ。


 スラリーは気に入ったようで、俺を包み込むかのように身体に張り付いてくる。

 しかし、そこに不快感はない。


「ハハッ、そんなに喜ぶなよ」

「あの、そろそろ移動を……」


 その声に、スラリーは初めてその存在に気づいたようだ。

 レスティアに膝枕をしているリーフに飛び移った。


「きゃっ! 何をっ、嫌! やめてください!」


 俺に纏わりついたのと同様にリーフにも友好を表現するかのように張り付く。

 不快感はないはずだが、スライムに対する嫌悪感はあるらしい。

 リーフは振り払おうと必死にもがいているが、スラリーは逆に巨大化してリーフと、ついでに転がされたレスティアの二人を包み込んでしまった。


 そのままスラリーの中で揉みくちゃにされる二人。

 透明なのでその光景がハッキリと観察できる。


「ほう……良い仕事をするな」

「ぷはっ! 見てないでたすけっ!」


 スラリーは遊んでいるだけのようだが、リーフにとっては溺れないように必死のようだ。

 いつまでも眺めているわけにはいかないので、俺はスラリーに手招きしてこっちへと戻るように伝える。


 やがて、解放されたリーフと気を失ったままのレスティア。

 俺の身体にピッタリと張り付いたスラリーが向かい合った。


「うぅ……まだ身体に張り付いて気持ち悪いですぅ」

「そんな事言うな。スラリーがかわいそうだろ」


 悪気があってやったわけではない。こいつはいい仕事をした。


「そんなこと言っても! こればかりは気を失ったままのレスティアが羨ましいですね」

「まあ、その惨状で放置も中々だが」


 スラリーに遊ばれたせいでリーフもレスティアもベタベタだ。

 服が身体にピッタリと張り付き、身体のラインがひと目でわかる。

 リーフにいたっては、持ち前のワガママボディと色気を醸し出す服のシワが絶妙なラインを攻めている。

 この俺が、思わず仕事放棄をしたいくらいだ。


 レスティアは見るまでもなく平坦だ。地面とあまり変わりがない。


「こんなとき水魔法が使えれば」

「無いものねだりしても……ん? どうした」


 リーフの言葉に、俺に付いていたスラリーがモゾモゾと動き出す。

 そして、リーフとレスティアのすぐ真上から、まるでバケツをひっくり返したかのように水がかけられた。


「ぶはっ! 急に何をっ……キャア!」


 続けて、二杯目。

 三杯目……とかけられたところで、スラリーは満足したらしい。

 最初と同じように俺に張り付いて静止した。


「……よかったな」

「ここまでは望んでなかったのですが、ありがとうございます」

「う、うーん……一体何がっ、え? 冷たっ! 何これぇ!」


 ネバネバを洗い落とすついでにレスティアも目覚めたらしい。

 残念ながら事は全て終わったなので、リーフにとっては一人だけ辱めを受けたことが不満だったようだ。


「……飛ばされた後のことは覚えていないんですね」

「そうだけど、この冷たさ! まさかっ」

「感謝してくださいよ? 漏らしたのを目立たないようにしてあげました」

「嘘っ! キャァァァ!! あ、えっと……ありがとう、リーフさん」

「いえいえ、同じ女性ですから」


 そんなリーフは、何事もなかったかのように服を乾燥させた後だ。

 風魔法はドライヤーの代わりにもなるらしい。


「えっと……下着、変えたいんだけど」

「ん? そこら辺で履き替えてこい。早くしろよ」

「う、うん……ありがとう、ね?」


 立ち去ったレスティアを見送りながら、リーフをジト目する。


「……何が言いたいのです?」

「いや、容赦ないなと思って」


 職場での女性同士の戦いは恐ろしい。

 男性には愛想よくする裏で、バチバチと火花が散っているくらいだ。

 女性用トイレなんて魔境は、下手なダンジョンよりも恐ろしい。


 下手に触れないほうが良いと判断して、戻ってきたレスティアには何も言わず城を目指して移動する。


「そういや、王都の何処にいるか知っているのか?」

「え? そんなの知るわけないじゃない。アタシはここまでの道案内とただの戦闘要員よ」

「スラリーのように癒やし要員でもなければ、リーフのようにお色気要員でもない。使えないな」

「……今、何て?」


 リーフは無視して、警備が手薄になっている城を目指す。

 普段は冒険者なども酒場などにいるようだが、今は外でアースが暴れているおかげでそれらしき姿はみない。


 そして、城の前までたどり着いたとき、前にいたレスティアとリーフ、二人が急に倒れた。


「どうした! 過労か!」


 前触れもなく倒れるなんて、何か異常事態が起きているに違いない。

 瞬時に注意を周辺に向けると、スラリーが何かに反応した。


「何があっ……ぐ!」


 覚えているのは、後頭部を襲った衝撃と、俺から離れていくスラリーだった。

 それを最後に、俺は意識を手放した。

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