足止めのお仕事
「……さん……ますか? 聞こえますか?」
「ん?」
目が覚めると、白い空間の中に俺はいた。
おかしいな、デスクに向かって納入処理をしていたはずだが。
「突然ですが、あなたは死んでしまいました」
「それより働かせろ」
「え?」
「俺はまだやらなければ行けない業務が山程残っているんだ。俺が死んだなら引き継ぎ業務もしなければいけないし、あとはシステムの再構築と、穴埋めとして他の部署から人員補充、あとは……」
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたは死んだのですよ!」
「それがどうした?」
例え死んでも、欠員が出た事実には変わりない。
今までの業務を人が少ない状態で回さないといけないんだ。だとすると影響がでそうな部署と、多少作業が遅れても大丈夫そうな部署をピックアップし、なおかつ使えそうな人材をどう派遣するかの判断が必要だ。
俺が死んだなら、代わりにあの部署からあいつを……死んだ?
「俺が、死んだ?」
「さっきからそう言ってます! ようやく自覚して頂けましたか?」
目の前の人物は女神様らしい。
どうやら無理が祟って過労死した俺を憐れみ、今度こそは幸せになってほしいと別の人生を選ばせてくれるようだ。
「……ですので、新しい世界では幸せになれるように能力を」
「寝ないで済む身体が欲しい」
「え?」
「人にとっての一番の欠陥は睡眠だと思っている。時間さえあれば様々な仕事が終わるが、睡眠という時間のせいで終わらない仕事もある。最低二時間までは削れるが、ソレ以上削ると各仕事へのパフォーマンスの低下が……」
「わ、わかりました! ですが! もう無理して働かなくてもいいんですよ?」
まさに女神の微笑みといったものを俺に向けてくるが、その言葉に絶望した。
「俺の存在意義がなくなる。俺に死ねと?」
「えと、死んでますけど……」
「働いていない人生なんて死んでいることと同じだ。ならこのまま消滅させててくれ」
元の世界に戻れないというなら、既に俺は用済みということだ。
新しい職場で上手く遣れるかもわからない。また一からやり直すよりは、いっそこのまま消えてしまったほうが良い。
「ま、待ってください! 私はあなたを転生させることで格が上がるので、その、困ります」
「……格? 昇格できるのか。ふむ、俺がネックで昇格できないとなると、職場のお荷物は俺か……」
望んでもいないのに押し付けてくる上司はどうかと思うが、この女神は俺が転生することによって昇格できるらしい。
彼女はそれを望んでいるようなので、俺の犠牲で昇格できるなら安いものだ。
「わかった。取引しよう。で、俺は何をすればいい? 報酬と拘束時間はどのくらいだ? それによっては出来る作業も……」
「何も要らないので! あなたの望みを言ってください!」
条件を付けてくるので取引先に指名したが、ビジネスパートナーにしては無欲な神様だ。
しかし、俺の望みは変わらない。
「寝ないで済む身体がほしい」
「……わかりました。疲労を即回復できるようにしましょう。それと、脳への影響が出るので身体機能もすぐに回復する身体を与えます」
「あと仕事だ。退屈しないように激務だとなお良し」
「それは……あなたの行動次第です」
この取引先は、俺の能力によって仕事を与えられるかどうか懸かっていると言いたいらしい。
「俺が有能か無能か、そこから見守っていろよ」
「えっと……貴方は優秀な方だと……」
「取引先に相応しくないと思ったら、即切ってくれても構わない。しかし、事前報告だけはしてくれ」
「取引? それに撤回することは……」
「時間が惜しい。決定なら即動いてくれ。この時間が無駄だ」
「…………ああもうっ! 知りませんからね!」
そう言い放ち、俺は光に包まれる。
新天地では職にあぶれないと良いが、一体どんな場所だろうか。
目が覚めた。
辺り一面、草原だった。
青空には小鳥が飛んだり、そよ風が吹いていたりと、子供の頃に父親と二人で語りたいくらいの緑が広がっていた。
「さて、状況把握はこんなものだろう」
ここには誰も居ない。つまり一人の力で仕事を遂行しろということだ。
今俺に与えられた仕事は…………何も、ない?
「思えば転生させたいという願いを聞いただけだ。俺にはやることがない」
仕事がなければ生きる意味もない。
緑一面の大地を、仕事を求めて彷徨う。
やがて、第一村人というべき人間を見つけた。
「おっ、あいつなら仕事をくれるか」
「――――っ!!」
「すみませーん」
「!! 何でここに人が……いえ! 早く逃げなさい!」
近づくと、その人物は切羽詰まったような少女だった。
後ろから何か異型の化物に追いかけられているようで、まともに話を聞けそうにない。
「俺に仕事をくれ」
「そんなことより! 逃げるわよ!!」
すれ違いざまに腕を引っ張られるも、俺はその場から動かなかった。
ビクともしない俺に、逆に彼女のほうが急停止をかけられる。
「きゃっ! 貴方っ! 死にたいの!」
「俺に仕事をくれ」
「……もうっ! そんなに仕事をしたいなら! あいつを足止めしてよ!」
キレ気味にそう言われ、目の前に迫ってきた異型を正面から見る。
足は六本。その駆動性から敏捷な動きを予想できる。そして、目が何処についているかわからない。目眩ましの効果は薄そうだ。
目の前に半開きの口が迫ってくるが、今の俺は身一つしかない。彼女の方はボロボロになった鎧と、短剣が一本あるくらいだ。
「なら、短剣をくれ。君は離れていると良い」
「なんでよ! 貴方を残して逃げるなんて――」
「仕事の邪魔だ。どっかいけ」
二人でやるよりも、一人で行ったほうが効率が良い。
何もできないで逃げるような人間に、この場で仕事は任せられない。
「貴方……いえ、そうね。そんなに死にたいならお望み通りにしてあげるわ! 私を恨まないでよね」
「ああ」
それだけ伝えて、彼女の残した短剣だけを手に持つ。
異型は既に目の前に迫ってきている。
俺はそのまま――――食べられた。
「…………っ! …………っ!!」
「さあ、もっと食べろ。腹一杯になるまでな」
後ろで誰かが叫んでいるが、そんなものは気にならない。
痛みが絶え間なく襲ってくるが、そんなものは仕事に必要ない。
俺に今求められている仕事は……俺の身体で、こいつの腹を満たすことだ。
「――グアゥ! グガガアアア!」
「……何だ、もう終わりか? まだまだあるぞ」
左腕が食べられたあと、右半身を差し出す。そしてその頃には……左腕が再生していた。
俺が女神様からもらった身体は、四肢の欠陥も即座に再生してくれるらしい。
そのまま数分は齧られていただろうか。
やがて俺の身体にも飽きたのか、異型の化物は俺から視線を逸らす。
「満足したか? 俺はまだまだ……満足できねェぜ!」
「グガガァァ!」
今の俺に与えられた仕事は、この化物の足止め。しかし――
「足止めしてとは言われたが、倒すなとは、言われていないよな?」
業務内容に書かれていないことを求められるのも常だ。
今回は口約束のため確認できないが、彼女の姿から察するに討伐してもらいたいことは確実だろう。
俺は右手に持った短剣で――自身の左腕を斬り落とす。
そして、即座に回復した左腕で、その斬り落とした腕を投げつけた。
あまりダメージになっていないようだが、それで良い。
「グァアゥ?」
「――さあ、殺し合いをしようか」
俺が来たときには広がっていた青空も、今では漆黒の闇に染まっている。
辺り一面の緑は、月明かりで照らされても鮮やかな緑には見えない。
そのまましばらく寝転がって空を見上げていると、近くに人の気配を感じた。
「…………驚いたわね」
「ん? どうした」
横を見ると、昼間の彼女がこちらを見下ろしていた。
彼女はスカートを履いていたが、夜の暗さからかその中身も、彼女の顔も見えない。
「貴方の戦い方もそうだけど……本当に倒してしまったのね」
彼女の視線は、俺の真横に放置された塊に向けられている。
あの時俺たちを襲ってきた、化物だったものと、俺の腕だったものが何十本か転がっている。
「もしかして、倒すと不都合だったか?」
「いえ、助かったわ。まさか倒してしまうなんて思わなかったけど……」
書いていなかったことなので、これで業務違反とならなくて安心した。
彼女は転がった腕とこちらを比べると、さも不思議かのように聞いてくる。
「……その腕、本物? なんで再生して――」
「社外秘だ」
まだ会社は立ち上げていないが、今みたいに化物を倒す業務も悪くないかもしれない。
せっかく睡眠が要らない身体になったんだ。それを会社の為に役立てなくて何が社畜だ。
「……まあいいわ。貴方、何をしたの?」
「腕を投擲、短剣で切りつけ蓄積ダメージで倒した。方法は、満腹で動作が鈍いところを無理やり喰わせ、動作を停止させた上での持久戦だ」
業務完了報告はその詳細も求められる。報告は結果から簡潔に、だ。
「あ、ありえないわ……」
「無理でも、求められた仕事はベストを尽くさないとな」
昔の上司も言っていた。チャレンジ精神は大事だと。
例え無理そうな仕事でも、死ぬ気でやればなんとかなるはずだと。
まさか本当に死ぬとは思わなかったが、ここでは死ぬことは無さそうなので、どんな仕事でもなんとかなりそうな気がしてくる。
「さて、仕事は終えた。報酬を貰おうか」
「え?」
あの時は有耶無耶になってしまったが、危険な仕事には相応の報酬が支払われるべきだと思っている。
そこでようやく立ち上がり、俺は目の前の彼女を見据えた。
「そ、そんなの……聞いていないわよ!」
「そうか……ならいい」
事前に契約もしていなかった手前、報酬が無くても仕方ない。
タダ働きなんて珍しいものでもないので、今回は俺のツメが甘かったと反省するべきだ。
その言葉には彼女も意外だったようで、さっきとはうって変わって報酬を提示してきた。
「な、何もお礼はできないけど、その短剣はあげてもいいわ! それと、レスティアという冒険者を助けたという名誉が……」
「その名前は有名か?」
「え? いや有名というほどじゃ……」
「なら要らない」
中途半端な名誉は邪魔なだけだ。
こちらの能力がわからない連中に、何でもかんでも仕事を増やされるわけにはいかない。
それを最後に、目の前の彼女に背を向ける。
「ちょ、待ちなさいよ! 貴方は……何?」
「何とは失礼だな。人間だ」
「このヴェノムキマイラを素手で倒す人間なんて、聞いたことがないわよ! それにその戦い方、あなたは平気なの?」
「何が?」
「その……腕とか、たくさんあるけど」
「関係ない。仕事を遂行できるかどうかが大事だ」
それだけ言い残し、彼女と別れる。
のちに、こう噂される。
身体一つで、危険を顧みずに何でもやる傭兵がいる、と。
その異常な戦い方から人々に恐れられることになるが、仕事が減らない限り彼がそのことに気づくことはないだろう。
理不尽を思い出し、衝動的に書きました。
寝ないですむ身体ほしいです。
日曜のみの社畜なので、日曜のみ更新するつもりです。