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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第一章 第四王子と血薔薇の令嬢
6/28

6話

 目が合ったことが少しばつの悪い気分になったのか、すぐにラシェット様はその視線を外し、何かを言いかけたが、その先が続かない。

 やんわりと、微笑みながら無言でその先を促したのは私からだ。

 その私の微笑を受け、ラシェット様は迷う仕草を見せた後、結局口を開く。

「…………もっと、取り乱すのではないかと思っただけだ。泣くとか、わめくとか」

 言われて、ああ、と再び納得した。

 確かに普通の令嬢ならばこんな状況に陥れば取り乱してしまって、とても落ち着いてなどいられないだろう。

 ただ王子の馬車に同乗しただけ。

 訳も判らず攫われて、これから先自分達は……自分はどうなるのかと怯えて、震え続けているはずだ。

 例え助かったとしても、もし誘拐されたなどと言う噂が社交界に広がれば、その噂は確実に女性の側の傷になる。不安と恐怖と戸惑いで、頭の中を飽和させていても無理はない。

 だけど私は、少なくとも目に見える形では一切、怯えた様子も、取り乱す様子も見せていない。

 男たちに襲われた時にも、馬車を乗り換えた後も、そして現在に至るまで、淡々と静かに従っている。

 そんな私の姿がラシェット様の目には、異質に見えるらしい。

 もちろん泣きわめかれ、騒がれるよりは静かにしていてくれた方が彼としても有り難いはずだけど……逆に静かすぎるのも、その内心が図れずに気味が悪いだろう。

 そんなラシェットに、私はにっこりと再び微笑みを向ける。

 およそこの笑みも、今の雰囲気には非常に不釣り合いなことは承知の上だ。

 他の令嬢達のように可愛らしく怯え、泣いてみせることが出来ればもっと違った人生を歩めたのかもしれないと思うけれど、そういった生き方はせずに、今の自分を選んだのは私自身。

 他の令嬢と同じような振る舞いしかできないなどまっぴらごめんだ。

「ご期待に添えず、申し訳ございません。実は私、こういうことには結構慣れておりまして」

「慣れているって……」

「はい。恋情や憎悪、恨みに謀略。私の周りでは様々な感情や謀が蠢いておりますから。王子の皆様方ほどではございませんが、騒動の種は尽きませんから」

 誰かの恨みを買うのも、逆に恋い慕われてしつこく追いかけ回されることも、邪魔者扱いされて社会から切り捨てようとされるのも、別の誰かの騒動に巻き込まれるのもこれが初めてではない。

 血塗れ侯爵だの、血薔薇の令嬢だの、物騒な通称が存在するだけの理由はあるわけだ。

「その度毎に、きちんと自分の手で切り抜けております。それができなくなった時が、私の命運が尽きる時なのでしょう」

「お前……」

「私がここで退場するようなことがあったとしても、私の命運が尽きただけのことです、どうぞ捨て置き下さいませ。殿下がお気になさる必要はございません。アストロード様も承知して下さいます」

 だからこれ以上、ラシェット様が私を庇う必要はないと、そう伝えたつもりだった。

 そういうことならば、と彼が納得して引き下がることを私は想像していた。

 でも、私のそんな想像に反してラシェット王子は、納得するどころか逆に猜疑心を強めたのか、何を言っているのだ、こいつはと言わんばかりの視線を向けてくる。

 そう難しい話をしたつもりではないのに、どうやら私の言い分は彼のお気に召さなかったみたいだ。

 それどころか、少々彼のお怒りも買ってしまったらしい。

「お前な。そう言う考え方というか、そう言う主義は良くないと思う。感心しない」

 憮然とした表情は険しいのに、元が繊細な顔立ちのせいか迫力はない。

 彼が、怒った時のアストロード様のような、問答無用で他者を威圧するような眼差しを身に付けるには、まだしばらくの時間が掛かりそうだ。

 それにしても感心しない、だなんて。

「私の記憶にある限り、ラシェット様にはいつも反感を頂戴してばかりで、感心して頂いた事は一度もないと思いますけど」

 まるで日頃から感心されることもあるみたいな言い方だと、素朴な疑問を口にしただけだ。

 でもそれもまた彼の気に障ったらしく、みるみるうちに、王子の繊細な顔立ちが、苛立ちと怒りの表情に変わっていく。

 王子の怒りを買ってしまったと、震え上がるところなのかもしれない。

 残念ながら私にしてみればラシェット様のこの表情は常に見慣れた普段通りのものなので、何の感慨も抱かなかったけれど。

「平気な顔をして当たり前のように開き直るな! 大体、前から思っていた事だが、お前はどうしてそう享楽的というか、刹那的というか、人の反感を買うような真似ばかりしているんだ」

「どうしてと言われましても」

「身分にも、容姿にも、教養にも不足はない。お前がその気になって自分の言動を改めれば、少なくとも誰からも表立っては非難されることのない王太子妃になることもできるはずなのに、お前はあえてそうしないように見える。兄上の為に、身を慎もうと言うつもりはないのか!」

 一気にまくし立てられるように怒鳴られて、私は半ばぽかんとしたようにラシェット様の顔を見つめ返した。

 そのぽかんとした顔が再び彼の気に障ったのか、

「思いがけないことを言われた、と言わんばかりな気の抜けた顔をするな!」

 またお叱りを受けるけれど、仕方ないだろう。

 実際に思いがけないことを言われたから。

 だけど、ああ、そうか。

 てっきり私がアストロード様に相応しくない令嬢だから嫌われているのだとばかり思い込んでいたけれど、それだけではなくて、私自身が王太子妃に相応しい態度に改めようとしないことにも焦れていたようだ。

 相応しくない者は排除すれば良い。その方がずっと簡単だ。

 そう考えるのが宮廷での多くの意見だけれど、ラシェット様は少し違うようだ。

 この王子は私が思う以上に、お人好しな性格であるらしい。

 幼い頃から王子の中では後ろ盾も支持者も最も弱い立場で、辛い思いも身の危険も数限りなく感じてきただろうに、彼の心は他の王子達よりもよっぽど真っ直ぐだ。

 あの王宮の中で、どうやったらこんなお人好しで真っ直ぐな心のまま成長できるのだろう。

 ……第四妃……彼の母親の影響だろうか。

 直接の面識がないのではっきりしたことは判らないけれど、元オルコット伯爵令嬢だったその人は、心穏やかで大人しげな女性であり、それが国王陛下のお心に触れたのだと聞いたことがある。

 だけど人の心とは変わる。

 華やかではあっても、多くの悪意と欲望が渦巻く王宮の中で、かの妃が変わらずにいられるとは思えない。

 実際その母親は、力が弱いとは言え自分に取れる精一杯の手段で、この王子を守っている。

 だからこそ、ラシェット様は十六の今の年まで王子として生き延びてこられているのだ。

 でも……少し困惑してしまった。

 人を嫌うだとか恨むだとか、そういった感情は大いに理解できる部分ではあるけれど、私には思いやりだとか気遣いだとか、そういった人の綺麗な心は少し理解しがたい。

 先ほど庇って貰った時と同じように、どうしても、その裏があるのではないかと考えてしまう。

 これで自分の本意を隠して、私を惑わせているのだとしたら彼は大した策士だ。

「……ですが、私が身を改めて、非の打ち所のない王太子妃になっては、あなた方がお困りになるのでは?」

「どうしてだ」

 どうしてと言われても。

 もっと王太子妃として相応しい言動をしろ、だなんて、普通あなたの立場では言えないでしょうに。

「それだけ、アストロード様のお立場が、確かなものになってしまうでしょう。王位継承権を争う王子殿下としては、都合がよろしくないはずです」

 すると、ここで深い溜息を付かれる。

 私の言葉は、明らかに、いつも以上に彼のお気に召していない。

 そもそも、そう言う考え方そのものがおかしいとでも言われているかのようだ。

「俺は、別に王になりたいなどとは思っていない。兄上が王となって立派にこの国を導いて下さるのであれば、俺は可能な限り兄上のお力になりたいと思っている」

 俺。俺と仰いましたか。

 私が知る限り、ずっと人前では「私」で通していたはずのラシェット様が俺。

 地はそっちですか。

 私生活ではどうやら自分の事をそう言っているらしい。同時に私に向けていたささやかな礼儀は、不要だと判断されたということか。

 まあ別に、どちらでも良いのだけれど、ただちょっと、この繊細な顔立ちの王子には「俺」はあんまり似合わないような気がする。

 少し論点のずれたことを考えている私の内心になど、気付く様子もなくラシェット様の熱弁は続いた。

「王位継承争いなどくだらない。国内には他に多くの問題が山ほど転がっているというのに、その問題を解決しなければならない王宮がこのような問題で、多くの手間を取られていることの方が無駄だ」

 確かに国民からすれば、国を正しく治めてくれるのであれば王が誰であっても構わないだろう。

 理想なのは、四人の王子が争うことなく仲良く手を繋いで、国を治めていくことだ。

 もちろん、今の状況では夢物語以上の何物でもないけれど。

「俺は、早く兄上に王位を継いで頂きたい。そのためにも力ある王太子妃が必要だ」

「はあ……」

「なのにその兄上が唯一寵愛している令嬢であるお前が、そんなトラブルの塊のような存在であっては困る。もっと自分の立場を自覚したらどうだ!」

「……はあ、そうですか……」

 自覚しろと言われても、私も困ります。

 と言うか、もう既に手遅れでは?

 思いがけずこの第四王子の熱い胸の内を聞かされる結果となったけれど、私としてはどうすれば良いんだろう。

 十代の少年らしい義憤と言えば良いのか、王子として必要な気構えだと言えば良いのか、反応に困ってしまう。

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