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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第一章 第四王子と血薔薇の令嬢
4/28

4話

 いくら宮廷で悪女だの、血薔薇の令嬢だのと言われていても、出来る事には限りがあるし、誰でも彼でも見境なく手玉に取れるような手腕を持っているわけでもない。

 ただ、この名に恥じることがないよう、みっともない姿だけは見せない。

 それを心がけていたけれど……そんな可愛げの無いことを考えている私に、例え口先だけだったとしても案じる言葉を向けてくれる、王子の純粋な優しさに少し身をつまされるような気分になった。

 正直、私の体調のことなど、私自身が忘れていた。

なのに彼はきちんと覚えていたなんて、素直な王子だと知っていたはずなのに、普段鋭い眼差しばかり向け慣れているからか、なんだか落ち着かない。

「今はもう大丈夫です。……お気遣い、ありがとうございます」

 特別な感情を込めないよう注意したつもりだけれど、私の声音に何を感じたのか、ラシェット様が背けていた顔をこちらに向けようとしたらしい。

 でもそれより早く、再び車輪が石を踏んだか、段差を踏んだのか、大きく揺すられて私の身体が前のめりに傾ぐ。

 先ほどと違ったのは、咄嗟に互いに身体を捻ったことで頭をぶつけ合わずに済んだということだったけれど、無理に変えた姿勢のせいで座席の間で突っ張っていた身体が浮き、馬車の向かい側の壁へ二人もつれ込むようにぶつかってしまったことだ。

 どうやら私はラシェット様を壁と自分との間の緩衝材にしてしまったらしい。頭の代わりに、思い切り彼の胸に顔をぶつけてしまった。

 私自身の痛みはそれほどではないけれど、ラシェット様は違ったようで、間近で小さく呻く少年の声は明らかに苦痛を堪えているように聞こえ、急いで自分の身体をどかそうと身じろぐ。

 馬車がぴたりと動きを止めたのはその時だった。

 扉が開かれると同時に目に飛び込んできた、たいまつとランタンの明かりが異様に眩しく見えて、手を遮るように翳しながら目を細める。

「到着しました。どうぞ」

 降りろ、という事だろう。入り口を通れるように身を引く男が、促すようにその片手を外へ向けた。

 先に動いたのは、王子の方だ。未だ彼の胸に折り重なるようにして身を寄せている私の身体を、いささか強引に押し返して、身体を起こす。

 同じように私も身を起こしながらも、馬車の中でずっと緊張して強張っていた身体が至るところから、ぴしぴしと悲鳴を上げるような感覚に顔を顰めた。

 恐らくラシェット様も同じだろう。

 それに加えて先ほどの揺れでぶつけた身体の痛みもあるはずだ。どこか打ち所の悪いところをぶつけていないと良いけれど……

 しかし年若い王子は、誘拐犯の前で自分の弱った姿を見せるつもりはないらしい。

 意地でもしゃんと背筋を伸ばして、前へ前へと足を踏み出す姿に、少し感心した。

 そして、私の事など無視しても構わないのに、馬車から先に出た彼は一度そこで足を止めると、後に続く私の方へとその手を差し出してくる。

 どんな状況、立場であっても、王子ということなのだろうか。いささか綺麗とは言いがたい環境で生きてきている私には、目の前の王子の実直さが、逆に少し眩しくて、少し後ろめたい。

「……ありがとうございます」

 それでもできるだけ艶やかに見えるよう、笑顔を作り、手にブランケットを持ったまま、もう片方の手で王子の手を取って馬車を降りた。

 顔を上げれば見えたのは、夜空を彩る月と、その月の下で森の木々に飲み込まれそうなほど、ひっそりと建っている小さな平屋の屋敷だ。

 恐らく元はどこかの貴族の別荘、ないし別邸だったのだろうが……それだけではここがどこかは判らない。

 こうした以前は使われていたけれど、今は廃屋と化している……そんな建物は数多く存在する。

 盗賊や犯罪者の温床にもなりやすいことから、廃屋の撤去が望まれていると聞いたことがあるけれど、なかなか思う通りにはいかないと、アストロード様から溜息交じりに聞かされたのはいつのことだったか。

 少なくとも誘拐犯達は、今この場でラシェット様に害を加えるつもりはないようで、その手足に枷をつけることもしないし、刃物を向けてくることもない。

 ただ、こちらが何か怪しい行動を取れば、すぐにでも斬りかかってくるだろう。

 いつでも抜けるようにと、腰に下げた剣に手を掛けている姿は、否が応でもこちらの緊張感を煽る。

 私達が通されたのは屋敷の中でも一番奥まった場所にある小部屋だった。

 部屋の中には何も存在せず、ただがらんどうの空間が広がるだけで……唯一、古びて木材がささくれた床を隠すように、これもまた古びて色褪せた絨毯が敷いてあるだけだ。

 他は本当に、何一つ……窓一つさえ存在しない。

「どうぞこちらでお待ちを」

 およそ王子を招待するのに相応しいとは言えない場所だ。だけどまともに王子を招待するつもりならば、そもそも誘拐などすることもない。

 何が目的であるのかはまだ不明だけど、すぐに殺すつもりがないのなら、他に理由がある。

 そしてラシェット様の王子という立場は、その理由が様々に考えられる身分であるのは間違いなかった。

「申し訳ありませんが、武器はお預かりさせて頂きます」

 ラシェット様の周囲を男たち三人が取り囲む。いずれもこの少年よりも体格の良い、腕に覚えのある者達ばかりだろう。

 統率された動きを見ると、流れの狼藉者というわけでもなさそうだ。

 騎士と一言で言っても三つの種類がある。

 一つは国と王に仕える正騎士。一つは王ではなく特定の主人や家に仕える騎士、いわゆる私兵と呼ばれるもの。そして三つ目は傭兵として雇い主の間を渡り歩く自由騎士だ。

 この騎士達は恐らくどこかの家に仕える騎士なのだろうと思わせた。

 となれば彼らが王子を攫ったのは、それを命じた主人がいるからだ。

 本来であれば触れる事も、直接口を利くことも憚られる相手だというのに、男たちは恐れ入る様子もなく、王子の身体を探り黙々と自分達の仕事をこなしていく。

 結果、取り上げられていた剣の他にラシェット様は短剣を一本隠し持っていたようだ。

 その短剣すら奪い取られて、少年の眼差しが忌々しげに目の前の男を睨んだ。

 でも武器を奪われて完全に丸腰にされても、ラシェット様は抵抗しない。攫われた時も到着した時も、そして身体検査をされている今になっても王子は無抵抗のままだ。

 そうした王子の一見素直な様子には、男たちの方が肩すかしを食らったような顔をする。

 リーダー格の男はさすがに感情を顔に出すことはしないけれど、その部下である者達の幾人かが、呆れたような、軽蔑するような眼差しを王子へと向けてきているのが判る。

 彼らにしてみれば、抵抗の一つもしない王子が非常に気概なく見えるのだろう。その上、攫った時王子は女連れだった。

 何故自分達が共に行動する事になったのか、その経緯までは知らない彼らにとっては、王子が気に入りの令嬢と一時を過ごすために、王宮へ連れ帰ろうとしていたと考えても無理はない。

 実際、身分や権力にものを言わせて、女性にそのような無体な真似をする貴族は多いし、逆に女性の方からそういった男性に擦り寄る者も多い。

 当然、そういった姿が他者の目に快く映るわけがない。

 これだから権力者は、と、そんな彼らの内心まで透けて見えるようだった。

 そして王子から武器を取り上げた男たちは、憮然とした表情のまま私の方へも向かってくる。

 私にも身体検査をするつもりなのだろうけど、彼らは突然巻き込まれて連れ攫われたばかりか、無遠慮に身体に触れられ、探られることがどれほど女性にとって屈辱であり苦痛であり、そして強い恐怖を抱くものなのか理解してはいないらしい。

 嫌だと言えない状況の中でのその行為は、乱暴と変わりない。

 もっとも誘拐など企てるこの男たちに、いくらそんなことを訴えたところで無意味だろう。

 せめて無様な姿は見せまいと、奥歯を噛み締めた時、寸前で私に触れる男たちの手を払ったのはこれまで一切抵抗を見せなかった、ラシェット様の腕だった。

「彼女は何も持っていない。ただ巻き込まれただけの令嬢が、武器など隠し持っている訳がないだろう」

 身体にぴたりと添う形で作られた男性の衣装より、女性の衣装はその腰から下にたっぷりとした膨らみがある。本気で男たちが身体検査をしようとすれば、身体に触れるばかりか、そのスカートの膨らみの内側にまでも手を伸ばしてくるだろう。

 当然ながら、そのような行為をまともな貞操観念を持つ女性が許容出来るはずもない。それは私も同じだ。だけど私自身がどう思おうと、世間での私の評価は悪女。

 普通の令嬢と同じように扱う必要はないと私でも思う。

 なのに、これ以上男たちが手を伸ばしてくることがないよう、私の前に立ち塞がり、その背に隠そうとするラシェット様の後ろ姿は、まるで普通の令嬢と同じように私を守ろうとしてくれているようで、正直戸惑うばかりだ。

 彼がこんな風に自分を庇ってくれるとまでは思っていなかったから。

 彼の自分に対する印象が改まったというわけではないだろうに、それでもこの場で庇おうとしてくれる理由は一体何だろう。

 ただフェミニストというだけなのか、正義感が強いだけなのか、それとも他に意味があるのか。

 素直に彼の行いを受け入れ、感謝することができれば良いのかもしれないけれど、私はつい、王子の真意を探ろうとしてしまう。

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