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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第一章 第四王子と血薔薇の令嬢
3/28

3話

 確かに私の評判は良くない。誤魔化しても仕方がないので、そこは素直に認めておこう。

 アストロード様が望めばごり押しもできるとは思うけど、間違いなく私との結婚を彼が望めば、反対の声を上げる貴族達が山ほどいる程度には、よろしくない。

 まあ殆どの貴族達は私の素行がどうのと言うことよりも、自分の家に少しでも有利な令嬢を王太子妃に据えたいから反対するのだろうけど、そうした本音を隠して建前で反対するには、私の評判というのは実に良い隠れ蓑になる。

 実際のところ、私自身そういった噂や評判が事実無根のものである、とも言わない。

 そんな評価が下されるだけの心当たりはあるし、意図的に人を騙したり、陥れたりという事もしてきた。

 必要とあれば他の令嬢の恋人や婚約者と呼ばれる男性を誘惑したこともあるし、誘惑しておいて手酷く振ったこともある。

 よその家のお家事情に首を突っ込んで引っかき回し、その一家を没落に導いたこともあるし、私に恨みを抱いて仕返しに来た誰かが、目的を果たすことなく人知れず姿を消したと言うのも事実。

 他にも不名誉で物騒な噂は幾つも存在する。

 その全てが正しいとまでは言わないけれど、叩かれれば充分に埃が出る身であることは間違いない。

 そしてそれが、ラシェット様が私を嫌う理由であると承知していた。

 彼はいつも嫌悪と猜疑心、そして疑惑の目を私へ向ける。

 言葉にせずとも彼の目が、何を考えているのかを赤裸々に伝えてくる。

 どうして王太子アストロード様は、これほど評判の悪い私との関係を絶とうとしないのか。

 どうして幼い頃から変わらず、私に対して甘く、他のどんな令嬢よりも親しげに声を掛けて自分の側に置こうとするのか。

 アストロード様が私になど構わず、さっさと有力貴族か他国の姫かを妃にして子を得ていれば、第二以下の王子達が何をしてきたところで、もはや後手にしかならないと判りきっているのに。

 完璧な王子、アストロード王太子殿下。

 唯一彼の傷であり、弱点であるのが、彼が溺愛する令嬢……それが私。

 つまり、平たく言ってしまえばラシェット様は、表向きはどうであれ内心では長兄であるアストロード様を慕っている。だから彼の足を引っ張る存在である私が気に入らないのだ。

 アストロード様もまた、ラシェット王子のことは幼い頃から可愛がり、何かと気に掛けておられる。

 儀礼的な付き合いしかない第二、第三王子と比べると雲泥の差だ。

 もちろん二人は王冠を争う敵対関係であるから、人前で慕いあう兄弟という姿を見せることはできない。もし他者に知られれば、今の状況ではどちらにとっても良い結果にはならないだろうことが容易に想像できる。

 王太子を支持する人々は、新たな弱みとなる存在を認めないだろうし、第四王子を支持する人々からは、王太子の元に下るようで認められないだろう。

 よってこの事実を知っている者は限られている。

 私が知っているのも、アストロード様が私には心を許して話して下さっているからだ。

 いつか兄弟で屈託なく、人目を気にすることもなく笑い合うことができれば良い。

 そんな風に呟いたアストロード様の言葉を、私はずっと覚えているし、その願いが叶えば良いとそう思っている。

 さて、ではそんなラシェット様と、彼にとって兄に纏わり付く大嫌いな悪女であるらしい私とが、どうして今こうして一つの馬車で一緒に攫われてしまっているのかと言えば……話は数時間程前に遡る。

 その時のことを私が思い浮かべようとした時、馬車の車輪が道に転がる石にでも乗り上げたのか、ガツン、とこれまで以上に強い突き上げと揺れに襲われて、身構えていたはずの私達の身体が飛ばされそうになった。

 直後、顔に彼の髪が触れ、ごつっと鈍い音と衝撃、そして少し遅れて痛みがやってくる。

 同じくらいの高さにある私達の頭が、強く揺れた弾みでぶつかったのだ。決してわざとではない、でも痛い。

 ううう、と漏れそうになる呻き声を噛み殺しながら、ぶつけた額を押さえ、

「申し訳ございません。ご無事ですか」

 そう声を掛けた私に対して王子はというと、素っ気ないながらもきちんと返答を返してくれた。

「……問題ない。……お前の方は?」

 ご丁寧に、大嫌いな私を気遣う言葉まで一緒に。でもこれだけだったら多分、ただの社交辞令だと流してしまっただろう。

「少しぶつけただけですから。大丈夫です」

 だけどラシェット様の言葉はこれだけではなかった。

「……具合の方は?」

「えっ」

「……体調が悪いのだろう」

 言われてみれば、確かにそうだった。

 普段ならば決して一緒になるはずがない、私とラシェット様が行動を共にしていたのは、私が今夜参加していた夜会で急に気分を悪くしてしまったことが原因だ。

 色々と不名誉な噂や悪評がある私だけれど、やはり力のある侯爵家の娘という事と、アストロード様のお気に入りと言う事で、夜会や園遊会の誘いは途切れない程度には多い。

 その夜会が始まって小一時間が過ぎた頃、どうにも我慢できないくらいに気分が悪くなり、主催者に一言詫びて帰宅することにしたのだ。

 けれど間が悪いことに、私が乗ってきた侯爵家の馬車の車軸が折れてしまった。これでは帰る事はできない。

 主催者に理由を話せば、馬車を貸してくれるか、休むための部屋を用意してくれただろうけれど……できれば今夜の主催者には借りを作りたくない。

 何故かと言えば、以前から事ある毎に私に声を掛けては、こちらの隙を狙うような眼差しを向けられ続けていたからだ。

 あちらとしては噂に聞く悪女がどれほどのものなのか、我が身で試してみたくて仕方ない……そんな悪趣味な願望からだろうけど、生憎と私にだって選ぶ権利はある。

 借りを作れば、ここぞとばかりに高く売り込んでくるだろう主催者の顔を想像し、気分の悪さに拍車を掛けていた頃、私より少し遅れて会場から出てきた人がいた。

 それがラシェット王子だ。

 彼もまた理由は違えど、早々に夜会を退出してきたらしい。きっと王子の招待に成功したと喜んでいたはずの主催者はさぞ落胆したことだろう。

 それは別にしても、立ち往生している私の姿に、当然彼はすぐに気付いた。

 正直に言えばどれほど私が困っている様子だったとしても、無視されて、さっさと自分の馬車で立ち去られても不思議はないと思っていた。と言うよりも、それが当然だ。

 多分私が普段と同じ調子であれば、ラシェット様は私に構うことはなかったと思う。

 けれど、いくら私が大嫌いな女であっても、顔色を真っ青にして今にも倒れそうな様子の令嬢を目撃しておいて、そのまま知らぬふりで無視できる程までには、彼は冷酷になれなかった。

 事情を知って、少し迷った様子を見せながらも、結果的に自分の馬車で私を屋敷まで送ると申し出てくれたのは、ラシェット様の方からだ。

 王子と馬車に同乗などとんでもないと、一度は辞退しようとしたけれど、

「兄上とは、よく同じ馬車に同乗しているだろう」

 と言われてしまっては、王子を相手に恐れ多い等と言う断り文句は使えない。

 ここで断ったとしても、どうやって屋敷まで戻るのか、という問題は残る。

 結局私も少し迷いはしたものの、結局はラシェット様の申し出に有り難く甘えることにしたのだ。ラシェット様は今夜の夜会の主催者に比べれば、遥かに紳士だ。

 具合の悪い、それも嫌いな女にわざわざ手を伸ばすほど相手にも困っていないし、そんな悪趣味もないはずだからと。

 私のその考えは外れてはいなかったようで、馬車へ入れてくれる時も、馬車に乗った後も彼は常に紳士的な振る舞いを忘れることはない。身体が冷えないようにとブランケットまで貸してくれた。

 ずっとそっぽを向き、私の方へ目を向けようとはしなかったけれど……基本的には優しい少年なのだろうと思う。

 きっと彼が生まれた家が、王家や上級貴族家ではなく、伯爵家以下の身分であったなら、彼の優しい性格は存分に良い方へ効果を発揮することができたはずだ。

 でも王子という身分では、優しさは時に弱点にもなる。

 もちろん私はアストロード様がこの弟王子を大切に思っている事は知っていたので、危害を加えようだとか、騙して弄ぼうだとか、そんなつもりは一切ないけれど。

 今回の彼の優しさにつけ込んだのは、誘拐犯の方だ。

 恐らく王子の御者は、あらかじめ買収されていたのだろう。あるいは何者かに脅されていたのかもしれない。

 護衛騎士や従者達を振り切るように、馬車が暴走を始めたのは帰り道を辿り始めて間もなくの事だ。

 とは言え、それだけならばすぐに王子の護衛騎士達が馬車の行く手を遮り、動きを止めたはず。

 だけどもちろんそれだけで終わるわけもなく、すぐにこちらの護衛騎士の人数を軽く超える襲撃者がその行く手を遮る姿が、覗き込んだ馬車の窓から見えた。

 騎士達は襲撃者の足止めを受け、暴走した馬車は私達を乗せたまま、何処とも知れない場所へ駆け抜けて行く。中の私達にはどうすることもできなかった。

 それからしばらく走らせて、途中で一度止まってから半ば強制的に王家の馬車から下ろされて、別の馬車に乗せられる。

 多分、王家の馬車をいつまでも走らせていては目立つと言う理由からだろう。

 新たな馬車は作りも地味で、目立った装飾など一切ない実用第一のものだ。

 王都でも一般的に良く使用されているタイプのもので、少なくともその外見からは持ち主が誰かは判らない。もちろん中にこの国の王子が乗っているとは誰も思わないだろう。

 ただ、当たり前だが私の存在は彼らにとっても予想外だったようで、ほんの僅か、連れて行くべきか殺すべきか迷ったようだ。

 それでも結局は連れて行くことにしたのは殺した後の遺体の処理の方法に迷ったのと、王子の抵抗を封じるのに役に立つと判断したからだと思う。

 抵抗されても、多分襲撃者達は王子その人を傷つける事はできない。

 でも私にはできる。

 目の前で無関係な令嬢が悲惨な目に遭わされたくなければ……と、まあ、こんなふうに脅す材料にすることもできるわけだ。

 それが判っていたのか、ラシェット様は私に刃物が向けられたのを見て、一切の抵抗を止めた。

 邪魔な女を、自分の手を汚さずに始末しようとするなら絶好の機会だったはずなのに、彼はあっさりその機会を捨てたのだ。

 もっとも抵抗しなかった理由は、私の身を守るためと言うよりも、抵抗しても無駄だと判断したせいかもしれない。

 何せ護衛の騎士は見事に振り切られ、周囲は襲撃者達に取り囲まれて他に味方はいない状況なのだから。

 ラシェット様も護身術の類いは身に付けているだろうけど、たった一人でこれだけの人数を相手にできるほどの無双な強さがあるわけでもない。

 無駄な抵抗をするよりも大人しくして、相手の要求に耳を傾けた方が良いと考えたのかもしれないし、単純に恐怖が勝って抵抗できなかったのかもしれないし。

 どちらにせよ抵抗できない状況であるのは私も同じなので、素直に男たちの指示に従い、私達は同じ馬車に乗り込んで、現在に至るのである。

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