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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第三章 第二王子と第三王子
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4話

「私は兄弟同士で争いたくはありません。ですが、自分が殺されても良いとも思っていません。兄上には図々しい申し出であると承知していますが……私と、手を組んで下さいませんか」

 ラシェット様の申し出は、こちらが想像したとおりの内容だった。当然だろう、他二人の王子が手を組んだのだから、こちらもそれ相応の対策を取らねば各個撃破される危険性が高まるばかりだ。

 特にラシェット様の危険度の跳ね上がり方は尋常ではない。今回は辛うじて防ぐことに成功したけれど、次はどうか。

 自分の力不足を誰よりも痛感しているのは、ラシェット様自身だ。生き残るために、彼は早急に力を得ねばならず、でもその力が彼にはない。ならば、力ある人間と手を組もうと考えるのは、ごく自然な考え方であり、今彼が生き延びるためにはそれしか手段がないはずだった。

「微力ではありますが、私にできることでしたら兄上のご希望や要求には、可能な限りお答えしたいと思います」

 生きるために、ラシェット様はアストロード様の前に膝をつくことになる。そんな弟を、兄王子はこれからの自分に役に立つよう、有意義に使う権利が生まれるだろう。

 アストロード様に命じられれば、ラシェット様はもう大抵の事には黙って従うしかない、それはラシェット様だけでなく、彼を守るオルコット伯爵陣営にとっても屈辱的なことであるはずだった。

 でも。

「いいよ、そんなことは。可愛い弟の申し出だ、喜んで受けよう。そんな身構えずともお互いに益となるよう考えれば良い。お前はもっと、私を頼って良いんだよ。兄らしいことも、してやりたいと思うしね」

「兄上……」

 まさかそれほど好意的で見返りを求めない言葉を向けられるとは、ラシェット様自身考えていなかったらしい。

 私の目から見れば、何の不思議もない……それだけアストロード様はラシェット様を気に掛けているのに、当の本人にきちんと伝わっていないのは、自分のことほど上手く見えないということなのかもしれない。

「……ありがとうございます」

 それでも、さすがにこのアストロード様の言葉には感じ入るものがあったようで、彼は噛み締めるように礼を告げると深く頭を下げた。

 その時だ。

「ただし、一つだけ条件がある。お前の護衛に、このマリーを加える事だ」

「えっ」

「は?」

 咄嗟に短く声を洩らしたのは、私とラシェット様とどちらが先だったか。多分、ほぼ同時だ。思いがけないアストロード様の言葉に驚いたのは、私もラシェット様も同じである。

 だって、私もそんなことは聞いていなかった。

 声を重ねてしまった私達の反応に、何が楽しいのかアストロード様はくすくすと笑い、どこか得意げにも見える様子で続ける。

「私とお前と、どちらが危険かと言えば、圧倒的にお前の方だろう。かといって私の方から積極的に護衛騎士を回せば色々と問題事も起こる。私自身は是非お前と手を組みたいと思っているけれど、私の母の実家や支持者達はそうではないだろうからね」

「それは……」

 確かにアストロード様のお母様である王妃や、その父である宰相、そして支持者達はラシェット様と手を組むそのことに、利益を見いださない可能性が高い。

 むしろ骨を折るのはこちらの方ばかりで、一体第四王子が何の役に立つのか、なんて鼻で笑い飛ばし、それよりも将来的に邪魔になる可能性のある第四王子には、さっさと死んでもらった方が良い……その始末を第二、第三王子が付けてくれるならそれにこしたことはないと、そんな判断をしそうだ。

 ラシェット様も自覚しているらしく、その表情を曇らせる。

「お前の元へは、母上たちを刺激しない最低限の人数しか回せないだろう。その点、マリーなら自由に動けるし、お前の側にいても不自然ではないだろう? 彼女は私が知る限り、とても頼もしい味方だよ」

「……彼女の腕が立つことは、私も承知していますが……お言葉ですが、不自然ではないどころか、不自然でしかないと思います。世間で彼女は、兄上の恋人だと言われているのですよ」

 私が護衛に付くということは、常にラシェット様と共にあることになる。

 先日のように誘拐された彼を救出するため、一時ラシェット様と行動を共にするのとは訳が違う。

 世間でアストロード様が寵愛していると噂されている私が、王太子ではなく第四王子の側にあるようになれば、確かに不自然としか言いようがないし、周囲からもどんな反応をされるか判った物ではない。

 でもそんなラシェット様の訴えを、アストロード様は相変わらず笑顔であしらう。

「うん、だからお前は私から、一時的にしろ最愛の恋人を奪う役どころになるね。男として生まれたからには、それくらいの武勇伝があってもいいんじゃないか?」

 私がラシェット様に奪われる……武勇伝というより、それじゃ醜聞だ。

 気の毒に、十六歳の王子はその瞬間絶句してしまった。

 真っ白になってしまったのか、あるいは考えすぎて色々なことが頭の中を駆け巡り、飽和状態になってしまったのか。

 それでも、長く呆けていないのはさすがだ。何とか気を取り直して……とはいえ、その口調はどこかぎこちないけれど、食い下がるように口を開いた。

「……彼女は、兄上にとって、大切な人ではないのですか」

「大切だよ。それと同じくらい、信頼もしている。たとえ私の側を離れ、私を裏切ったとしてもね」

「……」

 きっとラシェット様には、アストロード様の言葉はなかなか理解できない。大切だと言いながら自ら手放し、信頼していると言いながら私が裏切る可能性も考えているなんて。

 もちろん実際に私がアストロード様を裏切ることなどない、と言いたいところだけど……理由があって、必要であると考えれば絶対にないとは言い切れない。

 とはいえ、それは可能性の一つだ。それも、とても確率の低い……今の時点では、ほぼない、と言い切れるくらいに。

 そこでラシェット様が改めて私を見た。どこか救いを求めるような眼差しに見える。

 実際私がアストロード様を止める事を期待しているらしい。でもそれは叶えられない期待だ。

「……お前はそれで良いのか」

 問われて、私は頷いた。先程は意表を突かれて驚いてしまったものの、私の返答など最初から決まっている。

「もちろん、アストロード様のお言葉であれば」

 ラシェット様の護衛を頼まれるということは、やっぱりそれだけ信頼されているからだ。

 躊躇わずに答える私に、どうしてかラシェット様は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべて見せた。まるで私がアストロード様の言葉に従うのが不満だと言わんばかりで、本当にそれで良いのかと彼なりに色々と考えているのだと思う。

 でもきっと、いくら考えても彼の中で答えは出ないはず。だってラシェット様は私達のことを知らなさすぎるし、ご自身の常識に囚われすぎる。

 もう少しこの王子が年齢と経験を重ねれば、こんな関係もあり得ると思えるようになるかもしれないけれど、まあ、それも先の話。

 大事なのは今だ。

「マリーが護衛だという件は、他の者には内密に頼むよ。まあ、全くの秘密だと色々支障も出るだろうから、お前の護衛騎士隊長くらいには打ち明けても構わないけど、他は駄目だ」

「それは……」

「彼女にはこの先も私の為に働いて貰わなければならない。その時にあれこれと周囲に知られすぎていると、少し困るんだよ」

 働いてもらわなければならない、の言葉にラシェット様が眉を顰めた。彼の中で一体何が引っかかっているのか、素直に頷くことに躊躇いを覚えているようだ。

 その様子からラシェット様はアストロード様を慕ってはいても、兄の言うこと全てに盲目的に信じているわけではないらしい。

「条件を受け入れ手を組むも組まないも、お前の判断で良い。お前の意志で決めなさい」

「……判りました。お受けします。お言葉に甘えまして騎士隊長には話を通しますので、今日のところは失礼します」

 結局、ラシェット様の立場ではどんな条件を付けられたとしても頷くより他にないのだ。選択肢を与えられているようでいて、そうではない自分の立場を噛み締めるように飲み込んで、彼は兄へ深い礼を向けた後、部屋から退出していった。

 さて、私はどうしたら良いのだろう。ラシェット様の護衛という事であれば、このまま彼の後に付いていった方が良いのか、それとも彼が自分の護衛騎士に話を通すまで待った方が良いのか。

 そう思った私の考えを読んだようにアストロード様は言った。

「今後の詳しいことは、君とラシェットで相談すると良いよ。必要なことを報告してくれれば、あとはどんな風にして貰っても構わない。君も王子二人に言い寄られる令嬢と言う役割を、楽しんでおいで」

「言い寄られる、ですか」

「うん。私とラシェットと……ああ、そうか、エリックもだね。と言うことは王子三人だ、凄いねえ、マリー。世界広しと言えどなかなかないことだと思うよ? 悪女を通り越して、傾国の美女でも構わないくらいだ」

 そうですよね。アストロード様はきっとそう仰ると思ってました。

 さすがに少し、ラシェット様が気の毒になってくる。

「ラシェット様は、とても楽しめる状況ではなさそうですが、承知しました。ただ、私が不在の間、アストロード様の方は」

「こちらで何とかするから、君はラシェットの方に集中しなさい。まあ、私の側にいてくれないことは少し寂しいけどね、あの子の事を任せられるほど信じられる者が他にいないから仕方ない」

「畏まりました」

 ということは、私がすぐに対応しなくてはならないのはラシェット様の件だろう。

「頼むよ、マリー」

 アストロード様の言葉に、私はにっこり微笑んで返すと、そのまま彼に背を向けてラシェット様の後に続くように部屋を出たのだった。

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