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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第三章 第二王子と第三王子
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3話

 私達が襲われたのは王の名代で、アルセットと呼ばれる国領へ視察へ赴いた帰りのことだった。この視察は王の公務の一つだったけれど、先日王自身が体調を崩して倒れてしまったため、急遽王太子のアストロード様が行う事が決定されたものだ。

 王の名代を王太子が務めるのはごく自然な成り行きであり、視察の情報そのものが伏せられていたわけではない。

 けれど今の情勢で城を離れて王都を出る行為がどれほどの危険を伴うかは想像するまでもなく、アストロード様の身を守るため、この国の宰相でありアストロード様の祖父であるエルセード公爵や、護衛騎士達は充分な警護体勢を整えていたはずだ。本来ならば刺客など近づくことさえ出来ないくらいに。

 なのに襲われたと言うことは、こちらの警備計画がどこかから漏れていたのか、内部から手引きする者がいたのか、単純にあちらが上手だったのかのいずれかになるだろう。

 アストロード様襲撃の知らせは、エルセード公爵を大層怒らせただろう。でもこの襲撃の黒幕が第二王子エリック様と第三王子ジョフリー様のお二人によるものだと考えれば、まあさほど驚くほどの事でもない。

 それにこんな事もあろうかと、警護は二重三重に敷かれている。今回は最終的に私が刺客を片付けた結果になったけれど、それ以前に護衛騎士達が刺客の大部分を足止めしてくれたおかげだし、仮に私が片付けなくとも周囲に潜んでいた別働隊が仕留めたはずだ。

 どちらに転んでも、アストロード様の身に傷が付くことはない。

 それでもあえて私に始末させたのは……アストロード様は時折、こんな風に私の腕を試すような事をする。

 大抵は私の腕が鈍っていないか、的確な働きが出来るかどうか、そして私に仕事を任せられるかどうか確かめる為だと思う。

 その原理で考えると、どうやら彼はまた私に何かを命じるつもりでいるらしい。それが一体何なのかは気になるけれど、アストロード様が実際に口にするまでは、私から確認することはしない。先に問われる事を、彼は好まないから。

 それに他に気になる事もあった。どうやらエリック様とジョフリー様の暴力的排除の手は、アストロード様だけではなくラシェット様にも向いていたようだ。

 王都へ戻り受けた報告によると、アストロード様が王都を離れている間に、ラシェット様も同時に襲撃を受けていたらしい。

 幸いにしてラシェット様を襲った手勢がそれほど多くなかったことと、今回は王子の護衛騎士が辛うじて防いだため大事にはならなかったようだけど、かなり際どい状況ではあったようだ。

 あと一瞬護衛騎士の動きが遅ければ、今頃ラシェット様は深い手傷を負って苦しい呼吸の下で喘いでいるか、最悪命を落としていただろうと、そんな報告が耳に入ってきた。

「恐らく、ご自分達が手を組んだように、アストロード様とラシェット様のお二方が手を組む可能性を潰そうとなさったのでしょうね」

 ラシェット様の力は弱く、二人の王子にとってはさほど恐れる存在ではない。けれど小さな力でも、彼がアストロード様に付けば、一度第二第三王子へ傾きつつある勢力図は再びこちらへ戻るだろう。

 それにラシェット様も何度も命を狙われて、その度に危機を切り抜けている実績がある。

 それがただ運が良かったから……で片付けられるものではない。ギリギリだろうと危うかろうと、ラシェット様自身や周囲の人間の采配が、年若い王子の命を守っているのだ。

 大した存在ではないと侮って足元を掬われることもあるから、お二人がラシェット様を容赦なく潰そうとなさるのは正しい判断だと私も思う。

 きっと私がお二人の立場であったなら、同じように放っておく真似はせず、潰そうとするだろう。

「だろうね。そんな風に期待されると、応えてやりたくなるよね」

 妙に楽しげに呟くアストロード様は、今の状況を本当に理解しているのだろうかと尋ねたくなるような様子だ。もう少し、危機感を抱いても良さそうなものだけど。

 だけどそんなものを抱いて震えてしまったら、今私の目の前にいる王太子という存在はこの世から消えてなくなる。彼がこんな人だから、彼も私も今ここに存在出来ているのだと理解しているつもりだった。

 それにしても、とそこでアストロード様の視線が私を見た。どこか意味深なその眼差しに、何かと首を傾げてみせると、彼はいつもの上品な微笑ではなく、どこかニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべて寄越す。

「アストロード様の数少ない、手放しで褒められる取り柄である美貌を崩すような笑い方はしないで下さいますか」

「数少ないって酷いなあ、そんなこと言うのマリーだけだよ? 私はただ、エリックの気持ちを慮っただけなのに」

「エリック様の気持ち?」

 到底誰かの気持ちを慮っているとは思えない笑みだと思う。第二王子が一体何だというのだ。

「だって、エリックは君に本気で熱を上げているからね。君が今回の視察で私に同行していることを知らなかったとは言え、自分が命じた刺客がもしかしたら私もろとも、君も殺してしまうかもしれなかったんだから。皮肉だけど、今頃暗殺が失敗してホッとしているんじゃないかな?」

「どうでしょう。無残な姿で送り返された刺客達の姿を目にして、お怒りになっていらっしゃるだろうとは思いますが。大体、アストロード様の仰る、本気というお言葉は一体どの程度のものなのか、私には判りかねますわ」

 昔からアストロード様との縁が深く、城に出入りしていた私は、ラシェット様だけでなく第二王子、第三王子とも幼い頃から面識がある。私が明らかにアストロード様寄りの人間の為、決して親しい関係というわけではなかったけれど……

 どういうわけか三年前私が社交界に顔を出すようになってから、エリック様の様子が変化した。それまではこちらに全く見向きもしなかったのに、急に声を掛けてくるようになったのだ。

 アストロード様は、社交界にデビューした私のデビュタント姿があまりにも美しくて、一目惚れしたのだろうなんて言うけど、案外本当かもしれない。それくらい急な変化だったから。

 しかも面倒な事にエリック様は私に対する執着をあまり隠さない。

 顔を合わせれば恒例行事のように口説き、アストロード様ではなく自分に侍るようにと誘いかけてくるエリック様は、なのに別にしっかりと婚約者がいる。

 彼曰く、結婚と恋とは全く別物なのだそうだ。自分は王族だから役に立つ相手と結婚する……でも恋愛は別だと。

 確かに貴族の結婚でも、義務を果たすために親の決めた相手と結婚した後で、自分の心を満たす相手と恋愛をすると言うのは珍しい話ではないけど、つまりそれは愛人だ。

 恋愛だの恋人だのと言葉を綺麗に飾っても、正式にはパートナーとして見なされない妻の目を盗んで夫をかすめ取る、日陰者だと世間から後ろ指を指される立場の女性である。

 本当に愛する人をそんな立場に置き、それで良しとする男性の考え方に私は共感出来ないのだけど、他の女性達はどうなのだろう。

 おかげでエリック様の婚約者であるご令嬢からも睨まれて、私の悪名は轟くばかりだ。まあ、女冥利に尽きるとだけ言っておこう。

 そんなことを考えている時だった。

「失礼します。ラシェット殿下から面会のお申し出がございます。いかが致しましょうか」

 扉の外から聞こえる侍従の声に、おや、とアストロード様がその目を細めた。

 ラシェット様は既に直接出向いてきているとのことだ。今は別室に待たせているようだけど、本来なら先に誰か使いを寄越して、面会の許可を得てからやってくるのが正式な手順である。

 とはいえ、まあ今更だろう。前回もラシェット様は直接ここへ押しかけるように出向いてきていたし、他の王子達ならともかく、一番末の弟王子の訪問をアストロード様が拒否することはまずないから。

「いいよ。通してくれ」

 アストロード様のラシェット様贔屓は今日も健在で、いともあっさり許可が出ると、それからいくらもしないうちに第四王子がその姿を見せた。

「やあ、ラシェット。先日は物騒なことがあったそうだが、こうして見ると元気そうだね。無事で良かった」

 無事を喜ぶにしては少しアストロード様の言葉は軽い。でもそれもいつものことだ。言い方や口調はどうであれ、王太子が末の王子のことを気に掛けているのは、ラシェット様本人も自覚しているはずだ。

 勘ぐることもなく、素直に受け取って、その頭を下げてくる。

「ありがとうございます。お陰様で何とか無事に過ごせています。ですが兄上も何者かに襲われたそうではありませんか。ご無事でなによりです」

「ありがとう」

 やっぱりにっこり微笑むアストロード様は、実に掴み所がない。襲われた規模はラシェット様よりこちらの方が大きいだろうに、猫か犬にでも飛びかかられた程度の軽さしか感じられないのが微妙だ。

 ラシェット様もどこか釈然としていないのか、僅かに眉間に皺を寄せ、でもすぐに気を取り直したように言葉を続けた。

「突然の面会の申込みにも関わらず、お受けくださり感謝します」

「構わないよ。お前の訪問なら、私はいつだって喜んで扉を開こう」

「……そのお言葉に甘えて、今日は兄上に相談があって参りました」

「なんだい。言ってごらん」

 促すアストロード様に、ラシェット様は慎重に言葉を続ける。

 曰く、第二、第三王子が互いに結託し、他の王子達を追い落とそうとしている情報は、ラシェット様の耳にも届いているらしい。

 まあその程度の情報はいくら人手不足とは言え、自力で掴んでくれなくては困る。辛うじて機能しているらしい第四王子の護衛に、良かったと微笑を浮かべた私だったけれど、何故かそんな私の笑みを目にしたラシェット様からはじろりと睨まれた。

 相変わらず私の存在が彼にはお気に召さないらしい。いい加減諦めてくれてもと思うのだけど、そんな彼を挑発するように私も艶然と笑い返してみせるのだから、まあ偉そうなことは言えないだろう。

 先程とは違う種類の私の笑みに、ラシェット様が僅かに顎を引くと目を逸らした。その仕草が少しぎこちなくて、ああ、一応は私のわざと色めかせた笑みに気付いたんだなと少しだけ得意な気持ちになる。

 でもラシェット様はいつまでも初な少年のように戸惑いばかりを見せているわけではない。すぐに気を取り直したように顔をアストロード様へと向け、何かを言おうとし……その瞬間、彼は少し自分の口にする言葉を躊躇ったようだった。

 だけどここで言うべきことを言わずにいれば、窮地に陥るのは彼自身。それを彼が望んでいるのならば別だけど……少なくともラシェット様にはそんな意志はないらしい。

 一度唇を引き結び、すぐに真っ直ぐな視線をアストロード様へ向けると、言葉を続けた。

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