6話
ふわふわのプラチナブロンドに赤味を帯びた大きな琥珀の瞳、全体的に細く華奢で小柄な少女は、その外見の愛らしさだけを見れば白い仔犬と言ったところか。
大いに可愛がって撫で回してあげたいところだけれど、彼女の私を見る目は到底気軽にお近づきになれるような種類のものではない。
本人は隠しているつもりでも、そういった人の目を見慣れている私にははっきり判ってしまう。
見た目は仔犬、でも油断して近づくと差し出した手を容赦なくかみ切る狼に変わるだろう。
そのアデーレ様の周囲を固めるのは、同じく貴族のご令嬢様方が四人ほどだ。
その全ての方の顔と名前を知っているけれど、一人一人上げていく気力は出てこない。
まあ強いて言うなら、皆さん子狸や仔猫みたいに可愛らしい、とだけ言っておこう。
その仔犬やら子狸やら仔猫やら、のお嬢様方は徒党を組んで目の前に乗り込んで来ると、人々の注目がこちらに集まるのを良いことに、衆人観衆の前で私を糾弾し始めた。
曰く、アデーレ様への嫌がらせを止めろと、そういうことのようだ。
「止めろと仰られましても、私には心当たりがございません」
一応アデーレ様は私より爵位が上の家の方だ。
どんなにくだらない言いがかりだと思っても、邪険に扱う事は出来ない。
そんな真似をすれば、そこからまたつけ込まれて、今以上に面倒な事になるだろう。
ただ……できればメルボーラ公爵様には、娘の教育はもう少ししっかりなさって欲しかった。なんてことを言えば、私のお父さまも、同じ事を他の貴族達から言われてしまうに違いないけれど。
「この期に及んで、お惚けになるおつもり? 証拠も目撃者の証言も揃っているのよ!」
「そうですわ、言い逃れはできませんわよ!」
「皆様、どうかお止めになって。私は……大丈夫ですから……!」
「アデーレ様はお優しすぎるわ!」
高々と声を張り上げる、アデーレ様の取り巻き方。
その取り巻き達に言わせておいて、当のご本人は形ばかりの制止をし、さめざめと悲しげな表情を浮かべて見せている。
自分の容姿の愛らしさを充分に理解し、周りの同情を誘うやり口には、少しだけ感心してしまった。
そうよね、ご自身が何も言わなければ、例えこの糾弾が失敗したことになっても、アデーレ様ご本人には大きな処罰は行かないだろう。
元々公爵家のお姫様だし、自分は止めたけれど周りの取り巻き達が暴走してしまったのだと言う状況を作っておけば、アデーレ様は言い訳ができる。
立場が王太子妃や王妃となれば、自分の下の者の行動も自分自身の責任として跳ね返ってくるけれど、今の時点ではアデーレ様は公爵家のご令嬢、と言う以上の肩書きはない。
取り巻きのご令嬢方も「お友達」なので、そのお友達の行動にまでは責任は取れない、とそう言うことだろうか。
でも少しだけ惜しいわ。
どんなに自分の思うとおりに事が進んでいたのだとしても、そこで笑ってしまっては駄目。
たとえ顔を見られないように伏せていたとしても、僅かに上がっている口角が私の目にはしっかり見えているから。
自分を味方するご友人達も容赦なく手駒として使用できるなんて、将来的には私よりよほど悪女の素質があるのではないかしら?
お人形のように可愛らしい顔をしておいて、中身がそれですもの。
ただの平凡な箱入りお嬢様だなんて侮ってごめんなさい、将来が楽しみね。
自分達が利用されている事にも気付かない様子で取り巻きのご令嬢方は自信満々に言い放つけれど、その証拠や目撃者とやらがどの程度信憑性のあるものなのか、実に大きな疑問だ。
溜息が出そうになるのを噛み殺し、私は目の前のご令嬢方を見つめた。
ただそれだけなのに、取り巻きのお嬢様方は一瞬だけ気圧されたように顎を引く。
その程度のことで多少なりとも怖じ気付くくらいなら、最初からこんな喧嘩を売るような真似、止めておけばいいのに。
さて、どうしようか。
突っぱねるのは簡単だけど、アデーレ様の実家であるメルボーラ公爵家はアストロード様を支援する筆頭貴族だ。ここで彼女に、過度な恥を掻かせてはアストロード様のためにならない。
かといって身に覚えのない罪を認めるわけにもいかない。
「参考にお尋ねしますが、では私は一体どのようなことをして、皆様からこのような責めを受けているのでしょうか?」
手にした扇を開き、口元を隠す。
目だけはそのままに、一人一人ご令嬢方の顔を確かめるように見つめていく私の視線の先で、ぶるっと身震いをしながらも一番威勢の良いご令嬢がその口を開いた。
「白々しいことを……! アデーレ様に対する根も葉もない悪口はもちろん、ドレスに傷や染みをつけたり、階段から突き落としたり! 幸い騎士の皆様が助けて下さいましたが、ならず者に襲わせる計画すら立てていたではないの!」
ここぞとばかりに、他の令嬢達も後に続く。
「アデーレ様がご自分より、王太子殿下に相応しいご令嬢である事に嫉妬なさっているのでしょう!? やり方が卑劣すぎるわ!」
自分達の後ろにいるのが公爵令嬢とあって、皆様、なかなかに強気でいらっしゃる。
私の存在が気に入らないのはあなた方の方で、なのにいつもは身分やら勇気やらが足りなくて陰口を叩くだけが精一杯でしょうに。
有力な後ろ盾が手に入った途端、我が物顔で振る舞うのは、老若男女変わりはないらしい。
「私には全く心当たりがございませんわ」
「嘘を言わないで! 潔く、謝罪なさったらどうなの!」
「嘘ではございません。大体、どうして私がアデーレ様に嫉妬しなくてはならないのですか?」
「さっきも言ったじゃない! それはアデーレ様の方が、王太子殿下に相応しいから……」
噛みつくように令嬢が言葉を続けようとする。
でも彼女は、それ以上先の言葉を口にできなかった。
突然の騒ぎにざわざわとざわつく会場で、来客の人々の間から、一人の人物が姿を見せたから。
それがただ、貴族の誰かであれば違ったかもしれない。
でもその人は例え公爵令嬢であるアデーレ様でも無視出来る存在ではない。
「……先程から随分と賑やかですが、皆様方、ここがどこで、どのような場であるかをご承知になられているのでしょうか」
静かな、淡々とした口調で語るのは、第四王子ラシェット様だった。
「で、殿下……!」
にわかに慌て始めるのは取り巻きのご令嬢方だ。
王子殿下が二人も、この会場にいるのは判りきっていたでしょうに、こんな茶番を始めたのは、王子達の目にも私の悪行を突きつけ、知って貰いたいと思っての事だろう。
元々私の評判は悪いし、そんな令嬢がこういうことをしたと耳に入れれば、ああまたか、とますます私の心証を悪くする人々も多いと考えても無理はない。
だけどこのラシェット王子の様子だと、そうそう彼女達の望み通りには行かない気配だ。
ラシェット様の視線は真っ直ぐに令嬢達に向かっている。
「わ、私達は、マリアン様に、不当な行為を止めて頂きたくて……!」
「だとしても、今夜、このような場所でなさるお話ではないように思います。どうぞここは皆様のお怒りを納めて頂き、国の防衛に力を注いで下さっているグリゼリダ伯爵のご厚意とご尽力に感謝致しませんか」
見た目は穏やかに、優しく、諭すように。
それだけを見ると、やっぱりラシェット様はアストロード様の弟君なのだなと思う。愛想笑いがとても良く似て見えた。
そのままラシェット様は私達の元へ歩み寄ると、アデーレ様の前に立つ。
そのまま彼女の手を取り、指先に口付けながら……こう告げた。
「先ほどのあなた方のお話が事実であれば、レディ・マリアンの行いは立派な傷害罪です。このような場で糾弾なさらず、速やかに法廷に訴えると良い。もちろん、証拠、証言、事実関係……嘘偽りの無い物が用意できるのであればですが」
ラシェット様の声は囁くように小さくて、よもすると聞き落としてしまいそうな程の声音だった。
でも私もアデーレ様も、そしてすぐ側にいた取り巻き令嬢達も確かに聞いた。
その証拠に、見る間に令嬢達の表情が強張り、青ざめていく。
ラシェット様の言葉は実に正論だけど、その正論に込められた意味に彼女達も気付いたからだ。
彼女達が揃っているという、証拠や証言などが事実であれば、当然それは私を罪に問う有力なものとなるだろう。そう、事実であれば。
けれど、もしそこに虚偽が含まれていたら。訴えが、正しいものでなかったら、逆に罪に問われるのは、この令嬢方の方だと。
この場合、彼女達の罪は何になるのかしら。
偽証罪、名誉毀損罪、あとは謝罪を強要する、強要罪と言ったところかしら?
このような場でわざとらしく人々に訴え、心証を悪くさせることは簡単でも、裁判となると話は変わってくる。
あなたたちの訴えは、そうした法廷の場に出しても貫けるものですか、とラシェット様は問い掛けているのだ。
その答えは、誰より彼女達自身が理解しているだろう。




