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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第二章 王太子と第四王子
15/28

5話

 メルボーラ公爵令嬢の周辺から、私に対する悪い噂が上がり始めたのはそれから間もなくのことだった。

 いえ、別に私の悪い噂なんて今に始まったことではないのだけど、その広がった噂は全く私には心当たりのない内容だ。

 いわく、私がアデーレ様に嫌がらせをしているらしい。

 嫌がらせの内容は、非常に細かい、些細な、そしてくだらない事ばかりだ。

 やれ、聞こえよがしに悪口を言われた、階段から突き飛ばされた、ドレスにワインを掛けられた、暗がりに誘い込まれ、私が雇った男に襲われそうになった……等々。

 そう言えば最近、そんな場面が描かれた小説がご令嬢の間で大ヒットしているらしいわね。

 心優しいヒロインに嫉妬した、王子の婚約者である悪役令嬢が、彼女を王子から引きはがすために陰湿な嫌がらせを繰り返し、追い詰めていく。

 けれどヒロインを愛する王子や、その周囲の人々の助けにより全て未然に防がれ、最後には悪役令嬢の悪行を公衆の前で暴露され、婚約破棄をされた上に罪を問われて表舞台から退場すると言う。

 そして最後にヒロインは、密かに想いを通じ合わせていた王子様と結ばれ幸せな結婚をする。

 捕らわれた悪役令嬢はどうなるのか?

 残念ながらそこまでは私は知らない。

 だって物語はめでたしめでたしで終わっているもの。

 何故そんなことを知っているかと言えば…実は私も読んだからだ。

 侍女のカヤが最近その手の物語にのめり込んでいるようで、

「お嬢様はもう少し情緒面について研究なさった方が宜しいと思います! 女の最大の武器は美貌よりも、愛敬ですよ! 少しは物語のヒロインからでもそれを学ばねば!」

 なんて同じジャンルの本を数冊押し付けてきてくれたけれど、それらの本から私が学べたのは、悪役は滅ぶべし! と言うのと、ヒロイン至上主義! と言う2点だけだろうか。

 というか、愛敬がなくて悪かったわね。しょうがないじゃない、こう言う性格なんだもの。

 自分でも可愛げの無い女だって事くらい自覚しているわ。一応気にしているんだから、抉らないで欲しい。

 大体物語で良くある平民の女性が王子の妻にと言うのは、あまりにも現実味がなさ過ぎる。

 貴族の庶子だったとしても、やはり長年市井で暮らしてきた人がごく僅かな時間で、礼儀作法や貴族のルールを学んで社交界デビューするなんて、ちょっと想像できない。

 私達貴族家に生まれた娘達は、皆幼い頃から長い時間を掛けて、教養や礼儀を身に付けていくのだ。

 平民出身の女性が付け焼き刃で最低限のマナーを身に付けたとしても、所詮は最低限。

 社交界のルールも暗黙の了解も知らずに表に出て、結果失敗してもそれをフォローしてくれる人なんて、滅多にいない。どこからともなく王子様や騎士様が助けに来てくれるなんて、それこそ物語の中だけの話だ。

 仮に本人の努力により適ったとしても、王子の妃は無理なんじゃないかって思う。愛があれば全てを乗り越えられるなんて、現実は甘い話ではない。

 平民と貴族では、その考え方そのものが違う。

 言うなれば、陸でしか生きられない生物が、海中で生きようとするようなものでしょう?

 違う環境の中で生きようとしても、遠からず死んでしまうと思うのだけど、私のそのリアルな考え方はカヤ曰く、ロマンスには不適当らしい。

 ロマンス……ロマンスか。

 私としては物語の中のヒロインよりも、排除されて退場する悪役令嬢の方に共感するのだけど、それじゃ駄目かしらね。

 何も学ばず我が儘三昧の悪役ならば退場もやむをえずだけど、長年相応の努力をして王子の婚約者に選ばれたのに「愛こそ全て」みたいな寝ぼけたことを言われて、突然婚約者を横取りされたら、そりゃ恨みたくもなるでしょうよ。

 大体、そういうのにコロッと流されてしまう王子とやらも、いかがな物かと思う。

 どうしてもヒロインと愛を語りたいなら、その前にきちんと現在の婚約者に話を通す礼儀を、王子様には見せて頂きたいものだ。

 我が国は王こそ一夫多妻が認められているけれど、王太子時代までは一夫一妻制である。他国では王も原則妻は一人というところも多い。

 婚約者が他にいるのに別の令嬢に愛を囁く王子の、どこがヒーローなのだろう。

 そんな風に考えることこそが、私が悪役寄りな思考なのかもしれない。

 まあ実際、悪女と言われている立場ですし。

 悪役側から物語を見てしまうと、禁じられた恋にときめく乙女心、と言うのはどうしてもお花畑思考に思えてしまって、そこにときめきを見つけるのはなかなか難しいお題である。

 でもこれはあくまで私個人の考えであって、つまり、好みの問題だ。

 ヒロインの側から見れば、幾つもの障害を乗り越えて、ライバルに打ち勝ち、愛する人と結ばれる感動ロマンになるというのも、理解できなくはない。

 と、物語の内容はともかくとして。

 問題は実際に広がっているという噂の方だ。

 多分、今度の噂はそうした出回っている物語の中から拾ってきたものでしょうけど……まず間違いなく、少女達の仕業でしょうね。

 手を貸しても友人兄弟くらいまで。

 父親クラスの人間は関わっていない。

 そうでなければ、あまりにも噂の内容がお粗末すぎる。

 正直、まともに相手にする気力も湧かないレベルのお話だけど、でも完全に放置すると面倒な事になるかもしれない。

 いっそ相手がもっと凝った策略を練ってきてくれるのなら、私もそのつもりで遠慮なく返り討ちにしてあげられるのに。

 反撃も正当防衛だ、やられっぱなしは性に合わない。

 でも相手が王子様に憧れる年下の少女達だと思うと……なんだか少し、溜息が出てしまうのは、決して私が悪いわけではないはずだった。

 けれど世間では、やはりそう言う噂が流れると便乗する者も出てくる。

 実際その噂が広まって数日も過ぎる頃には、社交界では噂の内容が全て事実のように、人々の間で語られるようになった。

 もちろんその噂の内容を本気にしている人などいないのだろうが、噂を流す方も便乗する方も、内容の真偽などどうでも良いのだ。

 ただ私という目障りな女を排除できれば良い、その一点に関して彼らの利害は一致している。

 その陰湿さたるや、まともな精神のご令嬢であれば社交界の非情さと恐ろしさにすっかり震え上がり、人々の悪意に怯えて屋敷に引きこもってしまっても仕方ないくらいのレベルである。

 とはいえ、全くありもしないことをでっち上げて罪に問う、というのはなかなか根回しや下準備が面倒なので、陰湿な噂を流してこちらの精神を削る以上のことはできないだろうと思っていたけれど、いくら噂を流しても、全く精神が削られることもなくケロリとしている私の様子に、やがて噂の主は痺れを切らしてしまったようだった。

 私が、その令嬢の糾弾を受けたのは、とある辺境伯主催の夜会でだった。

 グリゼリダ辺境伯はその爵位の通り、国の国境に接した領地を守る伯爵で、その立場のためにいざという時には都度王の指示を仰がずともある程度、独自の判断で行動する権限を許された人物である。

 爵位は伯爵であっても、権力は限りなく侯爵位に近い。

 それゆえに己の権力に溺れることなく、国の防衛を第一に考えて国境を守る事の出来る才覚のある人物であることが望まれる。

 グリゼリダ辺境伯は、そうした条件を満たす優秀な人物で、王を始め、他の貴族達の信頼も厚い。

 そのグリゼリダ辺境伯が、珍しく王都に上がって来た。

 普段ならば例え社交シーズンでも領地を離れることなど滅多にないが、平穏時であること、そして王が国境の様子を直接辺境伯の口から報告を受けたいと希望した事などから、わざわざ数日掛けて王都に出てきたらしい。

 出てきたとなれば、用事が済んだらすぐに帰る、と言うわけにも行かない。

 いかに独立した力を持つ辺境伯であっても、普段交流が限られている分、こう言う機会には他の貴族達ときちんと繋ぎを取っておかないと、いざという時に問題となる場合があるからだ。

 だから、王都にいる間に一度くらいは皆様にご挨拶をと、開かれた夜会だった。多くの貴族達の元へ招待状が届き、その招待状は我がブリックス侯爵家にも届いた。

 王家から出席したのは第三王子と第四王子の二人だ。

 不仲な王子が二人揃って、王の命令で一貴族の夜会に参加するというのは、あまり多くない。つまりそれだけ、王家も辺境伯には気を使っていると言う事だ。

 本来なら、王太子であるアストロード様が参加できればもっと良かったのだろうけれど……どうしてもスケジュールが合わなかったための、二人の王子の参加のようだった。

 グリゼリダ辺境伯は社交があまりお得意ではないと聞いていたけれど、だからといって社交に劣るというわけではない。

 出向いてみた伯爵邸は、その屋敷の規模こそ上級貴族には及ばないものの、内装も調度品も、用意されたものも全てが品の良い芸術性を感じさせるもので、下手に煌びやか過ぎることのない落ち着いた雰囲気が、来客の居心地の良さを演出している。

 使用人達もよく教育されており、相手によって態度を変えたり、迂闊な言動をする者もいない。

 心なしか来客達も滅多にない辺境伯主催の夜会と言うことで気を張っているのか、お得意の噂話や陰口もなりを潜めた、穏やかな時間の流れる一夜になる……はずだった。

 はずだった、というのはもちろん過去形だ。

 過去形になるということは、穏やかな時間が何者かによって引き裂かれたということである。

 その時間を、空気を読まない鈍さで台無しにしてくれたのは……個人的に時の噂の人である、メルボーラ公爵令嬢アデーレ様だった。

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