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王子の最愛  作者: 逢矢 沙希
第二章 王太子と第四王子
11/28

1話

 翌朝の目覚めは、まだ早朝と呼んで良い時間だった。

 他のご令嬢はまだまだ夢の中のこの時間、本当はもっとゆっくり眠っていても良いはずなのに、長年染みついた習慣からか、私の身体は自然と目覚めてしまう。

 のそりとベッドから起き上がり、ふわ、と小さくあくびをしたところで、私付きの侍女であるカヤがやってきた。

 侍女がやってくるにしても普通なら早い時間だけど、カヤは私の朝が早いことを知っている。

 まあ、カヤに限らずこの屋敷にいる人間なら、家人の生活リズムはとっくに把握しているのだけれど。

「おはようございます、お嬢様。本日のご予定はいかがなさいますか?」

 起きてしまったものは仕方がない。

 ベッドの上でゆっくりと身体を伸ばすように解しながら答えた。

「午後から王宮へ向かうわ。支度を手伝って頂戴」

「お食事は」

「いつも通り、部屋でいいわ」

 充分に身体を解し終えた後、ベッドから降りると手早く身支度を調える。そんな私の支度を手伝うのは、当然ながらカヤだ。

 私自身、普通の令嬢と言う括りからは随分外れた存在だと自覚しているけれど、カヤも普通の侍女とは到底言えない存在だろう。

 一体何が普通じゃないのかと言えば……まあいわゆる、彼女は戦うメイドさんだ。

 侍女としても優秀な彼女は、それ以上に刃物を持たせたら、並の騎士程度では到底敵わないような戦闘能力を発揮する。

 自尊心を容赦なくへし折った大の男たちを踏みつけながら、冷たい眼差しでそれを見下ろすカヤの姿は、惚れ惚れするほど格好良い。

 それでいて、性格は実に女性らしく可愛いものや美しいもの、そしてロマンス小説が大好きで、趣味の延長のように磨かれた美的センスで私を飾り立ててくれる。

 彼女のような、実は戦闘能力や特殊能力を身に付けた人間が、この侯爵家にはゴロゴロ存在している。

 皆、表向きは一般的な使用人としての仕事に従事しながら、必要であれば武器を手にすることも厭わない、という何とも優れた人々だ。

 よくもまあこれだけの人材をあちこちから集めたものだ。

 本来なら、血塗れ侯爵なんて通称は不名誉なもののはずなのに、父は案外その通称を気に入っているらしい。

 表では成り上がりと言われようと、上級貴族然とした振る舞いを崩さないくせに……一体社交界でどれほどの人が、既に他国との戦いがあった頃から時が流れて久しい今の時代に、我が侯爵家が今もまだその通称に相応しい存在であると理解しているのだろうか。

 そんなことを考える私の脳裏に、ふと第四王子の顔が浮かんだ。

 夕べ行動を共にした王子の、私を見る驚いた顔を思い出すと、なんだか自然と笑えてきてしまう。

 悪い意味ではなく、相当驚いただろうなあと言う、彼の驚きに同調するような笑いだ。

 無理もない、私はずっと彼に関わらずに来たから。きっとアストロード様のお言葉がなければ、この先もずっと関わる事はなかっただろう。

 気に入らない悪女として認識していた女が、実は何者かも判らない存在だと認識して、ラシェット様は今後どのような行動に出るだろうか。

 私の行いを世間にばらす? それとも腹に抱え込む?

 一体どちらかと考えつつも、私は殆ど確信している。多分きっと、彼は夕べの事は人に話さない。

 話したところでどうしてそれを知ったのだと問われると、彼自身困ることになるだろうから、という理由もあるけれど、それ以上にあの王子の性格では、ぺらぺらと人に話すよりも自分の目と耳で、事実を確かめようとするはずだ。

 きっと近いうちアストロード様の元へ向かい、私のことを問い質しているのではないだろうか。

 そんな弟王子の滅多にない訪問を受けて、王太子が嬉しそうに微笑んでいる姿が容易く想像できる。

 弟王子を構いたくて仕方ないのに、状況がそれをなかなか許してくれないアストロード様としては、たとえ理由がなんであれ自分を訪問してくれることが嬉しくて仕方ないだろう。

 そんなことを考えている間に、部屋に朝食が運ばれてきた。

 私はいつも食事は自分の部屋で済ませる。

 一応食堂と呼ばれる部屋はあり、使用することもできるのだけど、そこに家族全員が集まって皆で食事をする、という習慣が我が家にはない。

 父は毎日忙しく、ほぼ外出しているし、母は滅多に部屋から出てこない。

 兄は騎士として騎士団棟に詰め、弟は留学中で不在、と見事なまでにバラバラな家庭である。

 最後に家族全員が揃った姿を目にしたのは、一体いつのことだったか……数日、数週間どころか、数ヶ月単位で前の話であるはずだった。

 王家の皆様方も家族の繋がりが薄いご一家だけど、私の家も似たり寄ったりだ。

 まあ、家族で互いに命を狙い合う、なんてことはないし必要であれば互いに連携を取ることもあるから、王家よりはマシなんだろうけど。

 それでも家族縁の薄い私は、アストロード様やラシェット様のように、限られた相手であっても家族として慕う事のできる存在があるというのは少し羨ましい。

 とまあ、そんなことはどうでも良いわね。

 食事を済ませ、午前中の予定を終わらせてから、私は改めて今度は令嬢として午後の装いに身支度を済ませて、屋敷を出た。

 アストロード様へは朝の内に訪問する旨を伝えてあったので、特に門番に呼び止められることもなく、馬車は城の停車場までひた走っていく。

 こうやって城を訪ねるのも数え切れない。

 王宮は国の政治の中枢であると同時に、社交場でもある。

 城の庭園までなら貴族であれば、階級に関わりなく自由に出入りすることができるので、今日も多くの貴族達が集い、噂話や駆け引き、探り合いなどに余念がない様子だ。

 馬車を降り、そうした人々の目前を通り過ぎれば、すぐに人々の視線が私に突き刺さってくる。

 探るような視線もあれば、忌々しげに見つめてくる目もあるけれど……今日は少しだけ、違うものも混ざっているようだ。

 私を見て、何事かをひそひそと話し合う人の姿が目立つ。

 途切れ途切れに聞こえてくる彼らの会話の中で何とか聞き取ったのは、メルボーラ公爵家アデーレ様の名だ。

 その人が誰かは知っているけれど、今までまともに会話をした事もない令嬢の名だ。

 爵位はあちらの方が上で、私から声を掛けることはできないし、またあちらからは進んで近づいては来ないので、接点というものがない。

 でも実は人々が私を噂する中で、その殆ど関わりのない令嬢の名を聞くのはこれが初めてではなかった。

 具体的にどんな噂が流れているのかを家の者に調べさせたところ、どうもメルボーラ公爵家は娘をアストロード様の妃にしたいようだ。それ自体はなんら不思議なことではない。

 むしろ公爵家という最上級爵位を考えれば自然なこと。

 公爵家と言えば王家の血筋も引く由緒正しい家柄である、その身分にも何の不足もない。

 王子の寵愛を得ていても、悪い噂が付きまとう私より、爵位も上でまだまっさらな少女であるアデーレ様の方が王太子妃には相応しい……そんな噂が流れているようだ。

 実にご尤もな話だ。私自身そう思う。

 でも公爵家の望みは今現在に至っても、王子への打診以上から先へは動いていない……何故ならアストロード様は決して頷かないから。

 その原因が私にあると、多くの人は考えているようだけれど私は邪魔などしていないし、本当にアデーレ様が未来の王妃として非の打ち所のない方ならば、アストロード様は頷くだろう。

 でもそれがないということは……まあ、察して欲しい。良くも悪くもアデーレ様は十六歳の、典型的な箱入りお嬢様なのである。

 とはいえ公爵家もアデーレ様本人も、あっさりと引き下がる事は出来ないだろうから、近いうち何らかの形で表に出てくるかもしれない。

 それが悪い方向へ流れないよう、注意だけはしておいた方が良さそうだ。

 噂話に余念がない貴族達の姿を横目に、私は真っ直ぐに王太子の執務室へと向かった。

 途中幾人もの貴族達の他、侍従や侍女、騎士達ともすれ違ったけれど、誰も私を呼び止める事がないのは、アストロード様が私の訪れを拒むことはないと知っている為だ。

 通い慣れた道筋は迷うこともなく、目を瞑っていても辿り着ける。

 そうして到着した王太子の執務室前。

 いつも私を中に通してくれるはずの侍従が、けれど今日は何やら躊躇う仕草を見せているのは何故だろうか。

 理由が知れたのは、それでも侍従が躊躇いながらも部屋の扉を開いてくれた後だ。

「失礼します」

 一声掛けて扉の内側へと目を向けた私は、そこに二人の人の姿を認めた。

 一人はこの部屋の主であるアストロード様。

 そしてもう一人は……夕べ顔を合わせ、別れたばかりのラシェット様だった。

 なるほど、侍従が躊躇ったのはラシェット様が訪問していたからだろう。

 二人が共にいる姿を、あまり多くの人に見られるのは都合が悪いと、そう考えたのかも知れない。

 それでも扉を開けたのは、事前にアストロード様にそう命じられていたからだろう。

 確かに侍従の躊躇いも判る。お二人は本来、敵対する関係なのだから。

 でも私は、ラシェット様がごく近いうちにアストロード様を訪ねるだろう事は予測していたので、驚きはしない。

 でも、昨日の今日で兄王子を訪ねてくるとは随分行動が早いなとは思う。それだけ夕べの事は、彼に取っては捨て置けない出来事だったということなのかもしれないけど。

「ごきげんよう、アストロード様、ラシェット様」

 入り口でにこやかに挨拶の言葉を向けてから、ゆっくりと足を前に進めた。私が完全に部屋に入ったところで、背後の扉が閉まる。

 淑女としては、異性と密室に閉じこもると言うのは褒められた行為ではないけれど、アストロード様相手ではいつものこと。

 気にもせず私はお二人の前まで歩み寄って行った。

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