転がり込んできた少女
人生とはルーティンワークの積み重ねだ。そう言ったのは食堂を経営していた祖父の言葉だ。ようは毎日食堂に来て仕入れされた食材を仕込んで、店を整えてオープンし、お客様をお迎えして食事を出し、店が終われば清掃して売り上げを集計して帰宅する毎日の繰り返しを延々とやることだ。
そんな毎日を送る事を嫌った俺は都会に出て一旗あげようとしたが、何者にもなることが出来ず、契約社員として毎日毎日いつクビになるかと不安な日々を過ごしていた。そんな嫌になる生活を続けていたが、それが壊れる出来事が起きてしまった。祖父の食堂を受け継いでいた親父が倒れたのだ。
俺は長男ではなかったが、ほかの兄弟がそれなりの就職口についているので、最も不安定な職についていた自分が帰郷する事になった。まあ飲食店で働いていた事もあるので出来るかもしれないという事もあったが。
「迫水智樹さま、お荷物は以上でよろしいですね、最後の確認をお願いします」
引越し業者に僅かな荷物を運び出してもらった俺は一人ボロアパートの一室で呆然としていた。ここは築七十年、風呂・トイレ共有で四畳半で家賃三万五千円という都心に近い事を除けばなにもない物件であったが、俺が最初に持った自前の「城」だった。
何もかもなくなってしまった部屋を見て、とうとう都落ちするのだと想うと情けない想いがしていた。そして、これから帰郷して始る日々を想っていた。そこには明るい未来を想像する事が出来なかった。もっともここにいても明るい未来なんか想像できなくなって久しかったが。
その空っぽになった部屋を見ていろんな思い出が去来していた。此処にやってきて六年、一体何をしていたかと。都会に来て友人も少なからずいたし、その中には女友達もいた。図々しい奴になると都心に近いので終電に乗り遅れたなどと言ってホテル代わりに使ったのもいたが、女の場合は俺の方が廊下に追い出されてしまったこともあった。
もうそんな事もなくなるのだと想うと少し寂しかった。帰るのは明日の晩なので今晩はネットカフェにでも泊まろうと考えていた。この部屋にはパソコンが無かったので、時々ネットカフェを使っていたが、この会員カードを使うこともないのだなと思うと感慨に耽っていた。するとドアを叩く音がした。
もう大家が部屋の鍵を返せと来たのだと思いドアを開けると思ってもいない物いや者がいた。着ぐるみを着た少女? だった。誰か悪ふざけで来たのかとも思った。俺もそんな美少女の着ぐるみを着たことがあったのでそう思ってしまった。
以前、イベントのアルバイトで華奢な体格という事で美少女キャラクターの着ぐるみを着せられた事があったが、その時着た着ぐるみによく似ていたからだ。でも、その美少女着ぐるみの顔は以前どこかで会ったことのあるような懐かしい気分になっていた。
その着ぐるみ少女は手振りで何かを伝えようとしていた。そういえば着ぐるみに中の人はいないからしゃべれない! という設定を思い出した。たしか着ぐるみのマスクを被っている間は口が上手く開けれず顎も動かせないのでしゃべれなかった事を思い出した。
そこでドアの前にあったボールペンと引越し業者が置いていった契約書の裏を差し出してやった。すると彼女は恐ろしい事を書いた。
”あたしは香奈。ある組織に人形娘に改造されたの。今逃げているからかくまって! お願い!” その瞬間から俺と人形娘の奇妙な生活が始った。