閑話 世界
この話のPC版レイアウトでは背景に世界地図が表示されています。
世界観をよりよく把握するためにはPCから閲覧することをお勧めします。
世界がいつ始まったかについて確たる証拠とともに断言できる者はいない。
ただし、現存する最古の資料から推定するにおよそ2000年ほど前であったするのが、この世界でのもっとも有力な学説である。
世界と歴史は一つの大陸とともにある。
固有名詞を持たず、ただ象徴的に『大陸』と呼ばれるそれは、頭でっかちな雪だるまのような形状をしている。
北半球に浮かぶ陸地が南半球に浮かぶ陸地の約二倍ほどもあり、人口は大陸北部に集中していた。
この大陸は、今現在確認されている内ではこの世界唯一の大陸である。
つまり『大陸』は『世界』とある意味同義語であった。
この大陸に国家と呼ばれるものが誕生したのは800年ほど前。
大陸北部の遊牧騎馬民族セルン人によるちいさな王国だった。
北方の広大なフランデン平野を民族始祖の地とする彼らは、長らく故郷の平野を駆け巡り狩猟・牧畜生活を営んできたが、およそ650年前に大陸北部を覆った異常気象、『冷災害』によってフランデン平野が氷結の荒野と化すと、食料と温暖な土地を求めて極北の平野から南下を開始する必要に直面した。
これが、人類史上最大の帝国を作り上げる物語の始まりである。
セルン人はフランデン平野南部の騎馬民族オラン人の土地を侵略し、制圧すると、新たに王国の首都を置き『セルニア(セルン人の土地の意)』と呼ばれる新生国家を作り上げた。
冷災害によって故郷を追い出されたセルン人はようやくのことで安寧の地を、新たに母なる大地を得られたかと思ったが、一度口火を切った侵略はそう簡単には止められなかった。
征服されたオラン人がたびたび反乱事件をおこし始めたのだ。
新たに樹立したセルン人の王国も、反乱によって揺らぎ始めた。
そこで、王国に安定をもたらすためにセルン人が行ったこと、それはつまり戦争だった。
不満を持つオラン人によって構成される軍隊を編成し、彼らに他地域を侵略させることによってオラン人の不満を外の世界にそらそうとしたのだ。
戦争に協力する見返りとして、征服した地域の一部や作物をオラン人に与える、セルン人に有利なギブアンドテイクだった。
この計画は功を奏する。セルン人とオラン人によって構成される『セルニア』軍は各地で他民族を侵略、撃破、征服、支配していった。
領土は劇的に拡大し、オラン人の不満は消え去って行った。
そして新たに征服した土地でもその地の民族に対し同じような政策を実施し、ネズミ算式に軍と領土と、そして侵略戦争は拡大していく。
しかし逆を言えばそれは、セルニア王国が戦争によってでしか国家を安定させることができない脆い存在であることを同時に立証していた。
やがていまから380年程前、王国『セルニア』は大陸南端を除くほとんど全域を征服しつくし、侵略すべき土地が無くなったため侵略戦争の時代は幕を下ろす。
このとき、セルニアはまぎれもなく世界最大の領土を持つ世界最強の王国だった。
しかし、それから続く新たな80年は、今までセルニアが経験したことのない『平和の時代』だった。
文化が栄え、子供は戦地に駆り出されることもなく、生活は豊かになり、経済は劇的に成長した。
――――大繁栄時代
人類史によって歓迎されるべきこの躍動感溢れる福音の時代は、セルニア王国の支配エリート達からは決して歓迎されなかった。
増大した異民族の人口と天井知らずの経済成長は、大陸全土を支配するセルニア王国ですら管理し、監視しきれるものではなかったのだ。
やがて、数を増した異民族と財力を持つ大商人達が王国の支配の幹を傷つけ始め、国王周辺の役人達の腐敗もあって今から300年前、暦1700年ごろ、ついに大陸を支配した大王国は崩壊した。
大陸南部の砂漠地帯では油売りの大商人達によって『イルパニア』が建国され王国から独立し、大陸北西部では貴族達による『欧共連合王国』が誕生し、北東部では雪原民族ツァルク人による『ツァルキスタン』が成立した。
残ったセルニア王国領も、酒造業で財を成し大きな権力を握った大貴族『ラウプクルツ家』が、国王一族を暗殺して新たな王国、『ハルメニア』に作り変えてしまった。
かくしてセルニアは歴史の果てに姿を消し、新たに誕生した四つの国家による戦国絵巻物語が歴史を刻み始める。
しかしその戦乱時代も、150年前に『ハルメニア』が『ツァルキスタン』を併呑し、大陸中部・北東部を支配する一大国家『ツァルキスタン=ハルメニア帝国』を成立させることにより一応の幕を下ろす。
かくして現代に至るまで各国は微妙な小競り合いを繰り返しつつ、表面的にはお互いを認め合いながら蒸気と石炭による繁栄を謳歌している。
現在は、暦1901年。蒸気機関が発明されてから約40年である。
しかし、これら波乱万丈な大陸歴史物語も、大陸の東端、そこからアーリン諸島を伝ったその先にある極東の島国、『皇州帝国』には無縁であった。
―――皇州帝国
北から順に北尾島、葦原大島、南諸群島、沖島の四つの地域からなるこの小さな島国は、皇王と呼ばれる人物を支配者とする新興国家である。
およそ80年前に戦国時代を脱し近代国家として産声を上げた。
人口は約2800万人。
大陸諸国と比べて著しく少ない。
世界史的にも今までまったく注目されていなかったこの国が、にわかに名声を獲得するのは産業革命以降、良質な石炭と世界最大級の金鉱脈が存在することからだった。
今では、皇州帝国も慎ましやかにほのかな繁栄を味わっている。
そしてこの国で生を受けた二人の少年少女が、この国の歴史に胸躍らせる活劇を記すこととなる。