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空の皇兵  作者: 神風
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弐話 少年少女2

この、

大馬鹿者どもが!!!


無断で翼竜を飛ばせた挙句、総員点呼の時間を完全無視とは何事かぁ!!

貴様ら、総員点呼が軍隊生活に於いていかに重要な定期措置かを未だ理解しておらんようだな!!

一人でも欠けておれば、部隊全体の規律と秩序が瓦解していることを意味するのだぞ!!

一人でも欠けておれば、部隊全体がその一人を探し出し異常を見つけ出すために全ての予定行動を繰り下げねばならんのだ!!

つまりは、貴様ら二人の為に総勢120名が2時間足止めを食らった!!

一部の人間が、その他多数の足を引っ張るなど、軍隊においては致命的症状だ!!

予定されている行動を、予定通りに遂行する、それが組織であり、軍隊である!!

私情に駆られ勝手な行動を取りそのために予定事項を投げ捨てるなど、貴様ら軍人失格だぁ!!

恥を知れ!!

神宮生徒!なぜ無断で翼竜を飛ばした!

なに?花を取りに、龍連山脈まで飛んでいく為だと?

ふざけるな!!説明になっとらん!もっとマシな言い訳を考えろ!!

東雲生徒!なぜ総員点呼の時間までに戻ってこなかった!

ああん?途中で野生の黒龍ヘイロンに襲われて、撒くのに時間が掛かっただぁ?

貴様、人を馬鹿にしておるのか!!誰がそんなあからさまな作り話を信じるか!!餓鬼でももっとマシな嘘をつく!!

俺には分かっているぞ!貴様らが何をして何のために遅れたか!

男と女の関係に、うつつを抜かしておったのだろうがぁあ!!!!

教導団は忠信奉公の軍人精神を鍛える場であるというのに、俗な感情におぼれおって!!まったくもってけしからん!!

貴様らのような不純な奴らがいるからこそ、竜兵は軟弱者だと他兵科の者に陰口を叩かれるのだ!!

なに?男と女の関係とは、断じて違うだと?

やかましい!!!誰が喋っていいと言ったか!!

貴様ら晩飯抜きだ!!

東雲生徒!!二日間の謹慎処分を命ずる!自室から一歩も外に出るな!!自省の句でも書いておれ!!

神宮生徒!!貴様は全校舎の全室清掃活動を命ずる!埃一つ残すな!!すべて掃除が終わるまで一睡もしてはならん!!

教導団が決定した二名に対する処罰は以上だ!

ああ、それと神宮生徒。貴様には特別にくれてやるものがある。


 そう言われると、神宮はその顔面にありがたく鉄拳を頂戴した。

情けなくもよろけ、体が後ろに倒れた。軽い脳震盪を起こしていた。

かまわずバケツと雑巾を投げつけられ、とっとと行って来いと恫喝された。

東雲は別の教官によって自室まで連行された。

神宮はバケツと雑巾を持ってクラクラする頭に悩まされながら、教官室からおぼつかない足取りで逃げるように退室する。

その背中に一言、

「本来なら息の根を止めてやるところだ!!」と吐き捨てられた。

どうやら九死に一生を得ていたらしい。鉄拳を頂戴した顔面からは鼻血が垂れていた。


そして今、日が暮れとっぷりと闇に浸かった校庭を背に、木の匂いが充満する講義室の机を拭いている。

雑巾は水絞りをしてあった。真冬の水仕事に手が冷えている。

「はぁ…」

ため息も出る。


結局のところ、東雲の提案は、最悪の結末を迎えていた。

総員点呼が行われる6時には間に合わず、学校に到着したのは二時間遅れの8時であった。

その頃には学校に人気はなかった。

生徒教官総出で姿を消した神宮・東雲、そして翼竜の翔空を探し出そうと、捜索に出払っていたのだ。

すべてを悟った神宮の顔面からは、血の気が引いた。

とんでもない事態であった。これほどの大騒ぎを引き起こしたとなれば、ただでは済まない。

いっそこのまま失踪したい気分になったが、さすがにそういう分けにもいかない。

東雲も覚悟を決めようと言い出したので、そのまま教官室に出頭し、全てを話した。

主任教官は、地獄から這い上がってきた鬼であるかのような恐ろしい表情を顔面に張り付かせると、人間が発声し得る限りの怒声をもって怒りをぶちまけた。

浴びせかけられるだけの罵声を浴びせ、叱りつけた後、教官達で話し合って処罰を決めるからそれまで廊下で立っていろと怒鳴りつけた。

神宮は、自身の成績表に取り返しのつかない打撃を与えてしまったことを嘆いた。

花を取ってくる。それだけの為に、あまりにも高い代償を払ってしまった。

廊下の窓の外に広がる夜闇のごとく、神宮の心は消沈した。

その横で同じく『不良生徒』である東雲は大して悪びれる様子も無く、

「やっちゃったねぇ」と、これまた快活に話した。

神宮は反応せず、ただ頭を抱えた。


例え全ての講義室を新築同様に磨き上げたとしても、成績評価欄がかつての姿を取り戻すことは無いだろう。

これは純粋な処罰なのであり、刑期を負え刑務所を出所した元罪人であったとしても、前科持ちの刻印が一生付いて回ることと同様である。

「はぁ…」

――何度目のため息であるかなど、皆目見当もつかない。

とにもかくにも、清掃活動は遂行せねばならない。でなければ睡眠が取れない。

――と言っても、全室清掃など、並大抵のことじゃないぞ!

きっと終わる頃には、東から日が昇っているに違いない。

ああ、もうため息も出尽くした。


机を全て拭き終わると、今度は窓ガラスだ。台となる椅子を引きずって、窓辺に寄る。


――しかし、それにしても僕と東雲じゃあ、処罰の程度がずいぶん違うじゃないか!

自室謹慎と全室清掃では、お世辞にも釣り合いが取れているとは言えなかった。

しかも、自室謹慎など事実上処罰無しと言っているようなものだ。

自分の部屋でベッドに横になりながら、昼寝したり校庭を眺めたりすることの一体どこが、処罰だっていうんだ?

明らかな不公平、差別、えこひいきであった。

――僕が平民出だからか?!

違った。差別されているのは神宮ではなく、東雲であった。

教官室でどのようなやりとりがあったかは、想像するに易かった。


なに?東雲生徒に厳罰を、だと?

いや!駄目だ、そんなことは絶対に駄目だ!

してはならん!

東雲生徒のお父上は参謀本部の東雲零弦少将閣下だぞ!将来陸軍の頂点に立つお方だ!

少将閣下の愛娘に、厳罰など下せるか!

ただでさえ竜兵科は陸軍内部で冷遇されおるのだ。

これ以上余計に空気を濁すようなことはできん。

ああ、わかっている。処罰無しでは他の生徒に示しがつかんということは、よく分かっている。

ならば、事実上の処分無しでいいだろう?建前だけの処罰だ、それでいい。

彼女の成績表には何も手を付けるなよ。

そうだな、自室謹慎あたりでいいだろう。

うん、それでいい。それぐらいが一番だ。

あまり、波風を立てるな。触らぬ神に祟り無し―――


とまぁ、おそらくそんな具合だろう。

それが、家柄の違いという現実であった。


窓ガラスは、寒風にカタカタと揺れた。


神宮は雑巾を片手に窓を拭きながら、窓ガラスに映った自分の顔と視線を合わせた。

夜の闇に浸かった校庭を背にする窓ガラスは、鏡のように神宮の顔を映してくれる。

散切りにした黒髪。さほどふくよかでない頬。目は大きいが、鷹のような眼光が鈍い淀みを浮かべ、優しい印象ではない。

総じて言えば、決してブ男ではなく整った顔立ちだが、どこか人としての温かみに欠けていた。

笑顔がどことなく皮肉めいた嘲笑に見え、人を睨み付ける時にこそ十二分の実力を発揮するような、そんな顔面であった。

サディストな男を好む女からは、たいそうモテるに違いないだろう。

ただし神宮本人にはそのような趣味はかけらほどもない。


闇を背にしたガラスに浮かぶ自分の顔は、いつも以上に毒々しく見える。

(自分で言うのもなんだが、やはり僕の顔は人を幸せにするには程遠い顔つきだな…)

雑巾でガラスに映った自分の顔面を拭きながら、ふとどうでもいいことを思った。


――そう言えば、僕と東雲は何もかも正反対なのかもしれない。


今は自室にこもり謹慎処分が解けることを待つ身である東雲を、不意に思う。


東雲霊雲しののめれいうん


軍人家系の名家の出であるあの少女に出会ったのは、龍空教導団に入学した時であった。

彼女とは同期である。

黒く長い優美な髪を頭の後ろで束ね、整った輪郭に大きな目、どこか鋭さを持つ眉毛は東雲の顔面を神宮とは正反対の印象に仕立て上げている。

明るく、暖かく、母性的。

人を幸せに出来る顔とは、つまりああいうものなのだろう。

神宮は東雲と出会った時、真っ先にそのような印象を持った。

性格もまた、思い切りがよく即決断行型で嫌なことは引きずらない類の人間である。

きっと今日怒鳴られたことも、明日には笑い話にしているだろう。

そんな憎めない人間であった。


彼女は、なぜか神宮によく接触してくる。


教導団の生徒には他にも貴族や役人や軍人や政治家の家系から来た連中がたくさんいるにも拘らず、なぜか平民出の神宮に近寄ってくるのだ。

それは、けして物珍しさからではない。

それが分かるほど、彼女は自然に、そしていつの間にか自分の横に立っているのである。

真意は測りかねた。

ただ単に神宮を友人とみなしているだけである可能性が高いのだが、神宮にはその可能性を受け入れられないわだかまりがあった。


彼女がそばにいると、自分に足りないものを見せ付けられている気がしてならないのだ。

人としての暖かさ、快活な性格、申し分の無い家柄、約束された将来。

それは、神宮が興味の無い振りをしても、心のどこかで欲し、そして決して手に入れることのない宝物。

だから、『友人』として受け入れるには、少し難があった。

もちろんそれが、卑しく卑屈な、黒い感情であることは神宮自身承知している。

だが、その感情はどうしようもないのだ、神宮にとっては。

とはいえ誰も彼の汚らしくエゴ的な一面を非難することは出来ない。

それは、人間である限り手放すことの出来ない悲しいさがであった。


まだ、半分以上の窓ガラスが神宮の雑巾を待ちわびている。

広い木造の講義室には神宮ひとりきり。

小刻みに揺れる窓ガラスの音が、静寂な夜を浮き彫りにさせる。

こんな雰囲気は別に嫌いじゃない。

心の深いところで孤独を好むこともまた、自分が東雲のような人間にはなれない一つの原因だろうか。


そう自嘲気味にゆがんだ笑顔を口元に浮かべたとき、背後で講義室の扉が勢い良く開かれる音がした。

突然のことにびっくりして心臓が不整脈を打つ。


「こっこにいたかぃ!」


扉のほうから聞きなれた声がして、神宮は振り返った。


「…東雲?!」


快活な笑顔を浮かべた東雲は、よ!っと右手を上げて応えた。

窓を拭いていた神宮の手は動きを止めていた。


「なんでここに?!謹慎処分は?」

「んー?抜け出してきた」


時刻は午後10時半。全員就寝し教官達の見回りも終わった頃だった。


「ほれ、あれだ!一人でやるより二人でやった方が早く終わるだろ?」

「確かにそうだが…って、それ、どうしたんだ?!」


近づいてきた東雲の顔面に、神宮は異変を感じて指差した。

右頬が、赤く腫れていた。


「ん!これかぃ?えっとね、へへー、私も殴られた!」


はぁ?と、神宮は眉をひそめて口元をゆがめる。

というか、なぜこいつは笑ってるんだ。


「殴られたって…女だろ?」

「ん。神宮だけ、ってのは不公平でらしくないってねぃ!小松教官が一発くださったのさ!」


小松教官。先ほど神宮の顔面に鉄拳をぶちこんだ主任教官である。

細身な人間が多い竜兵の中では珍しく大柄な男であった。

そんな人物から一発頬にくらったというのだ。


「だ、大丈夫なのか?その、それ」

「なぁに心配ないよ!軍人が死ぬのは銃弾に当たったときだけさ!大したこと無いね!軽い脳震盪にはなったけど」

「さすがに女相手に」

「んー。今の言葉はいただけないなぁ神宮生徒。戦場じゃあそうはいかないよ!銃弾は男と女を区別してくれないからね。軍隊じゃ男も女もおとこにならなくちゃあ!」

「ああ…そうか。そうだな」


東雲の快活な笑顔と、悩みなどとは無縁であろう明朗な声になんだかどうでもよくなった。


「よおし!さっそくやるかい、大掃除!全室清掃だって?やりがいがあるじゃないか!どれ、雑巾一枚かしな!なに?一枚しかない?駄目だよそんなじゃあ!全室終わる前に雑巾真っ黒になっちゃうよ?しかたないなぁ私が用具室から雑巾を調達してきてしんぜよう!ちょっとここで待ってな!」


勝手に次々と喋り倒して物事を持っていこうとする東雲に、神宮は戸惑いながらもとっさに口を挟んだ。

ちょうど東雲が講義室から飛び出して用具室に疾走しようとする直前だった。


「ちょっと待て東雲!これは僕の処罰だし、謹慎の身なのに外でちゃまずいだろ!自室にもどれ!後は僕がやる!」


今まさに講義室を飛び出さんとしていた東雲は、その声に振り返って言った。


「何言ってんだぃ。私の謹慎処分なんて、建前だけで処分になってないことくらい知ってるだろ?学長が、私の親父に媚びへつらう為に計らったんだよ。だから小松教官は、神宮だけが処分を押し付けられるのを歯がゆく思って、私をぶったんだ。自分が学長に処分される危険を冒してね。私だって同じさ。あんたが一人で処罰を受けてる横で、部屋で布団に包まって寝るなんてね、気分が悪いってもんじゃないよ。それに、今回のことは、私があんたを誘ったんだから」


東雲の表情は今まで神宮に見せたことも無いほど険しく、しかし暖かいものになっていた。


「いや、それでも…」

「ああ!もう!こういう時は黙って手を借りな!私達『仲間』だろ?!それが粋ってもんだぃ!」


そう言うと、神宮の返答も確認も得ずに東雲は駆け出した。東雲の足が駆ける、その軽い音が夜の廊下にこだまする。

軽快で、なぜか透き通った音だった。

その反響音を耳に、神宮は半分乾いた雑巾を持ったまま、立ち尽くした。


――『仲間』だろ


その言葉はなぜか、神宮にとって非常に奇妙な響きがあった。

仲間。

言葉に出来ない、心のさらに中、胸の奥の奥で、何かが少し、熱く、いや、暖かくなった気がする。

(ただの言葉も、あいつが言うだけで、こうなんだから、なんだかな)

それが、東雲という人間なのだろうか。


神宮は窓に向き直り、窓拭きを再開した。東雲が戻ってくるまで、少しでも進めておこう。



――あんたが一人で処罰を受けてる横で、部屋で布団に包まって寝るなんてね、気分が悪いってもんじゃないよ



しかし、建前だけの謹慎処分かもしれないとはいえ、自室を抜け出したのが知れたら、今度は本当に処分されるかもしれないのに…。

よくもまぁ抜け出してきたもんだ。

どうしたらそんな熱くなれるんだか。


――多分それは、僕と東雲が『仲間』だからとかじゃなく、単に彼女がおとこだからなのだろう。


そう思って神宮は、結局自分が、彼女から送られた『仲間』と言う言葉を正直に受け止められていないことに気づいて、自然と笑ってしまった。

例のごとく、窓ガラスに映った神宮の微笑みは皮肉めいた笑顔であったが、今度はどこかに暖かさがあった。

もっとも、神宮本人がそれに気づいているかは別問題であるが。



廊下の向こうから、東雲が駆け戻ってくる軽い足音が響いてくる。

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